関東動乱、下総攻略【其の三】

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 30 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月27日〜08月01日

リプレイ公開日:2008年08月06日

●オープニング

 関東の動乱は続いていた。春から六月にかけて関東全域で戦が勃発。
 伊達政宗は房総半島に兵を進め、武田信玄は小田原を攻略した。また西武蔵では八王子同心が暴れまわって猛威を振るっている。いずれにしても、源徳家康は後詰救援が行える状況になく、伊達政宗を中心とする反源徳陣営の有力大名たちはこれまで優勢に戦いを進めてきた。だが、京都での政局の変化が情勢に影響を及ぼしつつあった‥‥。

 房総半島、下総――。
 後藤信康を大将とする伊達軍二千は本佐倉城を中心に活動しており、下総の平定に尽力していた。
 信康麾下の家臣たちは勝って兜の尾を締めよと下総の平定に当たっており、下総の統治を完全なものにしようとしている。
 そんな折、江戸から噂が伝わってきて、家臣たちに動揺を広げていた。
 京都で政局を掌中に収めた藤豊秀吉が、政宗のもとへ使者を送ってきたと言うのである。
「家康との講和ですと?」
 家臣たちは信康が読み上げた文を聞いてざわめいた。関東の動乱を憂慮する秀吉は、政宗に源徳家康との講和を呼びかけてきた。西国で復活した魔物の軍勢や昨今何かと噂の耐えない悪魔の暗躍など、ジャパンを脅かす存在と戦う為には人間勢力の結集が必要だと説き、各陣営に和平を呼びかけようと言う気らしい。
「いかにも冒険者が喜びそうな話ですな」
 神皇を庇護下に置いた秀吉は、この機に乗じて諸大名の動きを封じ、一挙に天下の趨勢を手に入れようとの思惑も見え隠れする。秀吉は都を手中にしたが、畿内の勢力は平織の方が上という微妙な状況だ。
「馬鹿な! 家康などもはや死に体ではありませんか! この期に及んで家康を生き返らせるなど、考えられませぬ!」
「そうだ! 現に関東を統治している我々を無視して、家康との講和など、到底呑めませぬ!」
「例え秀吉が我らに配慮したとしても、それでは天下を秀吉に明け渡すようなもの。にわか天下取りになど従えませぬ!」
 家臣達は気炎を吐くが、相手は関白である。無碍にも出来ないから、政宗も信康に情報を伝えてきたのだ。
「もし京都の勅命として源徳との講和を申し渡してきたらどうするか。都に立てつけば我らは逆賊ぞ。家康は今も摂政なのだしな」
「名ばかりにござる。その摂政殿がいつまでも新田を討てず、都を安んずる事も出来なかったこそ、我らの今があるのでは無いか。もはや朝廷の命だけで天下が動かせる時ではござらぬ」
「秀吉は食えん男だな。どちらに転んでも自分は傷つかぬ。関東の動乱に直接関わっているわけではないのだからな」
「まさか今更江戸を家康に返せとは秀吉も言わぬでしょう。家康が摂政を辞め、武蔵から手を引くのであれば講和もあり得るとは存じますが‥‥」
 意見を戦わせる家臣たちを前に、信康は沈思の中にあった。いずれにしても近いうちに政宗公と秀吉の交渉がもたれる。信康は千葉伊達軍として意見を述べるのみ。必要なら江戸に出向くが、そのために下総平定を遅らせるわけには行かない。

 下総平定の最後の邪魔者になっているのが、かつての下総の領主であった千葉氏の残党である。主君の千葉常胤は伊達に降伏し、主だった武将も領地安堵されて今は政宗に臣従している。そんな中にあって、中次剛毅と言う千葉の侍が残党を率いてゲリラ戦を展開していた。これが中々の兵法者で、百名足らずの残党を率いて下総の各地に出没しては政宗への抵抗を呼びかけていた。折りしも秀吉の動向が伝わってきたところであり、その動きも活発になっていた。
 そこで信康は一計を案じることにする。罠を仕掛けるのだ。網の中に中次ら残党を誘い出し、まとめて包囲する。問題はどのような罠を仕掛けるかであったが‥‥。
 下総最後の戦いに信康は冒険者たちにも声をかける。これまで功績のあった冒険者たちを信康は買っていた。この戦いが終われば政宗に下総平定の報告が出来そうだ。下総攻略戦、最後の戦いが始まる。

