夢と希望と野望を抱いて

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 56 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月08日〜08月23日

リプレイ公開日:2006年08月18日

●オープニング

 常にどこか騒然とした雰囲気のある冒険者ギルド。書類を束ね、トントンと整えるのはエルフのギルド員リュナーティア・アイヴァンである。
 報告書なのだろうか、束ねた書類を紐で括り木箱の中に丁寧に仕舞うと、箱に入れずに置いてあった数枚の羊皮紙を手にした。数行で終わっていたり、不自然な文字列になっていたり、それらの羊皮紙は誰が見ても書き損じである。
 羊皮紙の利点の一つは再利用できることであろう。ギルド員が、あるいは記録係が書き損じた羊皮紙の表面を削り再び羊皮紙として使用できる状態にする──地味であるが、これも確かにギルドに所属する者たちの仕事である。
「失礼。よろしいかしら」
 誰がどこからどう見ても地味な仕事をしていたリュナーティアにカウンター越しに声を掛けたのは鮮やかな赤い癖っ毛をアップにまとめた女性。女商人ルシアン・ドゥーベルグである。
「ルシアンさん。すみません、気付かなくて」
「悪いわね、仕事の邪魔をしてしまって。でもお金になる仕事を持ってきたから許していただけるかしら?」
 いたずらっぽく微笑むルシアン。金になる仕事、すなわち依頼の仲介である。
「久しぶりですね、ルシアンさんからの依頼も。それで、どうなさったんですか?」
 手早く手元に寄せた羊皮紙は先程まで手にしていた書き損じで、慌ててまっさらな羊皮紙を取り出すと羽ペンを滑らせるリュナーティア。
「実は、今度キエフに店を構えることになってね」
「噂は聞いていますわ。おめでとうございます」
 商人ギルドでも一目置かれるほどの才覚を持つルシアンである、ギルドにいればそのような噂も耳にする。輸出入の拠点の一つともなる支店をキエフに構えるのは大規模な開拓を進めるロシア王国に様々な需要が発生しているのを知ってのことだろう。
「色々運びたいものもあるから船は押さえてあるのだけれど、色々と人手も必要になるのよね。何から何まで専門家を雇うと高くつくし、ここはひとつ、久しぶりに冒険者にお願いしてみようかしらと思って」
 安全面を鑑みて船はキエフ・ドレスタット間の連絡線と共に海を渡ることとなる。冒険者を雇うことは、もちろん、万が一の時の護衛を兼ねているが‥‥まあ、そんな事態はまず起こらないだろう。ドレスタットへ向かう道中にあるかなしか、という程度だ。
「どのような仕事に手が必要なのでしょう」
「まず、料理人ね。海の漢の料理がいいなら構わないけれど、美味しいものが食べたいじゃない?」
 冒険者含めほぼ四十名分と量が多いので手際良く対応しなければならないだろう。
 努力した結果が『海の漢料理』なのであれば、まあ、許容範囲。
「それから‥‥貴重品の護衛。乗組員が全員信頼できるなんて思わない方が安全だものね」
 積荷の中にはルシアン自ら運ぶほどの貴重品も紛れている。
 不埒者が出ぬよう番をせねばなるまいが、海すら見えぬ船内での護衛は退屈極まりないだろう。
「あとは、船に乗っている間の掃除・洗濯。少しでも快適にすごすために、乗組員にも小奇麗な物を着てもらいたいの」
 汗をかき、そのまま眠り、次の日も汗をかき‥‥ではたまらない。天気の良い日だけで構わぬが、洗濯はしてほしいところ。
 海水で洗うわけにはいかないが、積まれた水には限りがあり、洗濯の優先順位は食事より低いことだけは気をつけて欲しい。
「最後に‥‥馬や兎の世話」
 ルシアンの愛馬と、いつぞやのダンジョンに放たれていた十数羽の‥‥食用ではない兎が積み込まれている。
 それらの世話に加え冒険者のペットの世話も行う必要があるだろう。
「色々ありますね」
「ええ。でも冒険者ならキエフに向かう人もいるでしょうし、帰りの船代が‥‥なんでもないわ」
 にっこりと微笑んだルシアンは足元で見上げる大きな目に気付き、ふわりと撫でた。
「あなたの相手もしてくれる人だといいわね」

