丹後の会合、天津神対国津神
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■ショートシナリオ
担当:安原太一
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:9 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:9人
冒険期間:07月20日〜07月25日
リプレイ公開日:2008年07月26日
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●オープニング
丹後宮津藩、籠神社――。
天津神が三神、天火明命、天御影命、天鈿女命が鎮座している。炎を身にまとって不動の姿勢で鎮座するその姿は相変わらず丹後の人々を勇気付けていた。
籠神社の職員、多度津真吉は今日も熱心に神社の手入れを行いながら、参拝者たちをもてなしていた。
と、そこへひらひらと数体の亡霊武者が舞い降りてきた。その亡霊は国津神大国主に仕える長髄彦や八十神の幽霊であった。長髄彦らは人々の間をすり抜けて天津神の前にやって来た。
「丹後の天津神よ、私は長髄彦。大国主様が間もなくお前たちを訪問するべくやって来られる。宮津へ来るがよい」
「長髄彦か‥‥」
天火明命はにんまりと笑った。
「死してなお主に忠節を尽くすとは恐れ入るが、その体ではもはや我らと刃を交えることはかなわぬな。お主の剣は我らの間でも知れ渡っておった」
「何を冗長な。丹後の天津神の噂は音に聞こえておる。大国主様は今一度話し合いの機会を望んでおられる」
「あの亡霊どもはどうした。先の戦では力を出し切っていない様子であったが」
人を襲う亡霊は普通、余力を残して撤退などしない。冒険者と藩主の軍に壊滅的被害を与える事も出来た筈だ。
「大国主様は民の虐殺を望んではおられぬ。寛大なお方だ」
「で、我らにどうせよと言うのだ。慈悲にすがれとでも言うのか」
「大国主様は丹後諸藩の大名たちと今一度話し合いを望んでおられる。大名たちが貴様ら天津神を選ぶか、大国主様を選ぶか、最後に見極めたいと仰せだ」
と、それまで黙っていた天御影命が巨体を揺らして口を開く。
「民が我らを選んだならば、お主らはおとなしく引き下がるのか。我らはこの地を明け渡すつもりなど無いぞ」
「大国主様の御心は分からぬ。我らは王の言葉を伝えに来たまで」
すると天鈿女命が立ち上がった。
「大国主に伝えるが良い。和平を望むなら丹後の天津神は話し合いに応じる用意があるとな」
「伝えよう。いずれにしても王は参られる。会合に遅れるな」
長髄彦たちはそう言うと、籠神社を去った。
宮津藩邸――。
数日後、大国主が亡霊軍隊を率いて現れる。今回は百体余りの亡霊を伴っている。驚いたことに、大国主の下には舞鶴藩主の奥方であった桔水御前が付き従っていた。
それから長髄彦が宮津藩主立花鉄州斎のもとを訪れ、会合の件を申し伝えてきたのだが。
「これから宮津城を取り戻そうと言うところで、何とも間の悪い時にやって来たものだ‥‥」
鉄州斎は妻の秋乃御前と食事を取りながら呟いた。
「とは言え、相手は神を名乗る者。人の道理が通る相手ではないでしょう」
「そうなのだ。宮津、峰山、舞鶴の藩主、そして天津神を集めろと言う。いや、丹後の希望となるなら神でも悪魔でも大歓迎なのだが‥‥」
そんな鉄州斎の憂いを秋乃御前は慰めるばかりだった。
そうしてさらに数日の時が過ぎて、宮津に峰山藩主中川克明と舞鶴藩主相川宏尚がやってきた。丹後は盗賊や死人が横行する魔界である。ここ最近まで放置されてきた丹後に天津神と国津神が降臨し、一度は争った。今のところ主導権を取っているのは国津神大国主であるが。
ちなみに舞鶴藩主宏尚に事情を聞くと、先の会合の後、桔水御前は藩を飛び出して大国主の後を追いかけて行ったのだと言う。どうやら今は大国主と行動をともにしている様子であった。
宮津藩邸に集まった大名たちを前に、三神の天津神も集っていた。天火明命は何やら愉快そうな表情をしていた。天御影命は眉間にしわを寄せており、天鈿女命も美しい顔にしかめっ面を浮かべていた。
