丹後巡察、丹後にて天神天下る

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 30 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月30日〜05月05日

リプレイ公開日:2008年05月08日

●オープニング

 丹後、かつて一人の術士がこの地に現れた。その術士の手によって、丹後は壊滅的な被害を被ったのである。術士が太古の結界を破壊したことで亡者が蘇えり、丹後は崩壊した。それから一年半が過ぎていた‥‥。

 人々の歌声は消え、かつて聞こえた笑声もいつのことであったか。
 残された者たちは肩を寄せ合いひっそりと息を潜めていた。
 亡者の群れが大地を支配し、妖怪や物の怪が跋扈している。

 丹後、現在この地は文字通り魔界と化している。
 人は片隅に追いやられ、勢力を増した死人や妖怪からかろうじて身を守り、生き残っている。



 籠神社――。
 丹後国の歴史ある神社である。宮津に近いことからアンデッドの脅威を逃れている。
 宮津藩主立花鉄州斎が神社の周辺までを守らせているのだ。
 丹後が崩壊してからというもの、この神社にも人の出入りが絶えた。関係者が出入りするくらいである。
 多度津真吉も籠神社の関係者の一人であった。真吉は神社の雑用を預かる職員であった。
 丹後の暗雲が晴れることはない。真吉は灰色の空を見上げてため息をついた。
 希望は絶えた。丹後、この地は今や見捨てられた土地。真吉はこの暗黒の地の将来に何の予感も覚えていなかった。
 いつもと変わらぬ灰色の空、いつもと変わらぬ寂れてた風景、誰かがやってくる気配もない。荒涼とした大地の向こうには盗賊たちが徘徊し、亡者の群れが人々を襲っているという。
 舞い散る木の葉。真吉は吐息すると、いつものように掃除を始めた。
 そうしていつものように境内の中を歩いていると、社殿の前に一人の人が立っているのを真吉は見出した。
「誰だろう?」
 真吉は不思議そうにその人物を見やった。随分古い時代の着物を着ている。一昔前の武士が身につけていたような着物を着ている。体躯はジャイアント並み。髪を肩の辺りまで伸ばしている。そして腰に帯びた大きな剣が目を引いた。
 どこかの侍だろうか。明らかに神社の関係者ではない。参拝者だとすれば珍しい。ここ最近、世情が沈んでいるせいで参拝者はとんと絶えた。
 真吉は箒片手にその人物に近付いていく。
 と、その時である。その人物の髪がばっと燃え上がった。髪が炎に包まれたのだ。
「うわっ! 大変だ!」
 何か火を消すものをと真吉は慌てた。そうだ、水、水だ。
 真吉が走り出そうとすると、その人物は悠然と振り向いた。燃え立つ逆立つ炎の髪を揺らしながら、その若武者は口を開いた。
「心配することはないぞ、我が炎はこの身を焦がすのみ」
 真吉は絶句した。今、何て? 呆然とする真吉を前に、若武者の体から炎が吹き出した。巻き起こる炎の竜巻が一瞬若武者を包み込んだ。そして直後には烈火の吹雪が舞い散り、若武者は炎をまとっていた。
 真吉は目を疑った。これは一体何なんだ? 魔法か? 私は夢でも見ているのか。
 若武者はにやりと笑った。
「私の姿は夢でも幻でもない。私は天火明命、天津神である。その方、名は何と申す」
「わ、私は多度津真吉と申します!」
「よろしい、では真吉よ、私の復活を丹後の民に告げよ。丹後のことについて勇士たちと話し合う時が来た。国津神が動き始めた今、我々は今一度話し合う頃合だろう。勇士たちを呼べ。大きな力がこの丹後にも迫りつつある。巨大な鉄槌が丹後に振り下ろされようとしている。もはや私の力を以ってしてもその流れを止めることはかなわぬ」
「すいません! 今一度お名前をお聞かせ下さい!」
「私は天火明命。勇士たちの件、しかと伝えたぞ」
 そう言うと、天火明命は社の前に鎮座した。その体からごうごうと炎が吹き出す。渦巻く炎は大きな塊となって天火明命の体を覆いつくした。
 真吉は呆然と巨大な炎の塊を見つめていたが、やがて我に返ると走り出した。

