消えゆく森の守り手 〜トレントを救え〜
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■ショートシナリオ
担当:八尾利之
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:08月07日〜08月12日
リプレイ公開日:2005年08月14日
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●オープニング
「おい、こっちに回れ!」
夜もふけた森の中、たいまつをもった複数の男が、しきりに動き回っている。
「オーーーン!」
咆哮が森に轟いた。ふいに大木が身震いしたかと思うと、葉がざわざわと騒ぎ、枝を大きくしなり、揺れ始めた。
「動いたぞ!」
「ひるむな!」
大木が枝を大きく振り回すと、近くにいた数人の男がそれに巻き込まれて吹き飛ばされた。数十メートルは飛んで地面に叩きつけられ、動かなくなる。
「用意をしろ! 急げ!」
方々から声がする。動き出した大木を取り囲んでいた数人が矢を構えた。先端が燃えている。火矢だ。
「放てェ!」
合図とともに、一斉に火矢が放たれた。
「オーン!」
矢は次々に大木に突き刺さり、あっという間に炎に包まれた。悲鳴のような木のはぜる音があちこちから響かせながら、それでも大木は必死に枝を振り回して抵抗する。
男を何人も枝で打ち倒し、根で踏みつけるが、多勢に無勢。火の勢いが増すに従って、大木の動きは次第に鈍くなっていく。そして全体が炎に包まれる頃には、完全に動かなくなった。
「安心するな! まだいるぞ!」
男たちは再び火矢を弓につがえると、咆哮のするほうへと駆けていった。
早朝、冒険者ギルドに飛び込んできたのは一人のシフールだった。
「お願い! 助けて!」
シフールの全身はススだらけで、羽根は焼けこげ、飛ぶのも困難なほどだった。フラフラとよろめくようにカウンターに着地したシフールは、切実な表情で惨状を訴え始めた。
「突然だったんです。いきなり人間がやってきて、森を切り始めて‥‥。あの森は、私たちだけじゃない。ほかの動物の家でもあるんです! それを、それを‥‥!」
「どうか落ち着いてください」
ギルドの受付員は、蜂蜜入りの飲み物を小さなカップに入れてシフールに差し出した。彼女はそれを一気に飲み干すと、放心したように、
「私たちの家が‥‥燃やされて‥‥帰るところが‥‥なくなっちゃうよお」
ついに大粒の涙をこぼして、そのまま泣き崩れてしまった。
「大丈夫、大丈夫ですから。場所を教えてください。どこですか?」
受付員が地図を広げると、シフールは小さく「ここ」と指す。かなりの距離だった。負傷のシフールがここまで飛んでくるのは、相当な苦労だっただろう。
「どうして森を?」
「なんか、そこを拠点にするって。今、守り手が一生懸命戦ってるんだけど、どんどんやられてて‥‥それで私、このままじゃいけないって思って‥‥」
「守り手?」
「トレントのことよ」
トレント――樹齢百年を越える老木のような外見を持つ、知性を持った生き物である。トレントは森を守り、森に住む生き物たちを守る。
まさに森の守り手と呼ぶに相応しいのだった。
「人間たちは、森の守り手を倒す方法を知ってるの。火が苦手だって知ってるの。だからはやくしないと、皆燃えて‥‥」
「わかりました。安心してください。必ず森を救ってあげますから」
ニッコリとほほえむ受付員の表情を見て、シフールは安心したのか、そのまま意識を失った。
依頼はただちに張り出された。
●リプレイ本文
戦闘はすでに始まっていた。
方々から火の手が上がり、熱風が木々の間を駆け抜けている。
「作戦通りに。いいわね?」
紫藤要(eb1040)が、手製の地図を広げながら皆を見渡す。森に土地勘のある紫藤を始め、シルヴィア・ベルルスコーニ(ea6480)、霧島奏(ea9803)、ルディ・リトル(eb1158)が協力してつくった森の地図だった。事前に偵察を行い、トレントの位置などはだいたい把握している。
「わかったわ」
フィーネイア・ダナール(eb2509)は胸元で手を硬く握りしめた。
「狂化が心配なのかな?」
神楽香(ea8104)が、フィーネイアに耳打ちするように問うと、彼女は緊張した表情でうなずいた。
「大丈夫だよ。そのときは、あたしがなんとかするから」
「ありがとう」
「では、行きますか」
霧島の合図で散開する。この広い森の中で、全てのトレントを守るのは不可能だ。だとしたら、狙うは頭――。霧島の口元に薄い笑みが浮かぶ。
「いたわ!」
シルヴィアが声を上げた。正面にトレント。その周りを盗賊が数名囲んでいる。盗賊たちは弓を持ち、狙いをつけているところだった。
「トレントさんをいじめちゃダメー!」
ルディが全速で間に割ってはいる。
「うわっ。なんだこいつ!」
突然のことにうろたえた盗賊は、狙いをトレントからルディへ。弓を引き絞り、放とうとしたその瞬間、木々の隙間を縫って飛んできたアイスチャクラムに弓を破壊された。
