天沼矛を求めて

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月18日〜06月23日

リプレイ公開日:2009年06月28日

●オープニング

 丹後南東、大国主の居城、針の岩城――。
 大国主は最上階にあって、一部の重鎮達とともにいた。重鎮と言っても人間なのは旧舞鶴藩主の奥方であったスセリビメだけだが。他は八十神や長髄彦と言った亡霊たちである。
「‥‥どうだ。あれの場所は確かであったか」
 大国主の問いに長髄彦は首を振る。
「残念ながら何も発見できませんでした。かの場所はただの廃墟です」
「ふむ‥‥ミカガ王、そなたはどうであったか」
「長髄彦と同様です。陛下が申された場所にはただ岩があるだけでした。地下にも潜ってみましたが」
「その‥‥確かなのでしょうか? 天沼矛とやらが本当に世界を手に入れる力を持った神器なのでしょうか?」
 長髄彦の問いに大国主は迷わず答えた。
「間違いない。魔王や鳩摩羅天も隠しておったが、あ奴らは嘘をついている。探知の魔法に反応があるのが何よりの証拠。ようやく手がかりを見つけた伝説の神器、天沼矛‥‥間違いなく世界を変えるだけの力があろう」
 大国主は熱く語っていた。神話の時代、日本を形作ったと言う伝説の神器、天沼矛。乱れた世を作り変える必要性を感じていた大国主は、多方面から調査を進め、様々な伝説の中から有用なものを追跡していた。天沼矛こそ、世を作り変えるだけの力を持つ伝説の神器であると、大国主は密かにその捜索に血道を上げていたのである。
 と、スセリビメはその場を離れると、城を出た。
「‥‥伝説の神器天沼矛‥‥大国主が探していたものか‥‥」
 彼女は忍びであった。スセリビメに変身していたのだ。
 こうして、陰陽寮に天沼矛の情報がもたらされることになる。

 陰陽寮――。
 大陰陽師の賀茂光栄は天沼矛の話を聞いて早速各地に熟練の陰陽師や僧侶を飛ばしていた。
 すでに半月が過ぎていたが、調査は難航している。すでに大国主が探し始めているというのにあちらも手がかりを掴んでいないのだ。だが探知の術には反応がある。陰陽師のサンワードは天沼矛の位置を示していたし、リシーブメモリーやリードシンキングなどを用いて現地調査も行っていた。ただ、そう容易く発見できる代物でもなかったが‥‥。
「天沼矛とは‥‥何なのだ。神話の時代の神器‥‥か、武器か? 大国主が欲して止まぬもの‥‥強大な魔法を秘めた何か。いや、あるいは何かの兵器かも知れん‥‥世を作り変えるだけの力とは‥‥何とも物騒な話ではないか」
 賀茂光栄は書物に埋もれながら険しい顔つきであった。陰陽寮の書庫を漁っても全く手掛かりが無い。そもそも天沼矛は神代の出来事を記した最古の書物、日本書紀と古事記に登場するだけで、それが何か途方も無い力を持っていたなどという出来事は、陰陽寮の古い歴史の彼方にも存在しない。このような事態でなければ陰陽寮も動きはしなかっただろう。
 そこへ一人の陰陽師が駆け込んできた。
「光栄様、手掛かりが出ました」
「何、真か。天沼矛のありかが分かったのか?」
「いえ‥‥正直まだ何とも、ただ探知の術に反応がありましたので」
「で、どこなのだ」
「丹後です」
「丹後? 大国主の膝元ではないか。まだ向こうは気づいていないと言うのか?」
「気付いているでしょう。八十神と長髄彦の幽霊がすでに手がかりを追っていきました」
 陰陽師はぞくっとしたように背筋を伸ばして吐息する。
「一体何があったと言うのだ」
「丹後の古墳をご存知ですか。伯耆谷川の丘陵地帯にある古墳群、王者の谷と呼ばれる場所です。古墳の一つに、門のようなものが開いているのです」
「門とは?」
「墓所の頂上から、真っ直ぐ地面が下方に向かって伸びているのです‥‥」
「地下の迷宮か?」
「いえ、違います。門の向こうに広がっている景色は何だと思われますか? サンワードは門の位置を示しておりました」
「一体何なのだ?」
 陰陽師は思案顔で口を開いた。
「赤く染まった空、どこまでも広がる荒涼とした大地、と言えばお分かりでしょうか」
 賀茂光栄の顔が一段と険しくなる。
「地獄か」

