丹後の物の怪たち・三
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■ショートシナリオ
担当:安原太一
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月22日〜12月27日
リプレイ公開日:2009年01月02日
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●オープニング
丹後、舞鶴城――。
「束の間の平和でしたな」
稲荷神の使徒である狐神、侍装束に身を包んだ狐顔の妖怪白狐は言った。その眼差しは遠く宮津の方向に向けられている。
先の宮津決戦に敗北した藤豊・丹後連合軍は舞鶴に撤退し、現在舞鶴城を拠点に兵士達は喪失感に打ちのめされていたが‥‥。
「丹後の導師‥‥奴にこのまま丹後を奪われてしまうのか‥‥」
天津神が一柱天御影命の言葉に、宮津藩主立花鉄州斎、峰山藩主中川克明らは沈黙する。
「まだ我らは完全に敗れたわけではない! 軍勢はいまだ健在、導師に反抗する力はまだ残されている! この舞鶴を何としても死守する!」
気を吐いたのは藤豊家の武将平野長泰、片桐且元らだ。
「こうなった以上、大江山を攻略中の糟屋を呼び寄せ、三千の軍勢を以って不死軍との戦いに臨むべきだ!」
「数には数で対抗か。だが、数の戦いならイザナミ軍に勝てる道理はないぞ」
冷静に指摘したのは天津神の天鈿女命。
「亡者どもは西に十万の大軍を擁しているのであろう? そのうちの一万でもこちらへ進んできたら何とする? 三千の軍勢などひとたまりもない、それを忘れるでない」
天鈿女命の指摘はもっともだが、かと言ってこの女神に対抗策があるわけでもなかった。
「我らは良いとしても、人が住める土地ではなくなってしまうかも知れんな」
そう言ったのは天火明命である。天津神中最高クラスの神格を持つ大精霊なのだが、殊に何を考えているのか分からないその言葉に人々は動揺した。
「もし‥‥導師が舞鶴へ攻め込んできたら、我々はどう対抗したらよいのだろうか。もはや流浪の身となるしかないのだろうか」
舞鶴藩主相川宏尚は人々に問いかける。次に導師が動くとすれば、舞鶴へ攻め込んでくるのは確実である。
「導師の侵攻を止めることが出来なければ、流浪の身となるしかないであろう。恐らく導師が率いているのはイザナミ軍の先鋒。遠からず大軍が到着する可能性はないとは言えん。そうなったら、もはや誰にも丹後を支えることは出来なくなる」
天火明命は非情な可能性を告げた。確かに、イザナミがいよいよ都へ大軍を差し向けるとなったら、丹後に今以上の大軍が現れる可能性は捨てきれない。
「我々は無駄な戦いを挑もうとしているのか‥‥」
「そんなことはない。不死者などにこの地を明け渡してなるものか。我々は必ず不死軍を止めてみせる」
諦めそうな丹後の人々を平野や片桐が勇気付ける。とは言え今でさえ戦況は劣勢、希望はあるのか。
「少なくとも、導師も丹後全域を制圧するとなれば、一箇所に軍勢を集めておくことは出来ないでしょう。民は逃がすとして、戦い続けるならば、地下に潜伏して導師に抵抗するのもありかと」
そう言ったのは白狐であった。
「無論まだ舞鶴という最後の砦が残されているわけですが、数千の不死軍と正面切って戦い、勝つ算段が立たないのであれば丹後各地で徹底抗戦するという策も無くはないでしょう」
「我々に潜れと言うのか」
藤豊家の武将達は白狐の言葉にうなった。正規軍によるゲリラ戦‥‥そんな日が来ないことを彼らは祈るばかりである。
「ところで‥‥」白狐は話題を変えた。「宮津で棚上げになっていた我々との同盟話ですが、結論が出ておりませんでしたな?」
鉄州斎は驚いた様子で狐神を見やる。
「いや、確かにそうですが‥‥」