さて、大国主からの言葉はこうだ。
――丹後諸藩の大名並びに天津神に告げる。これは余の慈悲である。今一度機会を与えよう。余に従い、恭順の意思を示せ。余のもとに下り、余に丹後を譲り渡すことだ。さすれば平和を約束しよう。丹後の暗雲を払うことが出来るのは余の力のみである。余の力は見たはずだ。余に従うならばこの地に蔓延する悪党、死人を撃ち滅ぼし、王道楽土を築き上げよう。天津神どもよ、無駄な抵抗はやめて余に従うことだ。かつての禍根は忘れ、この国の安寧のために手を結ぶ時が来た‥‥。
「良い返事を期待している、か‥‥」
宏尚は大国主からの文を置くと吐息した。宏尚は先だって舞鶴で大国主の要求をはねつけたばかりであった。その結果桔水御前が飛び出してしまったのだが‥‥。
「大国主はよほどお前たちの忠誠が欲しいと見えるな」
天火明命はそう言って悠然と藩主たちを見渡した。藩主たちは戦々恐々としている。
「天火明命様には何か妙案がおありですか」
「ないでもない」
「それは?」
「徹底抗戦の意思を示すことだ」
「ですがそれでは‥‥」
「大国主ならば反抗する藩主を皆殺しにし、丹後を手に入れる事も出来なくはなかろう。それをせぬのは、あ奴に王としての矜持があるのだろう。ならば、あくまで従わねば、諦めて立ち去ろう」
天津神の推測も分からなくは無いが。
「しかし、怒って襲ってくる事は無いのでしょうか」
「それも有り得るな」
天火明命は笑った。藩主達には笑い事ではない。
「そもそも、我らは神皇家の臣です。神皇家を倒す事も辞さぬ大国主に忠誠を誓えとは無理難題としか思えませぬ」
突き詰めれば、それが藩主達が大国主に忠誠を拒む最大の要因だ。逆賊の汚名だけは避けたい。
「まあ、あ奴が本物の大国主なら、筋は通っている。あれにとっては神皇家など、ただの成り上がりに過ぎぬであろうから」
古代から生きる天火明命の言葉に、藩主たちは途方に暮れた。彼らの生まれる前からジャパンの王は神皇家なのだ。本当に彼らは天津神なのだろうか。
刻一刻と大国主との会合が迫ってくる。
そんな中、天津神たちは京都に招集をかける。これまでにも大国主との戦いや交渉には冒険者が関わっている経緯から藁をもすがる気持ちである。
やがて途方に暮れた藩主たちも大国主に対して交戦の意思を固める。それは丹後の小藩を率いる藩主たちには勇気のいる決断であったが、彼らに他の選択肢は無いのだ。
いずれにしてもあとはその言葉を大国主に伝えるのみ。大国主はどう出るのか。いよいよ丹後の命運を分ける交渉が始まろうとしている。
●リプレイ本文
丹後で希望の一歩が踏み出された。宮津でアンデッド開放への戦いが始まったところであったのだ。
陽小娘と明王院未楡は宮津城下に急行して民を励ましていた。
その傍らには先の宮津城下開放戦にも参加した明王院浄炎(eb2373)がいた。
「心配は要らぬ、皆にはかつての丹後の誇りが、決して挫けぬ不屈の民の血が戻った。如何なる困難をも、共に切り開こうぞ!」
侍たちは厳しい表情を崩さなかったが、民はおーっ!と声を上げる。その表情には心労も見え隠れするが、いつだって人は希望がある限り諦めないものだ。
丹後諸藩の大名たちと天津神が集まる藩邸には冒険者たちの姿がある。
「全く間の悪いところにやって来やがって‥‥」
白翼寺涼哉(ea9502)はぶつぶつ言いながら壁に御仏の曼荼羅が描かれた掛け軸をかけた。今回の会合がうまくいくことを祈ってのことであろう。
護衛役で参加した山本建一(ea3891)はその様子を見つめながら城外をに目を向ける。
「いつ果てるとも知れない暗闇が続いているようだ‥‥この国は不死人に覆われ、富は悪党が独占している‥‥」
「全く暗い話ばかりだが、そうも言ってられん。天津神が立ち上がってくれればそれに越したことは無いんだがな」
白翼寺は山本の肩をぽんと叩くと、室内の藩主と天津神たちに目を向ける。
「宮津城奪還に関わる身としては、その件を大国主に申し伝えてみたいところですが、筋違いでしょうね」
ベアータ・レジーネス(eb1422)の言葉に宮津藩主の鉄州斎は頷く。
