船を喰らうモノ
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■ショートシナリオ
担当:八尾利之
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月07日〜09月12日
リプレイ公開日:2005年09月14日
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●オープニング
傾いた船体に波が轟音を立ててぶつかると、船は大きくかしいで、水に浮かべた木の葉のように押し流され、横転し、甲板を海中に沈めたあと、さらに回転して、再び元の体勢に戻った。
甲板にいた船員はほとんどいなくなっていた。
「なんて波だ!」
舵にしがみついていた船長が、飛沫となった波の大雨にかき消されながらも叫んだ。
「デイビッド! スティーブン! ポール! マーク! アダム! どこにいる! チクショウ!」
波の間隙から、おおい、おおいと声がする。
船長は声の出所を探して海面に目をこらしたが、いくら凝視しても、声の主を見つけることができない。必死に舵を回して船体を波に立てると、船長は船の縁に駆け寄って、自らも声を上げて反応を伺った。
しかしもうそのときには、船長がいくら声を張り上げても、それに応える者はいなくなっていた。
そこへ突如大波が、毛布をかけるように覆い被さってきた。
中型帆船はすっぽりと波に飲み込まれた。マストが勢いに耐えきれず折れ、倒れた。ロープが引きちぎれ、狂ったようにのたうち回る。さらに波がもう一撃を加えると、緊張の糸がぷっつりと切れたかのように船体はまっぷたつに割れた。
船底に海水が入り込んだかと思うと、あっという間に甲板まで登りつめ、船は浮上する能力を永遠に失って、海の底へと引きずり込まれていったのであった。
「海がおかしい」
という話は、ドレスタットの港からほど近い酒場に行けば、いやというほどあふれかえっている。
その予兆はあった。ドラゴンたちの襲来から、ノルマンは立て続けにおかしな事件が頻発している。関連があるかどうかは誰にもわからなかったが、そんなことはどうでもよかった。
「ノルマンは呪われてるのさ」
酒をあおっている男がつぶやけば、周囲へとまたたく間に広まっていく。そう言っているうちに、ほかの一人が、
「いや、あれはモンスターのせいだ」
と言えば、今度はそれが広まっていくというありさまだった。
このような状況では収集がつくはずもなく、混乱は一日一日と増すばかりであった。
「なんとかしなければならぬな‥‥」
ドレスタット郊外に人気をはばかるように建っている屋敷の窓から、ライト男爵は、オールバックの金髪を後ろになでつけながら、その視線は厳しく海に向けられていた。
ドレスタットから見える海は穏やかでありながら、なにか内に狂暴な野心を秘めているように思えた。
「旦那様」
「どうした」
窓を見つめたまま返事をする男爵に、執事は手紙をそっと彼の手に滑り込ませた。ライトは軽やかな動作で手紙を広げると、ほんのわずかに視線を落として紙面を見つめ、すぐに窓の外へと戻した。
「また被害が出た。これで五隻目だ」
「‥‥海賊でしょうか?」
「いや。生き残った者の証言によると、そのような類のものではないらしい」
「いかがいたしますか」
「危険な仕事だが‥‥生存者がいるやもしれぬ。救出に向かわねばなるまい」
「船員たちは臆しています。出航できるかどうか‥‥」
「ドレスタットの荒くれも質が落ちたな」
ライトは自嘲気味に笑うと、静かにあごをなでた。
「冒険者を雇うか」
「危険すぎます」
「危険に向かわず、なにが冒険者だと言うのだ。それに、それしか手はあるまい」
「しかし‥‥」
執事はため息をついた。ライト男爵は一度決めたら、なにを言っても無駄であることを長年の経験から知っているからだ。ライトはそんな執事を気にする様子もなく、踵を返すとマントを取り上げた。
「どちらへ?」
「皆にばかり危険を押しつけるわけには行くまい。私も船に乗る」
さすがの執事も、これには目をむいた。
