【源徳大遠征】下総の水面下で

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:3人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月06日〜11月11日

リプレイ公開日:2008年11月14日

●オープニング

 三河、岡崎城――。
 源徳家康を前に、主だった家臣が揃っていた。
「聞け、多くは語らぬ。もはやわしの道は一つ。伊達を討つ」
 家康の言葉に家臣は戦慄を覚えた。江戸を奪われて一年半、いよいよこの時が来た。
 三河を出て、関東に攻め上る。
 その為に屈辱的な平織との和議を成し、藤豊の面子を潰しても伊達との講和を一蹴した。
「江戸を取り戻すまで、三河には戻らぬぞ。皆の者も左様に心得よ」
 家康の支配地である三河遠江から武蔵までの道のりは長く、険しい。
 江戸奪還はすなわち、伊達だけでなく政宗と共に家康を裏切った甲信相の武田、越後の上杉、それに上州の新田と戦うことだ。一度は上州の地にて家康が敗れた相手である。

 現在の関東は群雄割拠、家康が健在の間は動かなかった駿河の北条、房総の里見なども独自の動きを見せていて油断がならない。家康はこれらの勢力に密書を出し、和か戦かを問うていた。実質的な恫喝。この慎重すぎるほど慎重な男には似つかわしくない強引さである。
「江戸までの道のり、困難であるが、源徳を阻む者は、何者であろうと容赦はせぬ」

 既に遠江を後詰とし、主力となる三河兵と関東から落ち延びた源徳兵総勢四千は岡崎城に集結していた。
 準備は整い、ここに源徳大遠征の火蓋は遂に切って落とされるのである。


 房総半島、下総――。
 かつてこの地を治めていた千葉氏は伊達の軍門に下り、頭首の千葉常胤は伊達家の家臣として召抱えられていた。現在下総を預かる後藤信康のもとで、常胤は下総統治の一翼を担っている。
 この依頼は千葉氏の件が本題ではない。下総の国人の一人で一度千葉側に立って伊達と戦った浅倉家というのがある。現在はこれも伊達に召抱えれらて下総の統治に協力している、かに見えた。
 この浅倉家の頭首を光信と言った。光信は状況のなせる業とは言え伊達の統治を本心では快く思っていなかった。
 三河が動き出すという話を聞いて、光信の心は燃えた。
「家康様が立たれる‥‥この下総の豪族は伊達の軍門に降った。だが、家康様が動くと知れば再決起する者は多いはずだ」
 しかし‥‥ことは慎重に進めねばならない。千葉常胤に知られてはまずい。もはや常胤は完全に伊達の忠臣である。少なくとも現状伊達政宗や後藤信康に反旗を翻すとは考えにくい。だが‥‥。
 光信には心当たりがあった。伊達に臣従しているように見えて、旗色が変わればどっちにでも付く者たちがこの下総にはいる‥‥彼らを集め、来るべき時に備え、その時が来れば伊達から何もかも奪い返す。
 その時までは、目立たず地味な活動を継続する。
 そして光信は江戸の冒険者ギルドに秘密の依頼を出す。光信は家康の遠征に備えて、下総で伊達の統治を脅かす計画を立てようとしていた‥‥。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb2258 フレイア・ケリン(29歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb3773 鬼切 七十郎(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ジークリンデ・ケリン(eb3225)/ 鳳 令明(eb3759