 冒険者ギルド――。
「‥‥と言うわけで、天沼矛に関する情報が上から下りてきましてね」
 ギルドの手代はしかめっ面で冒険者たちに説明を聞かせていた。
「地獄の状況は皆さんよくご存知でしょう。どうやら天沼矛とやらの行く先には地獄が広がっているようでしてね。大国主が捜し求めている大きな力とやらが、本物なのかどうかは分かりませんが‥‥天沼矛が探知の術に反応したのは確かなのです。みなさんには伯耆谷川の王者の谷に向かってもらいます。古墳の上に開いている門から地獄へ入り、天沼矛に関する手掛かりを追ってもらいます」
 言ってからギルドの手代は付け加える。
「陰陽師殿が少し中に入って進んだところでは、町並みのようなものが広がっているそうです。一見したところ町には西洋系の悪魔は少なく、邪魅や人の姿をした悪魔が散見されるそうで‥‥地獄の悪魔街と言ったところだそうです。長髄彦や八十神がすでに先行しているそうですが‥‥恐ろしい」
 手代は自分で言って震え上がっていた。
 冒険者たちは顔を見合わせる。デビルとは地獄ではいやと言うほど戦い続けているが‥‥。
 悪魔街の先に何が待つのか。天沼矛を求めて、冒険が始まる。

●今回の参加者

 ea0640 グラディ・アトール(28歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb5375 フォックス・ブリッド(34歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 eb9215 雷 真水(26歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

明王院 浄炎(eb2373)/ 陽 小娘(eb2975)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601

●リプレイ本文

 ベアータ・レジーネス(eb1422)は仲間達が見ている前で地獄の地図――ディーテ城砦や地獄門の位置が書かれたスクロール――を広げると、バーニングマップの巻物を使った。
「天沼矛」
「八十神」
「天沼矛周辺の地獄街」
 それらを指定して燃え上がったスロールの跡に灰が道標となって残る‥‥。
「これは‥‥」
 何本もの道筋が残って、これでは目的地が地獄のどこなのか分からない‥‥。

 ――地獄に降りていく冒険者たち。間近に見える噂の悪魔街が目に入ってくる。
 高度な作りの石の建造物が整然と並んでいる。中央には巨大な塔や城が立っている。
「天沼矛か‥‥地獄にあるとはいかなる神器なのでしょうか‥‥」
 メグレズ・ファウンテン(eb5451)は軍馬の手綱を操りながら厳しい表情で先へ進んでいく。
「天沼矛ねえ、そんなもんが本当にあるのかってのは疑問だけど、大国主の好きにさせるわけにはいかねえわな」
 雷真水(eb9215)は思案顔で行く先を見つめる。
 地獄への入り口は不思議なもので、古墳から真下に伸びていたが、中に入ってみると地面は平行になっていた。
「では参りましょうか涼哉先生」
 明王院未楡(eb2404)は白翼寺涼哉(ea9502)に言って、魔法の絨毯を広げた。
「さて、どんなものかな。大国主勢が混沌寄りなら、地獄の悪魔から見りゃ異端の存在か? この状況を活かし、漁夫の利を狙う気で行くか」
「頼りにしてますよ先生」
「お互い勝って知ったる何とやらだ。もっともここは地獄のどこか分からんが‥‥」
 二人の様子を確認して、ベアータは「行きます」とウイングドラゴンに乗ると、飛び立っていく。
 メグレズ、未楡、白翼寺、ベアータらが陽動調査を仕掛ける間に、アラン・ハリファックス(ea4295)とグラディ・アトール(ea0640)、フォックス・ブリッド(eb5375)らが悪魔街に侵入する。真水は一人歩きするのも危険なのでメグレズと一緒に行くことにする。
「天沼矛といえば、ジャパンの創造に使われたという伝説の道具らしいですが、大国主にしても、今のジャパンの権力者にしても慾が強すぎる気がしますな‥‥」
 フォックスはそう言って、懐にしまい込んだ地図に目を落とす。さて、これが今後役に立つことがあるだろうか。

