【天下布武の嵐】蘇えった虎

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月17日〜03月22日

リプレイ公開日:2008年03月20日

●オープニング

 一騎行く。それは志士であった。彼はとある書状を携えていた。
 京都近郊でその書状を手に入れた志士は、急ぎことの次第を知らせるべく、都へ向かっていた。
「――邪魔だ! 道を開けよ!」
 志士は馬に鞭を入れると、強行軍で道を行く。街道を行く人々を蹴散らし、村を駆け抜け、疾風のごとく京へ駆け込んだ。

 京都に到着した志士はその足で御所に駆け込んだ。
「大納言殿はいずこにおわす!」
 すると御所の役人が志士を出迎えにやって来た。
「これは立花様、大納言様はただ今席を外しておられます。何か、急ぎの御用でしたら承っておきましょう」
「それでは大臣殿でもよい。誰ぞ御所の話の分かる方に申し伝えねばならぬ」
「では少納言様にお話をお通ししましょうか」
「うむ、急いでくれ」
 そうして、立花は少納言のもとへ通された。
 立花を見て立ち上がる少納言。
「これは立花殿、どうなされた、そのように血相を変えて」
「少納言殿、これをご覧下さい」
 立花は懐から書状を取り出した。
「何ですこれは」
「まずは目をお通し下さい」
「ふむ」
 少納言はその書状に目を通した。尾張藩から他藩に宛てた書状である。これと言っておかしなところはない。尾張平織氏から他藩に申し伝える内容の書状である。
「これがどうしました」
「最後をご覧になりましたか」
「最後?」
 少納言は書状の最後に目を落とした。

 ――天下布武の印。そして差出人の名が、平織虎長と。

「平織‥‥虎長?」
「左様です」
「これは一体、どういうことですかな。虎長は死んだはず」
「そうです。奇妙だとお思いになりませぬか」
「奇妙も何も、どういうことなのです。現在の平織家の頭首は平織市のはず」
「はい。平織市が尾張をまとめた時にはこれで平氏も安定すると思ったものですが、近頃の動きはその逆。親藩である美濃を併合したのは、上洛への準備でしょう。その背後に、あの虎長がいると言う噂が」
「何を馬鹿な」
 虎長は数年前に死んでいる。粉々の死体を見て比叡山の高僧も匙を投げたではないか。
「この天下布武の印はこけおどしではありませんぞ少納言殿。やはりあの男は死んでいなかったのです!」



 美濃を併呑した尾張平織氏が上洛の構えを見せていると、京都の人々の間ではもっぱらの噂だった。
 それは単に京都に来る事ではなく、軍勢を率いて京都に入り、神皇家を奉じて権勢を得る事を意味する。
 藤豊が五条の宮を奉じた長州藩離反の影響でなかなか西国から動けず、江戸を失った源徳が三河で逼塞している今、平織氏上洛の意味は大きい。
 平織氏の上洛によって畿内一円がまとまり、ジャパン平和の第一歩となる可能性は高い。そもそも平織氏は虎長存命中は京都守護職の位にあったから、歓迎する声は大きかった。
 情勢はにわかに慌しくなりつつあった。


 京都見廻組は京都守護職配下の治安組織であり、虎長の死後、京都一の治安組織の座を実質的に新撰組に奪われていた。勿論、彼らが尾張藩の上洛を喜ばないはずは無く、俄然やる気を見せている。
 面白くないのは新撰組である。新撰組は虎長暗殺の容疑をかけられた事があり、(いつのまにかウヤムヤになっているが)虎長復活と上洛が現実化すればどう転んでも良い目は出ないだろう。
 冒険者ギルドは基本的に中立の立場なので右往左往する人々を横から眺めているが、冒険者には源徳派や平織派も居て、様々なうわさ話に花を咲かせている。


