迷子のシフールと赤い宝石

■ショートシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 48 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月15日〜08月21日

リプレイ公開日:2006年08月31日

●オープニング

●冒険者ギルドINキエフ
 各国に存在する冒険者ギルドには、常に厄介ごとが持ち込まれている。
 一口に厄介ごとと言っても夫婦喧嘩の仲裁であったり、戦争の戦力要請であったり、種々多様だ。
 そして今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥

 冒険者ギルドのカウンターに小さな人が座っていた。椅子では差がありすぎるようで、カウンターの上にちょこんと座し、そっと握った左手に右手を重ね、姿勢を正している。
 40センチほどの身長に黒い縁の赤い羽。そしてふわふわの髪は羽の色を模していて、その全ては小さな姿がシフールであることを示していた。
 睨むようにじっとドワーフのギルド員を見上げるシフール。けっして三つ編みヒゲに結ばれたリボンを見ているわけではない。しかしどうやら、シフールは依頼人としてギルドを訪れた人物のようであった。
「リリを探して欲しいのです」
「リリとは誰かの?」
「リリはリリなのです」
「‥‥‥シフールなのかのぅ?」
「リリはキキと双子なのですよ、シフール以外のどの種族になると思ってるですか。三つ編みおヒゲのリボン解いてやるですよ」
 キッとリボンを睨んで憎まれ口を叩くシフールは少女である。名前はキキというらしい。
「キキ殿とそっくりのリリ殿を探せば良いわけじゃな。心当たりは?」
「籠がなくなっていたのです」
 ──だからどうした。
 そう言いたい衝動が沸き起こるが、ぐぐっと堪えて詳しく話すようにとギルド員は促した。
「籠はいつもカラントを取りに行くときに持っていくのです。だからリリは森にいるはずなのです」
 カラントといえば、ロシアでは作物に恵まれないとてもポピュラーな木の実である。色は黒ずんでいて鮮やかさはないのだが、ベリー系独特の甘酸っぱさはロシアでもやはり魅力的なものがあるだろう。少々酸味が勝ちすぎているような気もするが、貴重な砂糖や蜂蜜と煮詰めれば充分に甘いジャムやソースになる。
「カラントの木に向かえば見つかる、というわけではないのじゃな?」
「あの辺にはキキたちのカラントを狙って時々ゴブリンが出やがるのです。1人だと籠が重くて追いつかれてしまうのに、リリはそんなこと忘れてるのですよっ」
 ぷりっと怒ったキキは左手に大事に握っていたカラントを口一杯に頬張った。

   ◆

「いっぱい集まる夜の中〜、赤い宝石ぴかぴかと〜♪」
 頓狂な歌を口ずさみながら、自分の身体がすっぽりと納まってしまいそうな大きな籠を持ったシフールがふよふよと森を飛んでいた。ふわふわの淡い赤毛が風に踊る。
「籠いっぱいの宝石で〜、リリは幸せいっぱいぱーい♪」
 ‥‥籠は空っぽである。これから宝石とやらを採りに行くのだろうか。
「キキちゃんのお顔はにっこにこ〜、リリのお腹はいっぱいぱーい♪」
 上機嫌に飛んでいる彼女が口ずさむ歌は、おそらく思いつくままに歌われているものだろう。
「‥‥はや? リリはどこにいるのでしょ〜?」
 ふと止まってきょろきょろと辺りを見回すシフールの少女、リリ。
 その森はどこを見回しても見慣れた森。森の中で生活をしているのなら当然と言うなかれ。彼女にとっては右も左も同じ風景に見えているのだから──そう、俗に言う『方向音痴』というやつである。
 右を見ても左を見ても何も様子は変わらない。多少なら星読みの知識はあるものの、赤い宝石のある場所には昼間しか行ったことがなく、星から方向を割り出すのは困難であろう。そもそも、現在地がわからないのだから。
「あや〜‥‥キキちゃぁぁん。リリはここにいるのー! ‥‥ぐすっ」
 1人で来たのだから声がキキに届くはずがない。そう知っていても、わらにもすがりたい気分だった。
 めそめそとしていたのも束の間。なんとも前向きなことに、彼女は良案を思いついた。
「‥‥泣いてたらお腹がすくし〜、リリ、頑張ってカラント探そうっと☆」
 そしたらきっとキキちゃんも見つけてくれるよ〜。
 笑顔満面、籠を抱えてふよふよと飛び始めた。右も左も見慣れた森『に見える』森の中を。