●リプレイ本文

「源徳に義理はないが、折角大きな戦になるのだ。簡単に終わってもらっては困ると言うもの。何せ、私達は諍いで飯を食っているんだからな。はっはっはっ」
 傲岸不遜なデュラン・ハイアット(ea0042)のいいように、浅倉光信はむっとして、この若い冒険者を睨みつけた。冒険者は気ままなものと、光信は憤慨する。
「はっはっはっ、怒ったか、まあいい、そなたの野望を叶えてやろうと集まったのは我々だけだ。いかに勝ち目のない戦をしようとしているか知れようと言うものだが‥‥」
「今は我らも雌伏するしかないが、家康公は必ず武蔵に来られる。その時こそ必ずや政宗を打ち倒し、この地を取り戻して見せる‥‥!」
「まあ落ち着け光信、最初からそれでは後が持たぬぞ」
「冒険者に我らが辛酸は分かるまい」
「まさか愚痴を聞いてほしいのか。違うな、そんなことを期待して我らを雇ったわけでもあるまい」
「く‥‥! 真に世を憂える忠義者が来ると期待しておったのだ」
 ハイアットはよくもまあ冒険者相手に熱心に喋る奴だと思った。
「もう良い。まさか貴様らもこの男と同じではあるまいな?」
 光信は残る二人、フレイア・ケリン(eb2258)と鬼切七十郎(eb3773)に問いかける。
「世界が変革し、新しい秩序が産声を上げる為には、多くを試し、取捨選択されていかねばなりません。これもその一つなのでしょう。下総解放のため、微力ながらお手伝いさせて頂きます」
 フレイアの言に、光信は頷く。侍の考え方ではないが、ハイアットよりはましと見たのだろう。
「わしはの、八王子で孤軍奮闘しておる源徳長千代様のために動いたつもりじゃけえの」
 七十郎はあごをつまんで思案顔で答える。
「おお、長千代様と縁のある冒険者か。心強いぞ!」
 光信は七十郎の肩を掴んだ。感動に震えているのが分かる。
「気持ちは分かるけぇ、今は我慢じゃ。血気に逸って、折角の志を無駄にすることは無いしのう」
 七十郎の言葉に依頼人は涙すら見せる。
「それはそうと、時間もないことだ。さっさと本題に入らないか光信。時間は誰にも平等だ、我らにも、伊達にもな」
 ハイアットの言葉はいちいち光信を不愉快にさせる。光信が反論するのを七十郎が宥めて、ようやく本題に入る。
「まずは人間関係の把握だな。下総の国人のうち、誰と誰が仲が良いか、又は険悪なのか。ジャパンでは血縁関係も重要だ。婚姻や氏素性、出身なども分かる範囲で教えてもらおうか」
 有力国人衆の勢力関係の把握は、彼らの説得に不可欠だ。
「うむ、されば‥」
 と光信は説明した。俗に千葉六党という。
 千葉、相馬、国分、武石、大須賀、東。他に原氏などがある。
 千葉氏は坂東平氏の名門で、下総の有力豪族には一族の者が多い。時に勢力争いを起こした。常胤が源徳家に従っていたのも家康の助力を受けて彼がこの勢力争いに勝利した事による。
「光信の浅倉家はどの家と近い?」
「父祖の代より千葉宗家にお仕えしてきた」
「ふむ。良かろう。光信の名を出さないつもりだし、伊達に重用される千葉氏では説得のしようもない」
 ハイアットは光信の事は敢えて隠し、源徳の使者という触れ込みで接触を図る腹積もりだ。
「何故、名を伏すのだ?」
「決まっている。露見した時の用心だ」
 十割成功すると自惚れてはいない。企ては漏れるもの、策は破れるものだ。
「策が失敗したとき、私はいいが、おぬしは下総から逃げる訳にはいくまい? 用心しすぎて損は無いぞ」
「う、うむ」
 光信はハイアットほど切れない。下総の人間関係から、ハイアットの欲しい情報を伝えるのに時間を要した。

「光信様もご承知でしょうが、伊達政宗ら反源徳の大名とまともに戦って勝ち目はないでしょう。彼らには地の利があり、豊富な戦力があり、正面から戦えば結果は明らか‥‥対抗するには奇策しかありません」
 そう前置きして、フレイアは自身の考える策を示した。
 内に連帯、外に同盟。
 この二つ無くしては戦うこと儘ならないと――。
「内とは、下総の民のこと。古来より下総国は経津主神を奉る神域です。数百年以上築き上げられた誇りと絆は武士のみならず農民にまで浸透しています。即ち、千葉氏よりも大きな影響力をもつ、香取神宮の助勢を得られたなら、下総の民は尽くお味方としたも同然でございます」
 しかし、大規模な軍事演習が行われている今は時期が悪い。今は敵を知るに努めるべきと論じた。さらに、
「外とは、同盟です。安房の里見氏が順当ですが‥‥千葉が襲われた時に救援を断った里見は共に下総解放を目指せる相手ではありますまい。ここは常陸の鹿島神宮、そして水戸の源徳光圀公と結ぶのが良いでしょう」
 鹿島、香取は古来より有名な東国の神域。関東における信仰の中心であり、ここを抑える事は数千の軍勢を得るにも等しいとフレイアは語った。この話、千葉常胤が聞けば唸ったかもしれない。
「それじゃい! 源徳長千代に与力しちょる香取神宮が大勢力じゃけぇ。五百もの兵を八王子に送ったっちゅう話だ。下総でも、こっちの味方について貰わんとのう」
 七十郎もこの件はフレイアと同心と見えて、光信にしきりと香取神宮を勧めた。
 光信は首をかしげる。
「香取神宮の武芸者達が八王子に赴いた話は聞いた。だが、千葉氏よりも民に影響力を持つとは思えんな。神代の時は知らず、今や坂東が武士が治める土地だぞ。
 現に、神人が八王子に向かっても、下総に波風一つ立っておらぬ」
「そうかのう。わしは武士が蜂起すれば、香取も民も立つと思うちょるが‥‥」
 巨大な影響力があると言っても、香取神宮は延暦寺のようなイケイケとは違うのではないか。光信はそれほど重要視しなかったが、断る理由も無い。
「わしが確かめてこよう。神宮と接触してな」
「私はこのまま常陸の鹿島神宮に向かいますわ。時間もなさそうですからね‥‥」
 二人は神宮を回る事になり、国人たちの説得はハイアットに任せる事になった。
 光信は心細かったが、冒険者が三人ではそもそも大きな期待は持てない。
「お主達に下総の命運がかかっておる。頼むぞ」
 祈る気持ちで冒険者達を送り出した。

