【天下布武の嵐】京都、混迷の政局

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月01日〜04月06日

リプレイ公開日:2008年04月08日

●オープニング

 畿内の諸侯たちの動きが慌しさを増しているという。
 尾張平織氏が上洛の構えを見せていることが原因である。
 かつて平織虎長が守護職を務めていた京都ではその上洛を歓迎する声が高い。
 だが一方で、諸侯たちは平織氏の天下布武に警戒感も強めているようだ。無理もないことである。
 平織氏は平氏の頭領であり、その勢力は紛れもなく畿内最大。それが軍事力を背景に行動を押し進める事になれば、味方はともかく中立や敵対する勢力は戦々恐々。
 これが大戦の前触れであると考える者は少なくない。これまで色々とあっただけに、ようやくかと思う者もいるだろう。いずれの諸侯たちも密かに軍備の拡充を進めているとのもっぱらの噂だ。
 雲行きは怪しい方向へ向かっている。
 畿内の諸藩の動き、その噂は冒険者たちの耳にも届いていた。

 そんな状況の中、最近になって長州藩の使節団が京都の土を踏んだ。彼らが何の目的でやってきたのか、人々は噂し合っていた。昨年の水無月会議において京都と講和を決めたはずの長州。
 だが一説には、長州藩はあのあと大混乱したとも言われる。長州藩の中に講和に賛成でない者が多かったのか、これだけ講和の交渉が遅れたからにはおそらくそうなのだろう。
 使節団の一人が最近京都の見廻組と衝突する事件を起こした。冒険者たちの仲裁で解決したその事件では、現在の長州藩は決して一枚岩ではないことが明らかとなった。
 とはいえ、かつてのように武力によってことをなそうという動きは見えない。
 市井の人々が見守る中、京都御所では連日長州藩士たちと公卿達の会議が開かれていた。


 冒険者ギルドに非公式の会合の話が舞い込んだのは、そんな情勢下のことであった。
 御所での話し合いは難航しているらしい。長州藩と神皇家の交渉内容は公開されていないが、依頼人の公家、吉川の口からそれが明らかにされた。
「‥‥長州藩は神皇家に対して無理難題を吹っかけてきているのです。彼らは一部の大大名が政治を独占していると申して、自藩を含めた諸藩の大名を朝廷のまつりごとに参加させるように言ってきておりましてな。更に諸藩から兵を出させて親兵とし、この神皇軍を以て京都を守るべきと言いだす始末。当然そのような要求が通るはずもなく、公卿達は拒否しておりまする。
 そんな無茶が通るはずが無いのですが、けれど長州は先年奪った三種の神器を所持しており、太宰府で神皇を僭称する五条の宮様を抱えておりまする。要求が通るなら共に天下統一のために五条神皇と仲立ちし、神器を都にお返しするが、通らぬなら源平藤の傀儡となった都とは共に歩めないと云うております。
 折りしも、平織氏が上洛する話を聞いて、長州藩は平織脅威論を唱えては一歩も譲るところがありません。どこまで本気なのかは分かりませんが、私には神器を得て舞い上がった田舎者の戯言としか思われませぬ。自分達が源平藤にとって変わる夢を見ておるのでしょう‥‥。ともあれ、神器を二つまで奪われた我々も強く出られぬところはありましてな」
 吉川は吐息した。現状の京都には遠く離れた長州藩を攻めるのは難しい。
 太宰府の五条を押え、神器を取り戻す為にはある程度の譲歩は仕方ないとする声もある。また平織の上洛が上手く行くならそれまでの時間稼ぎは必要だとする声もある。
 詰まるところ、朝廷側は態度を決めかねぬ所があり、要求を拒みながらも決裂は避けて、のらりくらりと逃げているのだ。
 しかし、先の長州藩士の事件を見ても、このまま時が過ぎるのも待つ事にも危険は感じる。
「さりとて、御所では話し合いは平行線を辿るばかり。
 そこで今回、非公式の会合が持たれることになりました。冒険者には調整役として会合に参加してもらいたいのです。非公式と申しても、長州藩は公卿達を源平藤の味方と考えておりますから両者だけでは話も進みませぬ。冒険者のような第三者がおれば彼らも安心いたしましょう」
「‥‥しかし、こう言ってはなんですが冒険者が参加して会議をぶち壊すような事にはなりませんか?」
 ギルドの者はそんな大事な会議に冒険者が参加して大丈夫かと気が気でない。非公式ならばこそ、顔を見ただけで長州藩の代表を斬りかねない奴らがゴロゴロしている。
「まさか。そのような事、万が一にも起こりますまい。水無月会議においてもギルドには助けて頂きました。黄泉人の襲来以来の冒険者の活躍は諸侯も驚くほど。ギルドの冒険者こそは、神皇家と京都を守るまことの臣であると信じております」
 随分持ち上げているが、本心はどうだろう。問題が起きた時はギルドが全責任を取るのだから構わないと思っているのかもしれない。
 ほう、と筆を止めるギルドの手代。
「話を聞いていまさら断れる話でもありませんな。ギルド長はご存じなのでしょうし‥‥しかし御所ではそんなことになっていたのですか。突然京の都に現れた長州の動きは噂の種となっておりましたよ」
「やれやれですな全く‥‥ただでさえ平織虎長が復活したと言う話が飛び込んできて、御所はてんてこ舞いなのに、そこへこの長州藩騒動です。平穏な日々はどこへ行ってしまったのでしょうな」
 肩を落とす吉川に手代は苦笑した。

