京都防衛、対イザナミ部隊の初陣

■イベントシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:42人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月24日〜01月24日

リプレイ公開日:2009年02月14日

●オープニング

 京都近郊――。
 越冬作業に追われる村人達は手を止めた。地平の彼方から迫り来る影がある。
「おい‥‥何だありゃ?」
 丹波方面からやってくるそれは‥‥不死者たちである。
「大変だー! 亡者の群れがやってくるぞー!」
「な、何だって?」
 隣接する丹波がイザナミの手に落ちて久しい。北の丹後も黄泉人の攻撃を受けて、陥落寸前。迫り来るイザナミの脅威はもはや現実として京都の民を脅かしていた。
「とうとう黄泉人たちがやってきおったぞ!」
 パニックに陥った村人は荷物を捨てて脇目も降らずに都の方へ逃げていく。

 年明けに長崎藩邸で行われた藤豊家の会合において、京都の防備を固める案が出された。イザナミと鉄の御所が同盟を結んだ可能性もあるとして、秀吉は公家から徹底的に帝都の防備を強化するようにせっつかれている。
 また会合の席上で、京都を防衛する新設部隊の案が持ち出され、秀吉は許可した。
 神祇官や陰陽寮はその存在を今もって否定しているが、敵は日本神話における創造神、イザナミ。
 少なくとも、この国を壊滅しうる脅威。彼女に対抗するために、神討ちの勇者を募らねばならない。
 時は迫っていた。神討ち部隊は早速京都の猛者を募って編成されることが決まる。
 会合の席で冒険者から提案され、藤豊秀吉は新設部隊の指揮官に、丹後峰山藩から藤豊への人質として差し出された春香姫を登用した。春香姫は謹んでこの命を受けたと言う。秀吉は姫の補佐役としてこの精鋭部隊の副将に猛将福島正則を据えた。
 単なるお飾り部隊にするつもりはない。
 黄泉の魔軍に対抗し、神を討滅し、都に光を取り戻す活躍を期待されている。

 集まった戦士たちの前に、甲冑をまとい凛々しい戦乙女姿の春香姫は姿を見せた。その傍らに立つ福島正則は鬼のような形相で仁王立ちし、戦士たちを睨みつける。
「皆さん‥‥よくぞ集まって下さいました。今この危機に、神皇陛下、関白殿下の思いは一つ。イザナミとの戦いに勝利し、ジャパンに平和と安寧をもたらすこと。多くは申しません。私達一人一人が力を合わせ、イザナミとの戦いに勝利を収めましょう」
 春香姫の言葉にどよめきが起こる。みな京都の危機に駆けつけた者たちだ、言葉は不要。福島が一歩前に進み出ると、どよめきが静寂に変わった。
「今姫が申された通り、関白殿下は貴様らにいたく期待している。貴様らに求められているのは二つ、勇気と忠誠だ。イザナミ――未曾有の国難に立ち向かうことの出来る勇気と、神皇様への揺ぎ無い忠誠、身命を賭して都のために戦うこと。それだけだ。今より貴様らには神殺しの一員として都の剣となってもらう」
 福島の力強い声が叩きつけられた。鬼軍曹さながらの福島の威圧感に戦士たちも知らずと背筋が伸びる。
 春香姫は穏やかな笑みを浮かべて頷いたが、すぐにそれが厳しい表情に変わる。
「丹波方面より抜け出てきた千を越える亡者の大軍が京都近郊に襲いかかっているとの知らせが入りました。早速関白様より黄泉人を迎撃するようご命令がございました」
 兵達にどよめきが起こる。
 千を超えるとは‥‥訓練も何もない、初戦から彼らには最前線で都を守れというのだ。
「貴様ら、殿下よりの勅命であるぞ。先陣は武人の誉れと思え。イザナミとの聖戦に名を連ねるのは護国の戦士の証」
「では‥‥急ぎ参りましょう、一刻も早く黄泉人たちを退けなくては」
「――出陣!」
 京都近郊でのイザナミ軍との大きな戦いはこれが初めてである。
 新設された対イザナミ部隊――神と戦う戦士達の初陣の結末はいかに‥‥。

