太古からの目覚め・2
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■ショートシナリオ
担当:安原太一
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月09日〜07月14日
リプレイ公開日:2009年07月16日
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●オープニング
静香という名の村娘がいる。
この娘、大国主の転生の秘術で前世の記憶を取り戻し、国津神として復活したと言う。少なくとも静香はそう言っていた。彼女の前世はヤズタノカヅチと言う名前であったそうで、大国主の忠臣であったと言う。
先の冒険者たちの助力で、静香は両親との絆を回復し、大国主のもとへ走ることは食い止められた。その後、静香は京都へ連れて行かれ、陰陽寮で調査を受けていた‥‥。
「‥‥私、ヤズタノカヅチは大王大国主様の近衛を務めておりました」
「ふむ、大国主の近衛を?」
陰陽師たちは静香の話を聞き取りながら時折リシーブメモリーを掛けていた。
静香の記憶には、古代人たちの支配者である大国主のことが残されていた。かつて大王であった大国主は民を治め、数々の祭祀を取り仕切る大神官であり、最高権力者であったと。その頃の日本は大国主を頂点とする大神官たちが国を治めていたという。だが大国主に抵抗する勢力があり、世は乱れていた。大国主は抵抗勢力である人々と戦い、それに協力する人外の者たちと戦争を繰り広げていたと言うのだ。その他にも大国主との細かなエピソードがあったが、もっぱら陰陽師たちの気を引いたのは大国主が王であったと言う記憶である。
「‥‥それで、そなたは最後まで大国主の側にいたのか」
陰陽師たちは信じ難い思いで静香を問い詰めるのだった。一体この娘の記憶は確かだろうか? 大国主というあの妖術師の秘術は想像を絶するものがある。亡霊軍隊、空飛ぶ箱舟、無数の埴輪兵団などなど‥‥。我々はまさしくあの妖術師にたぶらかされているのではないか?
「大国主様の最後は分かりません‥‥私は陛下の最後の砦であった大神殿に攻め寄せる敵軍と戦い、死にました」
「で、死ぬ前に大国主に魂を差し出していたと?」
「そうです‥‥ああ‥‥陛下」
静香はぽろぽろと涙をこぼし始める。
「駄目‥‥やはり私は行かなくては‥‥お願いです。私をここから出してください」
「またそのようなことを、そなたには大切なご両親がいるであろう。今生の絆を断ち切ってまで大国主の元へ走ることはない」
「私を行かせて!」
静香は立ち上がると、陰陽師を突き飛ばして走り出したが、すぐさま護衛の志士に取り押さえられた。
静香はあがいたが、無駄なことだった。志士は静香を押さえつけると、部屋に閉じ込めた。
「やれやれ‥‥一体どうなっているんだ。あの娘、最初はそうでもなかったが、日増しに大国主への思いが増しているようだ」
「大国主の妖術だとすれば‥‥恐るべきものだな。人の意思に影響を与えるとは」
陰陽師たちは険しい顔つきだ。何と言っても最近では黄母衣衆の藤豊武将、青木一重が国津神の一人として丹後に現れたのだから。各地から集まる国津神復活の件は冗談では済まない事態になりつつある。大国主の勢力が強化されるのは陰陽師たちも警戒していた。今は強大なイザナミの戦力があり、大国主も丹後一国で納まっているから良いものの‥‥。
と、その時である。
廊下に次々と亡霊武者が姿を現し、陰陽師たちの前に立ち塞がった。
「何だ、亡霊だと‥‥!」
陰陽師たちはすぐさま巻物を取り出す。
「ヤズタノカヅチ‥‥返してもらおう」
「何?」
「大王様の忠臣をいつまでも貴様らの側に置いてはおけぬ。返してもらうぞ‥‥」
亡霊は次々と姿を現し、陰陽寮は騒然となり始めた。
「大国主の手の者か!」
護衛の志士たちが亡霊たちと交戦に入る。
市中の警備隊にも伝令が飛んだが、冒険者ギルドにも陰陽寮から知らせが飛ぶ。
緊急事態である、陰陽寮に現れた亡霊たちを撃退せよと。
●リプレイ本文
冒険者たちは走った。陰陽寮へ――。
「何はともあれ急がんとね。王都の中枢にレイスの大軍とは‥‥」
ラザフォード・サークレット(eb0655)には疑念があったが、今はとにかく現地へ急がねば。
「国津神も何やら焦っている様子だな。亡霊の大軍を差し向けてくるとは‥‥それほどまでに静香を取り戻したいのか。大国主にとってはよほど大事な人物なのであろうか‥‥」
明王院浄炎(eb2373)はガラントスピアを担いで、思案顔で大国主のことを考えた。
