運命ノ呪
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■ショートシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:09月12日〜09月17日
リプレイ公開日:2006年09月21日
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●オープニング
●墓標
秋の香りを乗せた風が、月の明かりに照らし出された真新しい石碑を撫でる。
そして石碑の冷気を纏い、膝を突く女性の髪を靡かせる。女性の名はエレーナといい──石碑に記されたニーナという名の女性の娘である。黙祷を捧げたエレーナは顔を上げ、目の前の真新しい石碑──母ニーナの墓石を見つめる。冒険者に依頼をし、笑顔を取り戻した母はその後体調を崩し、娘エレーナと夫ユーリーの見守る中、タロン神の御許へ旅立った。病床での数日間はニーナにとって充実したものだった、とエレーナは思う。冒険者に仕事を依頼して良かった、とも。
享年66──比較的長寿だったといえよう。
だが、ニーナが死んで砂上の楼閣は崩れ去った。微妙な調和は崩れ、父ユーリーとはお互いに腫れ物に触るような態度を取り合っている。今晩のように、耐えられず墓場に来ることも少なくは無い。けれど、幸せな旅立ちを迎えた母に‥‥たとえ墓標といえども胸の内を相談するわけにもいかず、エレーナは知らず深い溜息を零した。
──ざわ‥‥
生暖かい風が月を隠す霞みを引き連れて森を抜ける。
不意に、背後に気配を感じて振り返った。佇んでいたのは、夕闇の中でも輝かんばかりの金髪を持つ見目麗しい男性。
「ユ‥‥父さん」
「真夜中に出歩くものではない。戻ろう、エレーナ」
温もりを伝えるように肩を抱き寄せたユーリーに、エレーナは身体を強張らせた。母が死んで以来、伝わることのなかった温もり。揺れそうになる自分を戒めるよう身体だけでなく表情までも凍りつかせた愛娘を、父は優しく抱き寄せた。
「今までどおり、ユーリーと」
「父さんは父さんだわ。今までも、これからも変わらない」
「僕が何も知らないとでも?」
短く、鋭く放たれた一言にエレーナはビクッと身体を震わせた。風が呼んだ霞みが月に目隠しをする。
「僕はキミの望むものを与えられる。言ってごらん、僕のエレーナ」
耳元で小さく囁いた、父の言葉。僕のエレーナ、可愛いエレーナ、この46年間‥‥幾度そう言われてきただろう。
「さあ、エレーナ」
促す男は女の髪を指に絡め、口付ける。彼は何をどこまで知ってしまっているのだろう。縋るように見上げたエレーナの視界の端に、母の墓標が映った。
──駄目、それだけはいけない。
理性が留めた最後の一歩。それを突き崩したのは他ならぬユーリーだった。
「あれはただの石だ。ニーナはもう死んだ」
全てを知っている──そう悟ったエレーナはユーリーを見上げた。最愛の父を。
「ユーリー、愛しているわ。道に背いても、タロン様の神罰が下ろうとも。だから、お願い‥‥私を‥‥」
そっと目を閉じた娘の額に、頬に口付けて‥‥優しく抱き締め耳元に囁いた。
「愛そう、キミがそう望むなら。命ある限り共にいよう‥‥エレーナ」
「ありがとう、ユーリー」
唇が重なった。想いを確かめ合うように強く抱き合い、欠けていたものを埋めるかが如く深く唇を貪りあった。背筋を伝い腰を撫ぜた指が胸元を擽る。幸せな微笑みに羞恥を浮かべるエレーナ。ただ一滴の後悔を滲ませていた瞳は、やがて蕩けるように焦点を失った。
──トサッ
力を失い地に崩れ落ちたエレーナの身体へ、いつしかその手に白い珠を握り締めたユーリーが圧し掛かる。
「背徳の道を共に歩こう、清き心のエレーナ。キミの望むままに‥‥」
声無きエレーナの身体を、ゆっくりと霧が包み込んでいった。
●依頼
ある日の夕刻、冒険者ギルドへ依頼が舞い込んだ。
「娘が目を覚まさないんだ‥‥もう、三日も」
エルフの男性は、三つ編みヒゲのギルド員へぽつりぽつりと切り出した。
揺れる炎に明るく照らされた室内で、ギルド員はインク壷から羽ペンを取り上げた。
「詳しくお話しいただけますかな?」
依頼人のエルフは、半月ほど前に妻を亡くしたばかりだという。そして残されたのは一人娘。二人きりになった家族は気まずい雰囲気を纏ってぎくしゃくとした日々を送り、耐えられずに娘は妻の墓前で祈りを捧げることが増えていた。それには気づいていたが、依頼人にはどうしようもなく‥‥ぎこちない日常が続いていた。
