丹後の亡霊を鎮めろ

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:03月20日〜03月25日

リプレイ公開日:2009年03月30日

●オープニング

 丹後、宮津――。
 奈具神社の神主は丹後の現状を心細く思っていた。イザナミ軍――丹後の導師が通過した後に残したものは無人の大地である。黄泉人の襲来に人々は我先にと逃げ出し、ほとんどの民は宮津に残っていないだろう。
「恐ろしい軍隊だった‥‥イザナミ軍は何もかも奪っていくのか‥‥」
 神主はイザナミ軍が遠ざかった西方に目を向けていた。人は追われ、丹後は黄泉の大地と化しつつある、いや、すでに手遅れだったのかも知れない。イザナミ軍が来る前から、丹後は盗賊王国と化し、亡者で溢れる魔界と化していたのだ。希望が絶えた土地、長らくそう言われ続けてきたのだから。
 宮津城が冒険者の手によって死人使い朱曜の手から取り戻されたのが遠い昔のように思える。朱曜を倒した時には宮津も沸き、丹後復興への道筋が付き始めた、誰もがそんなことを考えた。だが、イザナミ軍が全ての希望を打ち砕いた。圧倒的な黄泉の大軍で押し寄せたイザナミ軍は丹後・藤豊連合軍を退け、瞬く間に丹後の主導権を握った。天津神が降臨し、大国主が来て、物の怪騒動があって、最後に黄泉人が暗黒をもたらしてやって来た。この現状を回復する術は、果たしてあるのだろうか‥‥あるはずだ。丹後・藤豊連合軍は諦めずに戦っている。
「人の世にかくも恐ろしき禍が降りかかるとは‥‥これも神々の怒りか」
 神主は神職者らしい言葉を呟いて本殿の方を見やった。その時である――神社に微震が走った。
「何だ?」
 しばらくすると、本殿の方角から何やら声が聞こえてくる‥‥神主は本殿の方へ向かった。
「‥‥!」
 神主は我が目を疑った。怨霊の大軍が本殿を取り囲み、恐ろしげなうめき声を上げている。
 神主は恐る恐る本殿に近付いていった。本殿の前に一人、おぼろげな人の姿をした幽霊が浮かんでいる。神主は幽霊を間近で見たのは始めてである。幽霊は両手を天に突き出すと、高らかに笑声を放った。
「者ども、黄泉の軍勢が大地を覆い、我らがこの地を支配する時はすぐそこまで来ているぞ。この地に流れ込む力はほどなくして崩壊し、人の世は終わりを告げるであろう」
 幽霊の言葉を神主は聞き取ると、さすがに恐くなって一目散に逃げ出した。

 陰陽寮――。
 一人の陰陽師が丹後に関わる調査を行っていた。彼はこれまでに分かっていることを整理していた。
「‥‥そも、京の都は陰陽の霊気の強いところであった。そのため、特に負の霊気、すなわち陰の気を押さえるために、都の陰陽師や方士などの類は結界や封印を用いて、陰気の流入を防いだのである‥‥かくして、陰気は都に流れ込むことができず、丹後に流れるようになった。‥‥丹後には天橋立があり、神の国や黄泉の国と地上を結ぶ役割を持っていたという伝承が残っていた。そのため天橋立が陰気にあてられては大変だと、皇大神社を作って陰気を鎮めたのである‥‥」
 だが、と陰陽師の目が遠くに向かった。数年前に丹後で冒険者達が繰り広げた戦い。楽士と言う名の悪魔との戦いで手元の資料の内容が明らかになって久しい。これには続きがある。陰気を鎮めたことにより龍脈の流れが乱れ、土蜘蛛と呼ばれる妖怪を活性化させて大発生した。だが土蜘蛛は、その生とともに、陰気を龍脈に戻していた。
 楽士が皇大神社の鎮めの力を破壊したことで龍脈の流れは元に戻り、土蜘蛛は消えた。だが鎮めの力を失った丹後には再び陰の気が流れ込むようになり、今日の亡者の発生原因ともなっている、と言われていた。
 陰陽師は思案顔で資料を下に置いた。いずれにしろ奈具神社の亡霊の一件は放置できない。幽霊の言葉も気がかりだ、悪いことが進行中で無ければ良いが‥‥。陰陽師は冒険者ギルドに使いを走らせた。

