丹後の盗賊・其の七、丹後半島へ
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■ショートシナリオ
担当:安原太一
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月14日〜01月19日
リプレイ公開日:2009年01月21日
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●オープニング
京都冒険者ギルドを一人の僧侶が訪れた。優しげな風貌の若い僧侶である。中々に眉目秀麗な青年だ。名を陽燕和尚と言った。こう見えて丹後松尾寺の住職である。
陽燕和尚が冒険者ギルドに足を運んでくるのは何度目であったか。まだ二、三度くらいであろう。
たまたま和尚の顔を覚えていたギルドの手代は和尚と向き合った。
「これはこれは和尚様、お久しぶりですな」
「こんにちは」
「今日はまたどうされましたか‥‥て丹後は今イザナミ軍との最前線でしたね。息災で何よりと申し上げるべきでしょうか」
「確かに‥‥丹後は今大変な状況です。イザナミ軍は確実に丹後を蝕みつつあります。ばらばらだった黄泉人たちをまとめあげ、大軍に仕立て上げた様子。藩主の方々も非常に苦しい立場でしょう」
「和尚様も黄泉人との戦に赴かれているのですか? 今日いらした本題もその件ですか?」
先を急ぐ手代に和尚は微笑んだ。
「いえ‥‥黄泉との戦いは都から援軍が来ておりますし、私一人が出来ることは限られております。私は戦いよりも、もっぱら民の心を癒すことに心力を注いでおります」
「そうですか‥‥」
「今日参りましたのは丹後の盗賊の件です」
「ほう‥‥丹後の盗賊ですか。イザナミ軍が来たことで勢力を後退させたそうですな」
「最近舞鶴に現れた盗賊が悪魔の術を使ったと聞き及びましてな」
「ええっと‥‥確か『丹後の盗賊、白虎団、その六』と言う依頼ですね」
手代は壁の依頼書にちらりと目をやる。
「そうです。私としては非常に気がかりでしてな。単なる小悪魔の仕業なら小さな事件として片付けても良いのですが、あるいは丹後の盗賊に昨今何かと噂の悪魔が潜んでいるのかも知れないと‥‥世界的な悪魔の攻撃が始まっている様子ですし、どこに敵が潜んでいるやも知れません」
「事情通でいらっしゃいますな」
手代は少し驚いた。陽燕和尚は微笑んだ。
「依頼の件をお話しましょうか‥‥。私は盗賊団の拠点である丹後半島に向かうつもりです」
「ええ?」
「これまで丹後の盗賊の件は放置されておりましたが、少し調べてみようかと思いましてな。悪魔の影が本物なら、放置しておくことは出来ません。まあ杞憂に過ぎなければそれに越したことはないわけですが」
「では‥‥半島に向かう同行者を募集するということで宜しいですか? 調査と‥‥和尚様の護衛ですかね?」
「そんなところです。聞き及ぶところでは、丹後半島は要塞化されており、盗賊の町で栄えているとか。町に入ること自体はそう難しいことではないようですからな。とりあえず町の下調べ辺りから始めようと思っております」
手代は和尚の言葉を聞きながら依頼書をまとめていく。
かくして、丹後半島の盗賊団の調査依頼がギルドに張り出されることとなった。これまで冒険者達と幾度か戦いを繰り広げてきた盗賊たちだが‥‥。
丹後半島――。
安底羅大将は上空から半島の様子を見つめていた。安底羅大将――翼を持つ美しい人の姿をしたその御使いは、思案顔で盗賊の町の上にいた。
デティクトアンデッドに目立った反応は無かったが‥‥この地にも悪魔が入り込んでいるのかも知れない。地獄との戦いが始まった今、何が起こっても不思議はないが‥‥。
安底羅大将は空中を旋回すると、どこへともなく飛び去って行った。
●リプレイ本文
玄間北斗(eb2905)はサポートからのシフール便を開いた。
「堺で聞く限り、丹後半島に出入りする荷物にこれと言って目を引くものは無い‥‥が、きな臭い連中が関わっている様子。注意されたし、か」
北斗は肩をすくめる。
「まあ盗賊相手に商売している人間にまっとうな連中などいないのだろうけど‥‥」
――ここは盗賊団の本拠地、伊根の町。冒険者たちは旅の一行を装って入り込んでいた。
立ち並ぶ町並みは盗賊の町に相応しくごみごみしていて、柄の悪い連中で溢れ返っている。呑んだくれた連中が娼婦を連れて町を徘徊し、そこかしこで酒飲みが喧嘩に明け暮れていた。
「こんなところに本当に悪魔が潜んでいるのでしょうか‥‥」