「平織虎長と言えば神皇家の忠臣と言いながら源徳と藤豊の間で何一つ為す所がなく、死んで都に混乱を呼び込んだ愚物では無いか。そんな男の亡霊に政治を任せられるか!」
 声高に平織氏を批判するのは、国定という名の長州藩藩士。
 京都藩邸を焼かれた長州藩が大っぴらに京の土を踏むのは暫くぶりの事だ。
 水無月会議の後、沈黙を守っていた長州藩の交渉使節が京都に来た。ただでさえ平織氏上洛の噂で混乱する御所は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。使節は彼らが持つ神器のこと、九州で地盤を築きつつある五条神皇の事を神皇家と話しているらしい。
「黙れ匪賊! 貴様らのような盗人が武士の格好で都を歩くのは我慢ならん。今ここで昨年の借り、返させてもらう」
 使節に同行した長州藩士の一人である国定が、京都の往来で巡回中の見廻組隊士と衝突した。
 諸藩の武士が京都で血を流しあった時を思い起こさせる喧噪。

 長州藩士国定率いる十数名と、ほぼ同数の見廻組隊士が往来で睨みあった。いつ切り合いに変じても不思議の無い場面、冒険者ギルドに仲裁の依頼が飛び込む。

●今回の参加者

 ea5641 鎌刈 惨殺(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0340 夕弦 蒼(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb7816 神島屋 七之助(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec2524 ジョンガラブシ・ピエールサンカイ(43歳・♂・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

カイト・マクミラン(eb7721

●リプレイ本文

●睨み合い
 見廻組と長州藩士が睨み合う現場にやってきたジョンガラブシ・ピエールサンカイ(ec2524)。
「待て待て待てえい!」
 赤毛をなびかせて空中から愛騎のペガサス“ブライ”に跨って登場する。
 むう何奴、と見廻組と長州藩氏たちはジョンガラブシを睨みつける。
「皆の衆、お待ち申せ。ミーの役目は終了かも知れないが、国定にせんべいでも振る舞いたい」
 ジョンガラブシの意味不明の言葉に呆気に取られる一同。何だこいつは、と思ったが矢先、
「天から参上するほどのミーは神皇家に忠誠を誓う志士だ。俺の歌を聞け。諸君、ミーの言葉が聞こえぬか?」
 志士だと? 一同耳を疑った。この一触即発の緊迫した空気を鎮めようと言うのか。
 周囲の庶民たちははらはらしながら見廻組、長州藩士、ジョンガラブシと視線を移す。
 見廻組と長州藩士は刀に手をかける。ジョンガラブシの登場で不意を突かれたが、本来の状況を思い出す彼ら。相手が手を出してくれば黙って逃げる気はなかった。
「とりあえず落ち着かれよ。見廻組のユー達はミーほどの志士を知らぬわけではあるまい。安い挑発に乗せられるとは情けない。この場で長州を斬るは私闘でしかないぜ。諸君らは戦場で剣を振るわれるが宜しかろう‥‥このような場所で油を売っていては時間の無駄と言える。それでもやるならばもはや止めはせぬが。しかしここは京の都。天下の往来、しかも神皇様のお膝元で先に凶刃を振るうというのは‥‥ミーが何を申し上げているか、お分かりでしょうな?」
 とにかくもこの場は抑えるのが上策である。ジョンガラブシは双方の間に割って入った。
「諸君の忠誠はミーが知り合いの公家からしかと神皇に伝えておこう」
 見廻組にそう言ってから、長州藩士たちの方を見やるジョンガラブシ。
「長州どんにはせんべいを進呈しておきたい。程々にせねば皆が迷惑していますぜ。ところで晋作どんはお元気でしょうか?」
 ジョンガラブシが差出したせんべいを弾き飛ばす国定。
「今の長州の状況を知りもせず! 吉田松陰が勝手に講和を決めてきたおかげで我らが藩はばらばらになってしまったのだ! 高杉殿は今の長州を嘆いておられるわ!」
 国定はそう言うと、抜刀の構えを見せる。