●今回の参加者

オリバー・マクラーン(ea0130)/ 鷲尾 天斗(ea2445)/ イリア・アドミナル(ea2564)/ 円 巴(ea3738)/ アラン・ハリファックス(ea4295)/ 桐沢 相馬(ea5171)/ レティシア・シャンテヒルト(ea6215)/ バーク・ダンロック(ea7871)/ ルメリア・アドミナル(ea8594)/ 朱 蘭華(ea8806)/ 白翼寺 涼哉(ea9502)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ 哉生 孤丈(eb1067)/ ベアータ・レジーネス(eb1422)/ 明王院 浄炎(eb2373)/ 明王院 未楡(eb2404)/ 南雲 紫(eb2483)/ 静守 宗風(eb2585)/ 玄間 北斗(eb2905)/ 志波月 弥一郎(eb2946)/ 李 宵明(eb3331)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ メグレズ・ファウンテン(eb5451)/ 乱 雪華(eb5818)/ 頴娃 文乃(eb6553)/ クァイ・エーフォメンス(eb7692)/ エル・カルデア(eb8542)/ コルリス・フェネストラ(eb9459)/ ロッド・エルメロイ(eb9943)/ 烏 哭蓮(ec0312)/ 国乃木 めい(ec0669)/ ナスリー・ムハンナド(ec1877)/ 馬 狗鷹(ec2734)/ オグマ・リゴネメティス(ec3793)/ 琉 瑞香(ec3981)/ 黄 飛鵞(ec4312)/ 藤枝 育(ec4328)/ リーマ・アベツ(ec4801)/ サイクザエラ・マイ(ec4873)/ リンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210)/ 妙道院 孔宣(ec5511)/ セバスティアーノ・クローチェ(ec5914

●リプレイ本文

 出撃していく対イザナミ部隊――白翼寺涼哉の提案で薫風隊(くんぷうたい)と名付けられた彼らは、京都在住の士や、各地から集まった浪人、足軽達である。
 関白の肝入り、だが実態は足元もおぼつかない新設部隊。しかし、その数は一千に迫る勢いで膨れていた。
「待ってろよ。イザナミの首を獲って帰るぞ」
 京都を守る決意に燃え、これから立ち向かう脅威に意気盛ん、勇躍して誰もが一番槍を狙っている。
「だが勝てるのかのう?」
「平織様も源徳様も何で来てくれんのじゃ。急ごしらえの部隊で戦えるんかいな」
 不安の声もある。何と言っても、敵は最大最強の黄泉の軍勢。
「だが‥‥見ろ、先頭に立つあの威風堂々たる姫君を。総大将の春香姫様じゃ」
「そうよなぁ。さぞ辛い思いをされたであろうに、このような大役をお引き受けになるとは、あのご立派な姿に俺は感動した!」
「福島正則様も付いておられる。都を鬼から守ってくれた秀吉様だ。今度もきっとわしらを守ってくださるわい」

 鞍上から民に応える春香姫は、ふと傍らの明王院未楡らを見た。
「正直言ってこれほどの数が集まったのは意外です。何としても勝たなくては」
「姫は戦場で兵士達を鼓舞して下され。指揮は我らにお任せを」
 補佐役の福島正則の言葉に春香姫は頷く。
「ですが、私は最前線に立ちましょう。殿下が私に期待されているのは後方で観戦することではないでしょうから」
「その力強いお言葉は私が父君にお伝えしましょう。護衛はお任せ下さい‥‥黄泉人たちを一兵たりとも近づけはしませんわ」
 未楡が宣言する。彼女らは春香姫の近衛たる戦乙女隊を選抜していた。南雲紫を筆頭に、姫の四方を勇壮美麗な女武者が固めている。
「ありがとう‥‥皆の力を合わせ、必ず生きて都に戻りましょう」
 姫の瞳に残るのは、拭い切れない憂い。

 薫風隊が出撃した直後。
 京都の大通りに、リンデンバウム・カイル・ウィーネの演説が響く。
「戦いは刃持つ者だけで成り立つものではない。如何に歴戦の武士とて休み無く、飯も食わずに戦い続けられようか。兵糧や武具、治療薬を切らさず、的確かつ絶え間なく前線に補給する者があって始めて戦い続ける事が出来るのじゃ」
 急造部隊の兵站は、大問題だ。千人分の毎日の飯を確保するだけでも一大事。
「千や二千、このわしに任せておけばよい」
 秀吉は請け負ったが、今後を考えれば秀吉任せでないシステムを構築しておきたい。直に石田三成の元を訪れて協力を要請し、薫風隊の兵站部門作りに腐心した。
「物資調達、帳簿管理、搬送、伝令‥‥例え前線に立たずとも、皆が生きるこの地を守る大きな力となる事は出来る。志ある者があらば手伝ってはくれぬか?」
 群衆の間から、一人の人物が進み出てきた。たまたま居合わせた堺の大商人津田宗及。秀吉の膝元で商いを営む関白にも顔が利く人物だ。
「京都が大変なのは分かり申した。秀吉公も苦戦されておる様子ですな」
 協力を呼びかけると、宗及は快諾した。
「喜んでお手伝いしましょう。関白様のために私どもも一肌脱ぎましょう」
「宗及殿が申されるなら‥‥」と多くの商人たちが協力を申し出る。思いの外に上手く言ったのは、宗及の仕込みか。
「ご協力感謝する」
「何の。貴方のような方がいるのは、私にも都合がよろしい」
 秀吉の楽市楽座は不首尾らしい、大阪堺と京都商人の間には色々とあるようだ。

