三輪山の亡霊軍隊
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■ショートシナリオ
担当:安原太一
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月05日〜03月10日
リプレイ公開日:2008年03月15日
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●オープニング
奈良大和、三輪山。
太古の時代から神が宿るとされており、霊験新たかなことで有名な霊山である。
その霊験にあやかろうと、普段から登山者が絶えることはない。この神の山に登ろうと、畿内周辺からは多くの人々が訪れる。
真之介は京都からやって来た。一度は名高いこの神の山に登ってみたいと思っていたのだ。自分も霊験とやらにあやかりたいと望んでいた。
空は快晴、山の中の空気は澄み渡っておりやや肌寒いが、ところどころ目をやれば春の芽吹きが感じられる。
真之介は前方からやってくる一団に目をやった。僧侶たちである。山の神社に仕える者たちであろうか。真之介は僧侶たちに挨拶すると道を譲った。僧侶の一団は真之介ににこやかな笑みを浮かべて通り過ぎていく。
後ろの方からやってきた夫婦が真之介に声をかける。真之介は夫婦と並んで歩きながら雑談に興じた。夫婦は地元に住んでいて、時折山に登るのだという。しばらくともに山を登っていく真之介と夫婦。
このような光景は日常茶飯事である。人が行き交い、通り過ぎていく。この霊山には怪異や物の怪も近付かず、見かけるのは山の動物を除けば人だけと言った風情。今日もいつもと変わらぬ三輪山、異変が起きる前兆は無かったのだが。
一陣の風がびゅうと舞った。突然に空に灰色の雲が立ち込め、ごろごろと雷鳴が鳴り響き、ぴかっと稲光が雲を切り裂いた。
「何だ?」
真之介は突然怪しい雲行きになってきた空を見上げた。
があがあと野鳥たちが鳴き声をあげて飛び立つ。森の中、ばさばさっと言う羽音が静寂に鳴り響く。
遠くから何やら悲鳴らしき声が聞こえてくる。見れば、上の方から登山者が引き返してくる。
真之介の目に信じられない光景が飛び込んできた。
逃げまどう人、人、人、それらを蹴散らすようにして人馬の軍団がすべり下りてくる。どどどっ、どどどっ、と馬蹄の響きを轟かせてやってくる。
軍団は森の中からも次々と現れ、真之介はその正体らしきものを目撃することになる。
この世のものならぬ存在。それは亡霊の軍隊であった。ときの声をあげて突撃してくる亡霊の軍隊である。
真之介の意識は怒号と人馬の怒涛にかき消される。
――我は大物主神なり! 者ども! 我に続け!
その声は雷鳴のように山中に鳴り響いた。
どこからともなく現れた亡霊軍隊は山の中を駆け回り、人々を脅かして消え去った。
こうして、繰り返し現れる亡霊軍団は大物主の祟りと恐れられるようになった。
それは噂を呼び、人々の間に広まっていった。そうしていくうちにも亡霊軍団の出現回数は日を追って増していく。
無論三輪山でも何も対策が講じられなかったわけではない。大物主を祀る寺社では祟りを鎮めようと儀式が執り行われた。それでも大物主を名乗る亡霊軍隊はたびたび姿を現した。
冒険者ギルドに依頼が回って来る頃には、すでに三輪山の祟りとして噂には聞こえていた。
事態を重く見た御所の何某がギルドに調査依頼を出したのだ。
亡霊軍隊は今のところ人に害なすことは無いが――さて、この亡霊軍隊、一体何の目的で出現したのだろうか。
●リプレイ本文
月詠葵(ea0020)と宿奈芳純(eb5475)は亡霊軍隊についての手がかりを得るべく陰陽寮を訪問する。
「三輪山の大物主神様についての文献の閲覧許可をお願い申し上げます」
宿奈の言葉に二人を書庫まで案内する陰陽師。二人は早速調べものを開始する。
