長髄彦の幽霊
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■ショートシナリオ
担当:安原太一
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:03月26日〜03月31日
リプレイ公開日:2008年04月01日
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●オープニング
京都近郊――
地元の村で山の神として敬われる大太法師がいた。山森の守り神として崇められる存在である。
大太法師は普段、人前に姿を見せることはない。稀に、山の中でふとした拍子に大きな巨人の姿を見る事がある、その程度である。
もう長い間、村人は大太法師を見ていなかった。
それが最近、森で頻繁に大太法師が目撃されていた。山の奥でひっそりと暮らすはずの大太法師が何ゆえ人里付近まで姿を見せるのか、村人たちはいぶかしんだが神様にそれを問おうとする者はいなかった。
そんなある日のこと。
森の中から七メートルもの巨人が現れた。大太法師である。普段見慣れなくても、それは間違いようのない巨人だった。
村人たちは突然の神の出現に恐れをなした。地面につたりこむ者、家の戸を固く閉めて震える者、逃げ出す者もいた。
以下は目撃者たちの話を要約したものである。
森から現れた大太法師はかなり弱っており、足元もふらふらで、そのまま地面に倒れてしまった。
そして、大太法師の後から一人の男が姿を見せた。
「天津神はどこにいる! 奴らはどこに隠れている!」
男は倒れた大太法師に詰め寄る。
「し、知らない! 天津神なんて知らない! 何のことか分からない!」
大太法師は後退しながら叫んでいた。
すると男は抜刀し、大太法師を痛めつけた。やめてくれ、助けてくれと懇願する大太法師。
何と言うことか。山の神を痛めつけるとは、あの男は何者なのであろうか。
村人たちはよほど腕の立つお侍様であろうと見て、守り神である大太法師を助けてくれるように懇願した。
「お侍様、それ以上山神様を痛めつけるのはおやめ下さい。山神様は泣いておられます」
すると、男は村人たちに近付いてきた。
「王への恩寵を忘れた民よ、お前たちにも問うぞ。天津神はどこにいる」
一体何の話であろうか。王? 天津神? 村人たちは顔を見合わせる。
すると次の瞬間、男の体から青白い煙が立ち上った。男は地面に倒れ、煙は空中で人の姿を取る。怨霊である。怨霊は若く美しい青年の姿をしていた。服装は古代人のようである。
仰天した村人たちをよそに、怨霊は抜刀した。
「私が死してから幾数世、この世の移り変わりを私は知らぬ。だがあの苦しみは覚えているぞ。私は長髄彦、王の忠臣だ。民よ答えよ。天津神と呼ばれる者たちの居場所を。これは最後の警告だ。我が苦しみを収めたくば我が問いに答えよ」
村人たちは呆気にとられた。
「わ、私たちには何のことだか、とにかく、その剣を収め下さい」
狼狽する村人たちを見て、長髄彦は剣を振り上げた。
――出でよ者ども!