「静香さんに一体何が‥‥大国主の秘術とは何なのでしょうか‥‥」
チサト・ミョウオウイン(eb3601)は分からないことだらけで吐息する。昨今の大国主が用いている秘術の数々は、およそ現代に生きるチサトの理解を越えている。チサトも長年冒険を続けてきたが、大国主の術はまさに人知を越えている。古代の祭祀を司る大神官、魔道王らしいが‥‥。
「古代‥‥」
チサトの瞳が静かに光をたたえる。静香の証言に一抹の関心がないわけでもない。ただ、昨今のジャパンの情勢を鑑みて、嫌な予感がするのも確かではあるが。
「とにかく、急ぎましょう。静香さんの身に何かあってからでは手遅れです」
賀茂慈海(ec6567)は言って眉をひそめた。
「静香さん‥‥どうかご無事で‥‥」
‥‥陰陽寮。
静香は部屋の中で一人いた。何やら外が慌しい。怒号が飛び交い、時折恐ろしげな唸り声が聞こえてくる。
と、そこへ一体の亡霊武者がすり抜けてきた。
「ヤズタノカヅチ様‥‥お迎えに上がりました。どうぞ御安心下さい。あなたを無事に陛下の元へお連れします」
「助けに来てくれたのね!」
静香は勢い立ち上がった。
「ここの防備を突破出来れば、あなた様をお救いするように、コゴシ様より仰せつかっております」
「コゴシ様が‥‥そう‥‥皆さんに苦労をかけますね」
「御安心を、すぐにお救いします」
と、そこへ浄炎、チサト、慈海がなだれ込んできた。
「亡霊武者‥‥! そこまでだ!」
浄炎はあっという間に亡霊を倒した。
静香は悲鳴を上げる。
「静香さん、しっかり、あなたを守りに来たんです」
チサトが駆け寄り、祈りの結晶を静香に握らせる。
静香は不思議なものを見るように結晶を見つめる。
「これは‥‥」
「それを持っていて下さい。気分が落ち着きます」
「チサト、静香殿を頼んだぞ。敵の狙いが静香殿であるからには、亡霊たちは必ずここへ来る」
「はい‥‥」
慈海は穏やかな笑みを浮かべて静香を諭す。
「今は少し慌しくなっていますが、これが終わったらゆっくりお話しましょう。とにかく、あなたをお守りします」
‥‥ラザフォードは廊下に飛び交う亡霊たちにローリンググラビティをかけていたが、幽体の亡霊にはさしたる効果がないようだ。亡霊には物理的な攻撃は通用しないので足止め程度ではある。
「そんなにあの娘が欲しいかレイスたちよ、だがこの私の重力から逃れられると思うなよ」
ラザフォードは高速詠唱でアグラベイションを完成させていく。
「さあ、今のうちだ。行動に制限を掛けた、さっさとレイスを片付けてしまわれよ」
「術士殿、感謝するぞ!」
集まってきた警備隊の剣士たちは次々と怨霊を葬り去っていく。
「‥‥よし、屋内はいいだろう! 外だ!」
それから外へ走ったラザフォードは、亡霊の群れにグラビティーキャノンを叩き付ける。
重力波が貫通して怨霊を吹っ飛ばす。
「よし! かかれえ!」
剣士たちは亡霊に切りかかっていく。
亡霊の群れがラザフォードにも迫りくるが、この魔法使い、身を守るための体捌きは超人的だった。
怨霊の体当たりを軽々とかわしていくではないか。
「レイスたちよ! そなた達が持つその忠誠心、果たして初めからあったものかね? その記憶は、偽りで無いと言えるのかね? どうだ、何とか言ってみたまえ!」
すると、亡霊のリーダー格がラザフォードの挑発にくわっと牙を剥いた。
「我らの忠誠を疑うか! 幾世紀もの間、我らは屈辱に耐えてきたのだ‥‥! 大王大国主様が我らを解き放って下さった! そなたに我らの屈辱が分かるか!」
「はっはっは‥‥! 武者達よ、質問に質問で返すと試験に落ちるぞ!」
まあこのようなやり取り詭弁であるとラザフォードも承知していたが、多少なりとも相手を揺さぶることは出来たようだ。何しろ相手は肉体が滅びた相手だ‥‥。とは言えどうやら怒らせたらしい。
襲い来る亡霊たちを引き付けながら、ラザフォードは警備隊を援護した。
‥‥戦闘は静香が待っている部屋の中でもしばしば行われた。
狭い部屋で浄炎は矢を振り回すのに四苦八苦したが、壁を通り抜けてくる亡霊たちを次々と倒した。
慈海は亡霊をコアギュレイトで捕縛。それを浄炎が仕留めていく。
チサトは念には念を入れて部屋の壁をアイスコフィンの巻物で固めていた。
「みなさん‥‥やめて下さい。彼らは怨念とは言え、今生に大国主様の手足となって働く者たちです。害意はないのです。丹後で民を守っていることを御存知でしょう? どうか彼らを通してやって下さい。彼らは私のために最後の務めを果たそうとしているのですから‥‥」