 旅の僧として烏哭蓮は都周辺の名刹を訪ね歩いた。
 秀吉がイザナミ対策に寺社の支援を切望する事を伝えるためだ。
「黄泉の軍勢に情けはありませんぞ。敵は不死者。人の生気を糧に生きながらえる邪悪です。俗世の戦いにあらず、仏門は今こそ立ちあがる時」
 烏哭は熱弁を振るった。
 天台宗には汚名返上の機会と接近する。
「どうですかな、この機に名誉挽回を狙っては?」
 また真言宗東寺を訪れた際には、
「イザナミと言えば‥‥あの鉄の御所と手を組んだそうですよ? 延暦寺も動かざるを得ないでしょうねぇ〜」
 と行く先々で言葉を変えて煽る。
「よく回る舌だが、見え透いている」
 東寺に居た文観と出会う。
「不満ですか?」
「いや。私も参加しよう。天台は知らず、真言にて黄泉調伏と申せばこの文観が第一人者であろう」

 そして戦場へ――。

『腕っ節の弱いしふしふさんでも、身軽さと足に自身がある人なら伝令や偵察で大きな力になれるのだ。
心ある人がいたら、力を貸して欲しいのだ』
 義勇兵募集の横に小さな立札を置いてシフールを集めた玄間北斗は、しふしふ偵察隊を率いて斥候の任を務めた。
 イザナミ軍の斥候と接触する。恨み言を呟く以津真天と怨霊。
 亡者に襲われる北斗達を救ったのは、天馬に乗るレティシア・シャンテヒルト。彼女は敵軍の進軍速度を測るために近づいたところだった。
「助かったのだ〜」
 レティシアの天馬が結界を張ってシフール達を守る。この戦闘でシフール一人が命を落とした。北斗が忍犬五行に託した情報により、薫風隊は敵の正確な位置を知る。

「新年会での非礼をお許し下さい」
 畏まった白翼寺に、春香姫は微笑を返す。
「まだ大将就任の祝辞を申し上げておりませなんだ」
「それよりも、救護活動の説明をなさるのでしょう?」
「はっ」
 白翼寺が恐縮しつつ、彼がまとめる救護班の活動について話す。哭蓮の勧誘工作が当たったのか、薫風隊には多くの僧侶僧兵が集った。ほとんど白翼寺の救護隊に回ってきたので、彼は部将相当の忙しさである。
「出撃の最中に編成も何もやってしまうのは、どうにも無茶な話だな」
「そう云うな。ここで足止め出来ねば、都に未来が無いのだからな」
 厳しい顔付きの陸堂明士郎は北斗からの連絡を春香姫に見せる。
「敵軍の数は?」
「上空から見た限りでは、約一千五百」
 机に地図を広げて、敵軍と薫風隊の位置を把握する。
「‥‥少し増えたか?」
「食われたな」
 黄泉の先遣隊はゆっくりとした速度で進軍し、村々を襲って戦力をじわじわと増やしている。丹後で戦ったチサト・ミョウオウインや、モンスター博士のエル・カルデアの知識によれば、黄泉人に殺された者が死人憑きに変わるのは三日後らしい。
「作戦があります」
 オリバー・マクラーンは藤豊家臣アラン・ハリファックスを呼びとめた。
「何故俺に?」
「私には実績が無い」
 英国騎士で去年までアトランティスにいたオリバーはこの国にツテが少ない。
「ほう」
 昨今珍しく、礼節を守る騎士であるようだ。アランの補佐としてオリバーは軍議で作戦を説明した。
「大きさの違う網で段階的に減らす、基本的にはそうお考えください」
 まず遊撃隊が黄泉軍に攻撃を仕掛け、敵を誘き出す。
 本隊は陣地を構築し、遊撃隊に誘い出された敵軍に対しては二枚の前衛部隊を交互に使う事で、休みなく戦線を維持する。
「休みなく?」
「敵は睡眠も休息も不要の不死者。しかし、彼らは思考が鈍い。我々が攻め続けることで、戦場をこちらの優位にコントロールできます」
「なるほど」
 薫風隊には細かな軍律が無い。春香姫や秀吉に近しい冒険者や、名の知れた豪傑の発言力が強くなり、それらの緩やかな合議制で物事が決定した。
「陣地の構築は誰が行う?」
「私がやりましょう」
 ベアータ・レジーネスが手を挙げた。前線の動きに合わせた陣地作りは言うほど簡単ではない。藤豊家臣の肩書きと超一流の冒険者の実力を併せ持つベアータは、適任であろう。
「敵が固まっている今はチャンスだ。一気に叩いてしまおう」

「いっちょ穴掘りを頼みたいんだねぃ」
 哉生孤丈が兵達に呼び掛けている。
「任せてくだせぇ」
「おうよ! これも都の為だ、遠慮なくこき使ってくれやあんちゃん」
 ベアータと共に後方に残る孤丈は土木の専門家は居ないかと出発前から目星を付けていたので、結構な人数を集めていた。
 千人近い隊員は、編成もまともにされないまま連れて来られた。当然、指揮官が要る。士分にある者や歴戦の冒険者は皆、必然的に小隊や分隊の指揮官とされた。