●今回の参加者

 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5367 リディア・フィールエッツ(35歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb5610 揚 白燕(30歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb5618 エレノア・バーレン(39歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5621 ヴァイス・ザングルフ(23歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5690 アッシュ・ロシュタイン(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb5763 ジュラ・オ・コネル(23歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5807 ティート・アブドミナル(45歳・♂・ウィザード・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

 夏を通り過ぎ、ピクニックでもしたくなるような涼やかな残暑の心地よい日──藺崔那(eb5183)は虎視眈々と狙う桜牙から孵化したばかりの謎の生物を庇いながら冒険者ギルドを訪れた。

 ──ぎゅむ☆

「わぷっ!?」
 真正面から飛来した何かが顔面にしがみ付き熱烈歓迎ッ!!
「な、何なのっ!?」
「何じゃ、筋肉野郎ではないのか」
 シフールなりに鍛えたらしい全身で熱烈なお触りをかましたティート・アブドミナル(eb5807)は自分の人間違いを棚に上げて舌打ちした。
「それにしてもおかしいのう、今、確かに鍛え上げられた筋肉の芳しい汗が──」
 言い終わる前に藺の背後に現れた巨大な影に、ティートは再び熱烈歓迎をかます!!

 ──がしっ!
 ──さわさわもみもみ

「やめろって、擽ったいだろ」
 ヴァイス・ザングルフ(eb5621)は慣れているのか、拒否しつつも言っても無駄と思っているようだ。そしてそんな二人を見ていて藺は自分のささやかな幸運に気付いた。そして気付いたのがもう1人‥‥
「私と同じかもう少し身長があったら危険だったね」
 リディア・フィールエッツ(eb5367)が呟いた。ティートの熱烈歓迎はヴァイスの胸板──身長が身長なら、その熱烈なお触りを柔らかな胸に喰らっていただろう。しかし、これは誰よりもティートにとって幸運だったに違いない。この二人が鉄拳制裁を加えない道理などないのだから。
「こら、筋肉ダルマたち。キキの依頼無視すんじゃねーですよっ」
 ふよふよと飛来しヴァイスの額を蹴り付ける依頼人。愛くるしい容姿とは裏腹な口調と態度、そして口にされた名前に、アッシュ・ロシュタイン(eb5690)はこめかみを押さえた。
「あの口の悪いのが依頼人かよ‥‥リリはまともだと良いんだが」
 その言葉が耳に届きキキにものすごい形相で睨まれたが、アッシュはしれっと視線を受け流した。
 むう、と頬を膨らませたキキがアッシュに文句を言うより早く、キキの手を握った者がいた!
「しふしふ〜☆ お手伝いに来たよ、よろしくね〜☆」
 元気良く挨拶をする揚白燕(eb5610)に慇懃無礼に頭を下げる。
「‥‥こんにちは」
「シフールの挨拶は万国共通だよ、覚えようよ〜☆」
「リリと一緒にするなです!」
 キィイ! とむきになるキキに波打つ銀の髪を書き上げながらジュラ・オ・コネル(eb5763)は冷水を浴びせ掛けた。
「こうしている間にもゴブリンの毒牙にかかっているかもしれんというのに、探しに行かないのか?」
 弾かれたように姿勢を正したキキはヴォルフの肩に陣取るティートのようにアッシュの肩にちょこんと腰掛けた。
「そうですよ、探しに行くす。何チンタラやってやがるんですか」
「大丈夫です、そんなに心配しないで? キキさんの大切なリリさんを探すために、皆こうして集まっているのですから」
 エレノア・バーレン(eb5618)の言葉にキキは『心配なんてしてないです』とぽそりと呟いて、口を尖らせ黙り込んだ。
 急に静かになったキキに目を転じたリディアはその瞳が揺らいでいることに気付き、無言で視線を和らげた。黙ったリディアの代わりに、肩の重量に辟易しつつも同様に変化を気にしたアッシュが声を掛ける。
「つうか、お前はリリが森のどこら辺に居るのか見当はつかんのか」
「お前じゃないのです、キキにはキキっていう名前があるのです」
 減らず口に安堵し、答えを求めて更に質問を重ねるアッシュ。
「んじゃ、そのキキ様はリリがどこら辺に居るのか見当もつかんのか?」
「森にいると思うですよ」
「‥‥一応聞いておくが、どんぐらいの方向音痴なんだリリは」
 頭を抱えたアッシュの質問にう〜ん‥‥と悩んだ挙句、キキは一番解りやすそうな例えを選んだ。
「行ってきますって言って壁に激突するくらいには方向音痴なのですね」
 意識が遠のきそうになるのを必死に堪え、代わりにアッシュは深く長い溜息を吐いた。