 宮津城下――。
「て、鉄州斎様ー!」
 真吉は宮津藩主の立花鉄州斎のもとへ駆け込んだ。
 立花鉄州斎は若き藩主で、丹後の有力氏族の一人である。丹後の将来を憂う鉄州斎であったが、昨今の丹後の情勢には鉄州斎もなすところが無かった。
「籠神社の真吉ではないか。何事か、血相を変えて」
 鉄州斎の傍らには妻の秋乃御前がいた。丹後はこんなご時世である。藩主の夫婦とは言え質素な着物を着ている。
「大変にございます、籠神社に御祭神が降臨されました!」
 真吉の言葉に鉄州斎は虚を突かれ首をかしげた。
「何があったのです」
 秋乃御前は真吉を促した。そうして、真吉は籠神社に降臨した天火明命のことを申し伝えた。
「また怪異の類ではないのか」
 鉄州斎はにわかに判断は出来かねた。今の丹後の情勢では何が起こっても不思議ではない。が、天津神を名乗る者が現れたとあっては無視も出来ない。
 
 それから鉄州斎は籠神社へ使いをやったが、やはりただならぬ事態が起こっているのは事実であった。
「真吉の言葉は真であったが‥‥さて、どうしたものか」
「殿、京都へ使者を立てられては」
 鉄州斎は秋乃御前の言葉に頷くのだった。
「一応知らせておくべきかも知れぬな。この手の話は都では日常茶飯事と聞く。噂では京都近郊で神々の復活が相次いでいるとか。いずれにしろ、ただ事ではあるまい」



 京都、冒険者ギルド――。
 丹後にて天津神の天火明命が降臨したという話はすぐにギルドに伝えられた。
 籠神社といえば天火明命を祭神とする神社である。すでにこれまでの依頼で神々の復活に対応してきたギルドでは比較的混乱は少なかった。とは言え天津神の復活は事例もほとんどない。
 さて、京都の冒険者ギルドは陰陽寮の出先機関という側面も持っている。今回の丹後における天津神の降臨には陰陽寮も無関心ではなかった。そこで再び現れた天火明命について調べてくるように陰陽寮からの依頼である。
 崩壊した丹後に再臨した天火明命、果たして何を丹後にもたらそうとしているのか。天津神を巡る冒険が始まる。

●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea8087 楠木 麻(23歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea8755 クリスティーナ・ロドリゲス(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ea9455 カンタータ・ドレッドノート(19歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0921 風雲寺 雷音丸(37歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

元 馬祖(ec4154

●リプレイ本文

 丹後にて降臨した天津神、接触してみるまでは何とも言えないのだが。
 月詠葵(ea0020)は京都に残って情報収集を行なっていた。
「古の戦争‥‥何か手がかりはありますかね」
 月詠が向かったのは陰陽寮、そして天火明命を祭ってある神社である。
 最近の神々を名乗る者たちの動向から、昔に何か大きな争いがあった、そう思わせる節がある。
 とは言え、古の戦争となると、記録で残っているのはここ数百年。記紀の成立が七世紀初頭、それ以降の記録で残っている戦で〜の乱と呼ばれるものはあるが、それらは神々とは関係なさそうである。
 古の戦などは口伝で伝えられているのではないか。月詠はそれを確かめるために方々を当たった。しかし聞けた話で最も古く信憑性が高いものは聖徳太子と蘇我氏、そして物部氏との争いである。古の戦争、それは今の人間たちが知るところではなかった。

 天火明命は以前焔法天狗を従えていた。
 楠木麻(ea8087)はそれを聞いて、天火明命が火の精霊王ではないかと思っていた。早速陰陽寮で調べてみる。
「火の神様には例えば火之迦具土神とか居ますが、精霊王とは‥‥」
 ジャパンで精霊は神として扱われる。八百万の神々が存在するが、火の精霊王に当たる者がいるかは不明だ。
「神話によれば天火明命は天照大神の孫なんだね。天照は陽精霊だから、孫が火の精霊はおかしいし、精霊に子供がいるのも変だけど‥‥」
 日本神話は朝廷の祖先の話とも言われているが、伊勢に現れた天照は純然たる陽精霊だという話だから、今の神皇家がその子孫というのは麻の知識では有り得ない。話を聞きたいが伊勢は少し遠かった。


