【源徳大遠征】下総の武芸大会
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■ショートシナリオ
担当:安原太一
対応レベル:フリーlv
難易度:やや易
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月15日〜12月20日
リプレイ公開日:2008年12月24日
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●オープニング
源徳家康が駿河入りしたという情報が江戸に飛び込んできた――。
どうやら北条は家康に降伏したようである。このまま行けば遠からず小田原で決戦となる。
小田原周辺は予想される激戦を前に慌しさを増していた‥‥。
房総半島、下総――。
俗に千葉六党という。
千葉、相馬、国分、武石、大須賀、東。他に原氏などがある。
千葉氏は坂東平氏の名門で、下総の有力豪族には一族の者が多い。時に勢力争いを起こした。かつて下総の主であった千葉常胤が源徳家に従っていたのも家康の助力を受けて彼がこの勢力争いに勝利した事による。
現在の下総は伊達の統治下にあり、下総代官を務める後藤信康の脇を千葉常胤が固め、千葉六党を始めとする下総の国人たちは伊達に従っている‥‥。
ある日のこと、本佐倉城で政務を執り行っていた信康を常胤が訪問する。常胤はやや深刻な表情であった。
「耳に入れておきたいことがあると言うが、どうなされた常胤殿」
「は‥‥それが、国人達の間に流れる風聞を耳にしましてな」
「風聞?」
「はい‥‥実は先月以来、千葉六党の分家である相馬、国分、武石、大須賀、東、原など、千葉の大家を家康の使者が訪問していると言うのです」
「何ですと?」
信康は眉を吊り上げた。
「仮に家康が関東に入った際、政宗公の背後を脅かすように下総の国人たちを決起させるとか‥‥」
仰天して腰を浮かせる信康を常胤が押し止める。
「私は分家の者たちを呼び寄せ、仔細について問いただしました。すると、実際先月に家康の使者がこの下総を訪れていたようです。その使者は分家が政宗公に対して不満を抱いており、下総の転覆を考えていると国人たちに吹き込んでいた模様です」
「ふむ‥‥」
時に一遍の流言は大軍にも勝る。特に厳しい統治を敷いていない下総では何が起こっても不思議はない。家康が駿河入りしたというし、なおのことだ。が、小田原決戦はまだ先で、家康は勝利したわけではない。信康は冷静さを取り戻した。
信康は思案顔であごをつまんだ。
「それにしても、家康め侮れぬ。我らが知らぬ間に早くも手を打ってこようとは‥‥」
神でない信康には知る由もない。事実は下総の国人の一人である浅倉光信なる者が冒険者を雇って国人たちを決起させようと図ったのだ。
「それにしても単なる風聞であろうと百も集まれば事実の一つに化けるかも知れぬ。下総の統治を磐石にするためには幾ら手を打っても足りぬということはないだろう」
信康は風聞を一蹴するために千葉六党を押さえる方法を考えた。呼び出して詰問することも可能だが、戦を前に後方で足並みが乱れることを信康は嫌った。効果的な方法を信康は考えた。
「ふむ、常胤殿、国人たちの主だった者たちを集めて欲しい」
「いかがなさいますか?」
「本佐倉城で千葉六党を始め、国人たちを集めて御前試合を開こうと思う。その席で千葉六党始め、国人らと会合を開く。家康の水面下の動き、今は脅威ではないが、早めに芽を摘んでおくにしくはあるまい」
声には出さないがやはり信康も家康の鬼謀を恐れた。事実は違うのだが‥‥。
それから信康は江戸の冒険者ギルドにも馬を走らせる。下総の統治には冒険者の功績も大きかったから、信康は彼らにも声をかけることにしたのであった。
下総で、師走の武芸大会が始まる。
●リプレイ本文
江戸城に登城したイリアス・ラミュウズ(eb4890)とシフールのリリアナ・シャーウッド(eb5520)を伊達政宗は甲冑姿で出迎えた。一冒険者のリリアナが通されたのはイリアスと知己を得ていたからである。
「いよいよ小田原決戦ですなお館様」
「‥‥行くのかイリアス」
「無論でございます。家康の首、私の手で上げたいものですな」
政宗は笑ってから真顔になる。
「俺は八王子の源徳長千代を止めねばならん。小田原には八王子を制圧してから出向くことになるだろう」
江戸は正宗自ら二千を越える守備隊で守っている。