 四日間──といってもカラントの木までの往復で更に一日が潰れてしまうのだが──の全てを森での探索に費やすと決めた一行に迷いは無く、一直線に、深い緑色に覆われた森に足を踏み入れる。虫の、獣の、鳥の声が葉の擦れ合う音の向こうから遠く近く耳を擽る。その森で、冒険者たちは2人ずつ4組に分かれて捜索することを選択した。それぞれがカラントの木を中心に東西南北──ではなく、南西・北西・南東・北東に別れて進む。誰の提案でそんな捻くれ具合になったのかは伏せておこう、アッシュの名誉のために。
「もしかしたらカラントの木に辿り着くまでに見つかるかもしれないと思ったんだけどね」
 リディアの微かな希望は潰えていた。けれど元より足で探す予定だったこともあり、さほど打撃は受けていない模様──否、目の前に広がるカラントの木々に目を奪われていたのかもしれない。
 樹高2mほどのカラントは、藺にも馴染みのある植物だった。他国では黒フサスグリや黒カシスの名で呼ばれるベリー系の実である。それが眼前に、たわわに実っていた。
「確かに、バスケット持って摘みに来たくなるね」
 無事にリリを見つけたら帰りに摘んで帰ろうなどと考えながら桜牙の喉を撫でた。
 さて、4組に別れることにした冒険者たち‥‥南西を武道家・藺&ウィザード・エレノア、北西を騎士・リディア&ファイター・アッシュ、南東をファイター・ヴァイス&ウィザード・ティート、北東を武道家・揚&ファイター・ジュラが担当することになった。キキは悩んだ末、藺&エレノアと共に行動することを選んだ。
「空から探せないのは藺とエレノアのところだけですから」
 エレノアの連れていた仔馬の背に跨って、キキは大真面目に頷いた。依頼人という名のお荷物を背負うことになってしまった二人は顔を見合わせたが‥‥
「キキさんが一緒ならリリさんもすぐに出てきてくれますね、きっと」
 エレノアが微笑み、藺も元気良く頷いた。

   ◆

「リリちゃーん!! キキちゃんが探してるよ〜☆」
 揚は森中に声を響かせようとするかのように腹から大声を出す。
「リリちゃーん!!」
 叫ぶたびに、大事に抱えている虹色の卵がぴくりぴくりと驚いたような反応を返す。
「ほら、ジュラ君も声出さないと〜☆」
「‥‥いたら返事をしろ」
 黒髪に隠れるようにぼそっと漏らしたジュラに揚は笑顔で言った。
「それじゃ聞こえないよ〜☆」
「‥‥‥」
 無愛想なジュラはどうやら大声を出すのも苦手なようだ。けれどそれではリリを探すことはできない。
「う〜ん、どうしよっか〜?」
「‥‥板を、貰ってきた」
 羊皮紙のように高級ではなく、一般に使用されている木の板である。卵を傷つけないように覗き込めば、それが何枚もジュラのバックパックに詰め込まれていた。
「どうするの〜?」
 答える代わりにがりがりと木を掘る。

 ──キキへ。探している。この上にいろ。冒険者より。

「あ、これをぶら下げておくんだね〜☆」
「高さの調整は、任せる」
 シフールの目線が解らないのだろう、と好意的に解釈し快くそれを引き受けた。卵を預けて、木を受け取る。
「呼ぶだけより効果ありそうだよね〜☆ あとは、ここを忘れないようにすればいいんだよね〜☆」
 森林での土地勘なら自信があるんだよ、と笑う相棒に、ジュラは初めて、小さな笑顔を見せた。