 それぞれの足で丹後に向かう一行。現状丹後は治安が悪い。盗賊やアンデッドを避けつつ宮津へと向かう冒険者たち。



 宮津藩を訪問するのは鷲尾天斗(ea2445)、カンタータ・ドレッドノート(ea9455)、ベアータ・レジーネス(eb1422)。
「また天火明命の降臨ねぇ‥‥随分活動的な神様だなぁ」
 三人は宮津藩主立花鉄州斎のもとを訪問した。これで二度目となる冒険者の訪問。鉄州斎の傍らには奥方の秋乃御前がいた。
「京都冒険者ギルドより参上しました鷲尾天斗と申します。この度の件について調査に来ました」
「ギルドの噂は聞いている。先日も都の使者が来たばかりでしてな」
「鉄州斎殿、改めまして、覚えておいででしょうか。カンタータです」
「あなたとは先日お会いしましたな。紹介が遅れました。こちらは妻の秋乃です」
 秋乃御前はにっこり微笑むと「初めまして」と挨拶した。カンタータは一礼する。
「ところで、グリフォンに乗せた大量の食糧とキャンドルを民のために提供してくれたのはどちらのお方かな」
 鉄州斎の言葉にベアータが進み出る。
「私の心ばかりの贈り物です。丹後の窮状は目に余ります。少しでもそれを癒すことが出来れば」
「そうか‥‥かたじけない」
「ところで、沿岸部の状況はひどい有様ですな。盗賊たちが跋扈し、とても手がつけられる状態ではありません」
「見ての通りです。諸藩が一致結束しても、今やあの盗賊たちを排除することは出来ませんな」
 鉄州斎は吐息した。
「太古の結界を破壊したと言う術士についてお聞きしたいのですが」
 鷲尾は言った。
「術士か‥‥前国司細川氏に取り入り、細川氏を滅亡に追いやった張本人だ。その名を楽士と言った」
 それから改めて丹後の窮状について聞く鷲尾。
「ところで、宮津城はどうなっているのですか。死人の手に落ちたそうですが」
「見ての通り、宮津城は死人に占領されました」
 城で文献調査をしようとしていた鷲尾は肩をすくめた。城のことは仕方ない。今回は天津神の調査が目的である。
「僕たちは天津神と会うつもりですが、天津神に確認しておきたいことはありますか?」
 カンタータの言葉に鉄州斎は腕組した。
「そうだな‥‥丹後に振り下ろされる鉄槌とは何なのか、それくらいは知っておきたいところだが」
 伝えましょう、とカンタータは答えた。



 籠神社ではチサト・ミョウオウイン(eb3601)が神社の職員真吉と相談しながら調査と情報収集に当たっていた。籠神社の歴史は古く、天津神に関わる話を聞くことが出来た。元伊勢とも言われる籠神社、天火明命が出現したのもそのような歴史と関係あるのだろうか。

「丹後の国全てを掃除するには力が足りんが、神社周辺の神域だけでも片付けておくとするか」
 風雲寺雷音丸(eb0921)は太刀を抜き放って荒涼とした大地に目をやった。分厚い灰色の雲が空を覆っている。
 雷音丸の傍らには月詠とクリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)がいた。雷音丸の掛け声に乗って、神社周辺の盗賊やアンデッドの討伐に乗り出すことにしたのだ。
 宮津の郊外に出ると、早速盗賊と出くわした。二人組の大男である。
「見慣れねえ面だな。地元の人間じゃねえな。まいいや、荷物を置いてとっとと消えな。命だけは助けてやるぜ」
 大胆不敵な盗賊。冒険者のことなど知らないのだろう。
「お前たちが丹後の盗賊か」
「へっ! そうよ! 泣く子も黙る白虎団の盗賊よ!」
「どうやら噂通りとんでもない国だなここは」
「おい! お喋りはここまでだ! 荷物を置いてとっとと失せろ!」
 すると、クリスティーナは矢をつがえてダブルシューティングで盗賊を撃った。
 驚いた盗賊たちは反撃してきた。続けて矢を放つクリスティーナ。盗賊の攻撃をひょいとかわす月詠。雷音丸は小馬鹿にしたように盗賊の一撃を跳ね返す。
 驚いたのは盗賊。冒険者から手痛い一撃を食らう盗賊たち。
 覚えてろ! と捨て台詞を残して盗賊たちは逃げ出した。
 少し郊外に出ただけだが、そこは危険に満ちている。さらに死人憑きと出くわした冒険者たちはそれも片付けた。クリスティーナは手持ちの破魔矢を撃ち尽くした。



