●リプレイ本文
久留里城――。
磯城弥魁厳は里見の城内に忍び込んでいた。平素の厳重さに比べれば、空城に近い。磯城弥の技をもってすれば侵入は容易いことであった。
磯城弥は兵糧倉に火を放つと、ほくそえんで姿を消した。
武蔵の国、伊達軍前線――。
レジー・エスペランサと葛城丞乃輔は伊達の輜重部隊に忍び込んでいた。
レジーは見張りの足軽を片付けると、葛城に合図を送る。
葛城は物資が積んである荷車に近付くと、次々と火を放っていく。
「よし‥‥次だ」
そして二人は風のように消えた。
激突を前に、両軍の破壊工作は激しさを増した。天に向かってのびる炎は、戦の狼煙にも見えた。
前ヶ崎城――。
アリサ・フランクリンは里見支援の目的で前ヶ崎を訪れていた。
城内に招き入れられたアリサは、孤軍奮闘を続け、辛酸をなめてきた城兵に握り飯を振る舞って勇気付けた。
「かつて前ヶ崎を無血開場させてしまった罪滅ぼしに‥‥」
伊達軍陣中――。
綾辻糸桜里は物影から伊達の武将と出てきた。お楽しみ中だったらしい。
「ふうむ、その話、誰から聞いた?」
武将の問いに綾辻は退屈そうな笑みを浮かべる。遊女を装っているが、その正体は地獄の門の攻防戦にも参加した女忍者である。
「さあ‥‥遊び女に名乗る人はいないでしょう。だけど、あの顔は香取の神人だったかしら」
彼女の話では香取神宮に里見軍と呼応する動きがあるという。
「むう‥‥」
有り得る話だ。香取には八王子の源徳長千代に加担した前科がある。先程江戸から届いた書状にも同様の内容が書かれていた。
と、綾辻は殺気を感じて目を上げた。
「その女、里見の忍びですぞ」
いつの間にか、伊達の忍び――黒脛巾組が綾辻を囲んでいた。
綾辻は捕らえられた。噂を流すまでは良かったが、綾辻はやりすぎた。香取や鹿島の事は伊達側も警戒している。噂を流し、偽手紙を仕立て、陣中で扇動‥‥幾度も警戒網に引っ掛かる彼女を見逃すはずもない。
両軍の忍び合戦が激化する中、最大の関心事は相手がいつ仕掛けてくるか、だ。全軍あげて出撃しながら直前で動かない里見義堯の思惑を、千葉伊達軍は考えあぐねていた。
「わざわざ出てきながら、なぜ動かぬ」
「敵の考えなど知った事か。一挙に攻めて、討ち倒してしまえば良かろう」
伊達軍の武将らは対陣が続く事を嫌った。里見が前ヶ崎で蠢動している事を、まだ彼らは知らない。予想の範囲ではあるが、確認に時間を要する。
伊勢誠一は悩む信康に進言する。
「敵が動かぬは好都合。この間に、冒険者と里見の不和を図っては如何でしょうか」
伊勢は離間の計を具申する。「冒険者は里見に勝たせ、成果をすべて家康に渡そうとしている」と敵陣に噂を流すのだ。
「里見の思惑は知らず、黙っていれば早晩、冒険者は戦の口火を切ります。それにより噂の信憑性は高められましょう」
冒険者を良く知る意見だ。伊勢は伊達家の士であり、鶺鴒団補佐役としても信頼できる人物。信康は暫し考え込んだ。
「伊勢殿の考え、わしも尤もと思うが‥‥ここは攻めよう」
「何故です」
伊勢の問いに信康は答えた。
「下総の村々を里見が焼き払っておると報せが入った」
「!」
村を焼かれて動かねば、伊達は下総の民の信用を失う。敵国の村を焼いて挑発する、単純な手だが地盤の弱い伊達にはきつい。
「里見は、よほど野戦に自信があると見えるな」
「しかし」
「守っていても勝てぬ。小田原ほど城が堅固ならば別だが‥‥敵方の冒険者が攻めようとしておるなら、その前に全力で当たる」
信康は伊勢との話で腹を決めたようだ。
方針は決した。明朝、里見の陣に総攻撃をかけると密かに伝令が飛ぶ。幕僚として参加する伊勢は伊達の将兵を鼓舞した。