●今回の参加者

 eb4890 イリアス・ラミュウズ(25歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb9090 ブレイズ・アドミラル(34歳・♂・侍・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb9659 伊勢 誠一(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

イヴァン・ウィッテ(ea0026)/ 元 馬祖(ec4154

●リプレイ本文

 本佐倉城――。
 後藤信康は入城してくる一団に目を向けていた。
 かつての下総領主、千葉常胤らである。これは冒険者たちの提案によるものであった。中次剛毅を誘い出す餌として、常胤を使おうという策だ。常胤は伊達に降伏し、今は支城に軟禁状態だった。伊達政宗の裁可は下っていないが、伊達の武将になってほしいと信康は説得しているところだった。
「常胤には素直に協力してもらえると良いがな」
 信康は冒険者たちの表情を伺った。
「是が非でも協力して貰う。俺には、仙台の塩釜港と下総の銚子港を海路で繋ぎ、武蔵・奥州・下総を一つの経済圏として確立して民の暮らしを豊かにする、という展望がある。無駄な血を流して千葉平定が遅れては困るのだ」
 そう言ったのはイリアス・ラミュウズ(eb4890)。
「大きな夢を持っているな。ならば励むが良い。政宗公こそ、そなたの展望を為し得る唯一の男だからな」
 信康にはイリアスのような柔軟な発想は無かったが、彼の主君ならば反対はすまいと思った。
「千葉氏の武将達の領地を安堵されたとか。伊達家は降将に寛大ですね」
 伊勢誠一(eb9659)の言葉に信康は少し考えてから答えた。
「関東者から見れば、我らは侵略者だ。武将達の領地を奪えば死ぬまで反抗してこよう。伊達家に従ってくれさえすれば良い」
 それは、江戸城奪取以来の伊達家の基本政策でもある。源徳方の武士であろうと降伏すれば重用したし、制度や政治は極力源徳時代のものを継承している。甘いやり方だと言って良い。形勢が伊達家に不利になれば裏切る者も多いだろう。
「中次剛毅のような者が出たのは致し方無いが、お主達が来てくれて心強いぞ。これが片付けば、下総も丸く収まるだろう」
 信康はそう言うと、冒険者たちを伴って千葉常胤を出迎えた。