ところで、とイリアスとリリアナは切り出した。先日の上州における会合の際、イリアスとリリアナは下級デビルと遭遇した。その際武蔵に潜んでいるというサブナクなるデビルの名が出た。
「‥‥デビル対策として江戸城下の寺の僧達に協力を仰ぎ、『さぶなく』なるデビルの調査を行うべきです。また伊達家内にデビルの反応がないか探査するべきかと存じます」
「‥‥最近江戸近郊でも異界の魔物が現れていると聞く。怪異の相手は実際きりがない、というのが本音でな。陰陽師にも調査させているが‥‥」
政宗はうなった。ジャパンでも地獄から散発的な攻撃が始まっているが、今のところ冒険者達が食い止めている。正直政宗としては小田原決戦を前にデビルを相手にしている余裕がない。
政宗もイリアスらの進言を取り入れはしたが、デビルの蠢動にどこまで有効な手を打てるか、今は定かではない。
ソペリエ・メハイエ(ec5570)は本佐倉城周辺を回って、武芸大会の開催を民に告げていた。城を民にも開いてはどうかというのはソペリエの提案だった。後藤信康はそれを許可し、城を開放していた。程なくして民衆達が集まってくる。民の間では本佐倉城で祭りが開かれるという噂が広まっていた。
「何じゃあ、侍様が集まって腕試しをなさるとか」
「俺達も見物して良いそうだ」
「城に入ってもいいのか?」
「そう聞いてるが‥‥」
不安そうな住民達を前に宿奈芳純(eb5475)が姿を見せた。
「皆さんようこそ参られました。このたびは信康様の計らいで、城が開放されております。どうぞ中へお入り下さい」
「おお、そうかそうか、それじゃ遠慮なく」
宿奈の言葉に民は安心した様子で城門をくぐった。宿奈の案内でやってきた彼らの目に、中庭で試合を繰り広げる侍達の姿が飛び込んできた。
――はあっ!
――せいやあっ!
――そこまで! 勝ち、坂下藤四郎!
「おお‥‥何か凄そうじゃ」
武芸とは全く縁のない農民などは侍達の気迫に圧倒されていた。
大会が開催されている間、民は城の内外で賑わった。出店が立ち、ソペリエも用意してきた料理を振る舞った。民の笑顔にソペリエは救われた気がした。ここはまだ平和なのだ、西では大きな戦が始まろうとしている。多くの血が流されるだろう‥‥。
大会中、宿奈は信康のもとを訪れた。信康は貴賓席にあった。家臣たちに囲まれている。伊達家の武将もいれば、千葉常胤他、千葉六党など国人たちの姿もある。
「民も徐々に集まってきたようです。みなお祭りだと勘違いしているようですが‥‥」
宿奈は主に民の相手をしていた。
「良い良い、民には酒をふるまうように言ってある。ソペリエなる者も城の外で派手に動いてくれれば良い」
信康はそう言って笑ったが、内心では笑っていない。戦が近付いている。伊達の後方を預かる者として、家臣の結束を図るための武芸大会である。
宿奈は適当な席を見つけて腰を下ろす。大会が始まる前、宿奈は信康に密かに申し出たことがあった。
「可能であれば、武芸大会へ参加しただけの人にも何らかの品が渡るように手配をお願いいたします。勝った者だけでなく負けた者にも賞品を与えるということは、伊達軍の財政が豊かであるに違いないと、千葉六党ら有力豪族に思わせる演出にもなると思いますので」
そう言って金千両を信康に差し出した。また――、
先の軍事演習の際話題に上った「河川部隊の設置」について、川に住む者達を味方につけるための資金としても金千両を信康に提示したのである。
宿奈の狙いは伊達の財政が豊かであると千葉六党ら有力豪族に思わせることである。しかし信康はこれを断っていた。
「二千両もの大金を受け取ることは出来ない。冒険者から金を施されたとあっては伊達の立場がない」と。
実際は二千両程度本家に頼めばすぐに用意出来るのだが、信康はあえてそこまで言わなかった。とは言え、敗者に賞品を出すと言う案には信康も賛成し、金蔵を開いた。
「次、イリアス・ラミュウズ殿対、坂下藤四郎殿!」
名前が告げられると、ざわめきが起こった。「黄金のイリアス」の二つ名は下総では広く知られている。
「さて‥‥坂下は千葉切っての猛将だ。伊達との戦いには参加しなかったが、武芸にかけては下総で右に出る者はいないが‥‥」
千葉六党ら国人たちは囁きあった。
リリアナはずっと国人らを監視していたが、これまでのところ不審な気配はない。伊達に反旗を翻そうという風聞は所詮風聞だったのか。みな武芸大会の様子に注目している。
「イリアス殿、名高い貴公との手合わせ、実に楽しみだ」
坂下は巨躯を揺らして牙を剥いた。
「来い」