 下総の豪族達のもとを訪問したハイアット。
 現在、この国では大規模な軍事演習が行われており、有力国人達は殆ど出払っていた。その事実は伊達の下総統治が順調である事を示している。
「源徳家康の使者、デュラン・ハイアットである」
 堂々と敵対勢力を名乗るのだから警戒されるのは当然だが、事前に予習した効果もあってか話は聞いてくれた。
「前置きは要らぬでしょう。三河にお味方下され。無論、今すぐとは申しませぬ。家康が見事武蔵に入った折に、下総で蜂起して頂きたいのです」
 源徳軍が武蔵まで来れぬとあれば、切り捨てて結構。
 だが江戸で雌雄を決する時には、是非源徳方にとハイアットは説得した。
「‥‥仮に、伊達側で源徳を退けても千葉勢は後衛、新参ならば大した恩賞は期待できまい。常胤殿は出世されるかもしれんが、残念ながら貴家は‥な。だが、源徳側で江戸の背後を突けば一番手柄だ。千葉はおろか、関東に望むままの領地を得られるぞ」
「源徳軍が江戸に来たらば、か」
「そうだ、損の無い話だと思うから話している」
「ううむ‥‥」
 ハイアットは無茶な話は交渉はしなかった。
 下総の豪族が冒険者のヨタを信じる道理が無い。危険な賭けに打って出る確率は、天文学的に低い。効果は微々たるものでも、現実的と思う交渉をする。
 詰まるところ、彼としては多少話が盛り上がってくれればそれで良かった。
「悩まれるのももっともだ。しかしな、乗り遅れた者の末路は貴殿も分かると思うがな。時には決断も必要だ」
「誰のことを言っているのだ」
「ふむ。貴殿を見込んで秘密を打ち明けよう、実はな、この事は東殿もご承知だ」
「何? 東が‥‥あの男にそんな大それた考えがあるだと?」
「常胤殿の変節ぶりを良く思っておられないらしい。大須賀殿もな」
「なんと。伊達に臣従しておるものとばかり思っていたが‥‥」
「私の話が荒唐無稽なものでないことはご理解頂けただろうか」
 実は荒唐無稽である。
「いや‥‥今は信じられぬ」
「そうでしょうな。よく考えられるが良い」


 ――香取神宮。
 七十郎は宮司に三つ葉葵の短刀を見せる。
「これなるは源徳長千代君から授かった品でござる」
「長千代様の‥‥」
「今日神宮を訪ねたのは他でもない、家康様のことじゃけえ」
 七十郎は今こそ不義と裏切りの支配を終わらせ、神域を穢す者を下総から追い出すのに助力を願いたいと伝える。
「不義と裏切りは浅ましき武家の争い。神職は関わりない」
「いや長千代君こそ経津主神の化身じゃけぇ、伊達は香取神宮の神敵じゃ」
 八王子の件は長千代を経津主神の化身かもしれないと思えばこその筈。宮司は七十郎に質問した。
「源徳軍は神軍、伊達は悪魔の手先だと長千代様が申されたのか」
「そうじゃ」
 七十郎は最初に三つ葉葵をチラつかせ、経津主神の縁者であるように名乗っただけに違うとは言えない。
「‥‥私の一存では決めかねる」
 宮司は八王子の神人達に連絡を取った。長千代が真の経津主神であり、源徳軍を神軍、伊達を魔族と断定したならば事態は香取神宮にとって深刻である。数日後、八王子に合力した香取の神人が江戸伊達軍と交戦して壊滅した知らせが届く。更に神人達の言うことには、長千代は経津主神でない別の神かもしれないともいう。
「‥‥是非も無い話じゃい」
 七十郎は引き下がる他は無かった。
「今は信じちゃくれんかもしれんが、これだけは言うとくけえ。伊達は信頼した源徳公を裏切って江戸を奪った。今は甘い顔を見せちょるが、伊達の支配が完全になりゃあ手のひらを返すけえ、伊達に裏切られて泣かんようにのう」

 話は多少前後するが、途中まで七十郎に同行したフレイアは常陸の鹿島神宮へ到着していた。神域を復興し、坂東武者の矜持を取り戻す為の力添えを願うフレイアに、鹿島の神人は香取神宮と同様の答えを返した。
 伊達家と鹿島神宮の間に、社領を巡る深刻な争いは起きていない。伊達が水戸に侵攻する気配も見えない。常陸の復興に頭を痛めている鹿島にとっては、フレイアの申し出は迷惑な話でしかない。
「坂東武士の総社としては、奥州勢に関東を蹂躙されること、どう思われているのですか?」
「鹿島は坂東のみの神に非ず。誰が坂上田村麻呂か悪路王か、今は神意が下るのを待っております」
 香取に鹿島、動けばそれは関東の情勢を変える力となるか。しかし、それだけに容易に動かす事の出来ない要石のような重さを感じた。