丹後の戦い、いまだ終わらず
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■ショートシナリオ
担当:安原太一
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月26日〜05月31日
リプレイ公開日:2009年06月02日
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●オープニング
丹後、某村――。
降りしきる雨が冷たい。村に人影はなく、澄み渡った静寂に満ちている。
丹後は現在黄泉人の大規模な攻撃を受けており、各地で大きな戦いがあり、不死軍が展開している宮津から舞鶴の国境付近などは特に亡者――西洋で言うところのアンデッドで溢れている。そちらには迂闊に近づけない状況だ。
この村はそのような危険地帯からは随分離れている。
と、編み笠を被った一人の侍が村に入ってきた。侍は笠を持ち上げると、降りしきる雨粒が笠からこぼれ落ちる。
精悍な顔つきの若武者だ。名を京極高広(ez1175)と言った。
「この村も、あるいは亡者の進軍によって沈んだか‥‥」
高広は、舞鶴から丹後の軍勢が脱出した経緯を大江山で藤豊軍経由で聞いた。
「決死の脱出行だったというが‥‥さて、このまま黄泉人に丹後を明け渡すのか‥‥そううはいくまい。ここは丹後の民の故郷‥‥何としても不死軍から取り戻す‥‥諦めはせん」
高広が村の中を散策していると、ガタゴト‥‥と家屋の奥で物音がする。高広は油断なく刀に手をかけると、民家に入って行く。
「誰ぞある」
高広は暗い家の中を覗きこんだ。
「ネズミか‥‥」
「違うね」
高広は驚いて家の中に目をやった。
やがて、一匹の狐が姿を現した。
「狐?」
「ただの狐じゃないぜ。こう見えて、俺は稲荷神様にお仕えする狐の神よ。どうだ、驚いたか」
高広は丹後に狐の神がいることを噂で知っていた。物の怪の総大将として獣達を集めた妖怪のボス‥‥確か白狐とか言ったか。
「だが、お前は神ではなさそうだな」
「な、何だと! 俺様の神通力を見せてやる!」
狐は宙返りすると、子供に変身した。
「見事だな、尻尾が出ているが」
「な、何? あ、これは、違う‥‥!」
「お前、舞鶴から逃げてきたのか」
「あ? ああ‥‥舞鶴は今悲惨なことになってるからな」
高広は化け狐と一緒に建物から出た。雨は上がっていた。
と、どこからとも無くうめき声が聞こえてくる。
「やばい‥‥隠れろ」
狐は身を隠す。高広も物陰に隠れた。
「あれは‥‥死人憑きか?」
やがて現れたのはゆらゆらした足取りで進んでくる数人の人だった。だが何かがおかしい‥‥。
「違うね。死人憑きじゃないんだぜ。幽霊に憑かれた村人なんだぜ」
「何だと?」
高広は耳を疑った。
「信じないか? 来いよ」
狐は素早く駆け出すと、別の家に入った。
床を叩く狐。すると、床がそっと開いた。
「よお紅葉。いい知らせだ。通りすがりの侍が来たぜ‥‥お前名前は?」
「京極、高広」
高広は床下に隠れている小柄な少女を発見する。
少女――紅葉の話によれば、ここで生き残った村人たちは最近になって襲撃してきた幽霊たちに憑かれてしまったのだと言う。
「お父さんと、お母さんと、お兄さん‥‥みんな幽霊に操られて‥‥私‥‥とても恐かった‥‥」
「泣くなよ紅葉。こいつが何とかしてくれるって。だろ? お前侍だもんな」
狐の言葉に高広はうなった。僧侶の術でもあれば話は別だが‥‥高広が身につけているのは攻撃に特化した剣術とオーラばかりだった。
「少し待ってろ、都に助けを呼ぶ。俺の剣じゃ村人を傷付けかねん。幽霊を引きずり出して、戦える面子を揃えてみよう」
高広はそう言うと、冒険者ギルドに文を飛ばした。
京都、冒険者ギルド――。
「最近丹後からの文が多いな‥‥京極高広様からだ」
ギルドの手代は文の内容を精査する。
「村人が幽霊に憑かれてしまったので援軍が欲しいか‥‥成る程、では相応の面子が集まるかどうか、募集をかけて見よう」
手代はそう言うと、依頼書を作成してギルドに張り出したのである。
●リプレイ本文
「高広様――」
木下茜(eb5817)は村外れで紅葉と化け狐をかくまっていた京極高広(ez1175)と合流する。
「茜か」
高広は驚いた様子だ。まさか京極家家臣の木下が来るとは思わなかったのだ。
「息災で何よりです。丹後は何しろこの有様。高広様が村を見回っていると聞き、馳せ参じました」
「ご苦労‥‥ガラシャ殿から文をもらった。黄泉人と悪魔、盗賊が一致結束して我らに立ちはだかっているという。そして民は苦境に喘いでいる‥‥何とかしなければ。民を見捨てることは出来ん」
「はい」
木下はそれから後方に目を向ける。仲間達が少し遅れてやってくる。
明王院浄炎(eb2373)、国乃木めい(ec0669)、賀茂慈海(ec6567)らが到着する。
「高広殿、お久し振りにお目に掛かるな」
「おお浄炎殿。貴殿のような猛者が来てくれるとは心強い」
「お初にお目にかかります‥‥」
国乃木と慈海も高広に会釈する。
「御坊は白の術を使われるのか」