 ――悪魔街。
 グラディは透明化の指輪で姿を消しながら進んでいた。時間は限られている、素早く羊皮紙にマッピングしていく。
 町の中は閑散としていて、時折悪魔たちの姿が目に入ってくる。
 見上げると、巨大で不気味な悪魔の彫像が街角に立っている。悪魔的センスの不気味な噴水広場、彫像が立ち並ぶ悪魔の公園、交差点広場、市街には何やら怪しげな文字が書かれた看板が出ていて、店まで立っている。
「中々にセンスのある町並みだ。いや‥‥悪魔的という意味で。あのムルキベルは希代の建築士と聞くしな‥‥」
 足を止めて悪魔街を観察する。
「しかし‥‥肝心の大国主勢の足取りはどこだ‥‥」

 町には所々で瘴気が立ち上っていた。瘴気は束の間怨霊の姿になって、消えていく‥‥。
 アランもまた透明化の指輪で侵入していた。壮大な建築物を眺めて思わず足が止まる。
「悪魔神殿か‥‥」
 神殿の中に入り込むアラン。中では地獄のミサ? が行われていた。悪魔たちがまばらで、演壇に立つ牧師姿の悪魔が説教を行っている。
 ‥‥神への反逆から幾数世‥‥堕天の時より我々の父は死んだ‥‥素晴らしき我らが帝国に感謝を‥‥天界の者たちに滅びを与えたまえ‥‥。
 アランは神殿を抜け出すと、再び市街に戻る。時折建物の中に出入りして長髄彦たちの足取りを追う。
 悪魔街の酒場に入り込んだアランは、そこで長髄彦の名前を耳にする。酒場などに重要な情報が集まってくるのは偶然だろか‥‥それはさておき。人の姿に色とりどりの服を着た悪魔たちが喋っている。
「‥‥長髄彦がまだ生きていたとは驚きよねえ。死霊になり果ててまで大国主に仕えるとは、見上げた忠誠心だわ。見殺しにしたのは惜しかったわねえ」
「全くだ。八十神に長髄彦か‥‥それにしても天沼矛を追いかけてくるとは物騒な話じゃないか」
「大国主も一体どこから情報を? あれは天地がひっくり返るほどの秘宝‥‥地獄の大諸侯すら触れることも叶わぬと言うぞ‥‥」
「本当に在るのかね、そんなもの‥‥だが、人界の国津神ごときが探しているとは不愉快な話だ」
「それが人間の浅ましさだ。だがどちらにせよ、閻魔王の目を盗むなど不可能さ」
「全くだな‥‥恐ろしいことだ。人界の者どもは何も分かっておらん」
 アランは手に入れた情報を記憶に止めて、その場から立ち去った。

 神隠しのマントで移動するフォックスは、偶然にも長髄彦たちと悪魔が遭遇している場面に出くわした。長髄彦と八十神たちは人型の悪魔と会話していた。
「‥‥ここに天沼矛があるはずだ。神器の在り処はどこだ」
 長髄彦の直裁的な問いに悪魔は一笑に付した。
「長髄彦、ご苦労なことだが、俺は何も知らん。知っていても大国主に秘宝の在り処は教えん。あれは人界の者が触れて良いものではないと聞く」
「おのれ‥‥八十神たちよ、怪しげな場所を探せ! 何としても神器を手に入れるのだ」
 長髄彦たちが飛び去ったので、フォックスは悪魔に近付いて行き、背後からフォースリングで呪縛を掛けた。
「悪魔よ、教えてもらいましょうか」
「人間か、これは‥‥強制の術だな‥‥?」
 フォックスはじっと悪魔を見つめる。悪魔は冷笑を浮かべている。
「天沼矛とは何なのですか」
「秘宝だ。天地創造の際に使われたと言う神器だと聞いている」
 フォックスの問いに悪魔は抵抗出来ずに答える。
「ここで、悪魔でも禁忌とされている場所などはありますか?」
「それは‥‥あるだろう」
「どこです」
「分からない」
「では聞き方を変えましょう。天沼矛はどこにあるのですか」
「‥‥噂では、閻魔王様の城に封印が施されているという。あくまで噂だ」
「そこへはどうやって行けば?」
「‥‥‥‥」
 悪魔は市街地の真ん中にそびえ立つ巨大な建造物を指差した。