「ここが正念場だ! 里見の戦いを覚えているか。己が慾で動き、逆臣家康に荷担する里見に下総を渡せばどうなるか言うまでもあるまい! そうはさせまいぞ、逆臣を討ち、下総に平和と繁栄を!」
おお! と意気上がる伊達勢。
「大変なのだわ!」
シフールのヴァンアーブル・ムージョは斥候がもたらした情報を自身の目でも確認し、房総の山々を越えてテレパシーを里見義堯に送った。
超越魔法は、10キロの距離をタイムラグ無しに繋げる。
「義堯様、伊達軍が動いたわ。それも、全軍で向かってくるのだわ!」
「何‥‥全軍じゃと? 真か」
「本当ですわ!」
「分かった、ご苦労‥‥」
里見軍本陣。
義堯は周囲の武将と冒険者に目を向ける。
「者ども、伊達は緒戦から全力で我らを攻めるぞ。後藤信康、猛将と聞くが若いのう‥‥その鼻、へしおってくれるわい」
義堯は傲岸な笑みを浮かべる。里見軍三千に対し、伊達軍四千。不利だが、野戦で勝利しなければ先も無い。
武器屋のニセ・アンリィはこれあるを予期していた。
「いよいよズラ、義堯様。里見による関東解放の戦、関白殿下も待ち望んでいるズラ」
「うむ」
ニセはこの戦いが、政道を糺して関東に平和を齎すものになると義堯に進言していた。そして彼はあたかも藤豊秀吉が里見の後ろ盾であるように喧伝した。
なるほど伊達は朝廷から正式に関東の領地を認められてはいない。しかし、秀吉は関東の仕置きは、態度次第では伊達を認める節もある。都人らしい狡知か。
果たして家康の官位剥奪を決めた朝廷に、関東解放を謳って参戦した里見はどう映るだろう。だが、義堯はあえてニセの言を容認した。
「敵はこの本陣を狙ってくるズラ」
「ならば本陣をもっと後方に移さねばな」
武将の意見にニセは首を振る。
「本陣は下げ過ぎちゃ駄目ズラ。堅牢に粘り強く戦いながら徐々に後退し、伊達軍を半包囲陣に誘い込むズラ」
「何を申すっ」
敵が本陣を狙うを知って引き込み、包囲殲滅する‥‥いわば本陣を囮とする戦法に里見の武将らは大反対した。
「冒険者は戦を知らぬ」
「敵を侮るにも程があろう。殿、正面から受けてはお味方が不利でござる。冒険者に吶喊させて時を稼ぎ、この場は後退いたしましょう」
重臣達は慎重策を唱えた。冒険者には雇い主の命を軽んずる所があると評判で、この戦いも真に里見の為に働く者は少ないという噂だった。
「心得違いを致すな。里見が伊達に勝利するには、冒険者の手助けが不可欠。ふふふ‥‥信康如き手玉にとれず、政宗の首が取れるか」
義堯は冒険者達の献策を熱心に聞き入れ、その多くを取り入れた。冒険者の見方は、重臣達の方が普通である。その点、里見義堯は非凡の将だ。
「有り難い。それなら、俺からも陣形の案があるのだが」
遊撃隊に参加したクリューズ・カインフォードが里見の陣形について具申した。
「斜線陣? この国では珍しいな」
ジャパン戦の参加経験の多いアンリ・フィルスが首を捻る。大陸と違い、地形の変化に富む日本では大軍による横陣は少ない。
「あら、私は賛成よ」
リーリン・リッシュはウィザードとして、魔法隊のためには横隊は便利だと話した。本当はもっと緻密な連携を話したいが、術師と共闘する事に不慣れな里見軍の負担が大きい。それなら、前方が開いていた方が楽だという。
「敵に取っても、同じだな」
義堯の言葉にリーリンは頷く。伊達軍の魔法兵力が凌駕していた場合、一瞬で本陣が壊滅する危険はある。陣形に関しては冒険者の意見も色々と分かれた。となると判断は義堯に求められる。
「冒険者に遊撃隊を任せて貰えないか」
反伊達戦で実績のあるカイ・ローンは、冒険者と精鋭による遊撃隊の編成を強く訴えた。冒険者の集団戦に定評のある陸堂明士郎を隊長とし、騎馬隊と冒険者によって伊達軍の側面を扼する。機動力を活かした、いわゆる鎚と金床か。