急激な変化が訪れたのは、数日前だ。
「きっかけはいつものように些細なことだったと思う」
そう、覚えていないほど些細なことだった。そして深夜にも関わらずいつものように娘はこっそりと部屋を抜け出して、妻の墓前に祈りを捧げに行ったのだ。村の近くにモンスターが出たことはなかったし、村人たちも暴挙を働くような人物はいないと知っていたから、依頼人は気付かぬふりをしていたのだという。
「だが、娘は一向に帰ってこなかった」
数時間が経過し、霞みに月が覆われて闇が濃くなり‥‥流石に心配した依頼人が村はずれの墓場を訪れたときには。
「娘は、地面に倒れ眠っていた。声を掛けても、頬を叩いても、目覚めの薬草を焚いても‥‥目覚めない」
「それからずっと、眠り続けている‥‥と?」
ドワーフのギルド員の言葉に、依頼人は頷いた。
「医者にも診せたが身体に異常はないそうだ。恐らく、自然な眠りではないだろう。食事もせず、水分も取れず、このまま眠り続けたのならば数日の内に妻の元へ行くだろうと言われた」
淡々と表情を変えずにいた依頼人が、初めて、表情を歪めた。辛そうに、痛そうに。
「冒険者なら何か知っていないか、娘を目覚めさせる方法を。僕からエレーナを奪わないでくれ‥‥」
「エレーナさん? 娘さんは先月、ギルドに依頼を持って来なかったかね」
「ああ。妻‥‥ニーナを楽しませて欲しいと。面倒をかけてばかりですまないが」
依頼人ユーリーは再び頭を下げた。
こうして、ギルドに緊急の依頼が掲示された──1人の、心優しいハーフエルフを救うために。
●リプレイ本文
●キエフで出来ること
市場も喧騒を失わぬ昼日中、藺崔那(eb5183)とエカテリーナ・イヴァリス(eb5631)、そして皇茗花(eb5604)の三人はキエフの街を走り回っていた。賑わいを見せる酒場や、大きな商店の近辺など冒険者のいそうな場所を片っ端から巡ると、教会に顔を出す。
「もう時間ですか?」
本の山に埋もれていたキリル・ファミーリヤ(eb5612)が顔を上げ、一度は落ち着いていた埃が舞い上がった。
「それもあるけど、経過確認かな」
「皆さんの方はいかがでした?」
キリルの問いかけにカーチャと崔那は暗い視線を交わす。
「相手はデビルだろう、っていう所までは当たりがついたんだけどね」
「デビルだとすると出回っている情報も少ないですし‥‥」
「日頃から他の冒険者と親しくしておくべきなのかもしれんな」
偶然の邂逅を求めるより確実性がある。
「残念だけど、お手上げ。キリルは?」
「そこまでは辿り着けたのですけれど‥‥」
最高司祭は多忙で突然訪れても会うことは叶わない。デビルについては解っていることの方が少なく、一介の司祭では詳しい話を聞くことができなかった。
「その本に役に立つ情報は載っていなかったのですか?」
「残念ながら、ラテン語はさっぱりで」
目を通していたのはラテン語を修めた者にとっても難解であろう文章で綴られた書物。そこは恐らく宝の山で、キリルの求める情報も眠るかもしれないが引き出すことは叶わなかった。
「ここにいたか」
茗花の友人京士郎が声を掛けた。その後ろから、カーチャの友人スィニエークがおずおずと顔を出す。状況を聞き知恵と力を貸しにきたのだ。
「その症状は、デビルの所行に近い物が‥‥確か、デスハートンといったかな」
「いえ、あの‥‥デスハートンは、魂の一部を抜き取って白い珠にするもので、眠り続ける効果はありません‥‥」
「そうなのか?」
スィニーと京士郎の言葉を興味深く聞く。結局、情報収集を手伝ってくれた二人の知識が何よりの情報となった。ことデビルに関しては、対峙した経験のある者から話を聞くのが手っ取り早く確実である──4人はそう実感した。
司祭たちへ礼を言い綺麗に片付けると、魔法の靴を履き、或いは愛馬に跨り、キエフの街を後にした。
●眠りに囚われし娘
懇々と眠り続ける女性の枕元に膝をついて、マリア・ブラッド(ea9383)は滲み出ていた汗を拭った。
「失礼しますね」
夜着を着替えさせ、身体に異常が無いか確認するマリア。メイドを生業としているだけあって、この辺りの手際は流石である。
「傷はありませんね‥‥。本当に寝ているだけ、なのでしょうか‥‥」
特筆すべきことといえばその消耗具合であるが、それは事前に聞いていた通りだ‥‥数日のうちに命の灯火が消えるであろうことは見て取れた。こんな症例は知らない‥‥その不自然さに、マリアの脳裏を恐ろしい考えがよぎる。