 悪魔街の上空を飛び回っている未楡、白翼寺、ベアータらはマッピングを行いながら町の様子を眺めていた。
 悪魔街は京の都よりも遙かに巨大で、円い形をしていた。城壁に囲まれており、無数の塔に囲まれている。
 町の中央に建つ巨大な塔と城が冒険者たちの目を引いた。城の周りには羅刹が飛び回っていた。
「羅刹かな‥‥」
 白翼寺は言って目を細める。人型の悪魔と言うとジャパン系の悪魔が多い。変身していれば分からないのだが、実際彼らは羅刹であった。
 羅刹たちは襲ってくる気配は無い。冒険者たちも明らかに発見されるように飛んでいるのに‥‥。

 メグレズと真水は市街地を行っていた。目立つメグレズはすぐに悪魔たちに発見されたが、悪魔たちは意に介する風も無く通り過ぎていく。
 真水は冷や冷やもので汗を拭いていた。
「ここは一体‥‥どういう場所なんだろう? ディーテやらあっちの戦いとは随分赴きが違うな」
「デビルが攻撃して来ないとは‥‥」
 メグレズは呆気に取られて見渡していた。
 そこへ不意に背後から声を掛けられた。二人は抜刀して振り向いた。
 羅刹が一体浮かんでいる。
「人間がこんなところへやってくるとは珍しい。目的は、長髄彦たちと同じか?」
「お前、長髄彦はどこへ行ったか知ってるか?」
「さあな。天沼矛を求めて来たと言うが‥‥そんな危ない話には乗らない方が身のためだぞ。あのお方に知れたらどうなるか」
 羅刹はそびえ立つ城に目を向けると、にやりと笑って飛び去った。

 ‥‥冒険者たちは一旦町の裏通りで持ち寄った情報を確認する。
「神器は閻魔王が管理しているらしい」
 アランはこめかみをさすりながら酒場で聞いた話を持ち出した。閻魔王は仏教の教えに登場する地獄の神である。
「俺たちはとんでもないところへ行こうとしているんじゃないだろうか?」
 町の中心にある城が閻魔王の城だという――フォックスが告げる。
「ならば飛び込むしかあるまいよ。長髄彦たちに先を越される前に神器を手に入れる。少なくとも行ける所まで行くだけだ」
 白翼寺は思案顔で言った。

 ――閻魔の城の前では羅刹と長髄彦たちが小競り合いを起こしていた。長髄彦たちは羅刹の妨害を受けて、足止めを食らっていた。
「好都合だな‥‥今だ、行くぞ‥‥!」
 冒険者たちは不意を突いて城の中に入り込む。
 巨大な城の中はがらんとしていて、広間の中央にどこまでも続く螺旋階段が上に向かって伸びていた。
 その階段の前に、小さなテーブルがあって、ローブと帽子を着た子供が座っていた。
 冒険車たちは武器に手をかけながら近付いていく。
「ようやく登場か。待ちくたびれたぞ。人間が神器を求めてやってくるのは何年ぶりか」
 子供は筆を置き、顔を上げた。
「わしは閻魔じゃ。みなから押し付けられての、仕方なく天沼矛を管理しておる。実に退屈極まりない」
「‥‥‥‥」
 冒険者たちは顔を見合わせる。
「お主らは、神器を探しにきたようだが、神器がどれほどの力を持つか知っておるか」
 冒険者たちの沈黙に、閻魔はしかめっ面を浮かべる。
「神器はまさに、とてつもない力を秘めておるのじゃ。神器を持つ者は世界を変えるだけの力を手に入れる」
「それはどこに‥‥」
「ここにある‥‥が、教えることは出来ん」
 そこで長髄彦がなだれ込んできた。
「神器はどこだ!」
「探しても無駄だぞ」
 閻魔はそう言うと、ふっと消えた。
「冒険者たちが‥‥ここで何をしている?」
「この間抜け。何とか情報を聞き出すところだったのに」
 真水は長髄彦に罵声を浴びせた。
 冒険者たちの調査はここまでである。京都へ戻り、陰陽寮に調査を引き継ぐことになる。
 なおアランは賀茂光栄に江戸の太田道灌のことを尋ねてみたが、返ってきたのは沈黙であった。