丹後の物の怪たち

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月08日〜10月13日

リプレイ公開日:2008年10月12日

●オープニング

 丹後――。
 死人や盗賊の猛威に人々は晒されている。だが、今や不安定な地域は丹後だけではない。京都近郊に押し寄せた黄泉の軍勢は壊滅的な被害をもたらしたと言う話だし、イザナミが復活した西国は壊滅的な被害を受けたと言う。
 人の住まう領域は相次いで侵犯されつつある。丹後はここ数年死人が猛威を振るって混沌としていたが、今年に入って神々の名を名乗る精霊や魔物が出現し、混迷の度合いを深めていた。

「戦じゃあ!」
 丹後の小村を駆け抜けていく侍が一人、その後から狐の大群がついて来ている。
「戦じゃあ」と叫んで駆け抜けていく侍は、人々の目の前で宙返りすると、ボン! と煙とともに狐に変身した。化け狐だ。笑声を残して駆け抜けていく狐。
 別の村でも化け狐たちが出没し、戦の始まりを触れ回るという事件が発生していた。
 そんなある日‥‥。

 宮津藩――。
 狐の大群が宮津藩に押し寄せる。狐たちはあっという間に宮津藩を占拠し、中でも狐たちのリーダーである化け狐たちは人間の着物を着て堂々と村々を歩き回り、「ここは妖怪王国じゃあ!」などと言って人々を脅かしていた。
 化け狐たちが最初に訪れたのが籠神社である。籠神社には丹後の天津神がいる。
 狐の大行列が籠神社に入ってくる。まるで大名行列さながらである。着物を着た化け狐たちが仰々しく列を組んでやってくる。その中心に化け狐たちが担いでいる籠があった。籠は神社の前までやってくると恐れおののく人々を前に止まった。
 籠の扉が開いて、中から着物を着た狐顔の妖怪が姿を見せる。五本の尻尾を持つ妖狐である。狐たちがひれ伏す中、妖狐は堂々と神社に入ってくる。
「これはこれは‥‥」妖狐は目を細めて籠神社の天津神たちの前にやって来た。「噂に名高い丹後の天津神ですな。お噂はかねがね伺っておりますぞ天火明命殿」
「狐か」あの天火明命が意表を突かれた様子である。「我らに何か用か」
「ほっほっほ、天津神にしてわたくしの訪問の目的を察することが出来ぬと見えますな」
 天津神たちは顔を見合わせる。
「よろしい、では申し上げましょう。このたびの戦いにおいて、わたくしを始めとする者たちは大国主を敵とし、あなた様にお味方いたします」
「ほう‥‥」天火明命はおかしそうに妖狐を見つめる。「狐に何が出来る」
「お時間を頂ければ、我々と志を同じくする者たちを集めることも出来ましょう。あなた様には、我らの旗手となって頂きたいと存じます」
「面白いことを言う奴だ。ならばやってみせよ」
「ほっほっほっ、お楽しみに」
 妖狐はそう言うと引き下がり、次に宮津城下へ向かう。

 宮津藩主立花鉄州斎は天津神ほどに冷静ではいられなかった。藩を埋め尽くす狐たちの首領が現れたと聞いて、家臣に武装させたほどである。
 だが妖狐は落ち着いていた。狐たちを率いて話し合いを求める。
「狐が話し合いなど‥‥信じられん」鉄州斎はうめいた。「もっとも死人王国よりは妖怪王国の方がましか‥‥」
 話し合いに応じた鉄州斎、藩邸に妖狐たちを通してあいまみえる。
「宮津藩主様にお尋ね申します。亡者の群れに大国主と、二つの脅威を抱えるあなた様は、仮に我ら物の怪が味方すると申したならばどうされますか」
「大国主と戦うと言うのか?」
「左様です」
 妖狐の申し出に鉄州斎は唖然とする。
「無論わたくしたちもただでとは申しません。大国主を倒した暁には、丹後に我らの王国を築きたいと考えております。打倒大国主を目指して、同盟といきませんか」
 妖狐がどこまで本気なのかは分からない。何しろ相手は物の怪の大将だ。噂では籠神社の天津神にも妖怪王国建設の誘いを持ちかけたというが‥‥。
「信じられないのも無理は無いでしょうな。ですが、もはや人と神々の境界も消えつつある今、わたくしの提案は重大ですぞ」
 妖狐はことさらに人間らしく交渉を持ちかけてきた。
「良い返事を期待しておりますぞ、では、お心が固まったら狐にお知らせ下さい。回答を伺いに参りますゆえ‥‥ほっほっほっ」
 そう言って妖狐は狐の大群を残して去っていったのである。
 こうして、自失の時間から立ち直った鉄州斎は、妖怪相手の専門家である冒険者たちに依頼を出したのであった。