 復活したと噂される平織虎長。その噂に呼応するかのように京都に現れた長州藩。もし彼らが京都で出会う事になったら、どんな災いを引き起こすか。
 東も西も騒がしい。
 騒動屋とも揶揄される冒険者ギルドが逃れられる訳もない。むしろ、飛び込むのも一興か‥‥。
「本当に、どうなっても知りませんよ」
 手代は思い立って、依頼の項目から報酬を削った。何かあった時にギルドは金を受け取っていない方が都合が良いと思ったのだ。
「それで冒険者が集まりますかな?」
「金で動く輩でない証明になりましょう。まあそういう事にしておいてください」

●今回の参加者

 ea5641 鎌刈 惨殺(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2062 綾小路 瑠璃(29歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2390 カラット・カーバンクル(26歳・♀・陰陽師・人間・ノルマン王国)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)

●サポート参加者

鋼 蒼牙(ea3167)/ 黄 莫邪(ec4332

●リプレイ本文

 吉川邸――。
 まずは長州藩士たちがやってきた。
「そう言えば、今回の会合には冒険者が同席するそうだ」
 それは初耳と驚く長州藩士もいて。
 先の依頼で冒険者と関わった国定は、冒険者と聞いて眉を吊り上げた。
「連中は我々の宿敵ではないか! 一体冒険者が何の用があってこの重要な話し合いに参加するのだ!」
「それよ、重要な話し合いというやつ。御所では一行に話し合いが進まぬではないか。そこで、公家の吉川なる者が第三者の参加を求めたらしい。話し合いの調整役としてな」

