種ノ定メ
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月04日〜08月09日
リプレイ公開日:2006年08月14日
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●オープニング
●選バレシ者
ロシア王国。神聖歴862年に成立したばかりのこの国は、他国と唯一絶対に異なる価値観を持っていた。
ジーザス教で禁忌とされ、どの国でも忌むべき者とされるハーフエルフに対する価値観である。
神聖暦870年、肉体的にも精神的にも高い能力を持つハーフエルフは王としての素質をもっとも備えた種族である、という説をアントンが提唱した。
当時生まれていたハーフエルフが他種族と比較し高い能力を持っていたことから、その説は特に貴族階級に浸透し、ハーフエルフに対する選民思想へと繋がったのである。
暗黒の国と呼ばれる広大で深い森を有するロシアには当然エルフも多く、必然的にハーフエルフも多く生まれ育っている。
だからこその悲劇もあるというもので。
トントン、と女が薄い扉をノックする。しゃがれた声が返されるのを待ち、女は扉を開けた。
しゃがれた声の持ち主は部屋の主、ベッドに横になる老女だった。その傍らに膝をつき、身体を起こす手伝いをしながらそっと声をかける。
「母さん、具合はどう?」
「ああ‥‥今日は雨が降るんだろうねぇ、体中が痛くてたまらないよ」
凝り固まった身体を解すように、温かく癒すように、母の身体をマッサージしていく女。けれど、老女は女の母と言うには年を取り過ぎていた。20代も前半であろう女に対し、女はどう見ても60をとうに越していた。
「父さんが薬草を取りに行ってくれているの。もう戻ると思うわ」
安心させようと微笑んだ娘の腕をすさまじい力で握り締め、目を見開いて噛み付かんばかりに捲くし立てる。
「エレーナ! 頼むよ、父さんは‥‥ユーリーは‥‥ゴホッ、ゴホッ! ゲホッ!!」
「この部屋に入れないのよね、大丈夫よ、母さん」
咳き込む母の背中を強く擦り、大きく頷いた。
その後も根気良く母の身体をマッサージし続けるエレーナの耳に扉のきしむ音が届き、次いで「ただいま」と声が聞こえた。
「父さんだわ。母さん、ちょっと待っていてね」
「エレーナ!」
「大丈夫、父さんは連れてこないから」
傷を抱く笑顔を見せてエレーナは後ろ手に扉を閉め──深く溜息を吐いた。母は年を取った。最近はもう、立ち上がる力も残っていない。食事もスープを少し口にする程度で‥‥素人目に見ても命の灯がもういくばくも残っていないことは明らかだ。
部屋を移動すると、鮮やかな金髪の男が草の根に付いた土を丁寧に取り除いている所だった。
「薬草を採ってきた。ニーナの様子はどうだ?」
穏やかな表情を浮かべる男に、エレーナはぎゅっと抱きついた。すがり付く女を抱き返し、髪を撫でた。
「良くない‥‥ううん、悪いわ。どうしたらいいの、ユーリー」
「弱気になるな、エレーナ。キミは1人じゃないんだから」
ユーリーはエレーナの髪を寄せ、頬に接吻ける。髪を寄せられ現れた耳は、とても特徴的な形をしていた。そう、エレーナはハーフエルフなのだ。30代も半ばに見えるユーリーは紛れもなくエレーナの父で、エルフの血を分けた本人である。
母ニーナは最愛の夫ユーリーに年老いた姿を見せることを嫌った。夫は愛ゆえにそれを受け入れ、もう10年以上妻から目を逸らし続けている。それを愛と呼べない者もいるだろうが、彼らにとってはそれも愛の形なのだ。
ニーナはぼんやりと天井を見上げた。
漏れ聞こえる夫の声はしゃがれた自分の声とは全く違うものだ。彼の顔はもう長いこと見ていない。瞳を閉じれば美しいユーリーの姿が甦る。今も変わらず、美しい姿のままなのだろう──年老いた自分と違って。