 都の軍が来たと聞いて、黄泉軍に追われた周辺の民が続々と到着した。瞬く間に、避難民が本陣の一角を占める。
「民を連れては戦えぬぞ」
「分かっている」
 白翼寺は協力を約束する寺社に避難民達を向かわせようと手続きを進めた。
 だがその前に――。国乃木めいと妙道院孔宣が避難民の列を順に回り、祈りを捧げる。デティクトアンデッドである。
「‥‥間違いないわ」
「気付かれました。逃げます」
 僧侶達の光を見て、立ち去ろうとする一人の村人。
「お待ちなさい」
 戦闘馬を駆り、前を塞いだ妙道院が村人に剣を向ける。
「ひぃ、な、何をなさるのですか?」
「汝に邪悪の気が憑いておる。今、祓って進ぜるゆえ、動くでない」
 ホーリーを詠唱する妙道院に、村人は微笑した。
「そいつはひでぇや」
 大きく口を開ける村人。口内に、喉の代わりに黒い眼が一つ。
「えっ?」
「あがぁぁぁっ!!」
 絶叫と共に村人は黒く長い塊を吐きだした。それは捩じれた黒い杖だった、先端は鋭い刃を持ち、村人の体内から飛び出した杖が妙道院を襲う。
「くっ!」
 咄嗟に琉瑞香が結界を張らなければ、詠唱中の無防備な妙道院はやられていた。
「魔物め!」
 間一髪、浅手で済んだ妙道院は聖剣カオススレイヤーを振るう。
 宙に浮いた黒杖はひょいと僧兵の一撃を避ける。国乃木がコアギュレイトを撃ちこむが、抵抗される。
「ちぃっ」
 毒づく声はどこから。杖の端に付いた大きな瞳がギョロギョロと動くのに妙道院は気付いた。上昇する杖に、琉は浄化を試みるが既に射程圏外だった。
「どうしたのです?」
 騒ぎを聞きつけて春香姫がやってきた。
「黄泉人が、避難民に紛れていたようです」
「黄泉が‥‥本当に?」
「不死者の反応がありました。おそらく間違いないでしょう」
 残された村人に目を向ける。白翼寺が首を振る。
「‥‥死んでいる」
 周囲に声の無いざわめきが広がった。
「あれが俺達の敵か」
「化物じゃねえか‥‥」
 国乃木達は他に反応が無いか確かめてから兵達の動揺を抑えて回る。何とか避難民を無事に送る手配を終えたのは、遊撃隊から黄泉軍と接触したとの報告を受けた後だった。
「出遅れたか」
「‥‥みなさん、これより本隊は黄泉人討伐に向かいます。心を一つに、最後まで戦い抜きましょう。そして、生きて京都へ帰りましょう」
 春香姫は先頭に立ち、馬上の人となった。南雲と未楡がその脇を固める。
 薫風隊の初陣が始まる。