 冒険者ギルド――。
「丹後宮津にある奈具神社に亡霊の大軍が集まっているらしい。数はざっと百。ほとんどが怨霊だそうだ。中に一体、知恵のある幽霊がいるようだが。イザナミ軍を相手にすることを思えば楽な戦いだろう。すぐさま現地に向かって亡霊を退治して欲しい」
 亡霊百‥‥さらりと言ったが何気に凄い数である。さて、謎の亡霊集団を退治して、この一件は終わるのか。奈具神社に集まっている亡霊たちの退治依頼が張り出された。

●今回の参加者

 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 ec3793 オグマ・リゴネメティス(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

クロウ・ブラックフェザー(ea2562)/ 明王院 月与(eb3600)/ 烏 哭蓮(ec0312

●リプレイ本文

 丹後、宮津、奈具神社――。
 冒険者達は神社の神主と面会する。
「一体何が起こっているのか‥‥恐ろしい」
 神主はすっかり震え上がっていた。
「最初に微震があったということですが‥‥」
 神木祥風(eb1630)は神主に神体とその謂れついて尋ねてみる。
 奈具神社は丹後の伝承に残る天女を祀った神社であり、その歴史は古い。老夫婦に追い出された天女が放浪の果てに奈具の村に辿り着いたとされる。数百年前に編纂された丹後国風土記にその名が残っている。
 神主は詳しく話してくれたが、今回の件と関係があるかは分からない。
「最初の微震に、丹後に通じる龍脈と陰気の流れ‥‥嫌な予感がしますね。もしや亡者達は丹後の地脈を暴走させ、天変地異を引き起こそうとしているのではないでしょうか」
 祥風の考えには飛躍があるが、冒険者が持っている情報は何かと豊富だ。神主は驚きに満ちた目で冒険者らを見つめたが、明王院未楡(eb2404)は思案顔で頷いた。
「‥‥亡霊たちの思惑は不明です‥‥思惑があればの話ではありますが‥‥あるいは丹後に陰の気を流さない事で、都の気の流れを見出し京都の霊的な守りを破壊する事を意図しているのではないでしょうか?」
 奈具神社の縁起・由来が、かつて丹後の陰気を鎮めていた皇大神社の呪的装置の触媒の要であった『甘露』を髣髴させる。丹後各地の呪的要へ陰気を流す呪的装置の一端として、皇大神社同様に甘露を用いた呪的装置により地脈などを整えているのではないか。又、破壊された呪的装置の調整・修復手段への手掛りが収められているのではないか‥‥。
 かつて丹後で起こったデビルとの戦いに思いを馳せる未楡。
 丹後の陰の気を鎮める方法は丹後担当の陰陽師が調べていた。いよいよ迫り来るイザナミとの決戦に、それどころではないのも確かなのだが‥‥。
「何時ぞや死者を鎮める術を知る者として神々より伺った素盞鳴命縁の社ですし‥‥何か手掛りが隠されてないでしょうか‥‥」
「天女が祀られた社ねえ‥‥恩を仇で返すってか‥‥とんでもねえ奴らだな。天女の恨みもひとしおだろうが‥‥もしや?」
 白翼寺涼哉(ea9502)は顔を上げる。
「幽霊の正体が天女ですか?」
「可能性はあるんじゃないか」
「ふむ‥‥」
 祥風の瞳が曇る。だとしたら哀しい話だ。
「こいつは補助に当たってくれた烏哭の分析だが‥‥」
 白翼寺は祥風を見やり、それから仲間達に語りかけた。
「亡霊軍団の戦力は下位の怨霊。近づけなければどうってことはないようだがな。幽霊の抱く怨念は、ちと不明なところが多い。例えば天女の幽霊なら単なる地縛霊が復活したってところだが。神主殿が聞いた幽霊の言葉はな‥‥」
 白翼寺は思案顔で吐息する。
「黄泉に通じる道の有無‥‥あるいは黄泉の国の瘴気がどこからか漏れ出したか‥‥唐突な話だな」
 頭をかき回す白翼寺。
「それに、こいつが地獄の力(悪魔や混沌)と関係があるのかどうか‥‥最近の情勢からして、何が起こっても不思議じゃない。悪魔が糸を引いている可能性も、一応考慮に入れておくべきじゃないか。‥‥すまん、うまくまとめ切れんな」
「陰陽寮は普段から丹後の調査に当たってきたようですから、今回の事件も何かの前兆だと思っているのでしょうが‥‥」
 未楡は手がかりの無さに思わず顔が曇る。
「古風土記にも天女の話は載っていますが、亡霊については見当もつきませんね。神社に封印された地縛霊が復活したのでしょうか」
 ベアータ・レジーネス(eb1422)は古風土記を片手に眉をひそめる。
「まあ何れにしろ、肝心の幽霊をとっ捕まえれば何か聞けるかも知れん」
 白翼寺は本殿の方に目を向ける。
「では参りましょうか」
 祥風はレジストデビルを仲間達にかけて回る。冒険者達は幽霊がいるという本殿に向かった。