けれどニーナはユーリーを未だ愛しているし、愛したことを後悔もしていない。
「エレーナ‥‥可哀想な子」
長いことニーナの世話をしているエレーナは、恋人を作ったことがない。それどころか、世間で言う適齢期からは既に足が出てしまっている。いつか自分が死ねば彼女は恋人を作り、結婚し、子供を産み育てていくのかもしれないが‥‥それを見ることが出来ないことだけが心残りだった。
「‥‥はぁ‥‥」
村長の息子、ハーフエルフのイゴールがエレーナを見初めていることは知っている。何度も挨拶に来て、その度に何度もエレーナが丁寧に断って──イゴール以外にも、エレーナに声を掛けている者が何人かいるようだ。親の贔屓目も入っているかもしれないが、エレーナは父に似て面立ちも整っているし、器量も良し。そしてなにより、ハーフエルフである。重荷が無くなれば、娘も恋に目覚めるのだろうか‥‥
「孫を抱くのは諦めちゃいるけど‥‥恋人の顔くらい、見たいもんだね‥‥」
その言葉は寝息に紛れ、聞き取ることは出来なかった。
数日後、キエフのギルドに一通の依頼書が張り出された。
──年老いた母を喜ばせてください。
●リプレイ本文
●二ーナの望み
定められた刻、抜けられぬ流れ、そして共存し続けねばならぬもの──時の流れは平等に残酷に、種を分け隔つ壁となる。
エルフと人間という異種族の婚姻を推奨するロシアは、この壁に立ち向かい続けることを選んだともいえよう。
しかし、引き裂かれる当事者たちにとっては‥‥決して他人事などではない。それゆえだろうか、依頼を受けた者たちは人間、エルフ、ハーフエルフと──同じ状況になり得る可能性を秘めた者たちばかりだった。
ポリッジと呼ばれるノルマン風の粥をニーナに運び、ヌアージュ・ダスティ(eb4366)は老婆が上半身を起こしやすいように手を貸す。長い刻を経て小さくなった身体は、触れただけで壊れてしまいそうで、ヌアージュは紡ぐべき言葉を見失いそうだった。
「ニーナさんはもう随分と外に出られていないと伺いましたので、少しでも楽しんでいただければと‥‥お目汚しかもしれませんが」
ライサ・ミスキナ(eb5693)は丁寧に断りを入れて、軽くステップを踏む。それは依頼人エレーナに教えてもらった、この村の祭りで踊られる踊りのステップだ。合わせてヌアージュもくるくると回転し、ニーナは突如催された小さな舞踏会に懐かしそうに目を細めた。
「埃を立ててしまいましたね、すみません」
窓を開けて風を迎えるライサ。その風に乗って、子供たちの笑い声が部屋を駆け抜けた。
「こんなことを聞いたら失礼かもしれんが‥‥母上殿は、エルフと夫婦になって辛かったことや嬉しかったこと等、やはりたくさんあったのだろうか?」
「あったねぇ‥‥でも、ユーリーがいるだけであたしは幸せだったよ。でもあたしが醜く老いさらばえていくのにユーリーはいつまでも若くて、美しくて──ハーフエルフを生んだあたしは、神様にとって、きっともう用済みなんだろうねぇ」
「ん、外見だけが全てではあるまい? 大切なのは心で、心と心が通じ合っていればそれでいいと思うのだが──む、ちょっと差し出がましかったか?」
悲しげに目を伏せるニーナの手を握るヌアージュ。何か言おうとしたライサが口を開くより先に水差しを持ち顔を出したエカテリーナ・イヴァリス(eb5631)が言葉を発した。
「冗談でも言って良い事と悪い事があります」
ライサやカーチャは神に仕える身、聞き逃せる言葉ではなかったし──カーチャにとっては話そうとしていた両親の愛を否定されたようなものですらあったのだから、厳しい口調になったとしても批難できるものではあるまい。
「エレーナさんやユーリーさんが悲しさを纏っているのはニーナさんにも原因があります。そんなに後ろばかり向いていて、過去ばかり見つめて、今を生きようとしないのは何故ですか。ニーナさんに残された時間は二人に比べたら短いでしょう。けれど──」
