丹後の戦い、丹後の悪魔

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 64 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月26日〜07月31日

リプレイ公開日:2008年08月03日

●オープニング

 丹後、舞鶴の辺境――。
 アンデッド王国丹後において、死人から逃れる術は無い。ここ舞鶴の辺境にも徘徊する死人憑きがいた。
 村人たちは防護柵を築いて死人憑きの侵入を防いでいる。そんなある日、村人たちの前に一人の若者が現れた。眉目秀麗な青年で、名を川村と言った。
 川村はたびたび村を訪問し、次のように言った。
「村人たちよ、第六天魔王が復活されたことは聞き及んでいよう。今に見ていよ、魔王はこの国に平和と安定をもたらされるだろう。魔王の力はあまねくこの世に広がり、この丹後をも救うだろう。悪党や死人に苦しむお前たちの力となるのは、魔王のご加護を置いて他には無い。かく言う私は魔王の使いである。私に魔王への忠誠を示せ。さすればお前たちを苦しめる死人を葬り去ってやろう」と。
 村人たちは最初相手にしなかったが、川村と死人憑きの戦いを見て、その言葉を信じる気になった。川村は村に攻め寄せた十体の死人憑きをたった一人で切り伏せたのである。しかも川村の体には傷一つついていなかった。
「川村さん、わしはあんたに従う。魔王とやらに忠誠を誓おう。だからこれからも村を守ってくれ」
 村長の古老がそう言うと、川村は快心の笑み浮かべる。
「そうか村長、では忠誠の証に代償を頂くぞ」
 そう言ったが次の瞬間、村長は方膝を突いた。川村の手には白い塊が握られていた。
 そうして、村はじわりじわりと川村に支配されていった。川村にたてつく者はいなかった。その間にも川村は現に死人憑きを撃退して見せたからだ。

 松尾寺――。
 寺を預かる陽燕和尚は手紙を書いていた。寂しい寺には和尚一人。そこへ村人がやってくる。
「和尚様‥‥実は、ご相談したいことがありまして」
「どうしました」
 陽燕和尚は筆を置くと、やって来た村人と向き合った。村の若者である。
「和尚様、俺の村に魔王の僕と称する奴がやって来たんです‥‥」
 そう言って若者は川村がやって来てからの経緯を話した。陽燕和尚は黙って聞いていた。
「和尚様、これでいいんだろうか? 正体不明の術士に頼って、このままでいいんだろうか? 忠誠の代償と言って、川村は村長に何度も術をかけた。村長はすっかり元気がなくなってしまった。だけど村は守られてる。でも、いいんだろうか、川村の言うことを聞いていて。川村が大事に持っているあの白い玉は何なんですか」
「その川村と言う男は化生の類です。村長さんの体力を糧にして活動している魔物です。手遅れになる前にあなたが来られて良かった。私は京都へ行って助けを呼んできましょう」
 陽燕和尚はそう言うと、立ち上がった。

 冒険者ギルド――。
 やってきた陽燕和尚はギルドの手代にことの次第を話して聞かせる。
「‥‥恐らくは下級の悪魔でしょう。ここ最近になって村に現れたようです。魔王の使いと称しているようですが、そんな大物とは思えませんな。悪魔が逃げ去る前に何とか奪われた魂を取り戻してやって下さい」
 陽燕和尚はそう言ってギルドに依頼を出したのだった。

●今回の参加者

 ea9455 カンタータ・ドレッドノート(19歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3226 茉莉花 緋雨(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec0129 アンドリー・フィルス(39歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ec4516 天岳 虎叫(38歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