 こうして、ギルドに一件の依頼が張り出された。

●今回の参加者

 ea0547 野村 小鳥(27歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3665 青 龍華(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3811 サーガイン・サウンドブレード(30歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea8989 王 娘(18歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1052 宮崎 桜花(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

セレン・ノヴェアール(ea8938)/ フェリア・シェーロ(ea9575

●リプレイ本文

●8月8日
「あらぁ、随分久しぶりね。元気だった?」
 一歩遅れてギルドへ辿り着いたリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)は集まっていた顔見知りの冒険者たちに気付き、雲間の透け扇でゆぅるりと扇ぎながら微笑んだ。
「‥‥何故いつものメンバーなのだろうか」
 リュシエンヌに頷きを返しつつぼやく王娘(ea8989)は周囲を見回して眉をひそめた。もっとも、彼女も他人のことを言えた義理ではないのだが。
「ほんっと、偶然よねぇ」
 ローサ・アルヴィート(ea5766)は見送りのフェリアから30C分のお菓子を受け取りながら楽しそうに笑う。もう一人の友人セレンが苦笑し、言った。
「これ絶対買いすぎだよ」
「おやつは一日2Cまでだからいいのよ」
 友人の忠告にそう返して受け取ったお菓子のチェック。ちなみに30C分のお菓子を買い込んだのは彼女だけではなく、リュシエンヌも同様だ。青龍華(ea3665)はお菓子の材料にと食材を買い込んでいる。それらの山を見て、野村小鳥(ea0547)がしょんぼりと肩を落とした。
「はわ、私も買っておけば良かったです〜‥‥」
「あの、皆さん。お仕事ですからね?」
 そう注意する宮崎桜花(eb1052)の表情も、友人たちに囲まれてにこやかだ。
「いやぁ、それにしても何て華やかな旅路でしょう! お美しい皆さんと共に旅が出来るとは、私も幸せ者ですね」
 白い歯を煌めかせながら爽やかに微笑んだサーガイン・サウンドブレード(ea3811)のどこかうそ臭い言葉に、龍華は大きく頷いた。
「この依頼を受けないと後悔しそうな感じがしたのは虫の──ううん、神様の報せってやつね、きっと! ‥‥今この時だけ神様感謝!」
「普段の信仰も大事にしてくださいね、龍華さん。ところでルシアンさん、確かギルドではあと2名募集していたように記憶していますが、これで全員なのでしょうか?」
 クレリックらしいことを口にし、サーガインはルシアンに尋ねた。
「先に来てるわよ?」
 手にしていた羊皮紙で示された方向には、荷物の積まれた馬車が数台用意されており、ユキ・ヤツシロ(ea9342)とセフィナ・プランティエ(ea8539)が真面目に荷物の確認をしていた。
「さすがにやり手の商人さんですね、食材が豊富で驚きました‥‥。これならジャパン風の料理もできそうですの」
「動物たちの餌は少し足りませんわね。多めにあったほうがいいですし、ドレスタットで買われますか?」
「そうね、ドレスタットで出発の前に調達しましょう。セフィナさん、それまでに必要な量を試算しておいてくれるかしら」
「解りました、纏めておきますわね」
「動物たちも落ち着きました。昨年末の騒動の時には色々と助けていただきましたし、ご恩返しになるように精一杯お手伝いをさせていただきますね」
「すね」
 動物たちにテレパシーで語りかけたフィニィ・フォルテン(ea9114)の報告を、その肩に陣取ったおしゃまなリュミィが真似た。
「それじゃ、新天地へ向けて出発よ!」
「「「おー!」」」


●8月12日
 セフィナは籠に入れたエルドールを傍らに、猫たちへと語りかけた。
「皆さんが狩っていいのは船内の鼠ですよ?」
 ──ブルルルルン!
「どうどう!」
 桜花は落ち着かぬ馬たちを宥めながら手綱を引く。
「初日とはいえ、やっぱり大変ですね」
「メロディを試してみましょうか?」