 吉川が彼らを出迎え、話し合いの席に案内した。

 冒険者たちはすでに部屋で待機しており、公家や長州藩士たちがやってくるのを待ち受けていた。



「それにしても、天下布武ですわ。穏やかではありませんわね」
 綾小路瑠璃(eb2062)はお茶の用意をしながら仲間たちと話している。
「平織氏上洛で畿内に不穏な気配が渦巻いているのは事実。大きな戦が起ころうとしているのだとしたら、わたくし達に何が出来るのでしょう‥‥」
 陰陽師の瑠璃は大きすぎる不安を感じる。しかし、彼女らに出来ることは少ない。一所懸命に職務を全うしようと思う。
「長州の言い分にも一理はありますわ。ともかく、長州方と京都方には冷静に話し合いをして頂いて、双方の主張を照らし合わせ、妥協点を見出したいところですわ」
「私もそう思います」
 とは華国渡りの僧兵、琉瑞香(ec3981)。
「三種の神器を奪われた京都は、講和と決めた今も長州を恨んでいるでしょうし、長州も都と喧嘩も辞さない態度の方も少なくないように思います。ですが、折角の話し合いの場なのですから落ち着いて話をして頂きたいものです。私たちでそのための一助となれば‥‥」
 思う所は同じ。頷き合う瑞香と瑠璃。
「あたしは、とりあえずお茶汲みしてますね。うーん、その、政治のことはちょっと‥‥」
 カラット・カーバンクル(eb2390)はハーブティーを入れながら恥ずかしそうに笑った。
「難しいことは良く分からないんで‥‥水無月会議のことも実は詳しく知らなかったり‥‥あはは」
 ぺろっと舌を出すカラット。
「何か見ていて、神皇様ちっちゃいのに偉いなーとか思った記憶はあるんですが‥‥はて?」
 そこで首をかしげるカラット。場違いな所に来てしまったかと少々焦る。
「そういえば、使節で来てる長州の皆さんの代表には、高杉晋作様や吉田松陰様は居ないんですかね? あの二人の名前はあたしも知ってます。長州の偉い人ですよね?
 ‥‥何か疑問ばっかりになってますね‥‥うーん‥‥あたしは政治は良くわかんないですけど、長州さんの言ってるのでも別に良いんじゃないかって気もします‥‥難しいみたい?」
 一同、カラットの言葉に肩の力が抜けていく。カラットは小さく息を吐き出す。
「でも、今のままそんな風にしようとしても、やっぱりまた喧嘩しちゃうんじゃ‥‥て気はします‥‥あはは」
 一度に喋って恥ずかしくなったか、笑って誤魔化すカラット。
「だけど、一握りの人が好きなようにしてるのが嫌だって言うのは分かるかもですよ。だから色んな人が政治に関われるようにしていくって言うのは素敵かもですけど。長州の人達は皆様、そういうの好きそうですよね。自分が何とかしようって‥‥」
 むう、と唸る一同。現状を変えたいと言う思いはみな等しく持っている。
 しかし、具体的な道が分からない。そういう事は偉い人が決めるのだろうか。

 そうこうするうちに、長州藩士たちが部屋に入ってきた。
 まず驚いたのは国定。
「お主は、先日の。なぜここに」
「これは国定殿! 先日は世話になり申した。今回は冒険者という形でこの会合に参加することになり申しました」
 鎌刈惨殺(ea5641)はそう言って国定と握手を交わした。
「お主、冒険者であったのか」
「左様。驚かれたでしょうな」
「いや、お主が参加するのであれば安心した。冒険者と聞いて胸騒ぎがしていたところだ」
 惨殺は先日、京都往来で国定達が騒ぎを起こした所に居合わせた。長州藩を歓迎した惨殺に、国定も悪い印象は抱いていなかったようだ。
「そうでござったか、まあ安心されたようで何より」
 あとは公家の到着を待つばかり。
 場を繋ぐように長州藩士をもてなす冒険者たち。

 綾小路は長州藩士たちにお茶を出しながら、彼らと雑談を交わしていた。雑談と言っても彼女自身、公家の末席に連なる者だったから、京都貴族の一員として丁重に藩士たちと応対する。
「天下布武などと、尾張平織の魂胆は見え透いておる。源徳、藤豊が衰退した今、一気に上洛を果たし、畿内を勢力下に収めようと言うのだ。ここで畿内の諸侯を取りまとめ、平織包囲網を敷いて何とか上洛を阻止せねば、天下は平織に盗まれるは明らか! そうは思いませぬか?」
「なるほど」
 綾小路は長州藩士たちの言葉を聞きながら、使節団の中でも誰が穏健派で誰が急進派であるか当たりを付けていた。穏健派でなければ、京都に歩み寄る交渉は難しいと彼女はみている。
「貴藩の関心といえば、まず天下の大事、虎長公の復活でございましょうな」
 鎌刈は冒険者達が虎長の復活の謎を現在調査中であると話していた。
「鎌刈殿、それはまことにござるか?」
「嘘偽りを申しても仕方がない。源平の動きを注視しておるは貴藩だけではござらん」
 長州藩士たちは興味を持ったようだ。鎌刈は、まず損な結果にはならぬだろうと伝えておく。むしろ堂々と平織を倒す好機は来ると。
「とにかく、此度のような会合はお互いのことをよく知る良い機会。京都にも貴藩を受け入れる者は少なからずおりますぞ。希望はあります。歩み寄るのは平和の証ですな、はっはっは」
 そうこうする間に公家たちも到着して、いよいよ会合は始まった。
 あとは主役同士の話し合いだ。冒険者の対応に気を良くしたのか長州側も多少態度が柔らかくみえる。