鳳 令明(eb3759)/ ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646

●リプレイ本文

「私は長らく丹後を見てきましたが、ここ数年悪魔の気配は途絶えておりました‥‥」
 陽燕和尚はそう言って眉根を寄せる。
 西洋に比べると、ジャパンは悪魔の害が少ない国だ。目に見えないだけとも言われるが、他の魔物と悪魔を区別する事も少ない。かつて丹後に現れ、この地に壊滅的被害をもたらした術士は悪魔だったと言われている。その名を楽士と言った。その楽士が大規模な術を完成させていく過程で、丹後は壊滅的な被害を受けたと言われている。
「かつてこの地を襲ったのも悪魔という話が残っていますな」
「楽士という名の術士ですな」
 天岳虎叫(ec4516)の問いに陽燕和尚は遠い目で彼方を見やる。
「楽士が残したものは混乱と秩序の破壊でした‥‥人心は乱れ、残された武家の間で勢力争いが始まると、あとは誰も丹後を救う者は残されていませんでした。やがて疲弊した侍達に成り代わって盗賊たちが蔓延し、勢力を誇っていたアンデッドを止める者もいなくなりましたな‥‥」
 陽燕和尚は世情を嘆くというより回想にふけっている様子であった。
「村人たちは和尚を頼りにしていると聞く。和尚が川村とやらの正体が悪魔であると説得してくれれば我々としても動きやすな」
 茉莉花緋雨(eb3226)はそう言って肩をすくめる。丹後でアンデッドが活発に動き回っているのは事実である。緋雨としては悪魔までもがこの丹後の暗雲に関わっているのかと思うと怒りを通り越して驚きであった。
「悪魔は言葉巧みに人に取り入り、人々を破滅へと追い込んでいく‥‥この下級悪魔は典型的なものですな。やり方も目立つし、いかにも自信過剰で、村人たちの弱みにつけ込んで」
 陽燕和尚の言葉を聞きながらカンタータ・ドレッドノート(ea9455)はこの地に現れた天津神や国津神のことを考えていた。丹後に現れた神々は多少動きを見せてはいるものの、今のところどの方向を向いているのか分からないというのが実情だ。
「もっと民の方を向いてくれるといいんですが‥‥まあ今後に期待ですか〜。それよりも藩主の皆さんをどうするか、アンデッドをどうするか、盗賊たちをどうするか、ですが‥‥」
 カンタータは吐息する。これほどまでに荒廃した丹後を立て直すことが誰に出来るのだろうか。正直下級の悪魔くらい徘徊していても不思議は無いように思える。
「正直こうまで丹後が崩壊していようとはな‥‥下級悪魔一体などインドゥーラの魔神に比べれば比較のしようも無いが、ことの大小ではない、そこに助けを求める衆生がいるならば救い、悪魔は悪でしかないので放逐せねばなるまいな」
 アンドリー・フィルス(ec0129)がパラディンと聞いて陽燕和尚は驚いた様子である。仕える神は違っても、悪魔との戦いに身を投じるパラディンを陽燕和尚は頼もしく思うのだった。



「ふっふっふっ、村長よ、もう少しだ。もう少しでお前に私の力の一部を与えることが出来る」
 川村は村長の耳元に囁いていた。
「村人たちを説得し、この村を魔王に差し出すのだ。私が約束しよう。村の安泰と平和を約束しよう。私を迎え入れる準備を進めるのだ。村長よ、村人たちにも代償が必要だと説いてやるのだ。そうすれば村は永遠に救われると――」
 と、そこへ村人が飛び込んできた。
「村長様! 陽燕和尚様がやってこられました! 何でも都の冒険者を呼んでこられたとか! 川村さんのことで話があるんだと!」
 川村は首をひねった。冒険者? はて、そのような邪魔が入る隙は無かったはずだが。
 村長はかろうじて身を起こした。
「川村さん、陽燕和尚様が‥‥お話があると‥‥都から冒険者を呼んできなさった‥‥行かねば‥‥」
「村長、無理をするな。冒険者の話など聞いたところで無駄なことだ。どうせ奴らはこの私が悪魔だの何だと言いに来たのだ。奴らの口車に乗せられて、村の平和を手放したいか」
「川村さん‥‥行かねば‥‥行かねばならん‥‥陽燕和尚様が来られた‥‥」
 村長は半ば茫然自失としながらよろよろと歩いて出て行く。今の和尚は瀕死の重病人のように体力を失っているようであった。
 やれやれ‥‥。川村は吐息した。今一歩というところで邪魔が入ったのか。ようやくあの男を僕に出来ようかというところで‥‥。
 川村は立ち上がると、表に出た。



「村人たちよ、よく聞きなさい。川村が持っているあの白い玉が何なのか、お話しましょう」
 陽燕和尚は集まった村民を前に息を継いだ。
「あれは‥‥悪魔の術で生み出された悪魔の印。あの白い玉は村長の魂です。川村が施した術は悪魔の術。村長から代償として魂を奪い、そのために死人を退治して見せたのですよ。信じられないでしょうが、川村は人間ではありません。悪魔に属する魔物なのですよ」
 村人たちの間に衝撃が走る。あの男が魔物だって‥‥。
「悪魔はただで人助けするほどお人好しではない。その代償に魂を求め、代償を差し出せば最期に待っているのは死だ。口で説明することは難しいが、悪魔は魔法で生命力を奪うことが出来る。川村とやらが繰り返しているのは悪魔の魔法なのだ」
 緋雨の説得に村人たちは言葉を失った。
 悪魔‥‥。村人たちには馴染みの薄いその存在に、誰もが我が耳を疑っている。川村が悪魔?
「みなの衆、かつて、皇大神社復興の折、図面を持ち寄った村人らも同様に白き珠のような物を奪われ、体力を奪われ病に倒れ、後にその多くを失ったとの報告を見た。それも悪魔の仕業であったという話だ」
 そう言えばそんなこともあったな‥‥。俺たちは騙されたのかもしれない、もし川村が悪魔なら‥‥同じように俺たちの魂も奪うつもりなのかも知れない‥‥!
「幸い、徳の高い和尚がその企みに気付き、我らを呼寄せてくれたのだ。我らを信じよとは言わぬ。和尚を信じ、我らに力を貸してはくれぬか?
 天岳の説得に揺れる村人たち。
「でも実際川村は村を救ったじゃないか!」
「でも‥‥本当に悪魔だったら?」
 と、その時、村長と川村が村人たちの前に現れた。