紡ごうとした言葉の鋭さに一度は飲み込もうとしたものの、カーチャは心のままの言葉を送った──それは嘘ではなく、真実だと思ったから。
「生きようとしない者を、神は祝福されません」
深く一礼し、カーチャは踵を返した。
「水差しを置きに行ったのではなかったのか?」
戻ったカーチャが水差しを持ったままだと気付き皇茗花(eb5604)は視線を上げる。けれど、彼女の頬を塗らした涙が漏れ聞こえていた言葉の欠片を一つに繋ぎ合わせて、何となく事情を察し、茗花はぽんぽんとカーチャの背を小さく叩いた。
「難しいな、人の心は‥‥」
呟く茗花の傍ら、カーチャを追ってニーナの元を飛び出してきたライサは、ユーリーとエレーナに向き直った。
「愛の形に口は出す気はありませんが、ただでさえ儚く、短いともに過ごせる時間を、3人で過ごしたくはないのですか? ニーナさんの最後までの時が、寂しくないよう、暖かいよう、家族三人で手を握っていたいと思いませんか?」
「充分口を出しているとおもうが」
ボソッと呟いたヌアージュを強い視線で黙らせて、ライサは
「一番ニーナさんを喜ばせることはあなた方お二人が幸せであることだと思うのです。あえてお二人にもお聞きします。お二人が今一番したいことはなんですか?」
「‥‥3人で在ること、だろうな。エレーナ、ニーナを頼む」
ライサの言葉から逃がすように、ユーリーはエレーナの背を押した。
●エレーナの村で
そんな一波乱を経たものの、なんとかライサとヌアージュが聞き出したニーナの願い。
それは、娘が1つの幸せを──愛というものを知った姿を見たい、即ち恋人が見たいという願いだった。
ニーナの願いが解ったのならば、エレーナの依頼はニーナの願いを叶えることに他ならないだろう。
けれどエレーナ一人ではどうにも叶えられない願いに、冒険者たちは頭を悩ませた。
──村の若者に頼み込んで恋人を演じてもらう?
──それとも、エレーナに妥協してもらう?
堂々巡りに陥りそうな彼らに光明を投げかけたのは、ナターリア・セルゲーエブナ(eb5639)が運んできたモノだった。
「最終日に村の若者達を招いてお茶会は如何だろうか」
カップを受け取り口をつけた茗花は手の中のモノに視線を落とし、妙案を提示したのだ。
「お茶会か。夏だし、日も長いわけなので、いいかもしれぬな」
「この短い期間でいきなり恋人‥‥というのは少々無理がある気がしますし、私も賛成です」
ヌアージュとライサの表情も花が咲いたように明るくなる。
「それなら、お茶の葉や飾る花などをユーリーさんに頼んでみてはどうでしょうか。薬草をとってきているくらいですから、森にも植物にも詳しそうですし」
お茶の香りを楽しみながら、キリル・ファミーリヤ(eb5612)も一案を呈した。それには、ニーナとエレーナだけでなくユーリーにも参加してほしいという彼の気持ちも含まれていただろう。額面上の言葉に加えてそんな彼の気持ちも伝わったのか、仲間たちは一様に大きく頷いて賛同の意を表する。
「けれど、お客様をご招待するのにお茶だけというわけにもいきませんよね? 準備といっても‥‥エレーナさんだけにお任せするわけにもいかないでしょうし、どうしましょうか」
ナターリアの懸念に満面の笑顔を返したのはマリア・ブラッド(ea9383)である。
「うふふ、その辺りはお任せください。私、これでもメイドですから♪ もちろん、皆様にもお手伝いいただくことになってしまいますけれど‥‥」
「構わんよ、私にできることがあれば何なりと言いつけてくれ」
真っ先に返事をしたヌアージュにマリアは遠慮なく庭と周辺の草むしりという重労働を課したのだった。
普段ならそのお鉢はキリルに回ってきたのだろうが、彼は彼でやりたい事があったのだ──唯一の男性として。