「丁度丹後の藩主様も一同に会しておられることですし、この機会に話し合いを進めておきませんか。導師が攻めてくればそれどころではないかも知れませんが‥‥」
かくして、舞鶴城で第三回目の丹後の物の怪との同盟会談が行われることとなった。
例によって藩主達は都へ使いを出し、舞鶴城で行われる狐神たちとの話し合いに冒険者達の出席を求めてきた。これまでの経緯から、白狐との同盟に冒険者達は少なからず関わっていた。果たして、今回の話し合いでどこまでの成果を上げることが出来るだろうか。
●リプレイ本文
出立前、ベアータ・レジーネス(eb1422)と明王院未楡(eb2404)は長崎藩邸にいた。藤豊家臣のベアータが願い出て、藤豊秀吉との謁見を望んだのであった。
「ご多忙の中、話し合いの時間を割いて下さった事に感謝いたします」
ベアータと未楡は一礼する。
「此度は何用かのう」
秀吉は相変わらず気さくだ。
「は‥‥丹後の件にございます」
「丹後か‥‥先日国司の件で話し合ったばかりじゃのう」
「‥‥これから舞鶴へ参るところでございます」
ベアータが今回の依頼について話す。それとともに、ベアータと未楡は丹後の現状について触れる。
「‥‥先の戦いでも明らかな通り、イザナミ軍の航空戦力は非常に厄介な存在です。こちらの飛行戦力は冒険者のみである以上、空での戦いでは圧倒的に不利です。空の敵を封じるためにも、手立ては必要かと思われます‥‥」
「ふむ。具体的にわしにどうせよと言うのじゃ」
「恐れながら申し上げます、丹後への支援物資の中に不死者に対抗できる矢を融通できないでしょうか」
ベアータは主君に提言する。
「なんじゃ、そんな事か。矢を無心するくらいでそうかしこまらんでも良いぞ。丹後へ発つ輜重部隊に破魔矢を千本ほど融通しておこう」
「あ、ありがとうございます!」
未楡は望外の回答にお辞儀する。ベアータも意見が入れられて感謝の意を述べる。
「ところで‥‥こちらの件はご存知でしょうか? 都から冒険者ギルドに依頼が出ておりまして、大国主の調略という話なのですが‥‥」
「もちろんじゃ、耳にしておるよ」
「表向きは冒険者の独断で大国主と不戦の条約を結ぶと言う依頼ではありますが‥‥」
「言葉を飾らぬとも良いわ。都は大国主と和するつもりはない。一時的なものに相違ないわ。不浄の魔物を操り、神皇家の権威を認めぬ者と手を組む事は叶わぬでな」
「しかし、殿下。このままでは京都は負けます。丹後連合が体勢を立て直す間、またイザナミ軍の脅威から都を守る苦渋の選択なのです。大国主に峰山、宮津の地の奪還を促し、イザナミ軍討伐の間不戦協定を結び共闘する事は、何としても必要な策」
ベアータ達も必死で秀吉を説得する。
一時的に、形だけでも共闘する事は出来ないかと説いた。
「神を謀るか。あれが本物の神かは知らぬがのう‥‥一つ、わしから、そち達に尋ねたいが良いか?」
「何でしょう?」
「一時的と申せど、大国主と手を結ぶなら考えねばならぬ事じゃ。わしは人の和を考えてきた。その中には魔物は入れておらぬ。妖怪や精霊もな‥‥これらの隣人は、人の支配者の理で考えるべきでないと思っている」
妖怪達が朝廷の臣下になるはずも無く、一定の距離を置いて付き合う。だが一部には、それでは対処できぬ者共がいる。大国主もそうだ。王を名乗り、民と領地をもっている。倒さねばならない。
「じゃが、魔物とて神皇家の家臣と認めるなら、話は別じゃ。この考えは難しい。何しろ生態も社会も人とは違う者達じゃからの。そち達は、魔物とも和する道を考えた事はあるか?」
この問いを発した事自体が、秀吉は普通ではない。
オーガやアンデッドなどの魔物と和すればジャパンは魔国として国際的な批難は確実。民も受け入れない。望みは平和でも、平和を乱す選択だ。今より多くの血が流れるのは必至である。
「冒険者は魔物とよく接します。考えぬではありませんが、現実に行うとなると‥‥」
「左様か。わしと同じじゃな」