──人間以外のモンスター‥‥それも悪魔か霊体による仕業かもしれない‥‥
否定するように首を横に振る彼女へ、扉を静かに押し開きヌアージュ・ダスティ(eb4366)が姿を見せた。
「どうだ?」
「特に、異変は‥‥」
「そうか」
参ったな、と息を吐くヌアージュ。
「エレーナ殿が倒れた日、村では特に変わったことも無かったそうだ」
「そうですか‥‥。そろそろキエフに残った皆さんもいらっしゃるでしょうし、お茶の仕度でもしましょうか」
眺めていてもエレーナの様子は変わるまいし、枕元でする話でもないだろう。
寝汗を吸った夜着を抱えて立ち上がった。情報の整理が必要だった。
お茶の支度が整ったのを見計らったかのようなタイミングで、キエフにて情報収集をしていた仲間たちが到着し、依頼人ユーリーの家の一部屋を借りて情報の共有化を図る。
「問題はデビルが何故そうしたのか、です」
カップをテーブルに置いて仲間たちの顔を見渡しながらローザ・ウラージェロ(eb5900)は力強く言った。
「無差別ならエレーナさんだけがこうなったのはおかしい。つまり彼女にのみ襲われる理由があったという事です」
ローザの言葉にレイブン・シュルト(eb5584)は首を傾げる。黒髪が流れ、上品な顔立ちが蝋燭の灯りに揺れた。
「デビルが人の心の弱みに付け込むのなら‥‥エレーナ殿の心に隙があった、ということではないのでしょうか」
「それなら、ニーナ殿が亡くなった悲しみだろうな」
茗花はそう言ったが、ヌアージュはカップのハーブティーを口に含みながら、記憶の中のエレーナを‥‥脳裏から離れなかった面影を追った。
道中、そのことを聞かされた仲間たちもそこに原因を見ようとするが、推測されるのは二人を否定するような内容で‥‥口にするのも憚られ誰ともなく視線を伏せる。
その言葉を口にしたのは理想と心の狭間で揺れ続けるカーチャだ。
「失礼な憶測になってしまいますが‥‥エレーナさんの想い人というのはユーリーさんなのではないでしょうか」
深い溜息が室内に満ちた。行き着いた赦されざる結論。
「エレーナさんの態度の他にも原因があるかもしれません」
「そうです。怪談話などにもあるように、母親の幽霊が娘を連れて行こうとしているのかもしれませんし」
「ニーナさんは誰よりもエレーナさんの幸せを願っていましたから‥‥それはないと信じたいです‥‥」
ローザの言葉にマリアが頭を振る。行き詰まった空気にキリルが意を決した。
「二人暮らしになってからのぎこちない空気、ユーリーさんに心当たりがないか確かめてきます」
誰かがやらなければならない嫌な役目。悲しいかな、キリルはそれを担うのには慣れている。
「一人で背負うな」
茗花とローザもカップを置いて立ち上がった。
●隠されし真実
──キィ‥‥
扉を開けて暗闇を裂いたのはユーリーだった。
「エレーナ‥‥」
額に張り付いた髪を避けると静かな寝息が手のひらを擽り、その吐息を逃さぬように手を握った。開く兆しも見せぬ瞳を見つめて額にゆっくりとキスをし、エレーナの香りを胸に満たすように息を吸うと小さく呟いた。
「キミがいなくなったら‥‥」
雫がエレーナの唇を濡らした。痕跡を消すようにその唇をそっと拭うと──崩壊した日常に想いを馳せ、ユーリーは後ろ手に扉を閉じた‥‥。
娘の部屋から姿を見せたユーリーを迎えたのはキリルと茗花。
「二人暮しになってからぎこちない日々を過ごされていたそうですが‥‥そうなってしまった理由を察しておられるのではありませんか?」
「それは‥‥」
言葉を濁すユーリーへ、キリルは踏み込んだ。
「その理由こそが原因である可能性が高いのです。僕のような部外者に話すのは躊躇われるでしょう。けれど、時間がないのですよね?」
「せめて同行した仲間以外へは伝えないことを約束しよう」
まっすぐに瞳を向けてくる三人から‥‥そして事実から、ユーリーは逃げることを止めた。
「エレーナは僕に対して赦されない想いを抱いている‥‥神への冒涜だ」
「想い人は、ユーリーさんだったのですか‥‥」
ローザはじっと依頼人を見上げた。そして、危惧していたことが現実となって眼前に現れ、キリルは無意識に十字架を握り締めた。
沸き立つ感情が思考を阻害し言葉を失ったキリルが何かを口にしようとしたとき、ユーリーが頭を振った。
「いや、それは僕も同じか。‥‥妻より深く、エレーナを愛してしまったのだから」
──ガタン!!