「寡兵で伊達の大軍を半包囲するか、面白い」
賭ける価値があると義堯は思った。
「義堯殿、並びに皆様」
軍議も定まった頃、シェリル・オレアリスが口を開いた。
「過日の冒険で明らかになったことをこの場で公表させて頂きます」
「何じゃ、まだあるのか」
「悪魔マンモン配下の皇虎宝団の忍者から得た情報です。皇虎宝団は奥州藤原・武田・新田と繋がっております。伊達はおろか、反源徳の背後には悪魔がいるのです」
「なに、悪魔か‥‥」
義堯の口もとに笑みが浮かぶ。
「それが真なら、反源徳の者どもは魔軍となるな。だが確かか?」
「はい、その忍びは確かに魔王マンモンの配下だと名乗っておりました」
「マンモン、皇虎宝団‥‥ふうむ」
ジャパンはデビルに疎い土地柄。秘密結社の名も世間的な知名度は無いに等しい。義堯は、今の話だけでは伊達を糾弾するには足りないと告げた。
「しかし」
「分かっておる。皆の者、伊達は魔物に組した外道ぞ! この話広めよ、そして伊達の非道を正し、この上総に里見ありと世に知らしめるのだ。掛かってこの一戦に我らの命運はあると心得よ。本陣を前に出せ、信康に我が姿見せつけよ!」
伊達軍に呼応して、里見軍も慌ただしく動き出した。
そんな中、ケント・ローレルは妻のクーリア・デルファを力強く抱きしめた。
「クー、生きて帰れよ!」
「貴方がいるなら後ろは任せられますね。あたいは前で頑張ってくるからね」
ラブラブな二人を仲間達は温かな目で眺めるが。
「おめェら何だよその目は!? 誰が何と言おうとジャパン一エロっぽい戦乙女はクーだからな!」
誰もそんなこたぁ聞いてない。
「はっ」
空間明衣は微笑し、ケントの頭をくしゃくしゃにした。
「新婚生活の煌きか、羨ましいことだな!」
「何でい、つーかアネゴも先鋒かよ?」
「今回はな、後を頼む」
「しゃねぇなァ‥‥本陣もレスキューも俺様に任せろい! みんな生きて帰れよ!」
甘い騎士に見送られて、空間達は里見軍と共に前進する。
里見軍は本陣を晒した斜線陣を取り、対する伊達軍は魚鱗の陣だった。両軍の激突は、強力な魔法の撃ち合いで始まる。
先の小田原戦と、この房総決戦でジャパンの戦の状況は様変わりした。里見軍のマイユ・リジス・セディンは、魔法使いの集団運用を唱えた。強力な攻撃魔法を効率的に使う事で、絶大な戦果を生むと彼は主張した。
マイユの言葉はすぐに現実となる。
強力な攻撃魔法の集中使用は敵兵の虐殺を生み、両軍の将兵は地獄を見た。
「戦は数だと思うです。ですが時にはそれを凌駕する者達がいる。一騎当千の冒険者の力をこの戦で日ノ本中に証明するですよ。その最初の一撃がこれなのです!」
里見軍の本陣から七瀬水穂は、薙ぎ倒される伊達兵の戦列を見た。本来なら、彼女自身のファイヤーボムが炸裂する所だが、その前に長長射程の戦いが始まる。
開戦の合図は、伊達軍航空部隊による雷撃だった。
それに応じたのは里見軍の爆炎の大魔女ジークリンデ・ケリン。
「向かって来る者には滅びを与えましょう‥‥」
ジークリンデは目を凝らし、伊達軍の先鋒に石の呪いをかける。数百m離れた伊達の先陣は、恐慌状態に陥った。草木も人も、次々と石に変わっていくのだ。
弓の撃ち合いから、という戦の古法は見る影もない。
「ストーン? だけど、何て射程と範囲なの」
伊達の偵察兵リリアナ・シャーウッドは数百m離れた敵陣を崩壊させる大魔法使いに戦慄する。
「あたしも負けてられないわね。ガシガシ削ってやるわよ」
ヴェニー・ブリッドの指先から、稲妻の嵐が生まれる。本来、一直線状のライトニングサンダーボルトをレミエラの力で放射状に変え、ヴェニーの雷光は数百mの範囲を薙ぎ払った。