「まさか! ご冗談でしょう?」
「私とて、かつては船長として北海を泳ぎ回っていた。下手な船乗りよりは有能だと自負している」
「それはそうですが‥‥しかし、旦那様は当家にとって重要なお方。その身にもしものことがあっては」
「高位の者は、こういうときこそ人々を助け、士気を上げるものだろう。この期に及んで臆し、地位にしがみつくのは愚者のなすこと。私は一人の人間として、助けを求めている者たちがいるならば、それを助けたいのだ」
「これは‥‥ですぎた真似をしました」
「いや。あとは頼んだ」
「御意。お気をつけて」
その日のうちに、冒険者ギルドには募集が張りだされた。
●リプレイ本文
夕食に集まった皆を前に、ライト男爵は親しみを込めて「友よ」と語りかけた。
「今回、この任務に参加してくれたことを感謝する。過酷な船旅になるやもしれぬが、協力し合えばどんな困難でも乗り越えられるはずだ。友よ、力を合わせて危機を乗り切り、助けを求める者たちを救い出そう」
食卓には毛翡翠(eb3076)が腕をふるった魚介類たっぷりのブイヤベースが並べられている。立ち上る湯気は香りよく、空きっ腹には耐え難い誘惑だった。
「それでは、食事にしよう」
男爵が開始の宣言したのに合わせて、皆はむさぼるように食べ始めた。
「味はどうであろうか」
味見をしたとはいえ、他人の評価は気になるもの。不安そうな毛に、レン・ゾールシカ(eb2937)が親指を立てた。
「すげえ美味い!」
「あんた、なかなかやるねえ。よかったらレシピを教えておくれよ」
ナタリー・パリッシュ(eb1779)も満面の笑みをたたえながらスープをさらにひとさじすする。
「いつでも喜んでお教えいたしますぞ。私の拙いものでも構わなければ、の話であるが」
「謙遜する必要などあるまい。すばらしく見事な味だ」
素直に関心しているアン・ケヒト(eb2449)の横で、ミスト・フロール(ea9568)も小声で「とっても美味しいです‥‥」と意志を伝えた。
シフール用に用意された小椀に大満足なシルヴィア・ベルルスコーニ(ea6480)とエリーヌ・フレイア(ea7950)もしきりにうなずいている。
レンティス・シルハーノ(eb0370)は、食べるのに夢中になるあまり、言葉もでないといった様子だった。
食事が一段落して、各々が持ち場に戻る中、エリーヌがライトを呼び止めた。そのときライトは、レンティスと共に海図を開き、現在地を確認しているところだった。
「男爵様、お忙しい中申し訳ございません。ご無礼かと思いましたが、おたずねしたいことがございまして」
「いや、気にしなくて構わない。なにかね?」
「高波にさらわれた方々が生きている可能性はあるのでしょうか? 沖で高波にさらわれた場合、いかに船に慣れた船員の方々といえども到底生きているとは思えません」
レンティスが顔をしかめてなにか言おうとしたのを、ライトが制した。
「あなたは、人の生き死にを可能性で論じるのかね。確かに、亡くなっている可能性は高い。高い、が、絶対ではない。ならば、今も海面を漂い、助けを求めている者たちがいるやもしれぬのだ。わずかでも生きている可能性がある以上、私は助けに向かう。あなたも、そのつもりなのであろう?」
「ええ、ですが‥‥」
「エリーヌ、そのへんにしとけよ。俺は救出された奴に会って話をしてきた。嵐を生き延びた奴がいたってことさ。そいつの話によると、まだ生きていた奴も何人かいたらしってことだ。つまり、そういうことさ」
「わかりました‥‥。男爵様、お許しください」
「いや、私は構わんよ。私たちは死地に向かっている。不安になるのは当然だ。少し気が昂ぶっておられるようだ。交代まで休んでおいたほうがいいだろう」
「はい」
夜が明け、朝がきた。
空は晴れ渡り、海風が心地よくシルヴィアの長髪をなでていた。エリーヌから見張りを引き継いだ彼女は、寝ぼけ眼を必死にこすりながら、日の出を見届けていた。
「シルヴィアさん‥‥えっと、交代の時間だよ」
ミストがマストを上りながら、シルヴィアに声をかけてきた。
「あら、もうそんな時間?」