「はい。本当は、他にも面子が来るはずでしたが‥‥」
慈海は言って肩をすくめる。
「しかし、ここは本当に魔境ですな。道中遠目に黄泉の軍勢を見ました。あれほどの黄泉の大軍目にしたことがありません‥‥京都決戦も噂では聞いておりましたが」
慈海は吐息する。
「黄泉人に支配されてしまった丹後を取り戻す術はあるのでしょうか」
「我らは戦い続けるまでだ。敵がいかに強大であろうと、最後まであがいてやるさ。黄泉人は神皇様始め、皇家の御身と引き換えに人との戦を終わらせると言っているが、黄泉人との共存などあり得ぬ選択」
「だが‥‥我らに勝ち目はあるのだろうか?」
浄炎の問いに高広は思案顔で顎をつまんだ。
「一つ、東から流れてきた噂を耳にした」
「噂?」
「ああ。大国主が探し始めていると言う大きな力だ」
冒険者たちは顔を見合わせる。
「力とは?」
「分からぬ‥‥だがそれは大国主が欲して止まぬものらしい。その力があれば、あるいは黄泉人との戦を終わらせることができるかも知れぬ‥‥何しろとんでもない力であるそうだ。大国主がジャパンを手に入れるためにより強力な力を求めていると言うなら、無視はできんが‥‥」
「黄泉と戦うことが出来る力が‥‥あると申されるのか」
高広は肩をすくめる。
「無論、まだ憶測の域を出ない、噂ではあるが。大国主が何を探し始めたのかは確証もないのだが‥‥」
そこまで言って高広は村の中に目を向ける。
「さて、肝心の村人救出だが‥‥」
「まずはアタイが様子を探ってきましょう」
木下は言うと、月影の袈裟のムーンシャドウを使って村の中に潜り込んだ。
慈海は怯えた様子の紅葉に近付くと、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「大丈夫ですよ、ご家族はきっと無事に救い出して見せますから」
「‥‥‥‥」
「大変だったでしょう。長い避難生活は」
慈海クリエイトハンドで握り飯と飲料水を作り出すと、紅葉に差し出した。
「さあ、食べて元気を出して下さい」
紅葉はおずおずと握り飯と水を受け取ると、ゆっくりと口をつけ、味を確認してからがつがつとむさぼるように食べた。
「おいしい‥‥」
紅葉の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「お父さん‥‥お母さん‥‥みんな‥‥」
「さあさあ、安心して。きっとみんな無事ですから‥‥」
国乃木が優しく紅葉を抱きしめる。紅葉は国乃木の懐で泣いた。
そこへ木下が帰ってくる。
「どうであった」
「紅葉さんのご家族は何人ですか?」
木下は国乃木に抱かれている紅葉に首を傾げる。紅葉は涙を拭うと、少し笑顔を見せる。
「お父さんと、お母さんと、弟、それにお爺ちゃん、四人家族です」
木下は頷いた。
「なるほど、確かに怨霊が取り付いているのは紅葉さんのご家族のようです。村を徘徊している人影を確認してきましたが、子供に老人、それから男性と女性の四人でした」
「ところで‥‥何か策はあるのか」
高広は問うた。
「引魂旛と言いまして‥‥亡者を引きつける道具があります。それに捕縛の術と浄化の術で何とか怨霊を引きずり出せないかと‥‥」
国乃木は引魂旛を取り出して使い方を説明する。
「出来るだけ民を傷付けないように、とにかく怨霊を引きずり出すことさえ出来ればな」
浄炎の言葉に慈海は真剣な表情を見せる。
「私に出来ることは少ないですが、とにかく怨霊の位置を探ることから始めましょうか」
「では行くとしようか」
高広と冒険者たちは村の中に踏み込んだ。
村の中は荒廃していて、およそ人の気配など微塵も感じられない有様だった。
ほどなくして、冒険者たちは不死者と思われる村人と遭遇する。四人の村人達――男と女、老人に子供の四人は、四方から冒険者を取り囲むように近付いてくると、うめき声を漏らしている。
びりびりと殺気が伝わってくる。浄炎と木下は身構える。
「間違いありません。怨霊でしょう」
慈海と国乃木はデティクトアンデッドで探知をかけると、仲間達に告げる。
村人達は意外に素早い動きで接近してくる。たったったっ‥‥と走り回って冒険者と距離を取る。
「しかし本当に怨霊だろうな‥‥」
高広は言ってから抜刀する。
「ひとまず下がりつつ、引魂旛を」
浄炎が引魂旛を持って、一同後退する。
「この辺りでいいだろう」
そうして、浄炎が引魂旛を振ると、村人達は吸い寄せられるように集まってくる。
国乃木がコアギュレイトで捕縛を試みると、村人達が固まって地面に転がる。
「今だ!」
高広と浄炎に守られた慈海は接近すると、クリエイトハンドを村人達にかける。怨霊の憑依を解こうと言うのだが――。
憑依は解けず、村人達はくぐもった声で笑った。
「降伏しろ‥‥村人達の命はないぞ‥‥こいつらがどうなってもいいのか‥‥こいつらがどうなっても‥‥」
「あなた方も救われぬ霊魂‥‥せめて浄化して差し上げましょう。安らかに天に召されることを祈ります」
国乃木はピュアリファイを次々とかけて回る。
慈海も村人達に聖水を振り掛けると、村人達は絶叫して、そして怨霊が飛び出してきた。
――おおおおおおおお! 貴様らも殺してやるわ!