「まだ早い、もっと引きつけてから一斉攻撃を加えないと‥」
マイユは歯軋りしたが、敵にも長射程があったのだから仕方無い。
超越級の魔法使いは一人で、一軍にも相当するというが、伊達軍の先鋒二百名は、わずか二人の魔法使いの攻撃で壊滅的損害を受ける。
「まさかストーンとライトニングで来るとは」
先鋒の足軽達に耐冷の呪文を施していた伊達のリアナ・レジーネスは上空で悔しげに顔を歪ませた。
「思った通りですね」
伊達の先陣に対し、里見の術師が範囲魔法で優位を取りに来ると読んでいたゼルス・ウィンディは、間髪入れず反撃する。これにはテレスコープで得た敵陣の情報を念話で伝えた宿奈芳純の助力が大きい。
「させないっ」
ゼルスの天雷に、シェリルが中和を試みるが失敗。彼女の張った聖結界を破壊して稲妻がジークリンデを撃ち倒した。
「むう」
崩れるジークリンデを、エセ・アンリィのニセ・アンリィの兄弟が支える。
両軍の魔法合戦は凄まじいの一言に尽きた。
倒れた者はシェリルが蘇生し、報復にテレスコープの巻物を取りだしたヴェニーが再び撃たれた。ヴァンアーブルが狙撃手を月矢で撃ち、リアナの超越ライトニングサンダーボルトが里見の魔法部隊を本陣ごと貫通する。
いまだ両軍は弓矢が届かない距離で、戦場に疾風雷火が吹き荒れるのだから、たまったものではない。小田原戦ではこの事が両軍の士気を一気に下げてしまったが、房総では逆の効果を招いた。
「一番槍は戦場の華と申します、では大輪の華を咲かせるといたしましょうか」
「此度は術師どもに見事に持っていかれたでござるがな」
単身で駆け出した武者は狩野幽路。その横を、結城友矩が追い越していく。重武装で徒歩の狩野は、真っ先に走ったがどんどん味方に追い抜かれた。
「止まれ! 戻ってこい!」
里見軍先鋒の一部隊を指揮したメグレズ・ファウンテンは、声を涸らして味方を留める。攻撃魔法の威力は里見側が圧倒的だった。瞬く間に伊達の戦列が崩壊するのを見た里見の前衛は興奮し、魔軍を滅ぼさんと突出した。
攻勢防御を考えるメグレズは慌てて兵を抑えにかかったが、敵味方の魔法合戦の余波で両軍本陣の指揮能力は著しく低下していた。これほどの大規模魔法戦は冒険者でも慣れていない、ジャパンの将兵の錯綜ぶりは推して知るべしだ。
義堯も本陣を前に出さざるを得ない。里見に味方した冒険者勢は伊達の倍以上であり、超魔法の威力を目撃した義堯は勝利を確信してもいた。
「おっと、ここは通行止めだぞ」
先行した里見の武士が、胴を両断されて絶命する。透明化した伊達のイリアス・ラミュウズは、戦場を飛び回って突出した里見の先鋒に襲いかかった。
「ごめんなさい。敵の魔法が多すぎて、わたくし一人では‥‥助けられない」
同じく伊達側のレベッカ・カリンはリカバーでまだ息のある兵士達を助けていく。彼女のレジストマジックは多くの兵を救う。
レベッカが助けた伊達兵を、少し後にクーリアのミョルニルが粉砕する。
「良いか、この金槌は軍神が用いたとされるものだ。『打ち砕くもの』と名の如く敵を打ち砕こう!」
里見兵を率いて敵陣に踊り込むクーリア。先鋒の壊滅で浮足立つ伊達の前衛を、まるで無人の野を行くように蹂躙した。
「あまり調子に乗らないでよ」
クーリアの体が宙に浮く。死体に隠れていたモニカ・マーベリックの仕業だ。落下した所を伊達兵が袋叩きにするはずが、最前線での兵力差は逆転していて、モニカは後退を余儀なくされた。
「因果応報とはいえ、酷い世の中だな」
明衣は敵兵の槍を精霊の扇で受けて逸らし、次の瞬間には彼女の虎徹が敵の首を切落していた。
「あいにく今の私は医師ではない。ただの剣士だ」
伊達兵の首を飛ばしながら進む明衣は、わずかな不審を感じる。
(‥‥妙だな。この程度か?)