すると、森の中から次々と怨霊が姿を現した。みな甲冑を身にまとい、古代の戦士のような姿をした怨霊だ。
長髄彦は「掛かれ!」と剣を振り下ろす。最初からそのつもりだったのか。
怨霊たちは抜刀すると、次々と村人たちに襲い掛かった。
天津神を探せ‥‥天津神はどこだ‥‥天津神はどこにいる‥‥。
怨霊たちは念仏のように繰り返しながら村人たちを斬っていく。
斬られた村人たちの体からみるみる血の気が引いていく。次々と息絶えて倒れていく村人たち。
その様子を眺めながら、長髄彦は再び大太法師の前にたたずんだ。
「最後の問いだ。もう一度聞くぞ、天津神はどこにいる」
「う‥‥し、知らない。分からない」
「そうか、ならば――」
長髄彦は大太法師の体に剣を振り下ろした。
冒険者ギルド。
長髄彦の幽霊が暴れている‥‥。依頼書を前にたたずむ冒険者たち。
最近奇妙な事件が多い。太古の昔に滅んだ者たちが復活したとの噂が流れているし、天津神や国津神の出現も最近になって聞かれるところである。
ともあれこれまで明確に人に害なすものはいなかったのだが。しかし、この長髄彦の幽霊は違うようだ。すでに近郊の村人が襲われ、なぜかは分からないが森の守り神だった大太法師までもが襲われたと言う。人に祟る姿から見ても怨霊の類と思われる。
「レイスがフィルボルグスを‥‥?」
「もっと強力な怨霊のようだ。太古の霊とすれば、相当強い恨みを持っているのだろう」
天津神を探していると言うが、どこまでこの幽霊の言うことが本当なのかも分からない。
いずれにしても人にあだ名す存在だと言うことは分かっている。このまま放置しておくわけにもいかない、そこでこの依頼が回ってきた。
●リプレイ本文
ジークリンデ・ケリン(eb3225)は目を覚ました。フレイムエリベイション超越で士気が高まっている。再び冒険が始まる。
都を出発した冒険者たち。幽霊が暴れているという村に向かう。
「文献によりますと長髄彦は今の神皇陛下の祖と同格の王を奉じていた豪族の長だったようです。結局は神皇陛下の祖の前に畏まりましたが心底従う意志がない事を饒速日命に見抜かれ殺されています。この饒速日命ですが先に京都に降臨された天火明命と同一の神という説もあるようです」
宿奈芳純(eb5475)は陰陽寮で調べてきたことを告げる。
「長髄彦と言えば、神武帝の東征に立ちはだかった豪族、であったか。最後には敗れたとは言え、神武帝の軍を退け苦しめたのであれば、相当な力量を持った者だったのだろう」
物部義護(ea1966)はむうと腕組みする。
ジークリンデはマッパムンディと今までの情報から長髄彦がいかなる怪物に成り果てたのかを推測する。
「長髄彦は感じとしてはファントムかそれ以上とお見受け致します。また、襲われたと言う大太法師ですが、精霊は一応生きておりますのでリカバーなどの魔法的な回復手段が有効と思われます」
村に到着した冒険者たち。村は静まり返っていた。戸は閉ざされ、畑にも人影はなかった。
村人は無事なのだろうか。
一軒の家の扉を叩くクリムゾン・コスタクルス(ea3075)。
しばらくして扉が開き、村人が姿を現した。村人は冒険者たちの様子を伺っていた。
「何の御用でしょう」
「京都から依頼を受けてやって来たんだ」
そう言うと、村人の顔に安堵の色が浮かんだ。
村長の家に案内された冒険者たち。白翼寺涼哉(ea9502)、クリムゾン、ジークリンデの三人である。
それ以外の者たちは村の巡回に回った。
「山神様は今も森の近くに倒れておられます。すっかり弱っておられましてな。心配です‥‥」
「こっちの白翼寺が山神の治療を希望してる」
「手を尽くしてみるつもりだ」
「ありがとうございます」
「ところで、長髄彦の幽霊だけど、天津神について何か言ってなかったか?」
「恐ろしい‥‥私たちの神はあの山神様です。山神様は天津神なのでしょうか。あの幽霊はこの村を全滅させるつもりなのでしょうか」
そこでジークリンデが申し出た。周辺一帯の村々の地図を用紙に書き込んでもらい、簡易の地図を作ってもらう。そしてそれをバーニングマップで燃やした。道筋は不明瞭な方向へ伸びて消えている。山に近い森の方角だ。
最後に、クリムゾンは幽霊たちの規模などについて尋ねた。長髄彦率いる幽霊は十から二十はいたそうだ。白翼寺やクリムゾンは三輪山で亡霊軍隊と遭遇している。あれらが襲い掛かってきたら、果たして村人たち守りきれるだろうか。
柴犬の小龍に見張らせながら、大太法師のもとへ向かう白翼寺。