 両者がどのような妥協点を見出すにせよ、冒険者の口出しで話をもっていくような事は避けたい。
 琉は最初にそう話していた。
 あくまで会合の当事者である長州の者と公家側の者達の自主的な意見の話し合いによる結論でなければならないと考えていた。
 その上で中立の立場で祐筆役をする事を流は頼み、双方から許可をもらうことが出来た。

「駄目だ」
「警護のためなのですが‥」
 綾小路は表立った武装はしないものの、警護のための道具として経巻をいくつか携帯していた。巻物を使用する際には、長州側の疑心を招かぬよう、予め警護のため魔法を使うことの承諾を貰おうとしたが断られた。長州藩の面々はスクロールが読めないので、綾小路の使う魔法が安全であるか否か分からない。
「非公式とは云え、会談の席で魔法を使うなど非礼だろう」
「ブレスセンサーは無害な術。事前に確かめて頂ければ分かります」
 といったものの、やはり良い顔をされなかったので大人しく引き下がった。



 会合での議論は白熱した。長州側と京都、お互いの意見は真っ向からぶつかっている。
 京都は長州の案など到底受け入れられるものではないとし、長州は京都が受け入れぬなら戦も辞さぬ態度である。



 公家の一人が「長州の本心は京都で勢力を作ることにあるのだろう」と言ったことがきっかけで、長州藩士たちは怒り出した。
「それは一体どういう意味だ! 我らは神皇家のためにこの京へ来たのだ! 政道が正されたなら、神器を返し、われ等は国に戻る!」
「口では何とでも言えよう。神皇家の為と申すなら、おぬし達は国で黙っておれば良い。そうすれば直に混乱は収まるのだ。長州に出来る事はまたぞろ京へ出て騒動を起こすが関の山よ」
「何‥だと!」
「一藩の分際で政道に口を出そうとはおこがましいと申しておる。都がいつそのような事を長州に命じた? おぬし達は自分の国の事だけを考えておればよい。ただでさえ面倒が続いておるのに、都の混乱を利用して勢力拡大を狙おうとは下衆な了見よ」
 公家の罵倒に、激昂する長州藩士たちが立ちあがる。慌てて冒険者達が間に入る。琉は許可を得てメンタルリカバーをかけて回った。万が一この場で刀傷沙汰が起きれば戦になる。
 会話の中断に、見ていた鎌刈が口を開いた。
「長州の方々も講和反対の勢力がありますようですな」
「何の話だ」
「いやいや、天下の大事故、無理もありません。頭の痛いところとお察し申し上げる。されど、今は天下万民の目が都に注いでおりましょう。先日の一件もあれば、長州の事をよく思わぬ輩も少なくござらん。
 藩の問題も解決せねば京の民を納得させるも難しかろうと存ずる。更に、源平のここ最近の動きも気に食わぬのは拙者も同意見にございます。この辺をはっきりさせれば、話は早かろうと思いまする」
「お主の話は聞いているぞ」
 長州藩士らは鎌刈を促した。
「講和の第一歩として、京の使者を長州に、長州は一部の精鋭を京に置き、その間に京は源平の動きや怪しからざる点を色々と調査されてはいかがかと。これらの件は冒険者にも協力させれば良し」
「勝手な事を云う冒険者だ」
 鎌刈の言葉に呆れる公家と長州藩士。公式の場なら首が飛んでも不思議はないが、今回は非公式会合。冒険者は第三者として参加を許されている。流や綾小路は立場をはばかって意見は慎んでいるが、鎌刈はかき回した。
「阿呆らしい。結局、仕事が欲しいのであろう」
「否定は、できませんが」
 長州と都はかなり離れているから、交渉を続ける上では互いに連絡を取り合う努力は不可欠ではある。鎌刈の話から、そうした事務的な内容に少し話が移った。
「‥‥」
 綾小路は緊張から吐息した。先程の流れはかなり危なかった。京都側に今、長州と本気で争う理は無いと思っていたが、燻るものはあるようだ。或いは、平織と長州をぶつける考えもあるのかもしれない。しかし、京都側としても、神器二つが長州側にあるという現実は受け入れなくてはならないと彼女は思う。
 双方とも折れるべきところは折れ、理性的な話し合いの上で妥協点を見出せればと綾小路は考えていた。