●仲裁
 一触即発の事態が訪れようかと言う時、鎌刈惨殺(ea5641)がすすっと国定らの前に進み出た。
「おお、貴殿らが長州の方々か! 私は宗三郎と申す。京都で藩のために働いている者です。貴公らの噂は聞いておりますぞ! いや、よくぞ参られた! はっはっはっ!」
 鎌刈は笑顔を浮かべながら国定と見廻組の間に割って入る。
「やや、もしかして取り込み中でござったか? いや、しかしここは天下の往来でござる。かような場所で時間を潰すよりも、せっかくの都、良い場所がございますゆえ一杯いかがですかな?」
 そう言ってから、小声で国定に耳打ちする鎌刈。
「貴殿の腕前かなりのものとお見受けする。かような無礼で亡霊を信奉する馬鹿者に見せるのはちと勿体なく思う次第にござる。実はな、拙者は長州武士の心意気を買っておりましてな。是非とも長州の話が聞きたいと思っておりました。こう思っている者は少なからずおりますぞ。平織の天下が近いとも噂される昨今の情勢、この情勢に対抗できるのは長州藩しかないと思っております」
「お主のような者が京都にもいると申すか」
 国定は刀を収めた。他の長州藩士もひとまず刀を収める。
「や、これは存じませんでしたかな。平織がここまで優勢となれば、畿内には長州の動きを歓迎する声も上がってきましょう。そうはお思いになりませんか」
「む、確かに」
 鎌刈は国定を言いくるめてしまうと、彼らを一軒の酒場に案内した。その店は、鎌刈が依頼主の公家に頼んで長州藩士たちを入れてもらえるように準備していた店だった。
 国定らと雑談に興じる鎌刈。仕官の話なども組み込んで必死さを表し、国定の愚痴や平織への悪口雑言にも喜んで合わせる。現在の長州藩は、水無月会議において講和を決めてきた吉田松陰ら穏健派と高杉晋作ら強硬派との間で分裂状態が続いていると言う。国定は主に長州の話をしながら現状を嘆いていた。使節団の目的については国定の口からは聞けなかった。

●説得
「困りました。長州の方々が皆あんなふうだとは思いませんが、はたして話しを聞いて頂けるかどうか」
 神島屋七之助(eb7816)は水無月会議の際に聞いた長州藩の風評に思いを致す。
 まずは長州藩使節団の宿所に向かい状況を伝える。
 出てきたのは国定の上役である山口と言う侍。
「虎長様の噂は私も耳にしておりますが、今のところはあくまで噂にすぎません。国定という方の独断とは言え、たかが噂を根拠に往来で斬り合いに及んでは使節の方々も責任を問われましょう。それに本来のお役目である神皇様との交渉にも障りが生じるのは必然と考えまするが如何? なにとぞ無益な争いを回避すべくお力添えをお願いできませんでしょうか?」
 神島屋の言葉にむうとうなる山口。現在の長州藩の情勢について話す。
「国定は強硬派で知られる侍。説得を試みても良いが、果たして抑えきれるかどうか」
 ともあれ、山口は説得に応じてくれると言う。

 そこで山口とともに国定の説得に当たる神島屋。

 宿に帰ってきた国定と合間見える神島屋。長州藩士たちが居並ぶ中、神島屋は国定に向かって言った。
「虎長が生きている、蘇ったという噂があるのは間違いないことです。ですが――」
 色めき立つ長州藩士たちを制して、神島屋は続ける。
「美濃併合の指揮ぶりを見ても現在の平織家当主は市様に相違なく、市様は神皇様を奉じ、ジャパンに安寧をもたらさんと腐心されておられます。神皇様にお仕えする我等も、五条の宮様にお仕えされる方々も人の脅威となる悪を討つべしという一点においては意見は同じ。黄泉人の動きも活性化した今、人同士が斬り合って何になりましょうや?」
 神島屋の言葉に静まり返る長州藩士たち。国定も沈黙している。彼らは神島屋がギルドの依頼を受けてやって来たことなど知らない。神島屋のことは神皇家に仕える陰陽師だと思っているのだ。
「虎長が生きているという噂は看過できないものだ。噂の真偽は定かではないが、尾張平織氏の動きは無視できない。いずれにしても、我々はこのまま黙っているつもりはない」
 国定はそう言って席を立つと、部屋を出て行った。