 遊撃部隊の編成は、少々問題が起きた。
 オリバーの作戦はこの急造部隊には難し過ぎたのかもしれない。誰が遊撃部隊で誰が主力部隊でといった事がはっきりしない者が多く、前衛部隊に多少の混乱が生じた。
 とりあえず藤豊家臣のアランと、誠刻の武主席として名の知れた陸堂が遊撃隊の指揮官らしいというので二人に付いていった者達が、そのまま戦端を開いた。
「黄泉軍の陣地から上空に、何かが飛び立ちました!」
 レティシアはテレパシーで仲間に伝達する。
「まだ問題も多いが、この神討ち部隊‥‥殿下の為にもここで負ける訳にはいかん」
 アランの号令で、ロッド・エルメロイのグリフォンに乗ったイリア・アドミナル、エル・カルデアのムーンドラゴンに乗ったルメリア・アドミナルら超越魔法の使い手が飛び立った。
「イツマデと怨霊ですね。地上部隊に取りつかれると厄介です、私達の手で排除しましょう」
「射線に気をつけて下さい。仲間に当たったら、きっと許してくれませんから」
 殺到する敵を前にして、慎重に呪文を唱える。いずれも、超越級の魔法を操る大魔法使いである。
「ファイヤーボム!」
「アイスブリザード!」
「グラビティーキャノン!」
「ライトニングサンダーボルト!」
 黄泉軍と遊撃隊の上空で、地水火風の大魔法が炸裂! 巻き込まれた骨鳥と怨霊を一瞬で消し飛ばす。
「第二波、来ます!」
 不死者に恐怖はない。毛ほどの動揺も無く、破壊の嵐に飛び込んでくる。
「は、散開するぐらいの知恵はあるか。亡者を上手く操ってやがるぜ――許せんなぁ」
 飛行部隊を守るのは、空飛ぶ巨人バーク・ダンロック。
 世界の悪と戦うパラディンの一人であり、通常は戦に介入しないが、敵がアンデッドとなれば別だ。ドラゴンが踏んでも壊れないような重装備で、敵航空部隊の密集地帯に突撃する。
 黄泉軍にも有名人なバークは、良い囮だった。しかし、オーラアルファーで怨霊を粉砕する鉄壁の巨人も集中攻撃を受ければ苦しい。
「危ないっ」
 バークに群がる怨霊ごとイリアはアイスブリザード吹き飛ばす。あとで誤射かと聞いたら、違うと言われた。
「一人で戦っているのではありませんよ」
 グリフォンを駆る乱雪華は鳴弦の弓にて味方の援護に徹していた。バークの大雑把な戦い方に一言文句を言う。
「いや、スマンスマン。だが俺には、この戦い方が性に合っとるのさ」
 豪快なパラディンは素直に謝った。孤高の戦士に肩をすくめ、雪華は黄泉軍に向き直る。
「長弓『鳴弦の弓』の音色をこの世の念仏代りに聞きながら滅しなさい、不死者達!」
 彼女が一心不乱に弦をかき鳴らすと、周囲の亡者の動きにわずかな乱れが生ずる。
 それを逃さず、クァイ・エーフォメンスとオグマ・リゴネメティスは乱れた敵の戦列に射撃を加える。
「ふーむ。お二人さん、良い腕であるな。それに弓も良い」
 初老の武士、志波月弥一郎は彼女らの射撃術と得物を賞賛した。クァイとオグマの弓は共に魔法の品、腕前も達人級だ。
「まだ油断は出来ません。亡霊退治は慣れてますが、これだけの数は初めてです」
 崩れた亡者の列に追撃を加えつつ、オグマは気を引き締めるように言った。
「いや、大したものだ。拙者など、良い年をして、走りまわって味方の足を引っ張るばかりでな。来なければ良かったと悔やんでおる」
 弥一郎は誠刻の武に所属し、今回は陸堂に同行しての参加だ。オーラパワーを仲間達にかける役だが、彼自身は戦闘力が低く、陸堂達は最激戦区に走ったので弓隊に回ってきた。
「僻むことはないわ、それぞれ役割があるだけよ。私は剣もこなせるけど、今回は射撃で支援することにしたし」
 コナン流の戦士であるクァイは、弓より剣の方が強い。
「そうですね。あなたの援護は、十分戦果をあげています」
 志波月の弓はライトロングボウ、彼の装備はそれだけで、志願兵の足軽とさほど変わらない。弓の方も、正直そんなに当たらない。
 が、居ると居ないでは戦力が全く違う事を、百戦錬磨の冒険者は知っている。
 弓隊が開けた穴に、グリフォンを駆るコルリス・フェネストラとナスリー・ムハンナドが突撃する。
「貴方がたの相手は私です。地上の皆様に手出しはさせません!」
 コルリスは敵を引き付けるように飛び、左手のアキレウスの盾で亡者の攻撃を弾いた。彼女は右手は何も装備していないが、レミエラを発動し、一直線上にオーラのレーザーを放つ。
「あんた、贅沢な戦い方をしてるな。そんなんじゃ、すぐ魔力が切れるぜ」
 オーラを付与した魔槍ドレッドノートで敵の航空戦力に突撃を繰り返すナスリーがコルリスに念話で話しかける。
「魔力が尽きるほど、長くは留まりません」
「‥‥まあな」
 機動力と攻撃力、それに高い連携を求められた遊撃隊は、冒険者だけで構成された。つまり、数十名で一千を超える黄泉軍に喧嘩を売ったのだ。
 これがどういう事かと言うと、戦列を支えられるのは一瞬である。
 一撃離脱。空隊と弓隊が敵の航空戦力を攪拌し、地上部隊が打撃を与え、速やかに後退する。何しろ、たとえ半数を倒しても、囲まれてしまえば全滅は必至だ。
「指揮官はどこだ。敵将の首一つぐらいは取っておきたい」
 陣頭指揮を執る陸堂は、分厚い死人憑きの列に強襲を阻まれて焦りを感じていた。
 遊撃隊による強襲の目的は幾つもあるが、敵将を打ち倒す事が出来れば8割方、達成したに等しくなる。
「‥‥限界だ。退くぞ、地上からは無理だ」
 死人憑きの返り血をべっとりと浴びたアランが後退を促す。
「せめてバークがあと5人居ればな‥‥詮方ない。敵を巣穴から誘い出そう」
 陸堂とアランは味方に合図を送り、遊撃隊を後退させる。ただ、全力で逃げるのではなく、敵を引きつけて次の戦場まで誘導する必要があった。
 これが難しい。志願兵を連れてこなかった理由がそれだが、冒険者達にとっても全く楽な話では無い。
「無茶に慣れ過ぎだ」
 十手で死人の攻撃を捌きながら後退戦を戦う桐沢相馬は嘆息する。
「武士は相身互いという。少数で無茶をするのは人の道にも反する」
 必死に逃げた。
 他に身を守る手段が無い。遊撃隊が瓦解して、黄泉軍が逃げ遅れた冒険者達に止めを刺さんとした時――、