♪大海原を船は行く
 未知なる土地に想い馳せ
 新たな出会い夢に見て
 希望を載せて何処までも
 大海原を船は行く♪

 明るく優しい歌声を響かせながらフィニィは馬のたてがみを撫でた。魔力を帯びた歌声に桜花とセフィナも声を重ねる。
 交わりあった歌声はやがて動物たちの心を落ち着かせていった。

 ──ボトボトボトッ

 次の瞬間、気が緩んだのだろうか一頭の馬が盛大にボロを零す。
「藁を変えないと!」
 桜花が飛び出した! ふわふわもこもこの兎を愛でるのは、もう暫く先の話になりそうだ。

   ◆

 船旅の間は主に動物のお世話をすることになります。皆さんのペットの世話も担当するので猫さんがいっぱい‥‥!
 これだけで幸せな旅路になる予感がいたしますわね♪
 心配事といえば、動物たちのストレスと、たくさんの猫さんが兎さんに狙いを定めないかどうか、でしょうか。言うことを聞いてくれると良いのですが‥‥
 ──セフィナ・プランティエ

●8月13日
 昨日も今日もルシアンさんが一緒に食事をしてくれない。部屋で食べてるみたいなんだけど、あれはどうみても二人分っ。
 きれいに平らげてるのがすごいけど、もっとすごいのは太る兆しもないってことよ。
 何か秘訣でもあるのかしらね? ‥‥今度、こっそり覗いてみよう、そうしよう。
 ──ローサ・アルヴィート

●8月14日
「リュシエンヌさんは何で護衛なの?」
「野菜を剥いてたら追い出されてしまったのよ」
 食べる部分がなくなるから、と言われたのは内緒だ。
「ローサさんは?」
「それ以外出来ないから! 花嫁修業してないから!」
「要するに、護衛は生活能力のない人たちの溜まり場、というわけですね」
「はーい、サーガイン君はおやついらないって〜」
「ごめんなさい」
「早っ!」
 なんともテンポの良い3人、今はおやつタイム☆
「いいのよ、家事のできる旦那をもらえば」
「そうよねー」
「サーガインさんも貰い手ができるように家事くらい覚えたほうがいいわよ?」
 男女が逆転している気がするのは何故だろう。
「でも、護衛は不要だったようですね。良いことですが」
「最後まで気を抜いちゃ駄目よ?」
 言いながらエックスレイビジョンのスクロールを使用するローサ。廊下を警戒するつもりなのだろうが、一枚の壁しかすり抜けられぬ視線は廊下ではなく隣室であるルシアンの私室に注がれていた。見慣れた簪がひょいっと通り過ぎる。
「あら、雛ちゃんも乗ってたのねー♪ ‥‥って、何でここにいるのっ!?」
「雛ちゃんが!? 隣ね、見てくるわ」
「あたしも行くっ。サーガイン君、ここ宜しく!」
「‥‥えーと‥‥」
 返事をする間も与えられず一人取り残されたサーガインは、ドライフルーツのパイを寂しく口にした。
 ‥‥なんだか、とてもしょっぱかった。

   ◆

 今日は本当に驚きました、まさか雛ちゃんが船に乗っていたなんて! ルシアンさんも内緒にしているなんて意地悪です。
 ジャパンを離れて早1ヶ月‥‥寂しいのでしょうか、雛ちゃんが皆に張り付いて離れません。
 1人で寝るのやー! というので今晩は一緒に寝ることにしますね。
 ──宮崎桜花

●8月15日
 今日は満月。そわそわするリュミィを連れて甲板に出たら、水面に映る月がとっても‥‥眠るのが勿体無いくらい綺麗でした。
 嬉しくてつい口ずさんだ歌で皆さんを起こしてしまったみたいです‥‥でも皆さんと月見酒と洒落込むことができました。
 もっとも、ほとんどおやつ大会でしたけれどね。ワインと一緒におやつ代も出してくれたルシアンさんに感謝です。
 ──フィニィ・フォルテン

●8月16日
 マストに登った小虎が下りられず騒ぎになってしまい、船員たちに迷惑をかけてしまった。
 詫びの言葉の代わりにふりふりエプロンで夕飯の給仕をさせられることになったのだが‥‥因果関係がわからん。
 給仕をしていたら、リュミィがおだんごカバーに興味を示していた。早く飽きてくれることを祈るばかりだ。
 ──王娘

