丹後の物の怪たち・四
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■ショートシナリオ
担当:安原太一
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:4人
冒険期間:03月09日〜03月14日
リプレイ公開日:2009年03月22日
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●オープニング
丹後――。
導師の舞鶴侵攻から一月が経とうとしていた。
舞鶴に集まった丹後連合軍は態勢を立て直し、導師の拠点である宮津方面の出方を伺っていた。丹後軍は少しでも不死軍の情報を得ようと、狐神・白狐たちの力を借りる。そして、あやかしの力を持つ狐達は、貴重な情報を入手してきた。
「‥‥増援じゃと?」
導師はイザナミ軍に所属するらしい。そしてイザナミ軍の本隊から、丹後に増援部隊が送られるとの情報だった。
「一体、どうやって黄泉軍の情報を」
「それはともかく、事は重大です。情報によれば、イザナミ軍の大幹部、八十禍津日神(やそまがつひのかみ)が丹後に到着するらしい」
白狐の言葉は諸将を震撼させた。導師一人でも手を焼いているのに、それを越える強大な黄泉の神‥‥しかも、白狐の話によればこの事は前触れに過ぎず、先遣隊の不首尾に業を煮やしたイザナミは、大規模な東進をおこなう気配があるという。
「まさか京へ‥‥」
出雲を中心に中国地方の過半を支配下に置き、10万を超えるというイザナミ軍が、本格的な京都侵攻を始めたとすれば、それはジャパンの終焉すら思わせる事態である。
この丹後など、一飲みにされてしまうだろう。
絶望におののく人々の前に、奇妙な一行が訪れた。
舞鶴城に現れたのは銀毛の巨大な狼、体格のいい着物を着た大猿、そして一寸法師のような侍装束をした小さな人である。
「どうやら‥‥我々も腹をくくる時が来たようだが」
狼の言葉に、大猿が思案気に顎をつまむ。
人語を話すところを見ると、どちらも妖怪らしい。
「我らの一族にも黄泉人との戦に反対する者がいたが‥‥奴らの矛先は生ける者全てに向けられておる。この危機を乗り切るには、戦うしかなかろう」
「その通りです。黄泉人は人も獣も殺して己の兵にしてしまう。放置はできません」
「鼠は沈む船から逃げるというが、その鼠ですら戦うのだ、人も我らと共にある事を期待する」
狼は鼻を鳴らした。どうやら一寸法師は化け鼠らしい。
舞鶴城の人々は驚きと好機で彼らを迎えたが、冒険者や天津神、狐らとの交流で妖怪相手でも多少の免疫が出来ている。城兵の一人が勇を振るって狼に槍先を向けた。
「我らは人里離れた森に暮らす丹後の物の怪の代表だ。白狐の呼びかけに応じて馳せ参じた。つまりはお前達の味方であるから、中へ通してもらおう」
「稲荷神の召集に応じたということだが‥‥」
諸将は城に集まってきた妖怪たちを眺める。
「しかり」
三匹は丹後妖怪の代表であると改めて告げる。丹後には、他にもカラスやイノシシ、猫に兎など、数多くの妖怪が人間に隠れて暮らしているが、迫り来る黄泉軍の脅威に対抗するため、丹後軍に協力する事を妖怪会議で決定したという。
「良くは知らぬが、遥か昔に妖怪と人間が協力して敵と戦った事があったそうな。我らは古き縁に従い、人と力を合わせて不死の脅威に対抗することを決めた。我々だけでは、あの亡者達は倒せん」
狼の言葉に諸将は顔を見合わせた。
今さら妖怪からの申し出に驚く彼らではないが、奇妙ではある。黄泉に増援と思ったらこちらにも意外な援軍が現れたものだ。
「検討するので、しばし時間を頂きたい」
さてどうするか。