 怨霊達が本殿の周りを飛び回っている。恨めしげな咆哮を上げて、おぼろげな青白い炎の固まりが飛び交い本殿を包んでいる。
「‥‥はっはっはっはっ‥‥破滅の時は近付いている‥‥この地は崩壊し、ありとあらゆる生者は大地に飲み込まれるだろう‥‥!」
「あいつが幽霊か」
 本殿の前に、おぼろげな人の姿をした幽霊が高笑いを発して腕を突き出していた。
「人だ!」
 怨霊の一体が冒険者達を発見し、甲高い笑い声を上げながら飛び掛ってきた。
 祥風はホーリーフィールドを展開。
 オグマ・リゴネメティス(ec3793)は飛び掛ってくる怨霊をダブルシューティングEXで仕留めた。
「邪悪なる霊の宴と言ったところですね‥‥ここで成仏させて差し上げます」
「ふっふっふっ、人間か‥‥我らを倒しに来たか‥‥無駄な事を‥‥皆の者、まずはこやつらから血祭りに上げてくれようぞ!」
 幽霊の号令で怨霊達が突進してくる。
 未楡は前に飛び出ると、怨霊達の攻撃をかわしながら「姫切」アンデッドスレイヤーを叩き込んでいく。
「走れ稲妻! ライトニングサンダーボルト!」
 ベアータは上空から怨霊達を稲妻で打ち抜いていく。稲妻が怨霊たちを貫通し、悲鳴を上げて消滅していく。
 魔除けの風鐸を立てて、安全地帯の中から矢を放っていたオグマだが、瞬く間に矢が尽きてしまったので怨霊の攻撃をかわしながら矢を拾い集め、反撃に転じる。
 ――ガアアアアッ!
 襲い掛かってくる怨霊にダブルシューティングを叩き込む。
「二匹目!」
 地面を駆け抜けるオグマ。走りながら矢を拾い、怨霊達に浴びせかけていく。
「三‥‥! 四‥‥! 五‥‥!」
 怨霊を落としながら気を吐くオグマ。
 未楡は怨霊達から一斉攻撃を受けるが、レジストデビルのおかげで怨霊の攻撃を跳ね返した。
「怨霊はおとなしく成仏なさい‥‥生きる者に仇なすあなた達を野放しには出来ません‥‥!」
 未楡は怨霊を叩き切っていく。
「邪悪なる者、滅せよ!」
 祥風はピュアリファイで襲い掛かってくる怨霊を浄化。
「ふん‥‥恨み残して成仏しきれんか‥‥哀れな‥‥」
 白翼寺もピュアリファイで怨霊達を牽制する。
 飛び交う怨霊たちが未楡に、オグマに襲い掛かる。二人は転がるように怨霊達の攻撃をかわし、ぱっと起き上がって反撃する。
「お二人とも、下がって下さい!」
 滑空するベアータが怨霊たちに空からアイスブリザードを連発して打ち込む。絶叫して消滅する怨霊たち。