 先に云うべき事を云ってしまうと、会合も少しは雰囲気がほぐれてきた。
 両者の立場的に打ち解ける事は無理な話だが、非公式の場という事を理解して公式の場では言えないくだけた発言も出てくる。先程のやり取りも、公式の場ならまずあり得ない事だ。互いに相手の本音や妥協点を探り合う姿勢は感じられた。
 そんな中で、意見の衝突を見ると琉は僧侶らしく説法を説いた。
「修行の身故、政は分かりかねますが‥‥近年、都を立て続けに襲う災難、黄泉人の跋扈、神を名乗る者の跳梁、そして平織家の上洛‥‥不穏な動きを見聞きし、目の当たりにして居ても立ってもいられない心地が致します。皆様立場は違えども、この国に生きる者として都を憂う気持ちは変わらず、何か自分達にできる事はないかとこの会合に参加されたと推察されますが、いかがでございますか?」
 国難を憂う気持ちに変わりはないと琉は説く。
「御坊。今、貴方は黄泉人の跋扈と平織の上洛を同列に語られたが、それは平氏に対して思うところがおありか? 尾張の天下布武は都が憂う不穏な動きであると申されたように聞こえたが如何に?」
 すかさず公家の一人が反論する。思いは同じでも、立場はそれを分かつに十分であると云うように。
「平織家の上洛に都は右往左往していますから。ですが、尾張公が立たれたのも、都を憂う気持ちあっての事と推察いたします」
「答えになっていない。貴方はどちらの味方なのか?」
 先に述べたように誰の味方でも無い、中立であると琉は言った。
「ふむ。このような席ゆえ言わせて頂くが、中立など誤魔化しでござろう。坊主も冒険者も勝つ方につくが道理。しかし、我が長州は信念に殉ずる覚悟。勝ち負けではござらぬゆえ、譲る気は毛頭ない」
 既に一度都に弓をひいている長州の必死さはひしひしと感じられた。江戸を盗った伊達ですら神皇家に敵対の態度は取っていない。長州藩はいつもぎりぎりの交渉で、公家の方が逃げ腰だ。

「成果を出さねば国に帰れないのであろう。武士は大変よの。時におぬしはどう思う?」
 話題を変えようと公家から意見を聞かれたカラット。熱心にお茶を渡して回っていた彼女は、意見を求められたのが嬉しいのか笑顔を向ける。
「そう言えば、最近は神様がしばしば見かけられているようなので、どちらの言い分が正しいか、神様に決めてもらうと良いかも知れませんね」
 その冗談は受けた。公家の方から笑声が上がる。長州側は苦い顔だ。
「あたしは京都に来て羅刹というデビルや、愛し姫という魔物に会いました。普通の人たちも大変な時期で不安だと思うので、皆さんには協力し合って助けてあげて欲しいと思っています」
 カラットの言葉は純朴な子供のようだ。これには両者も頷く以外に無い。
「ほんとに、良い方法が見つかると良いですね。きっと長州の皆さんと朝廷だけの問題ではなくて、色んな国の人が色んな思いを持っていると思いますので」
 すると、吉川が手を打った。
「いや! 此度の話し合いは有意義でしたな! 御所に話を持ち帰り、早速協議を再開しなくては!」
 公家の側から安堵の息が漏れる。
 長州はどうであろうか。諸大名の勢力を糾合し、京都の政局を動かそうとする彼らにとって、今回の非公式会合で得るものはあったのか。容易に結論が出るものでもないだろう。
 とは言え、このような話し合いの席が持てた事だけでも一定の成果である。今後も引き続き、朝廷と長州藩との話し合いは継続されそうだ。
 
 祐筆役を務めていた琉。話し合いの結果をスクロールに記録し、後日しかるべき場所に提出するのだった。