●後始末と、後日談
「やれやれ‥‥面倒くさいな。面倒くさい‥‥だけど」
 謎が残されたまま復活を果たしたと噂される平織虎長。そして神器を奪ったまま目立った動きが伝えられてこなかった五条神皇。よもや怪しい両勢力が道の真ん中でぶつかりあうとは、これは興味が湧かないとなれば嘘になる。夕弦蒼(eb0340)は天を仰ぐ。
「見廻組といえば犯罪者捕縛の担当だったなあ‥‥うーん」

 それから半刻後――小太りな旅商人が京の都を歩いていた。それは夕弦が変装した姿だった。
 人気のない裏通りに入っていく夕弦。夕弦は何やら懐から取り出すと、ごそごそやり始めた。
 やがて、もくもくと煙が立ち昇る。
 そこで、
「物取りだあー!」
 と叫ぶ夕弦。
 物取り? 周辺がざわめき出す。何だ? 物取りだって?
 夕弦はその場から走り出すと、国定と睨み合いを続けていた見廻組のもとへと急ぐ。
 
 すでに国定は去った後だったが。
 やってきた夕弦に何事かと目を向ける見廻組の剣士たち。
「おお、見廻組の旦那方! ちょうどいいところに! 物取りだ!」
「何、物取り?」
「おおそうだ! すぐそこなんだ! あの煙が上がってる辺りなんだ!」
「よし、急ごう!」
 駆け出す剣士たち。
 その後を追う夕弦。わざとらしく現場に向かいながら声を出す。
「おーい! 見廻組の旦那方が今からそっちへ行くから安心しろー!」
 そう叫びながら周辺の人々を巻き込む夕弦。
「皆の衆! もう安心だ! 見廻組の旦那方が来たからには押し込みなんざすぐに捕らえてくれるぞ!」
 何のことやら分からないが、駆け抜けていく見廻組に拍手喝采を送る人々。
「やっぱり京の都じゃ見廻組の旦那方が頼りになるぜ! どこぞの無礼な田舎侍とは違うだろう?」
 それに応える声が上がる。
 そうだ! 天下の往来で喧嘩を吹っかける長州なんかやっつけちまえ!
 いつの間にか見廻組万歳なムードが不穏な町の空気を消し飛ばした。

 後日、一介の商人を装って見廻組の詰所を訪れる夕弦。
「あの時の物取りは見廻組に恐れをなして盗まれた物を置いて逃げた」と、見廻組の功績に感謝を述べつつ彼らを褒めちぎる。
「やっぱり見廻組は長州とは違いますなあ!」と。
 その上で、最近のジーザス会や虎長関係の情報を聞き込んでみる。
「なぜそのようなことを聞く?」
「いやあ、あっしは一介の町人とは言え、あの虎長様が帰ってこられると聞いては黙っていられませんでねえ。町中その噂で持ちきりでさあ」
 と、根も葉もないことを言って情報を聞きだそうとする夕弦。
「尾張藩はジーザス教徒を保護しているそうだが、それと虎長様がどう結びつくのか‥‥いずれにしても、虎長様が帰ってこられるというなら、それは天下統一への道しるべとなろう。喜ぶべきことではないか」
「天下統一ですか‥‥本当に虎長様は帰ってこられるので?」
「まあ噂だとしても、尾張藩の上洛に畿内の各藩が何の反応も示さぬはずもないだろう」
「第二、第三の長州の暗躍でもあるんですかい?」
「そういうものがあっても不思議ではないな。それにしても噂好きな町人だな」
「いやあ。今後も宜しくお願いしますよ!」
 夕弦は笑いながら詰所を後にした。
「天下統一ねえ‥‥本当に平織虎長は蘇えったのか。天下統一とは言っても、それは平坦な道のりじゃなかろう。大きな戦でも始まるのか‥‥」
 夕弦はそう呟きながら京の都に消えて行った。