月詠は陰陽師からも何か聞けないかと当たりをつけてみるが、陰陽師たちにとっても今回のような事例は初めてであるという。
「それにしても、亡霊と言うことは、あそこで誰か亡くなったのでしょうか」
「なるほど、そう言われてみればそうですな」
月詠の問いに眉間にしわを寄せる陰陽師。
宿奈は古風土記を使いながら文献を調査する。大物主神の詳細や死者繋がりで最近の黄泉人の活動との関連性を調査する。把握できた情報は出来るだけ記憶しておく。陰陽寮を出た後で情報はスクロールに記録しておくつもりだ。
月詠も宿奈とともに文献の調査に当たる。
さて、先に現地入りした面々もそれぞれ調査に当たっている。
天城烈閃(ea0629)は亡霊の出現頻度やどこから姿を現しているのか等を探ってみる。亡霊たちは決まった時間に姿を見せず、一日に数回の時もあればそれ以上出現することもあった。どこからともなく現れる。亡霊達の身につけている鎧兜はかなり古い形のものだった。
クリムゾン・コスタクルス(ea3075)は現場の山やその周辺をひたすら走り回って住民から情報を集める。
亡霊軍隊の規模はぱっと見ても数十騎はいたとのことである。亡霊軍隊の外見的特長は今で言えば騎馬武者、その幽霊と言ったところ。そして亡霊軍隊は時折聞いたこともない言葉を使うとの噂である。最近三輪山周辺で他に何か変わった事件がないか聞いてみるが亡霊軍隊以上に大きな事件はなかった。
神楽聖歌(ea5062)も周辺の村々に足を運んで亡霊軍隊について尋ね回る。
三輪山の怪異を都の侍が調査に乗り出した事に住民たちは安堵するが、神を調べる事に恐れを抱く者も多かった。あやかしを倒せば済む冒険者と、未来永劫付き合っていく住民達との立場の違いもあるだろう。今回は仮にも大神と呼ばれる存在だけに、聖歌も慎重に対処しなければと言葉には気をつけた。
神木秋緒(ea9150)は三輪山にて祈祷を行った大物主神を祀る寺社に向かい、大物主神についての伝承や文献等を調べてみる。
それにしても――亡霊の軍隊とは見た目の良い物ではない。猿田彦神や天火明命は人に近い姿をしていたが、或いはこの亡霊、何かを確かめる為にそんな姿で周囲を試しているのだろうか。大物主神は大国主神の国造りに協力した神である。そうなると国津神の一柱か、であればその姿の違いは天津神と国津神の違いか。
大物主神は昔から三輪山に祀られている。記紀神話にある通りである。
「大和に行くのは鬼姫騒動以来だ。村はどうなったかね」
白翼寺涼哉(ea9502)はついでとばかり、以前鬼退治の依頼で訪れたことのある吉野の村を訪れた。村人達の様子を見て、不安があれば取り除きたいと思っていた。安心させようと村人たちから貰った「袈裟+1」を装備している。
「あれからどうなったか気になってねえ、鬼の姫とやらはお帰りかね?」
鬼の動向や今の生活などを聞いてみる。
「おかげさまであれ以来、特に何事もなく暮らしております」
村人たちは元気にしていた。鬼と遭遇する事も無いではないらしいが、大事にならない限りそれは彼らの日常事だ。それから本題に入る。
三輪山を指差し、変わった事がないか聞いてみる。
「神様が住んでるんだろ? 村に危害を及ぼすとは思えんがね」
大物主を名乗る噂の亡霊軍隊、今のところ村に危害は加えていなかった。
風雲寺雷音丸(eb0921)も魔法の靴で一足早く現地に到着すると、周囲の村々を調べて回っていた。村人達に、この変異は必ず自分達が解決するから安心するようにと言って落ち着かせる。
「志士様が来てくださるとは、ありがたや」
京都に近い山村では志士の威光は知れている様子で、ともすれば神皇軍と同等の畏敬で迎えられる。
「最近何か変わったことはなかったか? 妙な人物を見かけたら教えろ」
一部冒険者や旅行者の話もあったが、話の中心はやはり亡霊軍隊。目に見える亡霊というものは村人にとっては滅多に無いものだけに、尾鰭もついて話が広がっていた。