●ユーリーと森へ
キリルがやりたかったこと、それは──夫であり父であるユーリーと二人で話すことだった。
ユーリーの日課である薬草採取を手伝うという名目で森に入ったキリルは、指示された薬草を篭に集めながら一番気になっていたことを単刀直入に尋ねた。
「あなたは、奥さんにお会いしたくないのですか?」
返されたのは沈黙。
ただ無言の時間だけがしばし、その場を包んだ。
「‥‥キミは」
やがて重く口を開いたユーリーは伏せ目がちにキリルを見た。
「キミは、自分の大切な人が悲しむ様を見たいか?」
呟くように毀れた言葉はキリルに投げかけられたもの。けれど答えを望まれているわけではないと察し、キリルは静かに次の言葉を待った。
「人は生まれたときから老い続ける。年をとることも、変わっていくことも、生きている限り自然なことだ」
ユーリーは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「ラベンダーと柊の寿命が違うように、僕たちに流れる刻が違うのも──それも自然なこと」
「‥‥ニーナさんを愛していらっしゃるんですね」
ユーリーの穏やかな感情にキリルが尋ねた。一瞬口篭ったユーリーは、小さく頷く。
「もちろん愛している、家族なのだから」
「心穏やかに想い合うのは素敵なことですが、その想いも、口に出さなければ伝わらない時があります。ありのままを愛していらっしゃるのだと、伝えなくては」
ユーリーと歩調を合わせるように、穏やかに、キリルは胸に沸いた言葉を伝えた。
キリルの言葉は静かにユーリーに染みていく。愛しているのならば、愛していると‥‥言葉にして伝えるべきだと。
「あなたも意思表示をなさるべきです」
風が吹き、ざわざわと葉が擦れあう。
にこりと微笑んで、キリルは止まってしまったような刻を揺り動かした。
「僕たちが滞在する最終日に、村の若者たちを集めてお茶会を開くことにしたのですが、ユーリーさん、お茶の葉や飾る花などを用意していただけませんか? それがきっかけになるかどうかわかりませんが‥‥」
「ああ‥‥是非、協力させてもらうよ」
擦れて散った葉が、地に、落ちた。
●夢を招く現
女性陣は前日からお茶会の準備に大わらわ。はじける黄色い声はキリルの前に見えない障壁を作り出していた。
「‥‥‥圧倒されたか?」
ぽむ、とヌアージュに肩を叩かれ、はは‥‥と力ない微笑みを返すキリル。
「まあ、楽しい年頃なのだろう。今日一日は辛抱してくれ」
同情するヌアージュの手は泥だらけ。草むしりの最中にどうしても抜けなかった短い夏に咲く花を、庭の一角に植え替えていたようだ。
「よろしければ、お手伝いさせてください」
キリルのどこか必死な声に笑いながら頷いた。
そんなことになっているとは露知らず、女性陣の会話は時にシリアスに、時にコミカルに盛り上がっていた。
「よぉーし、頑張って腕を振るっちゃいますよ」
そう言い張り切ったマリアとエレーナ。腕によりをかけた料理を作るつもりなのだろう。
「私の母がもし生きていればエレーナさん一家と同じ状況だったかもしれぬ」
「‥‥私の家は父が人間、母がエルフですね」
カップを磨きながら茗花とカーチャは言葉を交わす。
「私の両親は『老いを気にするよりも、どれだけ長く一緒に居られるかが大事』と言っていますが‥‥女性の方が男性より老いを気にしますし、ニーナさんの考えも間違っていないと私は思います」
コト、とカップを置いて一つ息を零す。
「けれど‥‥大切なのは考え方でなく、家族全員の気持ちではないでしょうか。私にはエレーナさんがとても辛そうに見えます‥‥」
「私が思うにいつの世でも、弥勒様もだが‥‥親が気にかけるのは子の幸せだと思うが」
少しくらい子供が親に我侭を言ったところで弥勒様も罰をお与えになったりはしないぞ、と茗花は珍しく優しげに微笑んだ。