「宮津城の奪還に向けた戦いが始まったのです。天津神には我らを助けて下さるご意思がありますか。死人との戦いを」
鉄州斎は天火明命に問うた。
「神頼みか? ふむ、まず汝らの正義を示すが良い。我らは気紛れゆえ、死人に正義があれば死人の味方をするかもしれぬぞ」
「し、死人に正義などある筈が無いではありませぬか!」
天火明命らしい言いようだが、さて。
シフールのヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)は飛びながらじっと天津神たちを見つめている。人には人の理が、神には神の理があって、それは容易に歩み寄れるものでもないと考えるムージョ。ここへ来ての激突は必至か‥‥。
現在の神皇と朝廷は天津神の流れを組むもので、国津神の王が蘇って従えと言ったところで藩主たちは困るばかりである。
「――もっとも、戦う覚悟はできているみたいですから、後はどう被害を少なくするかなんでしょうけれど」
シェリル・オレアリス(eb4803)はそう言って藩主たちに碧眼を向ける。
「前回の戦いは奇跡的にあの亡霊軍隊を退けることが出来たが、二度も奇跡が続くだろうか‥‥」
藩主たちはざわめいた。大国主が率いる亡霊軍隊は実際丹後諸藩の小戦力など一撃で粉砕できる破壊力を有している。だが、ここに至って藩主たちが徹底抗戦の意思を翻すことは無い。
「ここで丹後が大国主の天下になるのであれば、それも運命だろう」
峰山藩主の克明は毅然として言い放った。
「俺はそんな運命など信じぬ」
そう言ったのは結城弾正(ec2502)。
「いかなる状況でも活路を見出すべきだ。俺は死ぬつもりは無いし、ここで大国主に丹後を譲り渡すつもりも無い」
ゼルス・ウィンディ(ea1661)が一つの提案を出したのはそんな時だった。
「‥‥大国主に王の器を見たいと言って、戦いを臨むのはいかがでしょうか」
「と言うと?」
「国を割って血で血を争うよりも、被害を最小限に食い止め、大国主を倒す策です」
ゼルスは小戦力の代表をお互いに出して、それで勝敗を決してはどうかと言うのだ。大国主が乗ってくるかどうかは分からないが、実現すれば大国主を倒す絶好の機会となるだろう。
ひとしきり話し合いを終えて、一行はいよいよ大国主との会合に向かう。
大国主は桔水御前を伴って待っていた。亡霊軍隊の気配は無い。
「まさか‥‥亡霊たちはいないのか?」
一行は油断なく接近していく。
シェリルはテレスコープで周囲を見渡す。どこにも亡霊の姿は無い。
やがて大国主のもとに辿り着いた一行。大国主の顔は死人のように青白いが、肉体は頑丈そうである。
ミラーオブトルースに映っていたのは桔水御前本人だった。何かが化けていると言う様子は無かった。
と、大国主がすっと手を上げる。すると、どこからともなくその背後に亡霊の大群が出現した。大国主の亡霊軍隊だ。みな立派な甲冑をまとった亡霊たちだ。長髄彦や八十神だろう。
山本は反射的に藩主たちを守るように前に出ると刀の柄に手をかける。
「天津神か‥‥今回も余とは相容れぬか」
大国主は遠くを見るように三神を見やる。
シェリルはフレイムエリベイションをかけた上でホーリーフィールドを張り巡らせた。これで亡霊たちの攻撃は封じた。
「皆々様、無作法は承知で得物を脇に置かせていただく。あの御仁が信じるに足るとは思えんのだ。許して頂きたい」
結城はそう言って正座する。
「では、答えを聞こうか‥‥」
大国主の言葉を受けて、各藩主たちは用意した通り徹底抗戦の意思を伝える。
それとともに冒険者たちも口上を述べる。
「大国主様に、折り入ってご提案したいお話があるのですが‥‥」
ゼルスは恭しく言った。
「失礼ながら私は、大国主様に、王としての器を見せて頂きたいと思っているのです」
「王の器を計ると申すか?」
ゼルスは少数の代表を選抜しての試合を提案したのだが‥‥。
「大国主様の事を民は殆ど知りません。このまま大軍を用いて戦を続けるのも、一つの道ですが。しかし、多くの民を巻き込む戦いは、深い禍根を残しましょう。逆に、民草を巻き込まずに己の力を広く知らしめる道をとったならば、民はその決断に、王の資格の片鱗を見るかと」