その懐に、遅れてやってきた紫藤が飛び込んだ。
「せいっ!」
鞘から抜きざまに盗賊に斬りつけ、瞬時に戦闘不能にする。
「く、くそっ」
仲間を倒され、盗賊たちは弓を投げ捨て剣を引き抜く。と、いつの間にか、その背後に霧島が迫っていた。
「隙だらけですよ」
「なにっ!?」
鎧の隙間を強打され、盗賊はもんどりうって倒れる。
逃げだそうとした盗賊たちも、神楽とフィーネイアのアイスチャクラ攻撃によって次々と倒されていった。
「片づいたね」
木の陰から、神楽とフィーネイアが姿を現した。
ルディはすでにトレントとのテレパシー会話に入っているようだった。トレントの表情は変わらない。優しげで、それでいて悲しげに光る目らしきもので、皆を見つめているようだった。
紫藤はトレントに微笑んで見せた。
「わたくしたちは、あなたを助けに来た者ですわ。安心してください」
ルディがテレパシーを使って、それをトレントに伝える。
「話を受け入れてくれたみたいだよー。力を合わせて、森を守ろうだってー」
「よし、あとは‥‥」
倒れた盗賊からアジトの居場所を聞き出した一行は、作戦の第二段階へと駒を進めた。
「あそこですか」
草の影に隠れた霧島がボソリとつぶやく。その懐から、シルヴィアが顔を出した。
「あの建物みたいね。見張りはいるかしら?」
「どうやらいないようですね。陽動がうまくいっているようです」
霧島は素早くアジトの壁に駆け寄ると、シルヴィアが飛び上がり、エックスレイビジョンで壁を透視し始めた。
「‥‥何人か中にいるみたいだけど‥‥誰が頭だかわからないわ」
「困りましたね。ルディ君も連れてくるべきでした」
「あ‥‥」
「どうしました? 頭がわかりましたか?」
「ううん。なんか、宝箱の中に‥‥」
アジトの奥まったところに宝箱があり、その開いたフタの隙間から、金銀財宝がチラリと顔を覗かせていたのである。
「どうやら収入の確保はできたようですね。シルヴィアさん、あなたは先に戻って、皆に待機するように伝えてください」
「あなたは?」
「僕は、彼らを中から追い出しますよ。そこをルディ君のムーンアローで狙ってください」
「わかった、伝えるわ」
シルヴィアが飛んでいったのを確認してから、霧島はアジトの中へと静かに潜入していった。
「霧島さんが盗賊をアジトから追い出すって?」
シルヴィアから伝言を聞きながら、神楽は突然「左下!」と叫んだ。そこにむかってフィーネイアがアイスチャクラを投げつけると、迫っていた盗賊に見事命中した。
三人は、トレントの手と肩の上に乗っているのだった。高い位置からなら敵はよく見える。神楽とフィーネイアの長距離攻撃は狙いたい放題だった。
「トレントさーん、もうすぐ敵がたくさん来るんだって。大丈夫?」
話を聞いて、ルディがテレパシーでトレントに語りかけると、トレントは無言の会話によって返事をする。
「大丈夫だって!」
トレントは枝を大きくうならせ、戦闘準備に入っているようだった。
しばらくすると、ふいに視界の向こうから何人かの盗賊がこちらに向かって走ってきているのが目にとまった。霧島がやったのだ。まさか一人で忍び込んできたと思いもしない盗賊たちは、パニック状態になってアジトから飛び出してきたのだ。
「ムーンアロー! 盗賊の頭に当たれー!」
淡い光がルディを包み込み、残光を引きながら上空に伸び上がったかと思うと、盗賊集団の上で急降下をはじめて、その中の一人に命中した。
「あそこだ!」
「紫藤さん、頭だけを!」
「わかった!」
フィーネイアと紫藤はトレントから飛び降りると、左右に散って同時をアイスチャクラムを放った。盗賊の間をすり抜けたチャクラムが頭に襲いかかる。
「くっ!」
頭は必死に防御を固めるが、その防御を引き裂いてダメージを受ける。トレントは枝を広げてそれを振り、群がる盗賊たちを次々に蹴散らしていった。
「この程度で俺がやられるか!」
頭はフィーネイアに狙いを定めると、武器を構えて接近してきた。
「あなたの相手はわたくしですわ!」
二人の間に紫藤が割って入り、頭と激しい剣戟を繰り広げる。
紫藤は盾で守りながらじりじりと後退していく。
「ふはははは! 防戦一方のくせに俺を倒せると思っているのか!」
「思っていますわ」
紫藤がニコリと微笑んだその直後、頭の後ろに忍び寄っていた霧島が、頭の鎧の間に忍者刀を突き刺していた。
「ぐはっ‥‥バ、バカな‥‥」
頭が息絶えて倒れ込むと、残った盗賊たちは戦意を喪失し、降伏を願い出るのだった。
こうして、トレントの森は救われた。
財宝を携えてドレスタッドに戻ってきた一行は、その足で依頼してきたシフールの元を尋ねた。彼女の容態はよくなっており、すぐにも森に帰るのだと言う。
「この財宝ですが、森の復興のために分けてあげてはどうでしょうか」
霧島の言葉に、一同は賛成した。
「それじゃあ、残りを山分けって感じね」
「いいんですか?」
「このお金で森を元に戻してあげてー」
シフールは何度もお礼を言いながら、森に向かって飛び立っていった。
一行はその姿が見えなくなるまで、ずっと見送り続けたのであった。