そこへ宿奈が合流した。
「村人たちの様子はどうだ」
「幽霊に襲われたことで相当に脅えています。何とか尽力してみましたが、やはり幽霊を撃退して不安を取り除くしかないのでしょうか」
そうこうする間に二人は大太法師のもとへ辿りついた。修験者のようなその巨人は、横たわって目をつむっていた。
「これが‥‥大太法師? 大太法師って‥‥一応神様なんだよな? 斬られるって事は余程精霊力が弱まっとるのか」
大太法師の様子を伺う白翼寺。
「こんなでけえ患者‥‥今まで診たことねえ。神を救う力が、俺にあるかは分からない。この地に生きる者の希望に繋がるなら――やってみるか」
弱った大太法師の体に河童膏を塗る白翼寺と宿奈。宿奈は香木を燃やす。香木の香りが大太法師を包み込む。それから赤き愛の石を大太法師の懐に入れて寝かせる。宿奈に介助させながら、白翼寺は大太法師の体に触れた。
そこへフィーネ・オレアリス(eb3529)が現れた。フィーネも大太法師のことが気になっていたのだ。
「私も力をお貸しいたします」
白翼寺とフィーネは大太法師に手を当てると、リカバーを唱えた。
待つこと数分。大太法師は起き上がった。
「力が戻った!」
元気を取り戻した大太法師は「力が戻った!」と言いながら森の中へ消えていった。
「こりゃ酷いな‥‥」
鷲尾天斗(ea2445)は村の外れを巡回しながら呟いた。村人たちの亡骸が横たわっている。
「長髄彦は恐ろしい神ですな」
宿奈はそう言って吐息する。
時折惑いのしゃれこうべを叩いて様子を探りながら進む一行。
と、その時である。しゃれこうべが反応して激しく歯を鳴らした。
見ると、前方に一人の男が立っている。侍らしき姿をしている。
噂の長髄彦か、天城烈閃(ea0629)は進み出ると、侍に声をかけた。
「天津神の行方、知りたいか?」
「知っているのか」
侍はそう言うと、ゆっくり振り向いた。若い男である。
まずはオーラエリベイションを発動する鷲尾。普通の人間じゃない事をアピールしてはったりをかまし、長髄彦の興味を引くつもりである。
侍は首を傾げると、一歩前に出てきた。
「お前の名は?」
鷲尾の問いに、侍は「私は長髄彦」と答えた。どうやら当たりのようだ。
「お前は天津神を探しているそうだが、我は天津神の事を知っている。何用なのか?」
「天津神を知っている? 何者だ、天津神の戦士か」
「何だそれは」
「天津神の協力を得た戦士たちだ。そうなのか」
「いや、違う」
鷲尾は否定して、再び問うた。。
「天津神に会ってどうするつもりだ?」
「今後の動きを聞く。昔と今では状況が異なるようだ」
「お前は本当に国津神、長髄彦なのか? もし本当なら王の名前を言ってみろ!」
「それを調べに来たのか。天津神の行方は知らぬのか」
「我が知っている天津神の名は天火明命だが」
「火の魔王か。他に誰を知っている」
「それ以外は、残念!」
そこで鷲尾に代わって天城が進み出た。
「天津神の行方、知りたいか?」
「知っているのか。天津神の行方を」
「高天原だ」
「それも不思議ではないな。あそこは難攻不落。誰にも落とせぬ」
そして確信を得た物部は言った。
「我、長髄彦様と同じく饒速日命を奉り、祖とする一族の者なれば、是非にともお言葉を賜りとう御座います」
「名を申せ」
「物部義護と申します」
「大儀である。王に忠誠を尽くせ、物部よ」
次いでジークリンデは日本酒を献上した。
「長髄彦様の辛苦、痛み入ります。大物主神様は『嵐に備えよ』と仰せのご様子、長髄彦様は何を存じ如何にせんと思し召しでしょうか? ひとまず矛をお収め下さい」
「私は既に心を決めている。再び王のために剣を振るうつもりだ。立ちはだかる者に容赦はせぬ」
「王の忠臣ならば、貴方の行為は王の名誉を傷つけると思いませんか? 王への伝言があるならば承りましょう。その方を解放し、何卒自制下さい」
フィーネの言葉に長髄彦は笑った。
「民の命など、王の大儀の前には小さなものだ。天津神の行方を知らぬなら、お前たちも斬って捨てよう」
すると、森の中から次々と怨霊武者の大軍が現れた。その数十や二十ではない。
「その程度かよ。ちっぽけな理由だな。あんたがこれまで奪ってきた命に比べりゃずっとずっとちっぽけだよ!」
クリムゾンは長髄彦に怒号を浴びせた。
不穏な気配を察し、白翼寺とフィーネはコアギュレイトを唱える。しかし――
長髄彦の体から幽体が離脱する。笑声を発して飛び回る長髄彦。
――者ども! かかれ!