ペットの来迎丸にも上空から偵察させる。
もし死者の軍勢とやらが実害を与えだしたら実力行使を以って叩きのめすつもりの雷音丸。
南雲紫(eb2483)も現地調査を開始。調べるのは過去に似たような事例は起きてなかったか、そして亡霊軍隊の規模や回数など。調べる内容はクリムゾンや他の仲間たちと変わらない。
今回の冒険者達は短期間の依頼中に核心に少しでも触れようと、それぞれが単独行動で広範囲の調査を行っていた。紫の調査でも、このような異変は初めてのことだという。出現する数はおおよそ数十騎から百を越えるか越えないかといったところである。
内心、住民たちにはまた黄泉人の襲撃のような事が起こるのではという不安が見て取れた。周囲に目を向ければここ数年の動乱で荒れ果てた田畑が目につく。住民が死んだり、逃げ出しているのだ。
いまのところ民に物理的な被害は及ぼしていないが、解決しなくては民草の心も休まらないだろう。何とかしてあげたいところである。
鳳蓮華(ec0154)は現地調査組に参加。なお、山の中では加速系のアイテムを使うのは危険すぎるので、三輪山への行き帰りのみに使用することにする。負担が軽いと言っても走っている事には変わらないので、油断すると木々に激突したり、足を取られて転ぶ事も少なくない。そのことは事前に皆にも注意しておいた。
三輪山周辺で聞き込みを行う鳳。亡霊軍隊について分かるのは簡単な情報のみ。いつ何時と決まって現れることは無く、そこにメッセージ性は感じられない。とすれば亡霊軍隊が現れた事自体に意味があるのか。出現は決まって山の中、里に出た話は聞かない。すでに山では亡霊軍隊が我が物顔で行き交っている状態だ。
そして最終日、三輪山の麓に集合した冒険者たち。月詠と宿奈も合流を果たした。
そうしてみなで集めた情報を付き合わせる。
「文献等によりますと大物主神は水神・雷神としての性格を持ち稲作豊穣、疫病除け、酒造り等の神として信仰されています。国の守護神である一方で祟りなす強力な神ともされていると記載がございました」
宿奈は陰陽寮で調べてきたことを報告する。
全員の情報を聞きだしたところで可能性のあるアンデッドの種類を挙げるクリムゾン。
「これだけの騒ぎを引き起こす亡霊だ。レイスやスペクターとは思えない。もっと強力な霊かも知れない」
天城はすでに山に入って亡霊軍隊を目撃している。亡霊と言えば見境なく暴れる怨霊が多いが、粛々と山中を行進している。数といい、あれが人にあだなすアンデッドだとすれば、それは恐るべき存在だ。
さて、あとは実際に対面するだけだ。ともすれば一戦交えることになるのか。冒険者たちはいよいよ山へと入る。
宿奈は暦道暦1003と魔法の水晶球を使い亡霊軍隊のおよその出現時刻を占い、結果を報告する。その時不思議なことが起こった。水晶球が鈍い光を放ったのである。これも噂の亡霊の影響なのか。
三輪山は有名な山である。山岳信仰が盛んで、登山者も多い。いくつかある登山ルートの一つを選んで山に入ることにする冒険者たち。蓮華が宿奈の占い結果を考慮してタイムスケジュールを立てた。
最初は亡霊達に気付かれないよう気をつけた。忍び足や優良視力、土地感の能力をある程度持っている者達が前に立つ事にする。
調査に時間をかけた成果か、亡霊軍隊はすぐ発見できた。山に入って間もなく、馬蹄の音が鳴り響いて近くの森を通り過ぎていったのだ。
音の方向へ向かう冒険者たち。鳳が先頭に立って追跡を試みる。生きた軍隊という可能性も無くは無いが、事前調査ではそんな者が動いている話は聞かなかった。十中八九間違いない。
ほどなくして予想違わず亡霊軍隊に追いついた冒険者たち。林の向こうにそれらしき姿を垣間見ることが出来る。その数は十騎以上はいる。
クリムゾンが物影から様子を探る。