彼らを受け入れれば、丹後軍の戦力も多少は増強されるだろう。
だが、妖怪を手放しに信用して良いものか。化け狸や化け狐と轡を並べて戦うなど、兵が気味悪がって士気が落ちたりはしないか。仮に黄泉軍を撃退したとしても、あやかしと深く誼を通じた事が後々に禍根を残すのではあるまいか。
悩んだ丹後諸藩の大名たちは稲荷神との同盟の際に大きな役割を果たした冒険者達を呼ぶことにする。餅は餅屋、冒険者といえば妖怪相手の専門家である。
この問題は、両者のこれまでの関係が影響している。
同じ丹後に住む隣人と云っても、これまで人と妖怪は大きく生活圏が離れていた。時に人が妖怪を退治し、妖怪が人を食らう、そうした関係が何百年も続いてきたのだ。
人間にとって彼らは魔物、西洋でいえばモンスターなのである。
いずれにしても白狐の呼びかけに丹後の物の怪たちは応えた。イザナミ軍との新たな戦いを前に、この物の怪たちからの申し出をどうするか、四度目となる妖怪たちとの会合が舞鶴城で開かれることとなったのである。
●リプレイ本文
長崎藩邸――。
アラン・ハリファックス(ea4295)はチサト・ミョウオウイン(eb3601)を伴って関白秀吉との面会に臨んでいた。
秀吉の顔には疲れが見えたが、訪れた二人を気さくに出迎えた。
「久し振りじゃのう二人とも。今日は何事じゃ」
「丹後の件にございます」
アランは再び現れた丹後の物の怪に関する今回の事情を伝える。
「まずは聞こうか」
「恐れながら、同盟には賛成です。正直、平織や関東の武家から援助が望めぬ今、手を取り合える勢力が獣や妖怪とはやりきれませぬが、であればこそ無碍には出来ぬかと」
「狐の手でも借りねば、か」
頷きつつ秀吉はチサトに目を向けた。
「狐神様のおかげで、敵の動きが判明しました。イザナミ軍の大幹部、八十禍津日神が丹後に派遣され、また先遣隊の不首尾に業を煮やしたイザナミが大規模な東進を計画しています」
「よく知らせた。兵の召集、急がねばならぬな」
イザナミ軍の東進、すなわち都への攻撃に他ならない。
秀吉は神皇軍の出雲遠征を計画していたが、関東の戦や悪魔の京都襲撃で予定が遅れていた。秀吉は摂津和泉河内の大阪軍を急ぎ京へ上らせ、京大阪の兵を集める準備を早める。
思案顔の秀吉に、チサトは言葉を重ねる。
「関白様、この状況は、宮中の暗部‥‥神祇官や陰陽寮らが極秘文書・口伝の提供を拒み続ける現状を打開する好機であるように思えます」
「うむ、そこじゃ。如何したものかのう」
痛い所を突かれた筈だが、関白は気軽に促した。この辺が、秀吉が権威主義の朝廷人と似ぬ所だ。公卿は概ね、冒険者に直答すら許さない。
「公家衆の保身第一の姿勢を逆手に取り、もっと情報があれば‥と圧力をかけます。恐れながら、事が終れば宮廷は氏神様を排除なさろうとするでしょう。遺恨を残さぬよう、今の内に有形無形の証と担保を、得て置く必要があります」
考えをまとめながら話すチサトに、アランも賛同する。
「イザナミとの決戦は間近、時間がありませぬ。公家衆も殿下に頼る他になく、我らは京に軍を置き、都を守護する唯一無二の武家ですぞ。この期に及んで内紛を始めた平織やら、源徳の無能ばらとは訳が違う‥‥!」
「その言葉、待っておったわ」
秀吉は扇をぱちんと折りたたんだ。
「正面から当たれば公家との戦じゃ。わしは戦はしとうない」
これが虎長なら理を説いた上で従わねば兵を仕向けるだろう。家康も方法は違うが政敵は打ち倒す。秀吉は、味方にしたい。
宮中の暗部を探る秀吉は、安祥が殆ど何も知らぬ事を知った。家康は‥分からない。他に宮中でこれらの鍵を握りそうな人物の名を秀吉は列ねた。
神祇伯の白川家や神祇大副の吉田家。陰陽頭の安倍晴明に陰陽道の名門を継ぐ者達‥‥
「それに京都冒険者ギルド元締、弓削是雄かの」