「間に合いました」
 春香姫率いる主力部隊が戦場に姿を見せる。予定は幾つも狂い、綱渡りに近い連携だが、間に合った事が既に僥倖だ。
「この場で正面から戦っても勝てぬ。良いか、姫を守り、後退しつつ敵を陣地に誘いこむのだぞ!」
 福島正則が直属の藤豊兵を率いて敵主力に襲いかかった。遅れて、浪人の部隊を率いた南雲が続く。両軍主力の衝突だが、戦力にはなお四倍近い差がある。
 薫風隊は、五百を超えた義勇兵と約百名の救護班を本陣に残し、約三百の士分の精鋭部隊のみでやって来ていた。それも、長く敵を引き付けるために主力を半分に分け、交互に戦うから、戦力比はおよそ八倍。武士とはいえ錬度の低さを考え合わせれば、なお勝算は無いに等しい。
「来たか! 急造部隊にしては、まずまずの出来だが‥‥俺もこんな所で寝てはおれん」
 最前線で死人の群れに包囲されていた静守宗風は、通連刀を杖代わりに立ちあがると、死肉の壁のような敵陣を睨み据えた。
「陸堂ともはぐれたが‥‥狙いは同じだ、焦ることはあるまい」
 遊撃隊は主力の攻勢に助けられて一旦後退した。彼らが救護班の待つ本陣に辿り着いた事で、敵本陣の詳細を薫風隊は知る。
「やはり、がしゃ髑髏は居なかったか」
「怨霊とイツマデは相当な数だ。死人憑きも、よく訓練されている」
「死人が訓練をするのかね?」
「さてな。とにかく敵は統率が取れた軍隊です。空からかき回しましたが、本陣に隙が無く、敵将を討てませんでした」
 本陣を固められると少数では手が出せないという。
「予定通り、削っていくしか手は無いか‥‥」

 1対1なら、武士は死人憑きに遅れを取らない。
 だが戦力比8〜10倍ともなれば、少なくとも野戦で勝ち目は無い。
 薫風隊の精鋭は後退しつつ間断なく黄泉軍に挑み続け、徐々に兵を失う。
「兵が足りない。義勇兵を前に出せ」
「彼らを盾には出来ない」
「その通りだ。俺達が、奴らを守ってやらなくちゃいかん」
 義勇兵の一隊を預かった鷲尾天斗も、彼らを前線に出す事には強く反対した。
「義勇兵は、魔法の武器一つ持っちゃいねえんだぜ」
 鷲尾は吐き出すように言った。侍にはオーラがあり、浪人には武技がある。だが義勇兵は、殆ど訓練も受けておらず、満足に具足も揃えていない。
「魔力を付与してくれないか。普通の武器じゃ、こいつらに死ねって言ってるも同じじゃねえか」
 義勇兵達は、通常の武器が効かない怨霊や黄泉人に対して無力。
「無茶を言うな」
 戦場で魔力切れはあっという間だ。義勇兵数人に一人の割合で魔力付与者を置けば別だが、この人数では現実的でない。
「くそっ」
 毒づく鷲尾は、彼の指揮下に入った義勇兵のために笑顔を作った。
「な〜に、大体は主力が叩いてくれる。お前らはこれから戦うのがどんな奴らなのかを知れ。死に急ぐなよ。蛮勇は勇気ではないのだからな」
 義勇兵が護る京都までの最終防衛ライン。
 黄泉軍が現れた時、主力部隊はその数を半分に減らしていた。並の戦いなら全滅である。
「随分削られたな」
「敵は、もっとだ」
 精鋭を犠牲に、最終防衛ラインに残った薫風隊は約八百。戦力はほぼ黄泉軍と拮抗した。それだけでなく、冒険者の奮戦で敵軍の航空戦力は壊滅的被害を与えることが出来た。時を稼ぎ、陣地を作り、敵の数を減らした。ほぼ理想的な展開だ。
「予定通りの苦戦か」
「反撃の時だ」
 薫風隊にこれ以上の後退は無い。部隊と同じく急造の陣地ではあるが、京都を守るために、この場を死守して戦う。

 本陣に寄り添う救護所では救護班の面々が次々と運び込まれてくる負傷者の治療に当たっていた。前線に立つ白翼寺が診察を行い、負傷の程度に合わせて僧侶に処置を指示し、重体のものは後方の救護所に運び込んだ。
「‥‥痛い? 生きてる証拠だ。我慢しな」
 李宵明は痛がる兵士にそう言って前線に送り返す。
「ほい、お次の方どうぞ」
「ふう‥‥また人が増えてきたわね。どう? 初めての戦いは?」
 頴娃文乃は負傷者にリカバーをかけつつ、戦場の様子を尋ねた。
「そりゃおめぇ、生きたまま地獄に落ちた気分だわ。だから俺はあんたのおかげで今、生き返ったんだねえ」
 薄笑いを浮かべた男は、片足がざっくり切られて文乃には治せない。運び込まれた時にはもうクローニングは間に合わなかった。
 白翼寺も再生を使える。彼が魔力を切らせるほど、前線が苛烈という証拠だ。それでも、寺社の協力を取り付けた事で救護隊は薫風隊の中で最高のカードが揃っていた。治療と回復は時間との戦い、数が物を言う。
「我らも前線に出ますぞ」
 延暦寺、東寺の僧兵達を中心に、白翼寺と共に前線で戦う要望を伝えた。
「亡者討滅は我らの本分」
「間近に居れば、救える命も多い」
 救護班の奮闘が無ければ、薫風隊は戦い続ける事は出来なかったに違いない。