「何とかいけるか‥‥?」
 ホーリーフィールドの中で白翼寺は怨霊を撃退しながら戦況を見つめていた。
 激闘、未楡とオグマは果敢に怨霊を倒し、ベアータはMPが続く限り魔法を打ち込んだ。かなりの数の怨霊を減らしている。半数以上は倒したか。
「おのれ‥‥小賢しい‥‥!」
 幽霊は苛立たしげに飛び上がると、怨霊たちを呼び集める。
「いかに抵抗しようと無駄なことよ! これは始まりに過ぎんのだからな! 生ある者は滅びるのだ!」
「お前は天女の幽霊なのか?」
 白翼寺の問いかけに幽霊は答えなかった。ただ笑声を発し、冒険者を睨みつける。
「この地の人間は滅びるのだ!」
「‥‥幾つか答えてもらおうか。お前達とイザナミとの関わり。大国主との関わり。そして先月の戦における導師軍の撤退とお前達の復活は関係するのか?」
「そやつらに聞いたところで答えは返ってこぬわ」
 その声は本殿の影から現れた別の人物から発せられた。二人の人間が冒険者たちの前に姿を見せた。一人は壮年の男性、片方は美しい顔立ちの青年だ。
 何者なのか‥‥。
「そやつらは所詮おぼろげな記憶しか持たぬ霊魂の類、丹後の大地に封印されていた邪悪な者たちよ」
「お前達は何だ」
「それはこちらが聞きたい。お前達こそ何者だ。ただの人間ではないな」
「私たちは都からの使いで奈具神社の亡霊を鎮めに来た者です。この亡霊たちの正体を知っているとは‥‥あなた方は一体‥‥」
「ふふ‥‥都の者か‥‥ならば。我らの敵だな。少なくともこの丹後において、我らと刃を交える者よな」
 そう言うと、二人の人間は空中に飛んだ。
「亡霊たちよ、丹後に眠る邪悪な者たちよ、イザナミ様がお待ちであるぞ。我が意に従え、我はイザナミ様に使える者」
 壮年の男がさっと手を上げると、亡霊たちはおとなしく空中に集まってきた。
「そなたの情報は確かであったな。丹後に流れ込む陰の気は莫大なものであると」
「‥‥‥‥」
 壮年の男の言葉に美しい青年はただ黙って、冒険者達を見下ろしていた。
 そして壮年の男は口もとを歪めると、口を開いた。
「人間達よ、イザナミ様が京都に入り、その正当な地位を取り戻す日は近い。日ノ本の国は生まれ変わるのだ‥‥」
 壮年の男は笑声を残し、亡霊たちを引き連れて飛び去った。
 もう一人の青年は、冷たい笑みを残して、ふっと消えた。
「ちっ‥‥どの道イザナミと妖が関わっていたか‥‥」
 白翼寺は飛んでいく亡霊をなす術もなく見送った。

 戦闘終結後、祥風が中心となって、冒険者達は神主に協力を仰ぎ、周囲の地脈を鎮める地鎮祭を執り行った。
 聖水を神社の周辺に振りまいていく冒険者達。
 また払った霊達を慰める供養の儀式も執り行う。僧侶の白翼寺、祥風が中心に儀式を進める。
 また祭神の豊宇賀能売命には供物と祈りを捧げ、社の安泰を祈願する。
 冒険者達は手分けして、社の周囲を掃き清め、清めた御酒を撒く。
 最後に祥風は護摩壇を組んで祈祷を行った。

 それらが済んでから、未楡は仲間達に社の事後調査を呼びかけた。
 特別に本殿の中を見せてもらったが変わったところはない。社の中を調査する冒険者達。
 と、オグマが神社の茂に隠れていた石碑のようなものを発見した。かなり古いもので、文字がびっしりと書き込まれていた。読めない。ただ、石は真っ二つに割れて破壊されていた。
「最近壊されたようです」
 オグマは石のかけらを持ち上げる。
「これは‥‥何かご存知ですか」
 未楡は尋ねたが、神主はかぶりを振る。
 これが何を意味するのか、冒険者達は砕け散った石片を見つめるのだった。