「そうかしら‥‥」
「子供の幸せが親の幸せ、っていいますしね‥‥」
マリアと茗花へ穏やかに微笑みを返すエレーナ。その性質は、老いてなお激しさを残す母親のニーナよりも、父親のユーリーに似ているようだ。
「そういえば、エレーナさんは誰か気になる方とかいらっしゃらないんですか?」
「え?」
マリアが何の前触れもなく唐突に振った話題で、頬に桜を散らすエレーナ。ナターリアはふふ、と上品に笑った。
「いらっしゃるのですね、エレーナさん。頬が赤くなりましたわ」
「そんな‥‥そんな人はいないわっ」
指摘されるや否や、顔を歪ませて強硬に否定するエレーナ。青褪める顔色に、カーチャと茗花は首を傾げる。そんなに恥ずかしがるものだろうか。いや、そもそもこれは恥ずかしがっている者の反応なのか。
「私はいますよ、好きな人。今はイギリスにいるみたいなんですけど」
幸せそうに笑うマリア。
「好きな人がいるって、それだけで幸せなことですよね。種族の違い、寿命の違い、生きる時間の違い‥‥距離ももちろん‥‥高い、とても高い隔たりですけれど、決して乗り越えられないものではないと思うんです。愛さえ、本当の愛さえあれば‥‥。ニーナさんとユーリーさんの気持ち‥‥だから私、ちょっと共感できるんです」
「そうね。時々苦しかったりしても‥‥それも幸せ、なのかもしれないわね」
エレーナの反応に、マリアはナターリアや仲間たちと視線を交わす。
エレーナの胸に誰かが住んでいるのは確実のようだ。
けれど、イゴールや村の若者たちではないようである。
それとなく、あるいは正面切って、あの手この手で聞き出そうとした女性陣だったが‥‥結局エレーナの口からその人物の名前を引き出すことは適わなかった。
そして翌日。
キリルとエレーナが招待に回った村の青年たちが、エレーナ宅に集まった。
年頃のハーフエルフたちに若者たちの胸も躍る。
「よかったら、一休みしていきませんか? ここ、空いてますし!」
「ごめんなさい、今はお仕事中ですので」
にこりと微笑み軽くあしらうマリアと、氷のような視線で射抜くカーチャ。仕事中でなくてもハーフエルフだからというだけで掛けられる声ならば御免こうむる。
若者たちの輪から少し外れて、キリルに抱かれて連れて来られたニーナは椅子に腰掛けていた。
「移動出来る椅子が作れていればな」
楽しげな笑いが響く中、茗花は悔しそうにそう漏らした。台車を作ることの出来る男も村にはいたのだが、生憎息子にはまだその技術は引き継がれておらず、仕事をこなしながら数日で作り上げるのは不可能だったのだ。
ヌアージュが振舞うノルマンの家庭料理に、マリアとエレーナが作った焼き菓子。ライサのハーブティーも、全てが惜しげもなく客人たちに振舞われた。
張りのある声が木霊する中、静かな足音を立ててニーナの背後に立った者がいた。そっとニーナの両肩に手を置いた人物は──そう、ユーリーである。
「ずいぶん久しぶりに、キミに触れるな‥‥ニーナ」
「ユーリー。み、見ないでおくれ! あんたの記憶には‥‥綺麗なあたしだけを」
「キミはキミだろう? エレーナを生んでくれた、俺の妻だ」
「ユーリー‥‥」
十数年にも渡る蟠(わだかま)りは、そう簡単には解けないだろう。
冒険者に出来たのは、一石を投じることだけ。
流れた刻を巻き戻すことも、変化をなかったことにすることも、彼らにはできない。
「ぬ?」
ロシアの料理を堪能することだけに没頭していたヌアージュだったから、客人に気を取られなかった人間だから、気付いた。
ここ数日間で見た笑顔とは全く違う満面の笑みを浮かべるエレーナが‥‥ほとんど両親を見なかったことに。
種族の違う、家族というトライアングル。
時間という琴線の上で交わったトライアングルは、どのような音を立てるのか‥‥希望と不安を胸に抱き、冒険者たちは村を後にするのだった。