「え?」
身近な名前にチサトは驚いた。弓削氏も古い氏族で陰陽寮の重鎮だ。
「私には政治手腕がないので殿下にお願いする事しか出来ませんが」
「彼奴等が何事か秘していたとして、何とする?」
問われてチサトは言った。
「明らかにし、黄泉戦の一助となればと」
秀吉は苦笑する。
「そちは政治に向かぬわい」
秘密には秘される理由がある。宮廷の闇などは、暴けば宮廷自身が多大な傷を負うと覚悟せねばならない。
「宮中のことは承知した。間に合えば良いが‥‥」
舞鶴城――。
「‥‥何を始めようというのだ?」
妖怪たちは興味深げに冒険者たちの様子を眺めていた。
白翼寺涼哉(ea9502)は並んだ食材を前に荒布の杓子とゴールデンカッティンボード(黄金のまな板)を取り出した。
「みなさまに献上する料理をこれから作ります」
「ほう」
ミラ・ダイモス(eb2064)はクルミクッキーやワインを取り出して並べる。明王院未楡(eb2404)も料理の支度を始める。宿奈芳純(eb5475)も持ってきたお供え用の酒を取り出し、丹後の諸将や妖怪たちに献上する。
そもそも薬膳を作ろうと提案したのは白翼寺であった。男やもめの意外に慣れた手つきに未楡は感心した様子であった。
「涼哉先生、お料理もなさるんですか」
「何だその目は? 仕事柄薬膳を教える事もある(しれっ)」
ミラと未楡は顔を見合わせておかしそうに笑った。
「薬膳とは‥‥珍しい」
芳純は後ろから白翼寺と未楡の手さばきを見つめていた。
その間に、ミラは白狐から敵状の詳細を聞く。
「イザナミ軍に大規模な増援‥‥稲荷神様は黄泉の神をご覧になったのですか」
「私では無いが、敵を見張る者らが見ています」
妖怪と言えど、黄泉軍への接近は危険を伴う。死人憑きや怨霊は近づく生物には問答無用だ。
「ただ、八十禍津日神は目立ちます」
黄泉の巨人。あれも黄泉人なのか。不死者には違いないようだが。導師の倍近い黄泉軍を率いてやってくるという。
「何と‥‥」
ミラはうなった。導師の倍とは‥‥。
「容易ならざる事態。ところで中川殿、姫は都のためにその身を捧げられました。薫風隊の初陣を見事に飾られましたわ」
「春香が‥‥娘があのような大役を預かるとは私にも驚きでありましたが。未楡殿にはお世話になったようですな」
お礼を述べる峰山藩主中川克明に未楡は微笑んだ。
そうこうするうちに料理も完成する。油揚げは稲荷寿司・油揚げのみそ汁に、香味野菜(菜の花・春菊等)を使った天ぷら・おひたし、甘味には桜餅・柑橘類等、茶にはシソ茶等のメニューが並べられる。
「では、お召し上がり下さい」
「ふむ‥‥」
妖怪たちは料理にぱくついて舌鼓を打った。
「‥‥旨い」
「お見事ですな」
「そうか? 変わった味だが‥‥」
白翼寺が懇切丁寧に説明する。
「よろしいですか。人は古来から、自然と共に生きる知恵を築きました。特に帝都の者は、季節の移ろいを大事にし旬の食材を取り入れてます」
妖怪たちに噛み砕いて漢方の講義を行う白翼寺。
「一つの生命を余す事なく糧とする事で命の有り難みを感じるのです」
狼は笑った。
「人間が自然の理を我らに説くとは‥‥本心であればよいが」
妖怪には他に言いたいことがあるようだったが、おとなしく白翼寺の言葉を聞いていた。
そこで、アランとチサトが舞鶴城へ到着した。アランは秀吉の言葉を皆に伝える。
「殿下はイザナミ軍の動きをご存知だ。畿内の兵を集め、乾坤一擲の勝負に出ると言われた」
「そうか‥‥いよいよ京都も戦場に」
藤豊武将、平野長泰や片桐且元たちは厳しい表情を浮かべる。
「丹後が最前線であることは変わりない。踏みとどまり、最後まで戦うように仰せだ。物の怪たちとの同盟も含めてな」