「うん。ゆっくり休んで」
登り切ったミストは、風を心地よさそうに顔に受けた。と、その直後、なにかを感じたのか、顔をしかめて、鼻を鳴らした。
「どうしたの?」
「風の匂いが‥‥」
「え?」
「シルヴィアさん‥‥なにか変じゃない?」
シルヴィアは海面に目をこらした。海温の差なのだろう、まだら模様に見える海は、別段おかしなところはない。
――いや、待て。シルヴィアは目をこすった。寝てはダメだ。海面を凝視する。
「‥‥うそ」
「どうしたの?」
「この海‥‥下に‥‥」
ただちに全員たたき起こされた。
「どうした?」
男爵も甲板に姿をあらわした。シルヴィアとミストは、海面を指さしている。
「なんだってんだよ?」
レンがひょいと身を乗り出して海面を見て、そのまま凍りついた。
「なんだ、こりゃあ‥‥」
船があった。人もいる。海の下に――といっても海底までは沈んでいない。宙に浮かぶような状態で、海流にそって幽霊船のように海中を進んでいた。三隻、四隻――砕かれた船が列をなして、艦隊行進をするように、静かに、整然と漂っている。まだら模様に見えたのは、赤黒い血が海水と混ざり合わずに停滞してるものが、そのような模様に見えたのだった。
「とにかく、遺体を引き上げよう。レンティス殿」
「わかってる」
すでにレンティスは体にロープを巻きつけはじめている。
「停船! 帆をたため!」
「あいよっ」
レンが器用にマストを折りたたんでいく。それに毛とアンが加わる中、男爵から操船の扱いを受けたナタリーが舵をまわし、沈没船に接近した。
遺体は引き上げられた。
アンはひとりひとりに、魂の安寧を祈り、丁寧に布で覆っていった。
「まだあと一隻ある。おそらく、この周辺にいるはずだ」
「見て! あれ!」
マストの上から声がした。ミストだ。地平線を指している。
皆の視線が地平線に集まった。
黒い影が、津波ように押し寄せてきている。影ではない。あれは――。
「あれ、雲よ。雲の津波‥‥」
エリーヌが惚けたようにつぶやいた。信じられない光景だった。海面スレスレから見上げるほどの高さまで、漆黒の雲が壁のようにそそり立っている。それが今やすさまじい速度で船に向かって突進してきているのだ。
風が強くなってきた。船体のきしむ音が、無慈悲な子守歌のように聞こえる。海底へと誘う死の歌。
「船を風に立てる。ミスト殿! 甲板に下りてきてくれ。そこでは危険だ」
「は、はい」
慌てて下りようとして足を踏み外しかけるミストを、エリーヌとシルヴィアが飛んでいって手助けする。
「男爵さん、あんた、こんな嵐今まで見たことあるかい?」
舵に駆け寄ってきたライトに、ナタリーが声をかけた。
「いや、はじめてだ。あの嵐‥‥おそらくほかの船が沈められたのもあの嵐の仕業に違いない」
「男爵様!」
ミストを助けに行っていたエリーヌが声をあげた。
「どうした!」
「あそこに船が見えます!」
嵐をバックに、豆粒ほどの船が漂っていた。マストを失った船は、まるでボートのように矮小に見えたが、間違いなく数十メートルの大きさはある中型船だ。
「嵐につっこむしかないみたいだねえ」
「そのようだな‥‥。帆を張れ!」
「嵐が目の前に迫っているのに、帆を張るのか?」
マストを上りながら、毛が言った。
「帆を張らなきゃ、前に進めないだろ」
レンから説明を受けて、確かに、と毛はうなずいた。
「しかし、暴風雨の中で帆を張ったままでは、大変なことになるのではないか?」
「そうさ」
言って、レンはニヤリと笑った。
「だから命がけなんだよ」
今や雲は空の半分を覆い隠していた。
先ほどまで向かい風だったのが、今度は逆風になった。
「風が‥‥吸い込まれてる‥‥」
ミストのつぶやきは正しかった。嵐は周囲の風を吸収して、猛烈な勢いで成長していた。
船と船の距離はみるみるうちに詰まってきた。
それは同時に、嵐への境界線も近づいてきていることを意味している。
眼前に迫る中型船が、嵐の暗闇に飲み込まれた。雲が生き物のように流動し、泡のようにふくらんでは分裂し、瞬時にこちらにもやってきた。
「嵐に突入する!」