「川村さん‥‥」
 ざわめき。
「何事だ? 私を悪魔呼ばわりする輩でも現れたか?」
「それは‥‥」
 そこで陽燕和尚がデティクトアンデットを唱える。
「やはりこの男が悪魔のようです」
「第六天魔王の僕ですか、大きく出たものですねえ」
 カンタータは村人たちを制して言った。
「うまく考えたつもりでしょうが、自分の術を見せびらかしては正体がばればれですよ」
 そこでカンタータはイリュージョンを唱えた。川村の手からデスハートンの白い玉が消えて、カンタータの手に玉が出現するように見せかけた。
「ぬっ!」
 川村は驚いた様子で自分の手元を見やる。
「アンドリーさん!」
 そこでグリフォンに乗ったアンドリーが上空からチャージングで川村目がけて突進した。ランスが川村の体を貫く。人間なら血が吹き出すところだが、川村は平然としていた。
「地獄で第六天魔王に告げるが良い。お前がこの世を犯さんと欲するならば阿修羅神とパラディンが黙ってはいないと、な」
 アンドリーはランスを抜いた。川村はがくっと膝をつく。
「見よ村長、この男を。生命を持たないこの男は肉体は不滅でもその真意は悪意に満ちている。最初からあなたの全てを奪うつもりなのだ。騙されてはいけない」
 緋雨は懸命に訴える。
「わ、わしは‥‥例え悪魔であろと何だろうと、この村の衆が救われるなら‥‥村を守ってくれる者の力が必要だったのじゃ‥‥例え悪魔であろうと、この村が救われるなら‥‥わしは喜んで魂を差し出した」
 それを聞いていた川村は高らかに笑声を発した。
「人は弱い、見るが良いこの男を、希望を失った人間は悪魔にでも喜んで魂を差し出すと言っている。私が救わなければ一体誰がこの村を救った? 神に何が出来た! 神など見物しているだけではないか! この世で人の救いとなるのは神の恵みではない、悪魔の力だ!」
「言いたいことは地獄の魔王にでも伝えるのだな」
 アンドリーはそう言って川村に連打を浴びせた。
「悪魔よ! 地獄へ帰れ!」
 アンドリーは圧倒的な攻撃力で川村に止めの一撃を加える。川村はアンドリーの一撃を受けて倒れた。
 そして――動かなくなった川村の肉体が変化し始める。川村の姿は美貌の青年から筋骨たくましい巨漢に変化した。
 人々はざわめいた。本当に‥‥悪魔だったんだ。
 川村の懐から転がり出た白い玉をカンタータが拾って村長に手渡す。村長はそれを飲み込んだ。すると、村長の体力が瞬く間に回復した。村長は元気になった。
 改めて状況を説明する陽燕和尚。
「すみません、ご迷惑をおかけしました‥‥本当に情けない、追い詰められていたとは言え、悪魔に魂を売り渡すとは」
 天岳は肩を落とす村長に歩み寄った。
「今、諸藩が連携し、丹後の平安を取戻そうと動いていると聞く。不審な者の手を借りるくらいならば、彼らに今一度救いを求めてはどうだ?」
「そうですね‥‥私が迂闊でした。噂では、舞鶴の藩主様も諸藩の大名と連携をとって丹後の危機に当たっているとか」
「救いを求める声には必ず手が差し伸べられるはずだ。陽燕和尚も力になってくれるだろうし、京都にも冒険者たちがいる」
 天岳の言葉を受けて、村人たちも村長を慰める。村を思う村長の気持ちはみんな分かっていた。ただ、悪魔の力がどれほど恐ろしいものか、みんな分かっていなかったのだ。
 と、カンタータがリュートを爪弾いた。メロディーに悪魔に打ち勝つ勇気を込めて、カンタータの歌声が響き渡るのだった。