北斗の問いに、陽燕和尚は編み笠の下でにこやかな笑みを浮かべる。
「私の杞憂に過ぎなければそれはそれで結構ですが」
「いえ‥‥」和尚の弟子に扮したチサト・ミョウオウイン(eb3601)も編み笠の下から声を出す。「先の依頼で現れた悪魔と思しき魔物が、盗賊団の頭領である永川流斎との接触を謳っていました。見た目以上に悪魔の影響が及んでいても不思議はありません」
チサトはそう言って先の依頼の件を話す。
「ふむ‥‥それは看過できませんな。永川なる者が悪魔と関係しているとすれば、盗賊団そのものが悪魔の影響下にあっても不思議は無い。今回の下調べで進展がありますかな」
と、一行は前方で軽業を披露する乱雪華(eb5818)の姿に目をやった。まるごときたりすを着こんで宙返りしながら歌う雪華は盗賊たちの目を引いていた。
「和尚様――」
百鬼白蓮(ec4859)が仲間達に声をかける。百蓮は石の中の蝶を見せた。蝶がゆっくりと羽ばたいている。
「何と‥‥」
「油断なさらぬよう」
百蓮はそれだけ言って後方に下がる。
さて、どうしたものか。
「とりあえず地道に、あそこから始めてはどうかなのだ」
北斗が指差したのは、酒場であった。酒場で情報収集、まあ冒険のセオリーだろう。盗賊の町だけに冒険者の常識が通用するとは限らないが。
「こいつはひどい‥‥」
一行は酒場の喧騒に呆れ返った。
盗賊たちがわめき散らして酒を飲んだくれていた。そこかしこで喧嘩はするは、意味不明の言葉を叫んでいる者もいれば、女をはべらせて宴会を開いている集団もあり。
「うーん、チサト嬢には衛生上良くない場所なのだ‥‥」
北斗は真剣に悩んでいた。
当のチサトは和尚の影に隠れてこっそり酒場の様子を眺めている。
「行きましょうか」
和尚は二人を連れて中に入っていく。
雪華と百蓮もさりげなく和尚達の周囲を警戒しながら酒場に踏み込んだ。
明らかに騒いでいるだけの集団は除外して、北斗があえて選んだのは腕の立ちそうな盗賊がいる卓である。
和尚達が卓に着くと、盗賊たちは一行をじろりと睨んだ。
「よう相棒、景気はどうだい」
北斗は一両取り出して机に置いた。盗賊たちの表情が緩む。
「おい! 酒だ!」
リーダーと思われる男が怒鳴りつけると、町の酒場のように店員?がやってきて酒を運んできた。
「見かけない面だな」
「ああ、旅の途中でな。西から逃げてきたんだよ」
「西って言うと、イザナミか?」
「ああ、出雲はもう駄目だぜ」
「知ってる。とても上陸できる状態じゃねえからな」
「ここ丹後もかなりやばって聞いてるぜ」
「全くだ‥‥都の軍隊も頼りない。丹後の導師とやらになす術も無いとは」
「それで、気になる噂を聞いたんだがな」
「噂とは?」
男は酒を注ぎながら北斗の話を聞いていた。
「丹後の盗賊に魔物が入り込んでるって話だ」
「ほう、魔物とは?」
「知らねえのか? 最近都を襲った地獄からの魔物、悪魔だよ」
「ほう‥‥その悪魔がどうした。悪魔が盗賊団を乗っ取るとでも言うのか?」
「そうなのかよ」
北斗の鋭い問いに男は笑った。
「知りたけりゃ破戒僧たちを訪ねな」
「破戒僧?」
「ああ、町の外れにいる坊さん連中だ」
と、そこへ一人の巨漢がやってきた。屈強な、大きな河童だ。
「今回は危うく嵐に飲まれそうになったぜ。積荷は何とか無事だがな」
眼帯をした巨漢の河童はそう言って豪快に笑った。
河童の顔を見たチサトは思わず息を飲んだ。
「英胡‥‥」
英胡とはかつて丹後を荒らしまわった凶悪な河童海賊、海人族のボスの名前である。見上げるチサトと英胡の目があった。
「お前は‥‥こいつは懐かしい顔を見たぜ。こんな場所で何やってんだお嬢ちゃん」
「海人族‥‥丹後の盗賊と手を結んでいるのですか」
「おうよ、この国は盗賊王国。うまい酒が飲めると聞いて見過ごす手はねえ」
「何だ河童、知り合いか」
盗賊の問いに英胡は徳利をあおる。
「まあ昔のことよ‥‥」
英胡はそう言って昔話を始めた。
「‥‥盗賊団のレミエラ‥‥丹後一の生産量と聞く‥‥私にも少し分けてはもらえぬだろうか‥‥」
百蓮は盗賊相手に酒をおごって話を聞きだしていた。
美しい百蓮のお酌に盗賊たちはぐいぐいと酒を飲んだ。
「何でえ、レミエラなんてどこにでも転がってるだろう」
「‥‥お主らのレミエラは特に強力なものが多いと聞いた。噂の死人殺しのレミエラなどだ‥‥」
「姉ちゃんも俺たちの仲間に入れよ。そうすればレミエラ使い放題だぜ」
「‥‥一つ教えてくれ」
「何でえ」
