丹後の平定、大国主の針の岩城・三

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月19日〜12月24日

リプレイ公開日:2008年12月30日

●オープニング

 丹後南東――。
 ここは丹後に君臨する国津神大国主の領域だ。大国主は自らの復活を新たな王道楽土建設と位置づけ、今や多くの民の心を掴んでいる。
 南東地域の一角にその岩山城はある。通称「針の岩城」と呼ばれる大国主の巨城だ。巨大な岩山の中には広大な迷宮が広がっており、これまでのところ多数の埴輪兵士が確認されている。大国主が配下に置いている例の亡霊軍隊に守られた岩山城はまさに天然の要害であり、難攻不落と言えよう。南東地域の民は大国主の庇護下にあり、信じ難いことだが亡霊軍隊は民を守る盾となっていた。南東地域は民にとって安全な土地であり、そこを預かる大国主に人々は畏敬の抱いている。
 そんな丹後南東に、宮津からの避難民が到着し始める。宮津で行われたイザナミ軍との激闘の行方は判然としないが、いずれにしても民は舞鶴か、大国主の南東地域か、どちらかに逃げるしかない。南東地域の様子を知っている民の中には、後者を選ぶ者も少なくなかった。
 やって来た民を大国主は自ら出迎えた。長髄彦や八十神の亡霊、桔水御前らを伴って、大国主は民を受け入れる。
「余が申したとおりであろう、もはや都の手を借りても丹後の不死人を退けることは叶わぬ」
 大国主は高台に上って人々に呼びかける。
「丹後の民よ、イザナミにかつての面影はない。不死者を操って無辜の民を虐殺したその所業は悪神である。復活した天津神にも不死者を止める術はない以上、余に従うことだ。余の軍勢だけが、丹後の不死者を止める術を持っているだろう」
 そう言った大国主は高々と手を差し出した。すると大国主の体がぴかっと光を放つ。人々には後光が差したように見えた。恐れをなした民はさざ波が引くように膝をついて大国主にこうべを垂れた。
 現在大国主は針の岩城を民衆にも解放しており、岩城は連日大国主に貢物を持参する人々で賑わっていると言う‥‥。

 そのような噂を聞きつけた御所の貴族たちは頭を抱え込んだ。
「このままでは丹後は完全に落ちてしまう‥‥宮津でも劣勢な戦いを強いられた今、多くの民が大国主を頼っておる。最初は大言を吐く魔物の一人に過ぎなかったが、今やあの者無くして丹後の現状を語ることは出来ん‥‥」
「だがどうしたものか、大国主を名乗る者と手を結ぶべきであろうか‥‥」
「無理であろう‥‥大国主は神皇様に敵対すると宣言しておる」
「と言って天然の要害に立てこもる大国主を討つ手立てはない‥‥」
「まともに戦うのは無理であろう。もし民を盾に取られては手も出せんし、噂の亡霊軍隊は不死軍に匹敵するやも知れぬのだ」
「最近では岩城を民にも開放しているというではないか。こちらから使者を送ることは可能ではないか?」
「使者を送って何とする?」
「我らにはイザナミと戦うしか選択肢がない。あの者も黄泉人とは戦うと申しておる。何とか大国主を動かせないか」
「だが、あの者は陛下に敵対しておる、手を結ぶと言っても都を明け渡すとか、相当な譲歩が必要であろう」
「正式な使者を送る必用はない。都が関係していると悟られなければ良い」
「なるほど‥‥冒険者か? だが‥‥」
 言うに及ばず、大国主ならそれくらいは察するであろう。
「大国主は敵対すると言ってもイザナミのように戦を起こすつもりはない様子。そこに話し合いの可能性はあると思うのだが‥‥」
 いずれにしても大国主には手を討つ必要がある。貴族達は冒険者ギルドに使いを走らせると、大国主をイザナミ軍に差し向けるべく依頼を出した。先のことも見据えて、将来にあるだろうイザナミとの決戦に向けて、少なくとも黄泉人の足止めするぐらいはさせたいのが都の思惑だ。
 さて、どのように大国主に近付き、あの国津神を説得するか。
 師走の冒険者ギルドに都からの至難依頼が持ち込まれた。