怨霊が飛び掛ってくるが、浄炎、高広、木下らが怨霊を叩き潰し、霊は滅した。
「せめてあの世で安らかに眠れ‥‥」
浄炎は消滅した怨霊たちを見送って、槍を下ろした。
‥‥戦闘終結後。
「あ、あれ‥‥? 私たちは一体‥‥」
村人達は呆然と起き上がる。
「夢を見ていたようだ‥‥が‥‥」
老人はよろめいて崩れ落ちた。
「大丈夫ですか? みなさん怨霊に取り付かれていたのです」
慈海は言って村人達の安否を気遣う。
「さあ紅葉ちゃん。みんな無事ですよ」
国乃木が紅葉を連れてくると、紅葉は家族のもとに駆け寄った。
「お父さん、お母さん、若葉、お爺ちゃん、みんな大丈夫なの? ああ良かった! 本当に無事なんだ! 良かった!」
紅葉の顔に満面の笑みが浮かぶ。
「良かったなあ紅葉‥‥本当に‥‥」
化け狐は子供の姿でうるうると涙を浮かべている。涙目をこすって冒険者たちの労を労う。
「まあこの出来事は俺様の口から稲荷神様に報告してやるぜ! 中々冷や冷やものの戦いだったが、まあお前らにしちゃ上出来だろう。よく頑張ったな!」
化け狐はそう言って破顔大笑。
「能天気な奴だ‥‥」
高広はそう言って苦笑する。
「さて、まずはみなの体力の回復が先であろう。苦しい憑依状態で長らく食べるものも食べていなかったはず‥‥」
浄炎は火を起こして鍋に湯を張ると、柏餅を砕いたお粥を作り始めた。村に自生している山菜の類も少し混ぜる。
「お、美味そうだな」
化け狐が寄ってきて鍋の中を覗き込む。
「稲荷神様の分ももちろんあります故、いかがですかな」
「おう! 喜んでもらうぜ! 腹ぺこぺこなんだ!」
木下は高広とともにその様子を眺めていた。
「高広様‥‥これから丹後の民を救う道はあるのでしょうか」
高広は吐息する。
「分からぬ。俺にも、丹後の先は見えぬ。唯一つ、大江山の京極家のために力を尽くすのみだが‥‥京極家再興はもはや叶わぬかも知れぬなあ」
そこへ慈海がもどってきた。村の周囲をデティクトアンデッドで探索してきた。不死者の気配は無かった。浄炎が粥を作っているのを見て、慈海もクリエイトハンドで食糧を作り出して、村人と狐に振る舞う。
一方、国乃木は村の外れに墓標を立てていた。迷い出た死霊達と襲撃を受けて亡くなった村人や森の生き物達‥‥それらを弔う為に石を積みささやかな墓標を作って、弔いの酒を撒き、追悼と再生の祈りを捧げる。
「すべてが癒され‥‥何時しか悲しみの雨は上がり、癒しと慈しみの風と共に再生の光が大地を照らしますように‥‥」
国乃木は雨の上がった空を見上げる。
「願わくば、あなた方の来世は諍いも苦しみもない、幸多かれし世でありますように‥‥」
国乃木の年輪を重ねた目尻のしわが細くなる。希望を願う国乃木の思いに反して、現実は余りにも厳しい。黄泉の大軍に覆われたこの大地に明日はあるのだろうか‥‥。
かくして、冒険者たちは村人達を伴って、京の都への帰路に着くのだった。