イリアスはすうっと木刀を持ち上げる。
「でやあ!」
カン! と、坂下のスマッシュEXをイリアスは一蹴する。
「ぬ‥‥ならば!」
坂下は鋭い一撃を繰り出してきたが――。
イリアスは万力を込めてバーストアタックを叩きつけた。坂下の木刀が砕け散る。
「そ、そこまで! 勝ち、イリアス殿!」
称賛の拍手が沸き起こった。続いて名が呼ばれる。
「次、イリアス殿対、風雲寺雷音丸(eb0921)殿!」
巨漢――雷音丸が現れた。
「雷音丸‥‥?」
イリアスは首を傾げた。
「ガァハッハハハ! 坂東武者の剣技、存分に楽しませてもらうぞ!」
雷音丸は平織家の武将だがその件は伏せている。平織と源徳は同盟関係だ。従って平織と伊達とは良好な関係とは言い難い。
勝負は最初の一撃でついた。両者のバーストアタックで互いの木刀が破壊されたのである。
さすがのイリアスが驚いた。信康や国人たちも驚いた。
「出来るな貴公」
「ガァハッハハハ! 西には俺程度の輩がごろごろしているぞ。例えば柴田勝家、あいつとは戦場で二度まみえたが、結局一度も勝てなんだ」
「ほう‥‥西の猛者か」
イリアスもまさか雷音丸が平織家の武将とは夢にも思わなかった。ばれていたらややこしい事態になっていただろう。
武芸大会も後半に入り、信康や常胤、千葉六党らの会合が行われていた。宴席だが、その実は家康の使者がもたらしたという風聞を一蹴するための集会であった。
監視していても結局怪しいところの無かった国人だが、リリアナはここで奇策を用いた。国人たちの間を飛び回って噂を流したのである。
「‥‥最近里見が伊達と下総の人達を争わせて漁夫の利を頂く事を狙ってるらしいんだけど、皆さんご存知かしら」
「何じゃと? 里見が?」
「そう、それが証拠に、怪しい人物が最近下総に現れては伊達と戦えって煽ってるらしいじゃない。里見なら十分やりそうなことだと思うけど?」
「むう‥‥相馬、そなたどう思う」
国分氏の問いに相馬氏の頭首はあごをつまんだ。
「確かに‥‥里見ならやりかねんな。噂の使者が里見の間者であっても不思議はない。そうか里見がな‥‥」
国人たちはリリアナのはったりにそうかも知れないと頷き合っていた。
その様子を見つめていた伊勢誠一(eb9659)は、この席で用意していた演説を打った。伊勢は信康に訴える。
「北条が家康に降ったとはいえ、あの早雲がこのまま何も無しとは思えませぬ」
「何のことやら見当もつかぬが‥‥」
駿河が降伏した今、伊勢の指摘に信康は首をかしげる。伊勢は早雲の降伏が見せ掛けの可能性もあると説いたが、さすがに信康は一笑に伏した。伊勢は続けた。
「‥‥いずれにせよ、江戸城の伊達の備えは盤石、下総の後詰めもあれば、どう間違っても負けはしますまい」
そこでイリアスが口を挟んだ。
「新田と上杉の誤解も解け四国同盟は一層堅固になった、四家が相手では源徳は関東に侵攻すると言うより包囲殲滅されに来るようなものだ」
伊勢は頷く。
「その上、家康は平和を求める神皇様の御心を蔑ろにした逆臣、その様な輩に就く不心得者はこの下総には一人として居りますまい」
「もちろんにござる!」
常胤が国人らを見渡して杯を上げると、国人からも「おお!」と歓声が上がる。伊勢の演説は続いた。
「確かに、罷り間違って家康に就いて伊達を討てばその功績は大というのもありましょうが‥‥一度敗れた者に非情な家康が見返りを払いましょうか? 『狡兎死して、走狗煮らる』と、邪魔になれば処分されるのが関の山‥‥先の演習での感想も込めて申しますが、下総には斯様な理知らずは一人とて居りませぬ、此度の武芸大会の勇士も採用し、共に逆臣家康を討ちましょうぞ!」
「みなの衆、伊勢殿の言葉を聞いたか。この信康の心も伊勢殿と同じである。千葉六党も想いは同じ筈、そうでない者がいようか?」
「そのような者はおりませぬぞ」
千葉氏から賛同の声が上がる。
その後でイリアスから密かに提案が出された。常胤から内々に「伊達に大きな顔をさせないためにも自分を支えてくれる者が必要」と言って貰えれば、六党の立場では反対し難いだろうというのだが‥‥。信康は危険が高すぎるとしてその提案は退けた。
風聞は風聞、疑い出せば切りがない。会合で手ごたえを掴んだ信康は風聞の件は忘れることにした。
大会終了後、信康と常胤らは武運長久を祈って香取神宮を参拝した。先日香取の神人が八王子軍に協力したが、その件で神宮と揉める気は信康には無かったのである。
神宮の真意は測りかねたが、出迎えた宮司は淡々と信康らを迎え、祭事を執り行った。