里見勢は緒戦を有利に進めていた。正面から激突した両軍は、長距離魔法戦に始まり、それによる伊達軍先鋒の壊乱、里見の猛攻へと続いた。
「この戦、勝ったな」
「まだまだ。ですが、機は熟した模様」
誠刻の武・主席として冒険者の間で有名な明士郎は、里見本陣に居た。
明士郎は義堯の許しを得て騎馬隊を借り受けると、仲間を率いて本陣を離れた。
「陸堂さん、俺に兵を預けて頂けないか?」
と言ったのは、明士郎に並走する飛葉獅十郎。
「50騎あれば、陸堂さんのお役に立ってみせましょう」
獅十郎の冒険暦は長くない。一年以上現役を離れていた時期もある。武闘大会の常連という経歴に似ず、確かな兵法を身に付けた男だ。
「伊達四千を五十で崩すか?」
「戦えぬでは無いが、崩せまい。だが冒険者の遊撃は敵方も警戒しているはず、任せてくれるなら俺は陽動をかけますよ」
明士郎は考えた。分隊長格は何名か居て、今ですら少ない数を分けるのは危険だったから、獅十郎の案を退けた。
「陸堂さん、こいつらに本陣任せて大丈夫か? 上の連中が攻めてきたら厄介だぜ」
と話すのは任谷修兵。冒険者というより武芸者が本職で、京都の武闘大会では良く知られた顔だ。言葉は悪いが、すれた冒険者より正論を吐く。
「ベアータとリアナか」
ウイングドラゴンのベアータと、ロック鳥のリアナ。これに天城烈閃の指揮下で戦うゼルスが伊達側の魔法三枚看板。開戦当初から里見支援部隊と熾烈な魔法戦を繰り広げている。破壊力では里見側が圧倒するが、何故か落ちない。
「けひゃひゃひゃ、ここは我が輩に任せて君達は早く政宗君の首を取ってきたまえ」
本陣付きの医師トマス・ウェストが遊撃隊の尻を叩く。
「ドクターは政宗の首を所望か」
「けひゃひゃ、我が輩は普通に政宗君が大嫌いだからね〜」
話しながらもトマスは負傷者の治療を続ける。戦いは今のところ里見の優勢だが、本陣が前線にあるので被害が馬鹿にならない。
「ベアータ達の事は支援部隊に任せよう」
不安はある。修兵の発案で里見勢は精鋭部隊を小舟で伊達軍の後方に進撃させていた。遊撃隊と合わせ、里見軍は精鋭を放出していたが。
「里見公が太っ腹なのは嬉しいズラ、だけど守りが薄いズラよ」
「そいつは、無いものねだりだな」
里見公の身を案じるニセに、尾上彬は笑みを返す。義堯は渡世人の尾上に藩の忍びを貸してくれた。名君とはもっと慎重なものかもしれないが、断られていたら尾上もニセも今この場に居ない。
「敵の思惑が良く見えないな。一度後退して陣形を立て直すか、それともこの場に踏み止まって押し返すか‥‥」
伊達軍の天城はゼルスをサポートしながらじっと戦況を見ていた。
天城の兵法知識は、達人を超える。里見の主力を囮に使った戦術はほぼ看破していたが、深く手が読めるだけに流動する戦況に悩む。
「総大将でない俺が悩んでも愚かしいか。まずは、敵を止めよう」
余談だが、バランスよく人員を配置した里見の冒険者隊に比べ、伊達側はかなり偏っていた。
まず先鋒や主力部隊にほとんど冒険者が居ない。本陣直衛もだ。
魔法狙撃隊と、航空部隊と、弓兵隊、そしてそれらを繋げる情報部隊に特化していた。攻撃偏重も甚だしい。伊達の先鋒崩壊は必然だったか。
ともかく、総崩れを防ぐために天城は里見の大軍の前に身を晒す。
「今頃到着か? だが、ここは俺一人で十分だぞ」
姿を消したままのイリアスが嘯く。
既に狂化してるらしく、無茶苦茶な自信だ。
「‥‥だ」
「何?」
「俺の台詞だと言った。リリアナが敵を見つけた。伊勢達の後詰めに入ってくれると助かる」