重たい沈黙が落ちる。京都の近辺だけでも、イザナミ、大国主、酒呑童子、それに近江の豚鬼国など、人間の生活圏を脅かす魔物は多い。それに南下の兆しを見せる東北の悪路王、人に接近する高尾山の天狗など、人間と妖怪達との関係も変わりつつある。秀吉はジャパンの大難に対し、道を模索しているようだった。
「では」
とベアータは口を開く。
「今回の稲荷様との同盟ですが、これは正式に進めるべきだと考えますが、殿下におかれましてはいかがお考えですか」
「先程申した通りじゃ。神仏とは距離を置くのがわしの基本的な考えだが、それは人間社会全般に関わる場合。狐に領地や官位を与えよというのでなければ、丹後の民が決めれば良い事じゃ。わしは国々の神社の扱いにまで口を挟む気はないので。まして、狐とはすでにイザナミ軍と共闘しておるのであろう」
こうして秀吉の回答を得たベアータと未楡は、一路舞鶴へ走る。
舞鶴城――。
未楡は兵士達に馬載の品を取り出して配った。それら全て提供するつもりだったが、レミエラの中には効果が確認できないものも数点含まれていたため、それ以外の品を提供した。
また戦意を喪失している兵士達には叱咤激励の言葉をかける。
「最後まで希望を忘れない‥‥それが丹後の民の強さではなかったのですか。やれる事全て成し遂げる前に諦めちゃいけません」
ともにイザナミ軍と戦ってきた未楡の言葉だけに、重みがあった。
「あんたは諦めていないんだな‥‥」
「ええ‥‥いつの日か必ず導師を倒すことが出来ると‥‥信じています(にこっ)」
「そうなのだ、まだ諦めるには早いのだ」
玄間北斗(eb2905)も魔力強化済みの中弓二十を提供していた。
「皆の不撓不屈の想いが、天津神を初めとする神々を、都を動かしたのだ。もう一踏ん張り、丹後の民の底力‥‥天すら動かす不動の意志を見せ付けてやろうなのだ」
魔法の中弓を受け取った土侍たちはその具合を確かめていた。
「ほう‥‥こいつで打てば怨霊も倒せるってか」
「ぶっつけ本番になりそうだな‥‥どこまでやれるか分からんが」
「導師とやらは怨霊を使役するそうだからな。こいつで露払いして‥‥何とか一太刀でも浴びせることが出来れば‥‥」
「ありがとな、あんちゃん」
土侍達は北斗に礼を言った。
「とんでもないのだ! 土侍衆の弓の腕、丹後の守部としてのその力を今一度振るって欲しいのだ」
そして本命の同盟会談が開かれる――。
これには冒険者の他、立花鉄州斎、中川克明、相川宏尚ら丹後の藩主に主だった侍、三柱の天津神が出席し、ゲストとして藤豊軍の武将も加わった。
「では‥‥改めて話し合いを再開したいと思いますが‥‥」
白狐は人々を見渡した。
「実を申し上げれば、私どもは水面下で各勢力に働きかけておりました」
白狐は言う。各地の氏神らにイザナミとの共闘を呼びかけていたという。
「そもそも氏神とは、固有の山や森、川などを縄張りとする古き妖怪、精霊にて、なかなか縄張りを離れて他の地に出てくる者はおりません」
「それはそうでしょう。人間とて、同じですから」
都が未曾有の危機というのに東国では人同士の争いが起きた。妖怪社会の事は知らないが、わざわざ丹後の為に他地域から出陣するほどの物好きも少ないだろう。
「いえ、神代には多くの妖しが一同に集ったと聞き及びます。徐々に疎遠になり、今では縁も無きに等しい関係ではありますが‥‥」
白狐が、まだただの獣としてこの世に生を享ける以前の話だとか。稲荷神の情報で、各地で運動を始めたということだ。
「つまり」
鉄州斎が思案顔で口を開いた。
「各地の物の怪たちの中に稲荷様のように共闘の意思がある者がいると?」
「左様です」
少なくとも稲荷神はそう考えている。白狐は自分も半信半疑な事をそれとなく伝えた。
「なるほど‥‥」
この期に及んで白狐の話を御伽噺だと聞く者はいなかった。現に白狐たちは丹後のイザナミ軍相手に氏神を救ったり上空から索敵などをこなしている。