アランの言葉に、一同妖怪たちと向き合う。秀吉からの言葉を貰った以上、方針は決したも同然だ。冒険者達は妖怪たちに同盟受け入れの意向を伝える。
「古と比べれば、人と八百万の神々との間に大きな隔たりが生じてしまっているのかもしれません。それでも、ジャパンの方々の自然を尊び、森羅万象に神を感じ、畏敬の念と共に、意識せずとも崇め奉る無為無形の信仰の姿に、他の国では真似の出来ない、共に歩み、生きる道があるのだと私達一家は信じているのです」
未楡の言葉に妖怪たちは頷いた。
「白狐の招集が無ければ我らもここにはいまい。過去をとやかく言うつもりは無いがな‥‥」
狼の言葉に未楡はお辞儀した。
「あくまで一冒険者の意見ですが」
芳純は言った。
「難しい話は幾らでもありましょうが、同盟には賛成すべきと存じます。イザナミ軍という強大な敵に抗するには、手を携える必要があるなれば」
「私も同盟には賛成だ。人と妖の棲み分けと言うのが前提だがな。妖怪の種類が増えれば、丹後の手札が増える。これからどんな戦術が取れるか‥‥攻撃や隠密行動に長けた者達が連携を取り、敵中枢に奇襲するとかな」
白翼寺が思案顔で述べると、ミラは頷いた。
「黄泉の者に勝つには、藤豊様が考えておられる指揮官の排除こそ急務です。過去、導師の将軍を破り、舞鶴への斥候を破った様に兵数が同数ならこちらにも勝ち目が有ります」
ミラの言う通り、過去何度か、黄泉の軍勢を退けた実績はある。
「敵の将を討ち、黄泉の兵を分散させる事が勝利に繋がるでしょう。土地神様・妖怪が力を合わせる以上、敵の虚を付き将を討つ機会は必ず有るかと存じます」
「ちなみに、みなさんに何が出来るか、教えて頂きたい」
白翼寺の言葉に妖怪たちは顔を見合わせる。
「狼は疲れ知らずだ。人間と違って幾日も敵を追うことができる」
「猿は森の中であれば有利、昼夜を問わず森中を飛び回って活動できますな」
「鼠はどこにでも入り込めますぞ。戦闘には向きませんが‥‥」
人間達は考える、彼らを戦力としてどう組み込んでいくか。他にもカラスなどの鳥やイノシシ、猫に兎、狸などがいるのだが‥‥。
「いずれにせよ、戦いにおいてはミラさんの仰るように正攻法だけに捕らわれていては済まない戦局ですが‥‥」
未楡とアランは妖達が合流することによる懸念事項への対策を述べる。
「私たちと妖の方の間には数百年の隔たりがあります。それは素直に認め、互いに歩み寄る事から始める必要があるでしょう‥‥新規援軍との軋轢防止については是非とも稲荷神様達の力を借りたいと思いますが‥‥」
「軋轢が生じた時には仲裁に入りましょう」
「妖怪・獣の大量加入による一般兵の士気低下が考えられるので、それについては部隊を人妖混成にしない、等が条件になるだろう」
アランは思案顔で続けた。
「また今後加入してくる妖怪・獣との間の軋轢の処理は、未楡殿が言うように、稲荷神やそちらにお願いしたい」
「共に戦おうというのだ、些細なことには慣れてもらうしかないと思うが」
獣達はあっけらかんと言った。
「それだ。共に戦おうと言うのだから稲荷神様を祀った様に、あなた方と人の誓約を、稲荷神社等で執り行うべきだと思うのだが」
「好きにすれば良い。それで兵士達の士気が上がるというならな」
何れにせよ、森のぬしたちは丹後軍に加入することが決まった。
会合終結後――。
諸将は民や兵士たちに妖怪との同盟について伝える。
「妖怪との同盟か‥‥丹後は妖怪王国になりそうじゃな。まず黄泉人に勝てればの話だが」
「黄泉人との戦いの後、どうしていくかはまた話し合う必要があるでしょうね」
芳純はざわめく人々の間を回ってカウンセリング技能を駆使して話を聞いていた。妖怪比率が高まっていくことに抵抗が無いと言えば嘘になる。
未楡はガラシャとともに、民に理解を訴えかけるのだった。