「一体どうやって強力なレミエラを作り出しているのだ? そもそもレミエラの生成には貴重なガラス職人が必要であろう」
「さあてなあ‥‥詳しいことは分からねえが、盗賊団の頭連中はどこからか大量のガラス職人を集めてきたって聞いてるぜ」
「ほう‥‥」
百蓮は顔には出さなかったが、困惑した。盗賊団で働くガラス職人とはいかなるものか‥‥強引に連れてきたのだろうか。
「こちらの特産物は最近よく取れますか?」
雪華は警戒されないように当たり障りのない質問から情報を収集する。
「特産物って何のことだ?」
「盗賊団は活発に海に乗り出していると噂で聞きました。兵糧に関する品は特に品薄で、物価高に見舞われているのではありませんか?」
「何が言いてえのか分からねえが、俺たちの兵糧も何もかっぱらってきたもんだ。物価なんて関係ねえわな」
盗賊はあっけらかんとして言った。
「丹後の盗賊は海運を生業としていると聞き及びました。どこかと交易を図っているとか‥‥?」
「交易ねえ‥‥まあ難しいことはお頭連中が取り仕切ってらあな。基本は略奪よ。俺たちが丹後半島を押さえているのはここが東西の航路の要衝だからだ。近海を通過する船を狙い易いんでね」
盗賊は話もそこそこに雪華を誘ってきたが、適当にあしらって席を立つ。
酒場を出た一行は話を付き合わせる。
「何でも町外れに悪魔と関係しそうな僧侶がいるらしいのだ。信じていいのか微妙なのだが‥‥」
「盗賊のレミエラ工房も気になるな‥‥」
百蓮が指に目を落とすと、またしても石の中の蝶が羽ばたいている‥‥。
「とりあえずレミエラ工房を覗いてみませんか? 夜になるまでには時間もあることですし」
チサトの提案に一同賛同し、レミエラ工房に向かうが‥‥。
盗賊団の工房は立ち入り禁止であった。厳重な警備が敷かれていて、入り込める余地は無かった。
「では町外れにいるという破戒僧を訪ねてみますか」
陽燕和尚は思案顔で建物を見上げる。
町外れには一軒の寺があり、多くの盗賊たちが通っていた。ここはすんなり中に入ることが出来た。
「みなさん‥‥気をつけて。近くに悪魔がいます」
百蓮が警告する。石の中の蝶が激しく羽ばたいている。
周りにいるのは盗賊たち。和尚がデティクトアンデッドを唱える。
「すぐ側に、一体いるようです」
見張られているということなのか‥‥。警戒を怠ることなく、冒険者達は破戒僧のもとを訪ねた。
僧侶達が盗賊たちに説教を行っている。説教の中身は意外にまともで、仏の救済を盗賊たちに説いていた。
冒険者達は前の方に出て僧侶に近付く。石の中の蝶は‥‥静かに羽を折りたたんだ。
「悪魔ではないのか‥‥」
呟く百蓮。
北斗が進み出て、僧侶達に問うた。
「御坊に問う。最近悪魔と契約を交わす者が出没しているという噂を聞いたのだが、御坊はどうお考えか」
破戒僧は意表を突かれた様子である。
「盗賊たちの中に地獄の魔物と契約を結ぶ者がいるのだ」
「そのような者は真の外道。恐れ知らずとしか言いようが無い。いかに盗賊といえど人間、悪魔と契約を結ぶなど、どこでそのような話を聞いた」
「いや‥‥知らなければいいのだ」
冒険者達は寺を後にする。
「破戒僧たちは何も知らない様子なのだ」
「悪魔でも無いようだしな‥‥」
「気になるのはレミエラ工房くらいでしょうか‥‥」
夜を待って北斗と百蓮はレミエラ工房に進入する。見張りが少ないこともあって、運良く入り込めた二人。
大勢のガラス職人と思われる人々――大人や子供?がレミエラの生産に当たっていた。
「これは‥‥どういうことだ‥‥」
百蓮は石の中の蝶が激しく羽ばたくのを見て北斗に警戒を呼びかける。
二人はいったん脱出する。
一日待って、翌日の夜、冒険者達は再びレミエラ工房に潜入した。不思議と見張りはおらず、進入は容易であった。そして――。
「おかしいな‥‥誰もいないのだ」
工房の中は空っぽであった。無人で、レミエラは一つ残らず消えていた。
その時だ、石の中の蝶が羽ばたき始めた。
「お前達は何者だ」
その声は頭上から響いてきた。見上げると、人が浮いている。
「‥‥!」
慌てる一行を見て悪魔と思しき魔物は不敵な笑みを浮かべる。
「何を探しているのだ、昨日からこそこそと」
チサトがアイスブリザードの詠唱に入ると、悪魔は飛んで後退する。
「間もなく盗賊どもがやってくる。逃げた方が無難だぞ」
悪魔は笑って飛んで逃げた。
「‥‥罠でしたか。急いで逃げましょう」
雪華は殿を務めると、仲間達を先に逃がす。
追っ手の気配を背後に感じつつ、冒険者達は脱出を果たしたのである。