 合流を果たした一行は、天火明命との対面に臨む。
 と、そこへ神社職員の真吉が転がり込んできた。
「大変ですみなさん! 他にも神様がやってこられました!」
 他の神? 冒険者たちは真吉の案内で社殿の前までやって来た。
 そこに三つの炎の塊があった。冒険者たちが近付くと、炎が飛散し、あとには炎を身にまとった三人の神が出現した。一人は若武者の天火明命である。後の二人も古代人のような服装をしている。若い女と、精悍な顔つきの偉丈夫である。
 真吉の説明によれば、女は天鈿女命、巨漢は天御影命であるという。
 意外な展開である。他の神のことは予想外だ。
「お久しぶりですな、天火明命。俺を覚えていますか?」
 鷲尾は話しかけた。
「前に探していた『もののふ』、そして今回の『勇士』とは『天津の戦士』かそれに連なる者の事ですか?」
「そうだ」
「以前に国津神、長髄彦と戦ったのですが‥‥天津神でも止められない『大きな力』とは一体何です?」
「国津神の軍勢が丹後を席巻しようとしているのだ」
「天下泰平とはいかないが、これ以上このジャパンを混乱に陥れる者は天魔鬼神、何人であろうとも新撰組一番隊の名にかけて斬る。ただそれだけだ」
「面白い、一戦交えるか」
 そう言ったのは天御影命である。
「ところで僕達にどうして欲しくて呼んだのかな? 結界関係? 国津神関係?」
 楠木はそう言ってエチゴヤのももだんごと銘酒「桜火」を供える。それらは真吉が受け取った。
「お前自身は国津神と戦うつもりか?」
 そう問うたのは天鈿女命である。
「さて‥‥それは今後の展開次第だよ」
 楠木は肩をすくめる。
「僕たちを呼んだからには、何か対策があるのですか」
 カンタータの問いに天火明命は、
「大国主の復活がまことなら、国津神の動きは早い。対策と呼べるほど戦力は揃っていない。今代の天津神達は――何をしているのか」
「以前、三輪山で亡霊の軍勢を率いる大物主神というのに会ったことがあります――」
 雷音丸は言った。
「そのとき大物主神は『悪魔は余の敵であり味方である』『闇の帳が下りた、心せよわが民よ、嵐は近い』『ひとまず高、原、竜‥を探そうぞ』などと意味深なことを言っておりました。これらは何を意味するのでしょうか」
「文字通りのことだな。大物主は国津神だが、我ら寄りの存在だ。今代での事は分からないが、亡霊とは言え、機会があれば味方につけたいものだ」
 天火明命はそう答えた。
 ベアータはソーマを献上する。最近の国津神の動きを天火明命に伝えるとベアータは問う。
「国津神の方々も、『嵐が来る』と仰っておいでのようでしたが、丹後の現状と今後も、それに類するものでしょうか?」
「さて。黄泉や閻魔の企みかと思ったが、違うのか‥。大戦に我より早く現れるはずの級長津彦の気配が無く、建御雷神の姿も見えない。このような有様で、嵐が来たら国を守ることはかなわぬ」
「天火明命様の仰る『丹後に振り下ろされる鉄鎚』を食い止める、あるいは弾き返す為に自分達人間は何をすればよろしいでしょうか?」
「ほほう、食い止められるのか? 国津神の軍勢はあの亡霊の大軍だぞ」
「守るべきものに仇なすものならば、何であろうと立ち向かいます」
 ベアータの決意に神々は感銘を受けた様子だが、「立ち向かうには策が必要だ」そうも言った。
 チサトにも確認しておきたいことがあった。
「古の呪法が解かれ、都から流れ込む陰の気を浄化出来ずにいるのが悪化の原因‥‥にしては、亡者の姿が多すぎる気がしていたのですが、他にも原因があるのですか?」
「我には分からないが、亡者と言えば黄泉人と関係があるやもしれぬな。死者を管理する閻魔ならば知っているだろうが、あやつの場所は誰も知らぬ」
「天火明命様、丹後の聖域‥‥天橋立のすぐ側のこの社を降臨の地に選ばれ‥‥勇士として私達を集めた事‥‥私はこのこと事態に意味があるんじゃないかと思っています」
「ふむ、続けてみよ」
「もし、陰の気を軽減する事で改善する事があるなら‥‥そして、他にこの地を救う術があり、私達に出来る事があるなら‥‥どうか教えてください」
「溢れた死人は退治するよりあるまい。戦わねばならぬ。地を救う術は我には無い。それを知るとすれば黄泉、悪魔、地神、仏神か」
 そうして、神々は一同を見渡した。他に口を開く者はいなかった。
「我らの招集に応えし天津神の戦士たちよ。困難な決断の時が近付いている。それは丹後にも関わってくるだろう。今だ闇は晴れぬ。心してその時を待て」
 それが天火明命の最後の言葉だった。
 神々は社の前に鎮座すると、再び炎を身にまとい、じっと待つのだった。