●8月17日
 誰よりも頑張ってる龍華さん、疲れが溜まっているようだったので、マッサージしてあげました〜。
 本当は温泉の後のほうが効果があるんですけれど、水は節約しないといけないので日光浴しながらです。
 船員さんたちの視線が熱かったですけど、気持ちいいって言ってくれて嬉しいです〜♪
 それにしても〜‥‥ローサさんとサーガインさんがいつまでも元気なのがちょっと不思議ですねぇ。
 ──野村小鳥

●8月18日
 作業を終えて小鳥が手を振ると待機していた娘がロープを引き、洗濯物が宙に踊った。
「綺麗になるものだな」
「お疲れ様でした〜」
 初めて洗濯係になった娘、最初はあまりの臭気に能面と化していたが今は普段の無表情。違いは親しい者にしか解らない。
 労うように船倉から漏れ聞こえる竪琴の音色はリュシエンヌのもの。元気の沸く音色だが、船は濃い雲に追われていた。
「雨が降るまでには乾くと思いますよ〜」
 そうでなければ困る、と娘は気も早くフードを被る。
 雨水は貴重な真水。樽に集めるようユキから指示がでているが、それには娘は加わらないだろう。
「そう嫌わないでください、娘姉さん」
「はや? サーガインさん、どうしたんですかぁ?」
「雛菊さんが甲板でお弁当を食べたいというものですから」
 その言葉に振り返れば、荷物を抱えた雛菊がふらふらと危なっかしく歩いている。
「あわわ、危ないですよぅ!」
 慌てて雛菊の荷物──弁当の入ったバスケットを奪うと小鳥はしっかりと雛菊と手をつないだ。
「えへへ〜、小鳥お姉ちゃんもにゃんにゃんお姉ちゃんもサーガインお兄ちゃんも一緒に食べようねぇ♪」
 ほにゃんと笑う雛菊。不穏な空気を孕みつつ、一休みと相成った。

   ◆

 あの少女‥‥雛菊さんと会うために彼女たちを張っていたのは正解でした。
 やはり彼女たちの運命の強さも、運命を引き寄せる力も、信頼に値しますね。これを私のものにできれば‥‥ククク。
 さて、早急に擬態の精度を上げなくてはいけませんね。
 ──サーガイン・サウンドブレード

●8月19日
 全然、全ッ然! 暇がないの!! こんな航海日誌を書く暇も惜しいくらいよっ!
 おやつを作る時間を無くせば可愛い子を愛でられるんでしょうけど‥‥でも喜ぶ顔も見たいのよね。
 かといって、同じメニューで手を抜くのは料理人としてのプライドが許さないのよ! まあ、楽しんでるんだけどね。
 ──青龍華

●8月20日
 ジャパン風の料理を作ったら雛菊様が満面の笑顔になってくれましたの。
 しかも、ぎゅーっと抱きついて『雛ね、ユキお姉ちゃんだぁい好き〜♪』って‥‥。
 思わず抱きしめて頬っぺたすりすりしてしましました。
 会うたびに頬っぺたすりすりする桜花様の気持ち、今ならとてもよく解ります♪
 ──ユキ・ヤツシロ

●8月21日
「い〜におい〜」
 溢れる匂いに誘われて厨房に現れた雛菊は目を丸くする。そこは──そう、戦場だった。
「あ、雛ちゃん。今日は何が食べたい?」
 猛スピードで野菜を切り刻みながら龍華が訊ねた。
「えっと、うーんと‥‥美味しいものがいー!」
「それならばっちりよ! 楽しみにしててね♪」
 鍋につけて塩抜きをした塩漬け肉は小鳥が担当。塩抜きに使った水もスープに使うのだ。
 小麦粉を混ぜていたユキは生地を二つに分け、片方には干しブドウを、片方には賽の目にしたチーズを混ぜる。
「ごめんなさい、今日はジャパン風のお料理じゃないんです‥‥」
「ジャパンのご飯じゃなくても平気なのー。雛、お手伝いする?」
「ええっと‥‥」
 きゅるんと大きな目で見上げられ、ユキは龍華に視線を振る。人手は欲しいが、何かあっては困るのだ。
「雛ちゃん、セフィナちゃんか桜花ちゃんが甲板にいると思うの。魚料理も作りたいから、手伝ってもらって釣ってきてくれる?」
 そう伝えれば、雛菊の相手をしてくれるはず。人の絶えない甲板は雛菊の格好の遊ばせ場だった。
 元気に去っていく雛菊の後姿に、ユキと龍華はがくりと肩を落とした。先日も、お弁当を持たせて返したのだ。
「雛菊様‥‥」
 明日になればキエフに着く、我慢するのも明日まで!
 そう言い聞かせ、再び作業スピードをアップするのだった。