襲い来る怨霊の大軍。
宿奈はペットの燐火にダズリングアーマーを命じる。
閃光がほとばしり、一瞬怨霊の群れを怯ませる。
フィーネは高速詠唱ホーリーフィールドを唱えて結界を張る。
「如何に古き時代の神々であろうと、民を害すならば悪神、祟り神として退けるしかあるまいよ」
物部は怨霊にアンデッドスレイヤーを叩き込む。
「我が名は鷲尾天斗! この名を三途の手形に持って逝きな!」
鷲尾はオーラパワーとオーラボディを発動、ダブルアタックで敵を葬る。
突っ込む事はせず闘いながら戦場の流れを読んで仲間に指示を出す。
「目の前の敵に集中しろ! 無闇に突っ込むは匹夫の勇だ!」
天城とクリムゾンも飛び回る怨霊たちに矢を放つ。
ジークリンデのマグナブローが怨霊たちをなぎ払う。
宿奈はムーンアローで長髄彦を狙う。
亡者の大群が飛び交う戦場に、天城が踏み込む。
「哀れな亡霊だな。俺の仕える主が神皇様であって安堵した。お前程度が仕えていた王など、王の器にあるものか」
天城は長髄彦を挑発する。
「そうだろう? 私的な怨恨で、罪もない民を腹いせに虐殺する。そんな器の小さい者達に、国を治める資格などあるものか。昔だけの話ではない。今ですら、そんな脆弱な人間の身体を借りて満足しているようではな」
「天城、何考えてるんだ! あんたが取り付かれちまったら、誰もあんたを止められねぇんだぞ!」
クリムゾンの声は長髄彦に届いたか。長髄彦をおびき出す作戦だが。
果たして、長髄彦は天城に向かって突進してきた。
「これで終わりだ、長髄彦!」
天城はしっかと長髄彦を睨みつける。
クリムゾンはダブルシューティングで長髄彦を撃つ。
フィーネのホーリーが長髄彦を直撃する。
そして白翼寺のピュアリファイに絶叫する長髄彦。
「神を斬る気分はどうかね? 守り神を失う民の傷はもっと痛いぞ」
――今だ!
「鷲尾流二天『日皇翼』!」
鷲尾の一撃を受けて、すうっと消える長髄彦。
怨霊たちは蜘蛛の子を散らしたように霧散する。
「ふう‥‥しかしこれらの怪異は何かの前触れだろうか‥‥」
鷲尾は二刀を収めながら消えた亡霊たちの跡を見つめるのだった。
――戦闘終結後。
長髄彦に憑依されていた侍は息絶えていた。
負傷した村人たちを癒すフィーネ。
アヴァロンの滴でMP回復する白翼寺。村の信仰に従い息絶えた者達を弔う。
「‥‥静かに眠れ」