天城の言葉でイリアスは素に戻った。天城が手錬れでも、正気で吐ける台詞では無い。
「そろそろ水が切れる。この場は譲ったぞ」
イリアスの気配が消える。
「やれるか?」
「何を言うのです、これからでしょう」
天城の傍らにゼルスが立つ。超越魔法使い達は壮絶な消耗戦で次々に舞台から降りていた。シェリルが倒れ、リアナが落ち、ヴェニーと撃ち合ったベアータも厳しい。
「向こうはあと何人だ?」
「ジークリンデとヴァンアーブル、それに七瀬とフィーネに‥‥」
「気が滅入る」
湯水のように回復薬を使い、大量破壊を振りまいて散る術師達。
切り札というべき彼らは最優先で保護され、次の戦に向けて戦の途中でも全速で後方に下げられる。そのうち擦り切れて魂まで破壊されるのではなかろうか。
里見の遊撃隊が出撃し、踏み止まった伊達は先鋒隊の骸を踏み越え、両軍主力が激突する。その頃、レイナス・フォルスティンは武蔵国にて主家と合流。北武蔵で今も反伊達の志を失わぬ比企氏の軍は、里見に呼応すべく、密かに軍を進めて前ヶ崎城に入った。
房総戦の間隙を突く隠密行動であり、レジーと丞乃輔が必死に彼らの存在を伊達の目から隠していた。
「伊達も馬鹿じゃない。いつまでも隠し通せるとは思えんが」
「今は少しでも長く、この城を長く隠すことだ」
取るに足らない小城が、戦局を変える時は来るのか。
「見ろ! 俺の言った通りだったろう。神は我々を見捨てていなかったっ」
「‥まあな」
籠城していた冒険者達は百万の援軍が来た想いだったらしい。アリサも丞乃輔もレジーも、彼らから非常な歓待を受けた。
「随分と遅い神様だけどね」
「とにかく、これで関東の壮士が立ち上がれば伊達の世も終わりだ。悪魔と組む彼奴らの血など、一滴もジャパンに残さん!」
伊達治世下の偽りの平和。
破られる時が来たか。
「上総に里見あり! 里見に栄光あれ! 悪魔に与する伊達に下った下総に死を!」
サイクザエラ・マイは里見軍と離れて、下総の村々を襲撃していた。
マイは老人から女子供に至るまで分け隔てなく焼き殺した。
「伊達兵と戦うより、この方が効果的だ。見せしめにもなるし、民が相手ならこちらの損害は出ない」
淡々と口にする。マイの行動は伊達軍を決戦に駆り立てたが、里見側の冒険者の多くはこの事を戦後まで知らなかった。
本陣を守りながら戦う里見軍は、全軍の統制が難しい。
「敵には隙があります。ここは一旦退きましょう」
伊勢は信康に後退を進言した。この一戦が全てではない。
「奥州の田舎武者には荷が重いか?」
「信康殿!」
後藤信康の顔色は悪い。
「許せ。だが俺自身が感じておるのだ。里見でも、冒険者の助けを借りればこのように戦う。もはや時代が変わった。殿のおかげで我が伊達にも新しき風が吹いておるが、付いていけぬ者もいる」
「左様な話は戦の後に、茶でも飲みながら聞きたいですね。今は陣中ですぞ」
信康は首を振った。
「斯様な場で無ければ、話せん」
誠一はハッとした。
「平泉で陰謀が進んでおる。伊達のみ関東に出て好き放題にしていると、御一門が警戒しておるのだ。殿は、将門になる気では無いかとな」
関東における伊達家の支配力は、日に日に増大して本国に迫る勢いである。その軍資金は平泉から出ている、奥州の本家が面白いはずもない。
「殿には、奥州に帰る気が無い」
信康はそれも当然と思いつつ、懸念も抱いていた。
「ふーん。そんなに気になるならギルドに依頼すれば?」
ひょっこり顔を出したのは、リリアナ。それにイリアスと、シオン・アークライト。