   ◆

 昨晩は駆け落ちしたあの日の夢を見たわ。あの頃は若かったわね〜。
 ローサさんは『寝言でも惚気てたっ』って言ったけれど本当かしら。
 明日はいよいよあの人が待つキエフへ到着。駆け落ちして以来おおよそ50年ぶり、何か変わっているかしらね?
 ──リュシエンヌ・アルビレオ

●8月22日
「やはり地面はいいな」
 目を細めて大地を踏みしめる娘に小鳥がぎゅむっと抱きついた。
「ああ、人肌ってやっぱり暖かいです〜。それにしても、北なだけあってノルマンより涼しいですねぇ」
「‥‥離れろ」
 これなら冬場は温泉が繁盛するに違いない、など考えて小鳥はほくほくと笑顔を見せた。ちなみに温泉があるかどうかはこれから調べなければならないが。
「むー‥‥」
 周囲を見回した雛菊が渋面を浮かべた。ハーフエルフの数が圧倒的に多いのだ。見ようによっては人間よりハーフエルフのほうが圧倒的に多いようにも見える。自他共に認めるハーフエルフ嫌いの雛菊にとって、この地は好ましくない土地に違いない。雛菊の緊張の糸が張り詰めていくのを感じた娘が声を掛けようと思った矢先に、龍華が雛菊を抱き上げた。
「雛ちゃん、難しい顔をしてるわね。大丈夫よ、私も皆も一緒についてるから」
「はぁい‥‥」
「ああ、見っけ!」
 不服そうに頷く少女に、小柄な──小柄すぎる少年がタックルをかます!!
「ふぇ?」
「手紙だよ手紙! 無事に先回りできて良かったじゃん☆」
「雛に?」
 シフール飛脚の少年から受け取ったものは羊皮紙ではない。決して安くは無いジャパンの紙だ。
「雛ちゃん、お仕事ですか?」
「ええっとね〜」
 セフィナに促され、不思議そうに首を傾げながら文面に視線を走らせていた雛菊だが、みるみるうちに表情が凍りついた。
「雛菊さん?」
「さん?」
 フィニィの呼びかけにもまったく反応を返さない。ローサも目の前で手を振り声を掛ける。
「おーい、雛ちゃーん?」
「     」
 眼前で動くものに、瞳も反応を示さない。肉体ではなく精神にストーンを掛けることができれば、こんな反応を示すだろうか。その小さな手から、風に煽られた手紙が飛び立った。
「ちゃんと持ってないと無くしてしまいますの」
 拾ったユキの視界に飛び込んだ、短く記されたジャパン語。ユキは思わず我が目を疑い──次の瞬間、手紙を桜花に押し付けるように放り出し、雛菊へ駆け寄った。焦りに彩られた悲しみを狂化せんばかりに迸らせて。
「まだ、本当のことと決まったわけでは‥‥っ! 雛菊様、雛ちゃん‥‥!!」
「一体、何が──」
 桜花が広げた紙に一緒に視線を落としたリュシエンヌは、それが訃報であることを知った。

 ──慧雪、死す。

「聞かない名前ね」
「ええ、リュシエンヌさんは耳にされたことのない名前だと思います。欧州にいる冒険者ではありませんから‥‥雛ちゃんの、お兄さんです」
「えっ!?」
 何よりも、誰よりも、妄信的に信頼と愛情を寄せていた兄の死亡。心を凍てつかせた雛菊は、それ以降、友人の言葉に反応を示すことすら放棄した。まるで、本能的に兄を追おうとしているかのように。
 混乱に陥る冒険者の中でただ1人、サーガインだけが冷静だった。この状況をいかに有利に利用するか、それを考えられる程に──‥‥