物陰からヌアージュとマリア、崔那が飛び出した。
「すまぬ、聞くつもりはなかったのだが」
「構わぬ。後で話すつもりだったからな」
エレーナの様子を見に行くつもりだったのだろう。それらしい荷物を携えているのを見て取り、茗花は責める言葉は口にしなかった。代わりに、話の続きを促す視線を送る。
「悟られぬように距離を置いたんだ‥‥自分が、彼女が、決して間違いを犯さぬように」
「ユーリーさんの想いは、エレーナさんは知らないの?」
「ああ」
「辛かったでしょうね、エレーナさん‥‥」
崔那の言葉に瞳を翳らせるマリア。母を想う気持ちは本物だった。けれど、同じ男性を、しかも赦されない相手を愛してしまったのだ。
「ふむ、そこに悪魔が付け入ったのだな」
合点がいったと手を鳴らすヌアージュ。茗花は銀のネックレスをユーリーへ預けた。
「万一の護りだ」
「エレーナさんは僕たちが護るから」
10数年ともいう歳月は、エルフにとっても決して短い期間ではない。あの時ユーリーは『家族だから愛している』と口篭った後に言った。けれど妻へは愛していると言わなかった。夫婦は愛し合っているものだという先入観が瞳を曇らせていたのだ。
「‥‥そうですね。愛の是非よりもデビルの駆逐が先です」
記憶に飲み込まれていたキリルも瞳を前へ向けた。皆の視線は何より忌むべき、まだ見ぬデビルを睨めつける──
●夜闇の闘争
レイブンのくしゃみが響く。夜の墓場の警戒は寒かった、ひたすら寒かった。そして何も現れなかったのだから疲労はとても大きい。
「灯台下暗しとはよく言ったものですね」
ローザは肩を竦めた。墓場を見張っていても何も出ないはずである、元凶は──エレーナに憑いているのだから。
「ブレスセンサー様々だね」
苦笑した崔那。神の加護が与えられた品に触れても無反応だった体から、ブレスセンサーによって二つの呼吸が確認されたのだ。けれど憑依しているデビルへ手を出しあぐねている間に夜を迎えてしまった。手にした武器も、魔法も、エレーナの身を傷つけるものばかり。
その時、変化が現れた。
「んっ‥‥は、ぁ‥‥‥」
魘されているにしては官能的な喘ぎが響く。細い身体は時折り稲妻が走ったように跳ね、弛緩した肢体がじっとりと汗ばんだ。
「これは‥‥」
他人の情事を盗み見ているような錯覚に、数名が赤面し視線を逸らす。
「このままではエレーナ殿の命を奪うまで憑依を解かないだろうな‥‥」
レイブンは頭を押さえた。その視界に、色鮮やかなリボンが舞った。
「仕方ありませんね」
武器を構えたのは、他ならぬカーチャ!
「カーチャさん!?」
ローザの叫びが響く。
「死ぬより、怪我の方が良いでしょう」
淡々と言い放つ言葉の裏に言い知れぬ苦悩を抱いたカーチャ。その剣に手を沿え思いとどまらせたのはマリアだった。
「私の、わがままですけれど‥‥崔那さん、ヌアージュさん、お願いできますか」
「‥‥わかったよ」
「うむ。傷を付けぬようにしたいのは私も同じだ。レイブン殿、オーラを頼めるか」
「捕らわれし少女を救わんと願う志、力となりて拳を包め──」
仄かにピンクに輝いたレイブンの手からオーラパワーが付与される。
──そして拳が、振るわれた‥‥
「あぁんっ、く‥‥‥んっ!」
「‥‥悪魔の誘い、偽りの愛に身を任すな‥‥」
夢に囚われたエレーナ以上に、現実にいる一同の表情は苦しげだった。
けれど憑依の解かれることを信じ、武器を構えて闇に立つ──!