「信康様、敵冒険者の率いる遊撃隊がこの本陣に迫っているわ。‥‥ん? 何の話をしているの」
「依頼など出せるか。軍中に、奇妙な者共が居る」
信康は江戸城中の陰陽師達を信用していない。それに、伊達忍軍にも時折、おかしな動きがあるという。
「まさか黒脛巾組に?」
「どうも、江戸城に係る連中は薄気味悪いな」
信康の語る所では、江戸城の陰陽師は、江戸の月道が発見されるだいぶ前から江戸に居たらしい。また、黒脛巾組は江戸城攻略の為に地下空洞を調べていたという。
「私達に話して良いのかしら? 自分で言うのも何だけど、信用できないわよ」
「それもそうだな」
話は強制的に中断した。里見遊撃隊の攻撃が始まったのだ。シオンは弓隊を率いて迎撃するが、味方が一斉射撃の邪魔になった。
「射撃の邪魔だ、前の足軽を早く退かせろ!」
ローラン・グリムは本陣まで抗議に出向き、拳を机に叩きつけた。この時、両軍の主力は接近しすぎて満足に動けない乱戦状態だった。
「敵は右翼が薄い。右翼は天城に任せて、俺とシオンで遊撃隊を叩く」
「里見の主力は、我が手勢に任せて貰おう。村を焼かれた借りを返したい」
千葉常胤が前衛を立て直して里見本陣に対する。信康は本陣の一部をシオンとローランに割いた。伊勢は木臼に乗って後方部隊に指示を飛ばす。
その頃、最前線ではヴァンアーブルの超越スリープが猛威を奮っていた。伊達軍の兵士がバタバタと倒れ、里見軍の先鋒が雪崩れ込む。
「はっ!?」
伊達軍に足軽として潜入していた各務蒼馬はスリープにやられて眠りこけていた。里見兵に踏みつけられて意識を取り戻す。体を起こすと、周囲は両軍入りみだれた大乱戦。
「乗り遅れたか‥‥参ったな」
ふらふらと立ちあがった各務は、激戦で踏み止まり、伊達軍を指揮する武将を見つけた。考える暇もなく、忍びよって退魔刀で首を狙う。
「むっ。馬鹿、間違えるな。味方じゃ!」
「‥‥これで合ってる」
首を切り落とした所で、里見の一斉掃射を受けた。各務は武将の体ごと倒れた。
「岩淵秀成様、小野寺道影様討ち死!」
伊達の伝令が前線指揮官の戦死を告げる。一人は各務が、もう一人は尾上が倒した。伊達軍の被害は大きかったが、里見の本陣を落とそうと前進を続けた。
実際、里見の本陣も相当にやばい状況だった。
魔法部隊を内包し、ホルスやら風神やら、巨大ペットを多数引き連れた状態で前線にある本陣は格好の的である。里見軍は本陣が主力部隊でもあり、最前線並の消耗率で旗本がバタバタと倒れた。
「雑魚ばかりか」
アンリは、間断なく押し寄せる伊達の足軽を食い止めるが、こうなると数が物を言う。伊達兵は石の王を振り回すアンリの横を難なくすり抜けた。
「ここから先には通しません!」
法王の杖を構えたフィーネ・オレアリスが、超越ホーリーフィールドを張る。不可視の結界が伊達兵の侵入を阻む。だがフィーネの魔力が尽きた。超越魔法は失敗率も高く、莫大な魔力を消費する。
「限界だ。本陣を下げてくれ」
レオーネ・オレアリスは義堯に後退を進言した。
「何、あと少しで伊達を崩せるぞ」
「それまで持たない」
義堯は不服だった。
明士郎は嫌な予感がした。
彼の遊撃隊は伊達軍の側面を強襲し、本陣に迫る勢いである。
「本陣を死守しろ!」
「そうはさせん」
フライで飛んだ明士郎はナスリー・ムハンナドのグリフォンを撃墜する。ナスリーは後方部隊に居たが、伊勢から本陣の危急を聞いて駆け付けていた。
「次は、私が相手だ!」
コルリス・フェネストラは陸堂にオーラショットを浴びせるが、アイテムで強化された彼の防御を抜けない。