「あたいは基本的に神を信じない人間だけど‥‥もし亡霊の軍隊が本当に大物主神だったらちょっとドキドキするよなあ」
そこで宿奈が降霊の鈴を鳴らすことにする。すると鈴の音に反応した亡霊たちが木々をすり抜けて冒険者たちの前にやってきた。
「怪しき者共よ、我らに何用か」
亡霊の一体が明朗な人語を発した。どっちが怪しいんだかと冒険者達は思ったが襲ってくる気配が無いので軽口は我慢する。
「恐れ入りますが大物主神様への拝謁を賜りたくお願い申し上げます」
宿奈の言葉に「かか」と笑う亡霊。
「我らが主に会いたいという! 面白い! それだけの器か試してやろう! 者ども、集まれ!」
一斉に抜刀する亡霊たち。すると、木々の奥から次々と武器を構えた亡霊武者たちが現れる。
「グルルル、雲行きが怪しくなってきたな」
風雲寺は抜刀する。
クリムゾンも矢を構える。
「やめろ、皆武器を置け! 出来ることなら避けたい戦いだと忘れたか!」
南雲は両手をあげて仲間を止めつつ、亡霊たちに向き直る。
集まった亡霊武者達は探るように南雲を見る。
鳳は退路をうかがいながらヌンチャクにオーラパワーを付与する。理性的に見えても亡霊である。いつ襲ってくるか分からない。
と、その時である。山の方々から地響きのような大音声が轟き渡る。それは無数の馬蹄の響きである。その数、十や二十では無い。
次々と現れる亡霊武者。冒険者たちは瞬く間に取り囲まれた。半透明の幽鬼だけに数は判別しないが、少なくとも百は超えるような。
「――者ども! 武器を下ろせ!」
そこで一体の亡霊が進み出てきた。最初死人の姿をしていたその亡霊は若く美しい青年の姿に変身した。
「余は大物主神、非礼を詫びよう。何しろ血気盛んな連中なのだ」
これが大物主神。
交渉係以外の冒険者たちは警戒を怠ることなく武器を構えている。
その中で、御神酒「トノト」を神に献上する宿奈。
「ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます」
敵意は無いとみて、死者を集めて活動する理由や最近の黄泉人の活動と関係するのかを尋ねてみる。対して大物主は、
「迫り来る嵐が我らを冥府から呼び寄せた。黄泉人のことは知らぬ。あの者たちと余はどちらかと言えば敵対関係にある」
神楽はことの成り行きを見守っている。
月詠は貴人に対する侍のように居住まいを正している。相手から話してくれるなら傾聴するに吝かではない。
大物主神と話が通じるようなので続いて神木が前に進み出て尋ねる。
何故姿を現したか、何かを探しているのか。また天火明命の出現とも関わりがあるのかを聞いてみる。大物主は質問を選んで答える。
「探し物はない。天津神の動きには、余は無論注視している」
「帝都の医師にて菩薩に仕えし者、白翼寺涼哉と申します。大物主神が現れたのは、八咫鏡と悪魔の動きが関わるのでは無いのですか」
「石凝姥の鏡か、あれは余があの女に送ったものだ。悪魔は余の敵であり味方であるが、汝は悪魔の動きをどう思うか。この国に災いをもたらすものか」
意外な問いかけに白翼寺は「さて、どうでしょう」と誤魔化した。
「そうか」
大物主は意外なほど重々しく頷いた。
「闇の帳が下りた。心せよわが民よ。嵐は近い。それを見届けるまで、我らはこの世に留まろう」
大物主はそう言うと突然向きを変えた。全軍それに倣う。亡霊軍隊は走り出した。
走り去る亡霊軍隊に紛れて天城が問う。
「御大将、大物主神よ! 我らが討つべき敵の名は!」
「天津神と言いたい所だが、状況が変わりつつある! 今しばらく敵の姿を見極めねばなるまい!」
「我らが向かうべき場所は!」
「我が民と共にある。ひとまず高、原、竜‥を探そうぞ! では、さらばだ!」
風のように大物主率いる亡霊軍隊は三輪山を下ると、空気に溶けるように消えてしまった。
「‥高天原だと?」
天城は走り去る亡霊軍隊を見送るのだった。