●今回の参加者

 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

 丹後南東、針の岩城――。
 正面の洞窟入り口には大国主への貢物を持って訪れる民の姿が見られる。入り口の周囲には甲冑を身にまとった姿の亡霊武者が漂っている。
「さてと‥‥都のお公家様も無理難題を言ってこられたものだ。大国主の調略とはな‥‥」
 すでに数回、この岩城の探索依頼を受けている白翼寺涼哉(ea9502)は勝って知ったる何とやらで驚く様子も無く進んでいく。
「涼哉先生‥‥本当に大丈夫なのでしょうか‥‥」
 チサト・ミョウオウイン(eb3601)は亡霊の姿を見て足がすくむ。ここに来るまでに既に亡霊と遭遇していたが、岩城の上空を飛び交う亡霊の大群にチサトも不安になった。
「大国主様は大神‥‥とは言え、噂の亡霊軍隊、本当に民を守っているのですね‥‥」
 琉瑞香(ec3981)は畏怖する。民を守る亡霊とはいかなるものかと思っていたが、人語を解する八十神などの亡霊が主となって亡霊兵士達を統率している。軍隊のような隊列を組んで漂うといった姿が見られた。
 貢物を持っていく民の中には子供の姿もあって、こちらはさすがに亡霊を恐れて大人の影から恐ろしげな亡霊兵士達を見上げていた。
「まあ心配するな、何度来ても信じられんが、これまでの例から言ってこちらが不審な行動を取らない限り亡霊が襲ってくることはない‥‥と思いたい」
 白翼寺にも完全な自信があるわけではない。一抹の不安要素を残しつつ、彼らは他の民と一緒に岩城に入っていく。

 岩城の内部には埴輪戦士らが立っていて、不要な道を通せんぼしながらさながらガイドのように腕を振っていた。
「あっちへ行けということか‥‥」
 人の流れに従って進む冒険者たち。
 洞窟の中は明かりが焚かれていて、広大な迷宮の壁を照らし出している。
 ほどなくして中腹に辿りついた一行。そこで民は貢物を渡していた。受け取っているのは‥‥同じ丹後の民か?
 不思議に思った冒険者達は話しかけた。
「お前さんたちは‥‥何だ? ここで働いてるのか?」
「働いてるってほどじゃないが、スセリビメ様のお手伝いを交代でやってるんだよ。お一人じゃ大変そうだからな」
 スセリビメとは神の名であるが、ここでは大国主の側近である元舞鶴藩主の奥方、桔水御前がそう名乗っていた。
「俺達は大国主に会いに来たんだが‥‥会えるのだろうか?」
「何ねえ、会いたいってんなら、あっちから上がっていくといい。大国主様が忙しくなきゃ会ってくださるだろうよ」
 男はそう言って上に続く通路を指差した。
 貢物を運ぶ民が上に向かっている。

 上階は冒険者達にはまだ未開の場所である。亡霊が漂う恐ろしげな場所であった。
 じっと浮かんでいる亡霊は襲ってくる気配がない。白翼寺はその一体に近付くと、チサトや琉が止める間もなく亡霊の前で手を振った。すると――。
「‥‥我は八十神、大国主様へ拝謁したくば先へ進め」
「大国主はまだ先か?」
「進むが良い‥‥王は待っておられる」
 ふむ‥‥と肩をすくめる白翼寺。
「待っていると言うなら結構だがね」
「涼哉先生、あまり刺激すると襲ってきませんか?」
「これだけの数がいて襲ってこないところを見ると、普通の怨霊とは違うのだろうが‥‥」
 八十神とは神話に登場する大国主の兄弟である。
「敵に回すとこれほど恐ろしい相手はありませんね‥‥」
 琉は眉間を押さえながら呟く。
「ただ味方に出来ればこれに勝るものはないでしょう」
「確かにな‥‥だが大国主に正論が通じるかどうか分からんし、話を引き出したとして肝心の秀吉公や貴族達がどう出るかだが」
 亡霊たちをやり過ごして、さらに上階へ進む冒険者達。