 鷲尾は義勇兵の一隊を率いて五、六百の黄泉軍主力に攻勢を仕掛けた。
「ひぃぃぃっ」
「怯えるな、目を開けろ! 敵を見ないで、死にたいのかっ」
 藤枝育は亡者相手に目をそらす新兵相手に檄を飛ばした。長く戦場にいる事を選んだ彼女に任されたのは、義勇兵の指揮だった。
 義勇兵の背中にのしかかる死人を藤枝のテンペストが切り裂く。
「諦めるな。生き残ることを諦める奴は、俺が許さん」
 死人の大軍と、泣き叫ぶばかりの新兵。長い時間が過ぎていく。
「大丈夫か! こんなところで死ぬなよ! 生き残れ!」
 訓練不足。盗賊退治だって、こんな新兵は連れていかない。
 鷲尾の部隊は初戦で人員の二割を失った。

 薫風隊は京都への侵入を防ぐ絶対防衛線に選んだ場所に、即席の陣地が築いた。
 ベアータの指揮で義勇兵が土嚢を積み、堀を掘り、柵を巡らせる。アイスコフィンをかけて障害物を凍らせておく。融けるまでの短い間は、格段に防御効果が上昇する。
「石の防壁はどこに作るのが良いでしょう?」
 ストーンを使った防壁作りを行うのは、リーマ・アベツ。
「ほう、ここに石壁を。相当な魔力をお持ちと見えるが、生憎、私は専門外だ。他を当たれ」
 防壁の後ろに埴輪を配置していたサイクザエラ・マイの口調は冷たい。
「もうすぐ、もの凄い数のアンデッドがここに来るんですよ。私達は命をかけて戦う仲間なんですから、もっと協力しあった方が」
「心外だな。方針には従っているつもりだが。それとも、この私がカオスの魔物相手に無様を曝すように見えるのか?」
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ」
 素直に頭を下げるリーマから、サイクザエラは興が失せたように視線を外した。
「あんな魔物は、燃やすに限る。ふむ、私はここで戦うから、そこに防壁を作って貰おうか」
 不遜な態度のサイクザエラは、善戦した。もっとも、醜いことが嫌いな彼には、死人に塗れた防衛戦は愉快な記憶ではなかったろう。

「くっ‥‥突破される。仕方無い、風鐸を」
 前線を転戦し、最終ラインまで退いた円巴は死人憑きの猛攻に、魔除けの風鐸を取り出した。死者の穢れを祓う風鈴の音は亡者を寄せ付けない。黄泉軍相手では孤立する危険もあるが。
「色々と見せてくれるのう、段々、お前達との戦いにも慣れてくるわい」
 円と相対した黄泉軍の一隊を預かる黄泉人が呪を紡ぐ。風が止み、音が止まる。
「お互い様だ! 貴様らの干物面も、見飽きたわ!」
 黄泉人の頭上から斬撃が襲う。ベゾムで戦場を移動するアランだ。無茶な奇襲戦法だが、この男は将官にも関わらず剛勇である。
「見飽きた、か。それは重畳」
 両断した筈が、別の場所から黄泉人の声が響いた。
 死体を良く見れば、黄泉人でなく、良く似せた死人憑き。
「腹話術か、影武者とは魔物に似ず芸が細かい」
「言うたであろう。お主達の戦い方は見せて貰ったとな。しかし、その装備‥‥まるで古王朝の戦士のようじゃな」
 魔法の品で全身を覆う冒険者は、古代遺跡を盗掘して集めたようにも映るだろう。
「ふん、悔しかったらお前も越後屋で買ってこい」
 皮肉のつもりだが、黄泉人なら買いかねないか。
「我らが封じられておる間に、妙な世の中になったのう」
 気配を探るが、アランはこの手の隠密戦は不得手だ。
「本当に、色々と便利だな」
 感覚に優れる円は黄泉人の場所に当たりを付けて、降霊の鈴を鳴らした。死人憑きが彼女に引き寄せられ、亡者の影に隠れていた黄泉人の姿がアランに映る。
「もう1000如きの死人で驚いてられんのだ。此処で果てろ!」
 迫るアランに、ローブを纏った黄泉人は懐から巻物を取り出す。
「簡単に滅びる訳にはいかぬよ。我らも、黄泉族の命運を背負っておるでな」
 スリープのスクロール、気付いた時にはアランは膝をついていた。
「やらせないっ」
 疾風のように飛びこんだ朱蘭華が姫切を振る。不死殺しの剣を恐れて黄泉人は大きく飛び退いた。
「ちっ」
「気をつけろ。あの黄泉人、手強いぞ」
 引き寄せて死人憑きを倒した円が朱の横に立つ。黄泉人は全員ミイラなので区別が付き難いが、おそらくは将官。
「休息は十分に取った」
 誰もが不眠不休に近い最終防衛戦だが、蘭華は必ず休んだ。疲れを知らぬ死人との戦いだからこそ、疲労は最大の敵だと知る。
「それに対峙した敵は、倒す。我が流派に‥‥敗北は許されないのよ」
 黄式猛虎拳継承者として。そこに、ボケを許さぬ真剣な顔があった。
「正解じゃな。我らを倒さねば、無駄な戦という事になるからのう」
 嘲笑を含んだ声。
 黄泉軍は死人で構成されている。彼らは元人間だ。ここで全滅しても、指揮官たる黄泉人が無事なら、何度でも軍勢は復活する。
「貴様らほどの悪、そうは居らぬ」
 黄泉人の背後に乱れが生じ、静守が姿を見せる。現れたのは陸堂指揮下の遊撃部隊。テレパシーで連絡を取り合う冒険者は、乱戦でも時に驚くほどの連携を見せる。
「黄泉人はあと何人だ? 一人残らず沈めて、この戦いを終わらせてやる」
 陸堂の号令で一斉に黄泉人に攻撃を仕掛ける。この間も戦いは続いており、薫風隊の兵は減り続けている。
「悪・即・斬‥‥新撰組の意地を見せる‥‥!」
 通連刀を振り抜く静守。これも影武者か。だが冒険者の数に、黄泉人を守る死人の数は確実に減らされていく。