「試合だと? 余をからかっているのであろう」
大国主は一笑に付した。その方法で民が納得するなら、冒険者は皆王侯貴族だ。
「己が臣民に慈悲掛けて下さるとは、さすがは神の中の王にございます」
そう言ったのは白翼寺。
「ご覧の通り丹後はあやかしの脅威にさらされております。その為にも武による平定は肝要かと」
そこで白翼寺は間を置いた。
「その前に‥‥お尋ねしたき事がございます。貴方がたの目指す王道楽土、いかように築くおつもりですか? 王の栄光の前に、この地を脅かす者達は平伏す事が出来ましょうか‥‥我らが望むは、生ける神の統べる国――ジャパン全体の安泰です」
「もっともだ。国作りには長い時間が要る。その道のりも一本道ではない。栄光のみで国は治まらぬ、その事は誰よりも余が知っておる。今の余に出来るのはこの丹後を切り取ることくらいだ」
「私たちが聞き及んでいる限りでは、国津神は天津神に国譲りを行ったことになっています。今になってあなた様が復活したのは、天津神とその子孫たる神皇家からこの国を取り戻そうと立ち上がったからではないのですか」
ムージョの問いに大国主は、
「余は神皇家を名乗る下賤の輩に国を奪われた。余と神皇家が相容れぬのは当然だが、蘇った以上は過去をとやかく申すつもりは無い」
大国主は方針転換したのか? 冒険者たちは意表を突かれた。だからと言って手を結ぶつもりも無いらしい。
「あくまで余に従わぬと言うなら結構だ。だが余は余と同胞の為に国が要る。戦いしかあるまいな」
そうしたわけで交渉は決裂したが、すぐ襲ってくる気はないようで、少しだけ会合が続いた。
「‥‥如何に英雄・賢人と称えられし心強き者とて、死霊となりて長き年月を巡る内に、己が気付かぬうちに幾多の志を失い妄執のみが募っていく、過去に固着するが故にな‥‥大変失礼な話だが、我らはその様な悲しき姿と成り果てた幾多の古の英雄を知るが故に、そして今を生きる者の心の拠り所を一蹴する姿に、同じ物を感じて不安を覚えるのだ」
浄炎はそう言って吐息した。
「大国主よ、貴公が反魂を施してまで備えた本意は何処にあるのだ? 不死の軍勢を要せねば民を守れぬと貴公が思うほどの災厄を予見したとでも言うのか? 以前も尋ねたが‥‥我らでは民を託すに不足か? 俺は、我ら生者が貴公ら古の英雄の安らぎを奪わねば生き続けられぬ程、弱き存在とは思わぬ。生者の世界は生者の手で成さねば、この世に産まれてきた甲斐が無かろう」
「いちいち汝の問いはもっともだ、汝の言もな‥‥だが、それは事を知らぬ者ゆえ。余と神皇家、天津神共の事を知るならば左様な言葉は出て来ぬ。この国の継承者である余の理を汝らが知らぬは無理もないが。‥‥汝らに分かり易く言えば、数百年後に汝らが話すチョウシュウやダテがこの国を治め、神皇家ゆかりの者が邪神、亡霊と成り果てた時代に蘇れば何とする?」
それは絶望に満ちた話に思える。
「余の敵である神皇家に忠誠を誓う汝らに、余が民を託す理も無い。もはや時は過ぎた」
大国主はじっと浄炎の瞳を見据える。実力を行使せよとでも言うのだろうか。
「このような状況の中で、話し合いの機会を設けて下さった事に感謝いたします」
一同の中で最後に口を開いたのはベアータ。
「不完全なる人の身で神々の皆様に物申すは僭越とは存じますが――この地の住民と私たちが欲するのは何者にも脅かされず、奪われず、殺されず、平穏に暮らし、一日を無事過ごす事を朝に祈り、夜に感謝する日常の生活です。その日常を取り戻すため私達はあがいております。大国主神様達は私達の日々あがく姿を見て何をお感じになられましたか。よろしければご存念をお伺いいたしたく存じます」
「余の今の心は汝と同じだ。朝に祈り、夜に感謝すると言うな」
大国主は静かに言った。ベアータは驚いたようである。
「私達人間が『人を見守り良き方向に導く神』を崇拝する気持ちに天津神・国津神の区別はございません。何卒『神』として忠誠でなく崇拝を受ける形で、この場はご容赦の程を」
その言葉に大国主は笑声を発した。
「良きかな良きかな!」
そして、大国主は亡霊軍隊を率いて、その場を後にしたのである。