 幾つもの部屋を通り過ぎて、やがて彼らは目指す場所に辿りついた‥‥らしい。ひときわ大きな広間である。
 大きな台座の回りに民が集まっていて、桔水御前が民を取り仕切っている。台座の上には、大国主の姿があった。
「どうやら到着したらしいな」
 三人は大国主のもとへ近付いていく。
「ぬ‥‥貴様は‥‥」
 桔水御前が白翼寺の姿を見て目を剥いた。
「都の冒険者ではないか、一体何用でここまで来た。大国主様の御心を騒がせる恐れ知らずどもめ。――長髄彦! 長髄彦はおらぬか!」
「御前、何事だ」
 美しい若武者の幽霊が現れた。長髄彦の幽霊である。
「こやつらをつまみ出せ、都の冒険者じゃ」
「何?」
 長髄彦はすっと冒険者達に目を向ける。
 ここは辛抱だ‥‥白翼寺は長髄彦と戦ったことがある。その時はピュアリファイの一撃を叩き込んだのだ。ふつふつと沸いてくる怒りを抑える。大国主の手前、無理は出来ない、難しい状況だ。長髄彦や桔水御前のことは計算外であった。
「此度は‥‥戦いに来たのではありませぬ。丹後の民を如何に守るか話し合いとうございます」
「都の使者ではありません‥‥このたび参りましたのは、丹後を思う一冒険者として、大国主命の決断を頂きたいからでございます‥‥」
「京都の冒険者が一人、僧兵の琉瑞香と申します。恐れ入りますが大国主神様への拝謁の機会を賜りたく、まかり越しました。私どもに敵意はありません‥‥イザナミの件で、大国主様に申し上げたいことがあり参上した次第」
 長髄彦は笑った。
「王に刃向かう逆臣が何を抜かすか。この場で切り捨ててくれるわ」
 ――と、台座の上の大国主が動いた。
「待て長髄彦。冒険者達が余に何を提言しに来たのか興味がある。その者たちを通せ」
「しかし陛下この者たちは‥‥」
「よい、通せ」
 長髄彦はおとなしく引っ込んだ。
「それで?」
 大国主は興味があるようだ。都とは無関係を謳ったが、これでは恐らくばれているだろう。
「既に御存じかと存じますが、武運拙く宮津はイザナミ軍の手に落ちました」
 琉の言葉に大国主は頷く。
「イザナミ軍の動きは承知している、都の兵は敗れたようだな」
「まさに、今私どもが参ったのもその件でございます」
 白翼寺は踏み出した。
「我々は大敗を喫しましたが、望みを捨ててはおりません。否、来る戦いには必勝を期して臨みたいと考えております」
「必勝と言うが、状況は変わっておらぬであろう」
「それにございます。大国主殿、ここはあえて我らと手を組み、宮津、峰山を奪還されては如何でしょう?」
「ほう‥‥余の軍を動かせと申すか?」
「はい」
 白翼寺は説いた。ただ大国主が自軍を動かして黄泉軍に勝利したとしても、都から見れば魔軍同士の争いとしか映るまい。だが共闘という形で大国主が参戦すれば、話は全く別である。都にとっては、丹後の魔軍は黄泉軍のみとなり、大国主にとっても都との衝突を回避できる。この共闘は互いの為にもなるだろうと。
 しかし。
「そなたは考え違いをしておるな。それとも、余に、都に譲歩せよと言うか?」
 問題は、大国主が都の王権に服していない事だ。かつてのジャパンの王として、彼は現世で再び王国の樹立を目的としており、その京都朝廷と大国主が共闘する事は重大な意味を持つ。
 大国主は白翼寺を見つめ、おかしそうに笑った。
「いや‥それは」
 白翼寺は恐縮する。実際問題、この話は彼の独断であり、朝廷が大国主との共闘を認めるか否か、彼にも自信が無かった。笑われて当然だった。
 琉が必死に食い下がる。
「一度忠誠を誓う事を拒んだ身でこのような事を申し上げるのは恐縮ですが、何卒一時の和を請いたくお願い申し上げます。仰ぐ王は異なりますが、丹後の民を救う想いは同じはず。このような申し出を致しましたが、何卒ご一考の程、お願い申し上げます」
「民は救おう。ジャパンの民は、皆余の民の子孫である。大和の王が、余に同盟を申し出るとは意外な事ではあるが、例が無き事でも無い。相応の証をたてるが良い」