その時、闇が蠢いた。
エレーナの姿に重なり、霧が姿を現した。宙へ浮かび、ほんのりと暗い光を放った霧へ、マリアが吼える!
「ユーリーさんを‥‥一人になんかさせない‥‥! エレーナさんを‥‥このまま死なせたりはしない!!」
銀のナイフで切りかかった!
「茗花さん、お願いします!」
「承知した」
傷の回復を茗花に任せ、カーチャは剣を振るう。
「消えなさい。貴方が居て良い居場所は無い」
思う様に攻撃を受けた霧はユーリーに似た、彼すら及ばぬ魅惑的な男性へ姿を変えて舞い降りた。
「背徳の道を望んだのは彼女だ。父親に愛して欲しいと‥‥」
「でもあなたはユーリーさんじゃない」
「彼女は僕を見て言ったよ?」
手にした白い珠に口付けるデビル。言葉を返され、ローザはキッとデビルを睨んだ。
「だから僕は契約をした。命ある限り共にいようと」
「一週間と知ってのことだろう」
「それ以上は体が耐えられない。そしてエレーナは現実に耐えられない。得られる結論はひとつだ」
レイブンの言葉に、まるでエレーナを愛しているかのような口ぶりのデビル。
その前に立ち塞がったのは──マリアだった。
「そうです‥‥いかに詭弁を弄そうとも結論はひとつ。エレーナさんが選び取るひとつだけよ、あなたに決める権利はない!!」
小さな武器を手に再び踊りかかるマリア!
しかしその武器はデビルを傷付けない!!
「銀なのに、どうして!」
「デビルは同じ武器からダメージを受けないようにする魔法があるんだって‥‥でも!」
荷物から取り出した聖者の法衣と守りの衣をそれぞれの手で握り締め、そのまま攻撃!! デビルが吹っ飛んだ!
「双龍爪の味はどう!? そんなの、工夫次第でどうとでもなるんだよ!」
「くっ!」
けれど、攻撃はそこまで。荷物を漁るか逡巡した隙に、逃走を図ったのだ!
そして、宙を行くデビルの速度に追いつける者はいなかった。
目覚めたエレーナを待っていたのは。
「おはよう‥‥おかえり、エレーナ」
握り締めた娘の手に塗れた頬を寄せるユーリー。けれど、そこへは‥‥辛い言葉が降り注いだ。
「許されることではありません。それはわかってますよね」
知人の恋を応援したい気持ちもある。けれど神聖騎士──キリルには許容できないことだった。
「‥‥一度、離れて暮らすことをおすすめします」
丁寧に一礼をして、キリルは部屋を去った。同じく聖職者の茗花もどこか厳しい表情だ。
「私も故国では間違いで出来た子と呼ばれていた。それを思えば彼女の愛を否定する事は出来ぬ。しかし‥‥キリルの案を推す。広い世界を見ることで変わることもあるだろうからな」
「‥‥色々考えて、本当に自分が納得出来る答えであれば、私からは何も言う事は‥‥」
「お互いを不幸にならぬことを祈る」
否定も肯定もしない、それがカーチャの精一杯の譲歩。そして二人に続いてレイブンも部屋を出た。
ヌアージュは、言葉を発さず。ただ一度、全力でユーリーを殴り、去っていった。
「私の今までの経験からすると、人はいつどうなるか判りません。誰かの迷惑になるのでなければ、やりたい事をやれる時にやるべきです」
逆に応援したのはローザ。
「全てはお二人が決めることですが‥‥どうか、運命に負けないで下さい。運命は、打ち破る為にあるとどこかの誰かが言いました。負けないで‥‥」
マリアも、肯定も否定もできなかった。ただ、後悔しないようにと──それは崔那も同じ。
「本気なら僕は止めないけど‥‥後悔はしない様にね」
「ありがとう‥‥」
微笑んだエレーナは、ユーリーに運んでもらった包みをマリアと崔那に預けた。
「お墓‥‥寒かったでしょう? これ‥‥母さんがいたときに編んだの。良かったら‥‥」
皆で分けられるほどの、たくさんの毛糸の手袋。
この温もりを作り出す彼女が少しでも幸せになれるように‥‥何に祈ればいいのかと、チクンと胸が痛んだ。