 千葉常胤は信康と冒険者たちが入ってくると、軽くお辞儀した。イリアスには意味ありげな視線を送る常胤。常胤はイリアスとの一騎打ちに敗れてこの本佐倉城を明け渡したという経緯がある。
「このたびは何用ですかな」
「中次剛毅のことは聞き及んでいような」
 信康の言葉に顔を雲らせる常胤。困った様子で口を閉ざした。
「その中次剛毅様の件でお話がございます」
 宿奈芳純(eb5475)は常胤の説得を試みる。
「無論、反乱は鎮圧いたします。なれど、私達も殲滅は本意ではありません。抵抗をやめ、降伏すれば手厚く遇すると信康様も申しております、どうか中次様への説得にご協力頂けないでしょうか?」
「かの者はもはや千葉とは縁もゆかりもござらぬ。また、伊達に降伏した私の言葉に耳を傾けるとも思えませぬ故、協力はいたしかねる」
 実際には、中次が戦えるのは千葉氏の協力無しには考えられない。臣従した千葉氏の者達が陰で援助しているのは間違いのない所だが。
「常胤殿、今更家康に忠義立てする事も無いでしょう」
 伊勢は別の角度から説得を試みる。
「源徳信康の切腹騒動をご存じですか? 平織まで巻き込んだ奇矯極まる騒ぎにて、家康に判断力があれば起きなかった話です。先の小田原落城もしかり。嫡男、譜代の家臣とて救おうとせぬ家康は、君足らぬと私は思いますがね」
 小田原落城の噂は房総にも届いている。譜代が主家を捨て、藩主と家臣はバラバラになり、酷い戦だったらしい。
「貴公や中次ほどの忠臣を、こんな無駄な争いで死なせるのは惜しい。華の乱で刃向かった冒険者にも部隊を任せ、その才を見る伊達の下で、共に天下を動かす一翼となる夢を見てはくれませんかね」
「ふむぅ」
 常胤も降将としての立場は弁えている。しかし、いつ裏切るとも分からぬ自分や中次を配下にしようとは、伊達の懐柔政策は甘いながらに徹底している。
「しかし、中次も罠だと承知しておれば、簡単には姿を見せないでしょう。どうなさるおつもりか」
「そこは我々の計画を信頼してもらおう。常胤殿を江戸に護送されると情報を流すから、形としては中次をおびき出す餌になってもらう」
 イリアスの言葉に、常胤はじっと考えていたが、やがて静かに答えた。
「‥‥承知いたした」
「有り難い。家臣を罠に嵌める手伝い、常胤殿の胸中、察するにあまりある。この信康、決して忘れませぬぞ」
 こうして、常胤を囮として、中次を誘い出す計画が進められることになる。



 下総に流言を流すために磯城弥魁厳(eb5249)も一役買った。
 伊達忍軍黒脛巾組の一員となった磯城弥は信康から下総で活動する下忍を任せられ、下総各地に常胤が江戸に護送される噂を流した。
 磯城弥はこの戦でさらなる昇進を目指し、中次一派の潜伏先を突き止めようと張り切っていた。
「宿奈殿、疑わしい者は居らぬか?」
 リヴィールエネミーを使う宿奈に度々聞いたが、占領者である伊達に敵意を向ける者はまだまだ少なく無いので絞り込むのは骨が折れた。
「お主、組頭を目指しておるのか?」
 あまりに熱心なのを見て、信康が磯城弥に声をかける。
「わしはまだまだ井の中の蛙ならぬ河童じゃが、伊達家で働くからには、身を立てたいと思うてござる」
「もっともな事だ。お主なら働き次第で組頭も夢ではあるまい」
 磯城弥は頑張ったが、中次の根拠地を発見するには至らなかった。



 本佐倉城を百名の兵士を伴って冒険者たちが出発する。
 百人の内訳は、足軽五十、侍三十、騎馬隊二十の割合で、騎馬隊が前方を進み、侍隊は中衛で千葉常胤を護送、足軽隊が後方より進軍する。
 これはブレイズ・アドミラル(eb9090)の進言によるもので、ブレイズは中衛の侍隊の指揮を取っている。護送隊全体の指揮は伊勢が取った。
「さて、相手は乗ってくれるでしょうか」
 伊勢は馬上からブレイズに話しかける。
「どの道、千葉殿は江戸に移した方が良い。来なければ、また策を考えればいい」
「肝心の中次の人となりが分かりませんからねえ。罠だという事は分かると思いますが、その為に人数も調整しましたし。あまり上等な策とは言えないのですよ」
 伊勢の言葉にブレイズは無言で頷き、周囲を見渡した。地の利は敵にある。自分一人ならどうとでもなるが、常胤に万が一の事があれば負けなのだ。

 宿奈は時折テレスコープで広域探査を行っている。運が良ければゲリラの姿を発見することも出来るかもしれない。
 と、そこへ磯城弥が帰ってきた。
「ゲリラがこちらに向かっておるぞ」
「どちらですか? 私の魔法では見つかりませんでしたが‥‥」
「上手く隠れておるよ。忍者の目は誤魔化せぬがな」
 遠くが見える魔法でも、視界に入らないものは見えようがない。エックスレイビジョンと併用すれば木や壁の後ろも見えるが、透視は効果時間が短い。
「どうやら、こちらを包囲するつもりらしい」
「挟みうちにされると厄介だな。どこで仕掛けてくるか分かるか?」
「それを知らせに来たのよ」
「ではこちらも準備するとしよう」