 京都の朝廷は、大国主を対イザナミ戦に利用するだけ利用して、その後に滅ぼす公算が高い。その程度の事は大国主も承知している筈だ。だが妥当な対価を払って交渉する気があるなら、問答無用で断る気はないようである。
「大国主殿、お察しの通り、丹後諸藩は関白秀吉公の傘下に入りました。大国主殿にとって関白殿下は目障りでしょうが‥‥今はそうは言っておれません。イザナミ戦においてジャパンの王の器を知らしめれば、丹後連合も文句は言えますまい」
「そなたは余の力を侮っている」
 大国主には白翼寺の言い様が不快だった。
「余はイザナミを恐れぬ。余が恐れるのは唯一、黄泉と人と精霊と妖しが、一致結束して立ち向かってくることだ。ならばこそ、余には丹後の導師などより天津神や稲荷神が目障りである」
「それは‥‥どういう‥‥?」
 大した自信だと白翼寺は言いかけて、沈黙した。
「大国主命、私達は都よりの正式な使者ではありません。ですから、あなたが求めるような、同盟の証しを示すことは出来ないのです」
 大国主の前に進み出たチサトが、冒険者達の事情をぶっちゃけた。白翼寺は苦い顔だが、どの道、大国主には通用しそうにない。琉は仕方が無い事と納得した。
「生きとし生けるもの全てを蝕み、死滅させる黄泉の軍勢を放置すれば、残るは死滅した大地のみ‥‥
 その影響は、後に大国主命が治めるこの地にも大地の荒廃と言う形で影響し、頼ってきた民人達の生活を脅かす事でしょう。そして、丹後連合や都の軍、それに従う者が死滅すれば、より一層イザナミ軍が補強され、御身を頼る民人の身が危ぶまれる事態になるでしょう‥‥」
 都は十中八九、大国主を認めない。
 それを承知で王の慈悲にすがる。他に、丹後をイザナミの軍勢から守る手段が無いから、倒す予定の敵に共闘を頼むという。
「‥‥そち達は余の敵に似ておる。黄泉女神が復讐に怒り狂うも頷けるわ。余は王故に、人間を滅ぼそうとは思わぬが、余が黄泉人ならばイザナミと同じくしたであろう。イザナミを根の国に封印するとは、愚かなことをしたものよ」
 イザナミも大国主もかつて封じられた存在。その心情はチサトには計り知れないが、会話の端々に数百年の隔たりを覚えた。
「イザナミは大神と言えど、私達にとって黄泉人は敵なのです。
 大国主命は民を救うと申されました。何より、御身を頼り、すがる民達の生活圏回復の為に奪われし地を取戻すは、真の王者であれば当然の勤めと存じます‥‥丹後の藩主に‥‥また都にその力がないと仰るのであれば真の王者たる姿を見せてはいただけませんか」
「その言葉に偽りなくば、民の声を余に聞かせよ」
 冒険者は自分達が民の代表ではないと明言している。
 詰まる所は、部外者に等しい個人の陳情に過ぎない。
 民の代表たる藩主や朝廷の代表たる秀吉が大国主に頼んだのでなければ、大国主は民の要請もなく冒険者の口車に乗ってイザナミ軍と戦う形になる。それではイザナミにも民にも悪い。
 結果として会合は不首尾に終わったが、大国主の機嫌は良かった。「大儀である」と言って冒険者達を帰した。

 針の岩城を後にした冒険者達はその足で舞鶴城に向かう。一応結果を報告しておこうと思ったのだ。
「大国主は相変わらず臣従を求めております‥‥」
 冒険者の報告に丹後連合の首脳達はうなった。大国主の存在を認めて正式に盟を結ぶとなると、京都朝廷の許しが不可欠だ。追い詰められているとは言え丹後連合の選択肢には無い。
「秀吉公とて、我らと同心であるはず。不死者を操り、神皇家を敬わぬ大国主と手を結ぶのは不可能だぞ」
「しかし、大国主め。イザナミを恐れておらぬ様子だが、やはり彼奴らは繋がっておるのでは無いか?」
 そもそも口先だけで大国主を動かそうという姿勢に問題があったのだが、自信ありげな大国主の態度は藩主達を混乱させた。
 はたして、丹後の命運は‥‥。