「狐にしては上出来であろう。もっとも、古き縁が、どれほど残っているか疑問だが」
そう言って笑ったのは天火明命。
「此度の事が無ければ、直に皆、忘れ去られたであろう」
天火明命は多くを語らない。精霊である彼は、定命の者とは感じ方も違うのだろう。
「稲荷神様はこう申しておられるが、どうだ?」
中川克明が冒険者たちに話を振った。
「関白殿下は稲荷様との同盟は丹後の民が決めよと仰せです。稲荷様との同盟は障りなし、と関白殿下が仰せである以上、ここは正式に天津神、藤豊家のお歴々公認の上で稲荷様達と『丹後に生ける者達を守る為』我々全勢力が正式に同盟を結ぶべきかと存じます」
ベアータの言葉に藤豊軍の武将達も頷いた。藤豊家臣のベアータが秀吉本人から回答を預かってきたのだから彼らが異を唱えるはずがない。
「こういう状況です。稲荷様や丹後諸藩・藤豊軍のいずれかが危機に陥った時、互いにこれを全力で救い、連携致しましょうぞ」
ベアータの提言に白狐も頷く。
「イザナミの脅威は人間の方が感じているでしょうが、対イザナミでは協力できましょう」
「‥‥各藩主様、藤豊の武将におかれても、現状を鑑みれば藩政の根本、権威、権力に拘り、全てを失っては元も子もありません‥‥」
未楡は藩主達に言ってから白狐の方を向く。
「このまま敗走し、黄泉人が全域を抑えれば‥‥瘴気に侵され大地も空も‥‥全てが死に絶えかねません」
それから双方に向かって言葉を紡ぐ。
「それぞれの立場、思惑があるのは重々承知しておりますが、生きとし生ける全てのモノが安寧に暮すために‥‥今は共に苦しみを分け合い、立ち向かう決断をお願いします」
沈黙が下りた。それを北斗の言葉が破った。
「皆命懸けでこの地を守ろうとしているのだ。自分達にしか出来ない戦いから逃げてしまったら‥‥命を落とした者達に、信じた者達にどう顔向けするのだ」
「言うな小僧」
一人天火明命が笑った。
と、北斗の糸目がすっと開く。
「妖怪王国の真意ってなんなのだ? 共に手を携えて生きるって事じゃないのかなのだ」
白狐は数瞬考えた様子である。
「言葉通りでしょう。人が人の王国を作るように、妖怪の王国を作ることでは無いかと」
「それは共に手を携えて生きる事とは、違う?」
「こう申してはなんだが、人間次第、ですな。人は妖怪をどう見ておられる。昔は今よりも人と妖怪は近い関係だったと聞きます。しかし、今は‥‥私も人と妖怪が同じ裁きの中で生きていけるとは思いません」
ふむ、と北斗はあごをつまんだ。異種族の話は複雑だ。が、目前に迫る危機でもある。
「‥‥どうやら目立った反対意見は出ない様子ですな」
一同を見渡したのは相川宏尚。
「今回を以って、稲荷様との同盟締結と言うことで良いでしょうか」
「結構だ」
「異存はない」
最後に白狐は言った。
「これは私から持ち掛けた同盟。紆余曲折があったにせよ、受け入れて下さった皆様に感謝致します」
こうして、丹後藩並びに藤豊の連合軍は、ここに稲荷神との同盟を締結する。
会合終了後、北斗が丹後の盗賊「白虎団」のレミエラの謎について相川宏尚に情報提供を求めた。
「今更だが舞鶴は白虎団と通じているという風聞があったのだ。過日に至っては頭領こそ逃がしたものの多数を捕縛したのだ。今までの積み重ねで盗賊達のレミエラの入手経路や保管場所とかに当りがついているんじゃないのかなのだ。例えそうでなくても、没収した数もかなりあると思うのだ」
「盗賊たちのレミエラについては正直私も知らぬのだ」
「本当に? この戦、出し惜しみなんてしてたら勝てるものも勝てないのだ」
宏尚は困った様子で、本当に知らないと言う。リシーブメモリーでもかければ事の真偽は確認できたが。
また今回の話し合いの間に、丹後南東に向かっていた冒険者達から大国主との同盟交渉が破談したと知らせてきた。大国主との共闘は丹後連合も呑めない条件である。こちらでも今後の大国主対策を協議するが、時間もなく目立った案は出なかった。