と、そこで更に亡霊たちが部屋に侵入してきた。今度は明らかに動きが違う。
強引に浄炎の槍を突破すると、静香を次々と霊体の剣で串刺しにした。
「‥‥!」
静香は言葉もなく崩れ落ちる。
「静香さん!」
チサトの悲鳴が室内に木霊する。
「ぬうっ、何を‥‥!」
浄炎は亡霊を薙ぎ払う。
「これ以上陛下の秘密を京都でぺらぺらと喋ってもらうわけにはいかん。ヤズタノカヅチ‥‥気の毒だがお前には死んでもらう」
静香はかすれる吐息で亡霊を見上げる。
「それが‥‥陛下の御意思なのですか‥‥?」
「残念だが‥‥これはコゴシ様の御命令、大国主様の御意思でもある」
それを聞いた浄炎は烈火のごとく怒った。
「そが大国主のやりようか! 例え本意でないとしても、それを当然と命ずるような配下を持つのであれば同じこと。命懸けで付き従いし者に対しこのような‥‥恥を知れい」
「陛下の忠臣であれば覚悟は出来ておろう。それに、陰陽師どもが余計な詮索をしなければ済むことではないか」
「貴様ら‥‥忠臣と言って無碍に今を生きる娘御の人生を狂わせてまで蘇らせたと言いつつも、用済みとなれば殺そうとする‥‥とても臣民の上に立つ者の考えとは思えぬ!」
「何とでも言うがいい。都の重臣たちに過去を詮索されては何かと厄介だ。万に一つも陛下の統治にほころびが生じることがあってはならん」
「ここにいる者たちは、誰一人静香殿を見捨てたりはせんぞ!」
議論はそこまでだった。亡霊たちは静香に襲い掛かっていく。
「させん! 慈海殿!」
「コアギュレイト!」
一体は固まった。
もう一体を浄炎がかろうじて仕留める。
「ここは危険だ。静香殿を移動させよう」
浄炎はぐったりした静香を抱き上げると、扉を蹴り破った。
冒険者たちは立ち入り禁止区域の方へ向かって走った。
「さて‥‥あらかた片付いたかね」
ラザフォードは静かになった陰陽寮の外を見渡して吐息する。
警備隊は亡霊武者を全滅させた。
「連中は無事かな。娘の護衛に向かったようだが‥‥」
ラザフォードは陰陽寮の中へ戻った。
戦闘が終結して、立ち入り禁止区域から追い出された浄炎たちであったが、陰陽師たちからは礼を言われた。
「よくぞ娘を守ってくれたな‥‥何、そうか、敵は娘を狙ってきたか。ふむ‥‥」
陰陽師たちは静香を見やり、ひそひそと話し込んでいる。
回復した静香を、冒険者たちと、陰陽寮の重鎮である賀茂光栄が囲んでいた。静香はぽろぽろと涙をこぼしていた。
「私は‥‥もう陛下のお役には立てないのでしょうか」
その様子を憮然と見やりつつ、ラザフォードは賀茂光栄に疑念を投げかける。
「思うのだが‥‥何故一国の王の近衛足る者が、先の依頼のようにあっけなく倒されたのか? 仮に肉体が違った為だとすると、魂を呼び戻せても肉体は呼び戻す術がないとでも言うのか?」
光栄は思案顔で頷いた。
「恐らくそうなのであろうな。今のところ、前世の記憶――仮にそれが実在するとして、国津神として復活したからと言って、民百姓が急に魔法使いになるとか、強くなると言った事例は報告されていない。蘇えるのは記憶だけ‥‥だが厄介な妖術だ。この娘のように、今生の意識を前世の記憶に乗っ取られるのは‥‥恐ろしい話ではないか」
「では‥‥処置を施されたデスハートンの魂の欠片が持つ記憶が、現在の魂を侵食・同化する過程で色濃く出て、本来の人格を潰しているのではないでしょうか?」
チサトの推測を光栄は受け入れた。
「あり得ることだな。だがだとすると、この術を解く方法を知っているのは、またそれを行うことが可能なのは、大国主本人か、あるいは悪魔の術に長けた者ということになるのではないか?」
「それは‥‥悪魔に頼むと言うことですか?」
「少なくとも我々陰陽師に彼らを救うことは不可能だ。この国では悪魔自体珍しいからな‥‥いっそ大国主に直訴するか? 彼らを解放してやってくれと」
「それで彼らが助かるなら‥‥」
浄炎は唸った。
慈海はクリエイトハンドで食材を出し静香に差出したが、静香は首を振った。それでも慈海は穏やかな笑みを浮かべて語りかけた。
「貴方の前世が国津神である事を私は否定しません。しかし『静香』という名を得て人間として両親から愛情を受けて育ってきた事は御仏の思し召しであると思います。今後貴方がどのような道を進むにしても、貴方の行動一つに喜び悲しむ存在が少なくとも二人以上いる事はどうか忘れないで下さい」
この言葉は静香の感情を揺さぶった。
「お父さん‥‥お母さん‥‥」
「静香殿、踏みとどまるのだ。必ず助かる道はあるはずだ」
浄炎は言って、涙にくれる静香を励ますのだった。