   ◆


「方向音痴らしいからカラントの木付近に居るとは限らないけど、通り易い所を通るのはある種必然し、そういう所から探してみよっか」
「そうですね」
 一時は別の森に迷い込んだかもしれないと考えたエレノアだが、思い直した。森と森の境などエレノアの祖国でもあるこの国には存在しないのだ。何せ、国土のほぼ全てといってもいい面積は森で占められていて、地図で見てもそれらは巨大すぎる一つの森にしか見えない──総称して『暗黒の国』と言うくらいなのだから。
「キキさん、シフールってやっぱり広いところの方が飛びやすいのかな?」
「人に拠るです。キキは広いところが好きですけど、リリは狭いところや木と木の隙間に潜り込むような空間が好きですし」
「じゃあ、リリさんの好きそうな道を選んで進んでみよう。キキさんも一緒にリリさんの名前を呼んでね」
 純真な藺のことも、母親の優しさを持つエレノアのこともキキは嫌いではないようで、屈託の無い笑顔に素直に頷いていた。
「リリさーん!」
「あんぽんたんのリリー!」
「リリさーん!!」
「聞こえたらとっとと出てきやがれですよー!!」
「‥‥‥」

 ──悪意はない、キキには全く悪意はないのだ。それは解っている。

 けれどエレノアは、思わず浮かぶ苦味のある微笑を止められなかった。これでも彼女は誰よりもリリのことを心配しているのだ‥‥そう見えないだけで。
 どこか漫才じみた二人の呼びかけに時々声を混ぜながら、木に目印をつけて進む。
「ところで、お日様も星も見えなかったらどうやって方位の判断をするですか?」
 藺の腕に掴まってふよふよと浮かびながらキキは二人を見上げた。方位で進む道を決めた一行だが、方位を見るためには太陽や星が必要なのだ。
「ふふ、キキさんのことは信頼してますから。キキさんとはぐれても帰れるように、木に目印をつけているんですよ」
「藺もエレノアもない頭を使おうとするのは素晴らしい心がけなのです。リリにも教えてやってくださいです」
「無事に見つけたら、いくらでも教えますよ」
「ほら、日が翳る前にもう少し探しておかなくちゃ。野宿のできる場所も探さないといけないしね」
「わかりましたです」
 こくんと頷いて、キキは再び藺とエレノアと共に、片割れの名を呼び始めた。

   ◆

 薄闇に紛れた夕刻。高度を高めに取っていたティートがススーッと降下する。滑らかに宙を行く姿は老いの階すら見せず、シフールそのものだった。
「ヴァイス、もう少し行ったところにもカラントの木があるようじゃ」
 ティートの考えたとおり、カラントの木は当然ながら森に一箇所しか生えていないわけではなかった。所々でカラントの木を見つけたし、移動はティートが上空から眺めカラントが好みそうな場所を目指した。森林に対する土地勘があったからか、年の功か、ヴァイスには解らなかったけれど。
「リリも来るかもしれないし、今晩はそこで野営にするか」
 労うように仔馬ウォーシンザンの鬣を撫でるヴァイス。幾度と無く呼んだ声は森中に空しく散ってしまった。戦闘とは違う意味で、精神的に大きな重圧となっていて、身体も休むことを欲していた。
「この冷え込み程度なら、寝袋で充分だな」
 キエフの8月下旬といえば、他国──例えばジャパンでいう10月中旬の気候である。テントが必須というほどの冷え込みではない。
「わしも一緒にねるぞい。筋肉布団なぞ久方ぶりじゃのう‥‥」
「何でうっとりしてるんだよ‥‥寝袋には入れないからな!」
 そんなやりとりをしている間にカラントの木に辿り着いたのだが、何やら様子が違う。
「何だ、このカラントは赤いんだな」
 摘み食いをしてみると、黒いカラントよりも酸味が弱く甘みが強い。
「リリー!」
「はぁい?」
 籠に毀れんばかりの赤いカラントを摘んだシフールが、木の陰からひょっこりと顔を出した。
「はや〜? 筋肉男さんたちはだぁれ?? リリのこと何で知ってるのー?」
「キキに探してくれって頼まれたんだ」
 キキの名を出した途端に、リリの眼にぶわあっと涙が溢れた。
「えぐ、り、リリね‥‥キキちゃんに会いたいの〜」
「今呼んでやろうの、ちょいと待っておれよ」
 たまごくんの乗せられた仔馬ウォーシンザンに荷物を載せ、安全を確認した場所でヒートハンドの詠唱をし──薪を明るく燃え上がらせた!