男爵の声は、雷鳴の轟音にかき消された。
息をするのも困難なほど吹き荒れる風の中、矢のような水滴が船体と船員を突き刺した。
瞬きをする間に甲板はずぶ濡れとなり、船の数倍の高さはある波と強風に煽られて、船が大きく傾いた。
海面を這うような稲妻の明かりに照らし出されて、闇の中に中型船が浮かび上がった。
レン、レンティス、ライトは持てる知識と技術を総動員して、指示を飛ばし、動き回らなければならなかった。毛はレンと協力して帆の調節を行い、ミスト、シルヴィア、エリーヌの三人は、ロープで体を船体に縛りつけながらも、中型船を見失わないよう目をこらした。
風と波によって船体は紙くずのようにちぎれ、それは凶器となって襲いかかってきた。アンはそのたびに負傷者の治療にあたる。出航前に積み込んでいたソフルの実はまたたく間に底をつき始めていた。
ナタリーはライトに指示された通りに舵を操ろうとしたが、波に翻弄されて思うとおりにいかない。結果的にライトと力を合わせてやらなければならなかった。
「船に接近しすぎるな! 激突するぞ!」
レンティスが甲板の縁に掴まりながら声を張り上げた。
船はまるでジェットコースターに乗っているかのように上下し、左右に揺さぶられ、コントロールはまったく不可能のようにも思われた。その中で、舵と帆によって、かろうじて操作を行っている。
「見つけた! あそこ! 人が!」
分担して三方の海面を見つめていた三人のうち、シルヴィアが遭難者を発見した。
中型船のすぐ近く、樽に掴まって、手を振っている。なにかしゃべっているようにも見えるが、波と雷雨によってまったく聞き取れない。
「レンティス殿! これ以上の接近は無理だ!」
遭難者まではまだ数百メートルは離れている。しかしこれ以上近づくと、波の変化によっては中型船と衝突する恐れがあった。
「仕方ねぇ。やるか」
ありったけのロープを結び、長大な一本のロープを作り出し、片方を自分の腰に、もう片方を甲板にしっかりと結びつけた。上着を脱ぎ捨て、少しでも身軽になる。
「待てよ!」
飛び込もうとするレンティスを、レンが呼び止めた。
「少しくらい助けになるだろ」
そう言って、フレイムエリベイションをレンティスにかける。またエリーヌも風に吹き飛ばされないようミストにしがみつきながらやってくると、
「これで水中の動きは楽になるはずだわ」
と、慎重にスクロールを開いて、ウォーターダイブをかけた。
「レン、エリーヌ、ありがとな! それじゃ、行ってくるぜ!」
レンティスは自身に気合いを入れると、荒れ狂う海に飛び込んでいった。
みるみるうちにロープは海中に吸い込まれていく。
「レンティス殿が戻られるまで、船をこの位置に留めておく! 皆の者! 全力を尽くせ!」
嵐の中、一カ所に止まり続けるのは容易ではない。だが下手に動けば、ロープはたやすく切断されてしまう。そうなれば、レンティスの命が危なかった。
「おばさんの意地を見せてあげようかね」
ナタリーは舵を回して、必死に船を風に立てた。迫り来る数十メートルの波が、舳先でまっぷたつに割れた。
数分して、海面にレンティスの頭が浮かび上がった。樽までたどり着くと、それごと船員を船へと引っ張ってくる。
やがて樽に掴まった船員の疲労困憊とした表情が確認できるまで近寄ると、一人かと思っていた船員が、実は三人いたことに気がついた。そのうち一人は、レンティスが背負うようにして連れてきたのである。
毛が縄ばしごを下ろして、それに加えて皆でロープを引っ張り、船員たちを無事に全員引き上げることに成功した。
三人はすぐに船室へと運ばれ、アンがかかりきりになって治療にあたった。
「ほかに生存者は?」
レンティスは力なく首をふった。
「いや、これだけだった‥‥」
「そうか‥‥」
わずかなりとも行方不明者の救出に成功した船は、その後嵐から脱出し、ドレスタットに進路を取った。
帆は破れ、マストには割れ目が入り、船体は今にもバラバラになりそうなほどダメージを受けていたが、とにかく生還できたのである。
その夜一行は、毛の作った料理を、生きている実感とともにかみしめたのであった。