 敵の接近が近い、その知らせが伝わると、侍達は円陣を組んで常胤が乗った籠を守るように展開する。
 宿奈は効果時間の切れたテレスコープをかけ直した。
「ブレイズさん、護衛をお願いできますか。こちらから先に動いてみようかと」
 宿奈はブレイズと足軽を伴って護送隊の列を離れ、長距離テレパシーを発動する。
「不躾ながら、中次剛毅様でしょうか」
 木陰に潜んでいた中次は頭に響く声に驚いたようである。
「私は後藤信康様麾下の陰陽師、宿奈芳純と申します。戦いになる前に、お話しておきたいことがあります」
 宿奈は努めて冷静な声で説得を試みる。まあ、姿の見えぬ襲撃者相手に、テレパシーで話しかける事自体が無茶だが。降伏すれば中次もその仲間も手厚く遇することを約束する。
「黙れ、陰陽師! 外道伊達の走狗の話など信じるに値せぬ!」
 待ち伏せを見破られたと知り、周囲に隠れていたゲリラ達の動きは慌ただしくなる。
「奇襲が失敗しても攻めてくるか」
 ブレイズは宿奈を連れて戻り、伊勢は護送隊に迎撃態勢を取らせる。
「千葉殿の事は?」
「まだ。私が話しても、信じてくれそうにありませんでしたので」
 伊勢は頷く。宿奈はテレパシーで説得を続ける気だ。
「常胤殿の事を中次に伝えて、彼にここに来るよう話して下さい」

 ゲリラ達が接近するのを見て、イリアスは駕籠の中の常胤に説得を頼んだ。
「常胤殿、中次一党に戦闘中止を命じて頂きたい」
 籠から出る常胤を、イリアスとブレイズが護衛する。護送隊に十分に近寄っていたゲリラ達は虜囚の筈の常胤が姿を現したので動揺した。

「――殿!」
 中次剛毅は常胤の姿を見て驚いた様子である。
「お救いに参りましたぞ。殿、今、伊達の走狗共を蹴散らして‥」
「止めよ中次!」
 意外な言葉に中次は動きを止めた。
「何と?」
「我々は敗れたのだ。お主以外の者は伊達の軍門に下り、信康殿は千葉氏の本領を安堵すると約束した」
「殿ともあろう方が、何を馬鹿な事を‥‥」
 激昂しかけた中次の前に、伊勢が進み出る。
「主家を思う貴公等の忠節感銘仕った。
 従来通りとはいかぬまでも、常胤殿を将として再び出直しませんか。貴公等の如き忠義の士、このまま朽ち果てさせるは惜しすぎる。共に天下を動かす一翼の士となりましょうぞ」
 中次の歯軋りが伊勢の耳まで聞こえる。
「殿は諦めていないのだと思っておりましたが‥‥最初から我々を誘い出す罠だったのですか」
「お主のような忠義者を持ち、わしは嬉しい。だが、お主が戦えば千葉の立場を危うくするのだ。心得てくれ」
「いや、殿が変心され、伊達に裁かれるのを黙って見ていられませんでした。あるいは殿を救い出し、我らの旗となって頂けるやも知れぬと‥‥」
「中次、わしはな‥‥」
 懇々と冒険者と常胤が説得を続ける。中次は簡単に翻意する人物ではなかったが、既に刀を振るう戦意は無かった。



 本佐倉城――。
「ようやく下総の平定がなりましたか」
 伊勢の言葉に一同安堵する。もし中次が落ちなければ、後味の悪い結末が待っていただろう。
「ご苦労であった。これまでの冒険者の活躍に、政宗公から感謝の念を込めて勲章が贈られるそうだ」
 信康はそう言って冒険者たちを家臣たちの前に連れ出した。
 家臣たちは下総平定の祝杯を上げていた。