   ◆

「お、狼煙が見えるぜ。ってことは、ヴァイスとティートか?」
 アッシュ自慢の目は遠くに上る合図を見逃さなかった。二人の後を付いて回るのは駿馬のオイフェ、エレメンタラーフェアリーのジグルドに仔狐セレン、そして仔兎ピーター‥‥まるで優雅なピクニックである。しかし、何の対策もなく森に対する知識もない二人が歩き回る──それはエレノアが恐れていたことを招いた。

 ──そう、二次遭難である。

「次に探されることにはならずに済みそうだね」
『だね』
 小さく苦笑した口調を真似ながら、ジグルドがリディアの髪を引っ張った。
「痛っ」
「お客さんのお出ましか──坊主、褒めてやる」
 懸命に髪を引っ張るジグルドの視線の先には、4匹のゴブリンの姿があった。リディアはルーンソードを抜きながらジグルドに指示を出す。
「ジグルド、皆を頼むよ」
『ね』
 太刀「救清綱」を構えたアッシュは不敵な笑みを浮かべると唇を舐め上げた。
「悪ィがのんびり遊んでやる暇はねえんだ。速攻でいくぜ?」
「自称とはいえ逃亡者と共闘するとはね」
 姿勢は崩さずにエンペランの基本の構えを取りリディアは一歩、間合いを詰めた。
 そして、青い瞳がすうっと細められる。
「たああっ!!」
 初撃から全力の一撃を見舞う!!
「ヒュー♪ 俺も負けちゃいられねえな」
 そして二人は鬼神の如く、的確に、手加減のない攻撃を見舞い続けた──勝利を掴み取る、その時まで。

   ◆

 赤い二匹の蝶がぶつかる様に激しく抱き合った。
「リリ! キキに内緒で出かけるのは駄目だっていつも言ってるです!」
「キキちゃんの大好きな赤い宝石探そうと思ったの〜。ごめんねぇ?」
「キキはリリの心配なんて、これっぽっちもしてないのですよっ!」
 ぷいっとそっぽを向き、ごしごしと目をこするキキ。
「えへへ、リリ、キキちゃん大好き〜」
「キキの方がもっと大好きにきまってるです」
 頬を摺り寄せられたキキは、負けじと頬を擦り返した。
「なんだ、仲良しなんじゃない」
「仲が悪いなんていってねぇです」
「はいはい」
「はいは一回です」
「はーい」
 口は悪いが中身まで悪いわけではないとこの数日間で知ったから。そして、解りにくいけれどキキがとても嬉しそうだったから。知らず、藺もふわりと頬を綻ばせていた。
「結局ゴブリンには遭遇しなかったけど‥‥リリさんが無事に見つかったんだし、危険は少ないに越した事はないよね」
「うん☆ しふしふは、森の中では結構見つけにくいからね〜。無事に見つかって本当に良かったよ〜」
 いつの間にかキキに肩を陣取られていたアッシュはついと視線を泳がせた。まさか二次遭難をしかけていたなんて、口が裂けてもいえない。
「本当に、見つかって良かったよ」

 ──あの狼煙がなければ迷ってしまっていただろうから。

「赤いカラント沢山つんで帰ろうね〜☆」
「わぁい! ベリーのパンもカラントのジャムも大好き〜」
「どうしてもっていうならキキも食べてあげます」
「‥‥朝になったら、沢山摘んで帰ろう」
 ジュラの素敵な提案で、そして思わぬほど早く見つけられた努力の甲斐もあって──フリーになった丸二日間は、お菓子作りとカラントパーティーを堪能したのだった。