 一方、薫風隊の本陣も余裕が無い。
 明王院浄炎は義勇兵を指揮して戦い続けていた。
「突出するな! 常に互いに死角を、背を庇えるよう連携せよ!」
 ナ・ギナータを振るいつつ新兵を叱咤する。
「俺らは一人で戦うに非ず、仲間を信じよ。必ず道は開ける」
 そして――。
「姫の姿を見よ、主らを信じ、背を預ける姿に何も感じぬのか!」
 春香姫は最前線に立ち、未楡や南雲とともに馬上から刀を振るい続けている。黄泉軍の主力に押されて直衛まで下がった哉生も、飄々とした彼には珍しく険しい顔つきでひたすらスマッシュを打ち込んでいる。
「堕ちたカミの率イル亡者の軍勢‥‥スゴイ数ですが‥‥」
 黄飛鵞は七星剣の四連撃を亡者に放つ。味方の打ち漏らしを片付けるつもりだったが、討ち漏らしでは済まない数が本陣を襲っていた。
 義勇兵達も奮戦を見せている。
「亡者は気絶したりしませんから、完全に倒さない限り油断は出来ません。必ず止めをささないと危険です」
 チサトはアンデッドとの戦闘経験を兵に教えると共に、自ら実践することで彼らに体験させた。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ、と格言にも申します。私達冒険者が彼らの手本とならねば」
 初陣が黄泉軍との激戦、あんまりな話だと思う。冒険者でさえ、それほど悲惨な初体験を持つ者は稀だ。傷つき倒れる義勇兵を、一人でも多く生き残らせるために、彼女達は知識の全てを教える。
 南雲は前線からの知らせを総大将に知らせる。
「春香姫、お聞きになりましたか。敵の大将首を発見したそうです。我らも突撃部隊に合わせて打って出る時かと」
 春香姫は頷いた。余力のあるうちに攻勢をかける。冒険者にも連戦の疲れが色濃い。初陣の義勇兵達は言うに及ばず、僅かでも崩れれば戦線が崩壊する危険があった。
「ベアータ達は良い陣地を作ってくれました。おかげで五分の戦いに持ち込めた。この上は勝利して、京都に帰りましょう」
 春香姫の陣頭指揮で、本陣が動く。
「ここが正念場だ、必ずや黄泉人を打ち倒し、我らの手で都を守るのだ!」
 メグレズ・ファウンテンは馬上から味方を鼓舞する。
「もう逃げ場はないぞ!」
「しぶとい、いい加減に倒れろ」
 敵本陣は、冒険者らの強襲でほぼ機能を停止していた。
 変幻自在に翻弄した黄泉人だが、十数名の冒険者に囲まれてついに動きを止めた。
「‥‥まずまずか。知らせよ」
 黄泉人は持っていた杖を空中に放ると、霞に溶けるように黒杖がかき消える。
 直後、静守と蘭華の攻撃を受けて黄泉軍の指揮官は倒れた。指揮官を失った事で死人憑きは統制を失ったが、薫風隊には掃討戦を行う余力が無く、乱れた戦列を突破して京都へ脱出した。
 京都に帰還した薫風隊の人数は約七百。
 犠牲は少なくないが、初陣で一千を超える黄泉軍を撃退した事を思えば大勝利である。歓呼の声に迎えられて凱旋する。