「伊達に組みしたからには容赦はせん‥‥むっ」
コルリスも倒した陸堂は、何かに気づいて高度をあげた。
「武将が匹夫の勇を誇るものではない」
金髪のローランが腕を振ると同時に、伊達の弓隊は遊撃隊に集中攻撃を浴びせかける。乗馬を倒され、里見の精鋭が地面に転がった。
「く、こんな戦いは認めんぞ!」
シェンカー・アイゼルリッシュは咄嗟に体を伏せ、倒れた味方の馬の背後に隠れる。ずらりと並んだ弓兵を見て、舌を打ち鳴らす。
「本陣前にこれでもかって弓隊並べてやがる。味方に当たるのもお構いなしか、だから伊達は汚いというのだ」
同じく逃げてきたグレイン・バストライドが地面に唾を吐く。
「気が合うな。全く雑種のやり方はエレガントではない!」
ともあれ、遊撃隊の突撃は完全に止められた。
「本陣を本気で狙う辺り、最初から無茶な突撃だったけどね‥‥どうする?」
アイーダ・ノースフィールドが応戦するが、多勢に無勢。
「斬り込むだけだ」
通連刀を手に静守宗風が立ちあがるのを、尾上が止めた。
「あんた、死ぬ気か?」
「このまま孤立するか? 元より俺は、悪・即・斬の名の下、信義に背きし者に正義の鉄槌を下すのみ」
遊撃隊も激しい突撃と今の攻撃で半数近くが逝った。逡巡している暇はない。
「狙撃体勢に入ったスナイパーの精密射撃からは逃れられないわよ」
イフェリア・エルトランスの長弓が乱戦を飛ぶシフールを狙う。矢を放つ直前、フッと羽妖精の姿がかき消えた。
「まだまだね」
透明化したリリアナはイフェリアの矢を寸前で避けた。彼女は伊勢や芳純と協力し、伊達軍の機動力を回復させる。遊撃隊を弓隊の前に誘導したのは、彼女らと信康の苦心の策だ。序盤から終始押された伊達軍だが、全体の統制を失わなかったのは彼女らのおかげだ。
「悔し〜」
逃した獲物は大きいか、イフェリアはほぞを噛む。
「まあ、ええやん。贅沢言うたらアカンで。折角、生き残れそうなんやから」
イフェリアと並んで弓を引いていたフレア・カーマインが言う。遊撃隊が止まった直後、里見の本陣は後退を始めた。
「まだよ。関東に戦いを持ち込んだ連中に、報いを受けさせられるのに!」
「賢明な判断と思うで。うちも、美しい姫を護るとかあると、もっとやる気が出るんやけどなぁ〜」
肩をすくめるフレア。戦の参加動機はまことに様々である。
「‥助かったんですか?」
里見の本陣で治療活動に従事したメイ・ホンは、精魂果てたように崩れ落ちる。
里見は後退しつつ陣形を立て直した。が、伊達は里見が退くに合わせるように撤退した。追撃の余裕が無かったのか、消耗戦を嫌ったか。
「ひどい‥‥」
伊達軍の救護班として参加したマロース・フィリオネルは、本佐倉城で里見軍に焼かれた村々の避難民を目撃する。
戦争は、民を傷つける。
兵も民だ。戦が終われば田畑に帰る人々。
下総南部の両軍の決戦は里見軍470名、伊達軍930名の戦死者を出した。下総の村が7つ焼かれ、その他様々な物が戦火に失われた。
両軍は決め手にかけたのか、決着はつかなかった。
里見軍の目的が実は決戦に無かった事を考えれば、里見軍の勝利か。十分に種は撒かれ、戦いはより激しさを増す。
「ぶえっくし!」
くしゃみをしたシフールの鳳令明はただ一人、戦見物に訪れた冒険者だ。
戦の様子を観察して瓦版を作成するつもりであった。
「中々良い作品が出来そうなのじゃ。力入れて瓦版つくるのじゃ〜」
鳳は人気の無くなった戦場を後にした。
彼の手で、房総決戦の詳細は江戸の庶民に知らせられる。