●今回の参加者

 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb2975 陽 小娘(37歳・♀・武道家・パラ・華仙教大国)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb9091 ボルカノ・アドミラル(34歳・♂・侍・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

ソペリエ・メハイエ(ec5570

●リプレイ本文

 宮津藩邸――。
「宮津藩との同盟を進めようとしていたら妖狐との同盟など、冗談ではありませんぞ」
 ボルカノ・アドミラル(eb9091)は語気を強める。
 藩主の立花鉄州斎は慌ててボルカノをなだめる。
「まあ落ち着かれよ。所詮は物の怪の言葉。私が平織との同盟を破棄してまで妖怪との同盟を考えるとでも?」
「では、鉄州斎様におかれては、妖怪たちに何と返答なさるおつもりか」
「平織家との同盟関係を考えれば、妖狐との同盟は考えられませぬ。ただ、何と回答してあの物の怪たちを引き上げさせたものか‥‥相手は籠神社の天津神とも浅からぬ関係を持っている様子です。天火明命様の性格はご存じないかもしれませんが、何と言うか、こう、突飛なことを申されることがありましてな‥‥本気とも冗談とも取れることですが。今のところ妖怪たちの主になるつもりは無いようですが‥‥。いずれにしてもあの妖狐、天津神のもとに反大国主陣営の者たちを結集させると言うのは、丹後に住まう我らにとっては無関係ではいられないでしょう」
「ふむ‥‥妖怪を退けることは出来ぬ、と言って物の怪たちを怒らせるわけにもいかぬ、か」
 ボルカノは鉄州斎の言葉を聞いてひとまず落ち着いた。同盟といえば源徳との同盟の際、平織は思わぬ事態で破談となった経緯がある。ボルカノは妖狐の真意を確かめるまでは物の怪との同盟には慎重であった。妖狐が唱える妖怪王国と平織家が唱える天下布武は到底相容れるものではなかったのだ。平織との同盟を進めたい鉄州斎は当然ボルカノの意見を尊重するところだが、いずれにしても相手あっての交渉である。たとえ相手が物の怪であっても、交渉の行方は妖狐がどう出るかにも掛かってくるだろう。
「恐らく天津神の存在を気にしてのこともあるのでしょうが‥‥」
 ベアータ・レジーネス(eb1422)は口を開いた。
「妖怪たちは妖怪たちなりの事情で人間たちに潰れて欲しくない、つまり大国主に追い詰められつつある藩主たちを助けるつもりで同盟話を持ちかけてきたと思われます」
「ふむ」
 鉄州斎は頷いてみせる。
「ですから、妖狐の話はまるきり方便と言うわけでもありますまい。ただ、同盟を結ぶには制限付きの方が望ましいでしょうね」
「さすがに妖怪王国は対外的にも拙い。人間に友好的だとしても所詮は物の怪、妖怪と手を結んだとあれば、都や大藩の討伐対象になるかも知れませぬ」
 ボルカノがベアータの言葉を捕捉する。ベアータは頷きつつ言葉を紡いだ。
「ボルカノさんのおっしゃることはもっともです。ただ、肝心の平織との同盟は今のところ正式に申し入れをしたわけではないですし、平織から回答を頂いたわけでもありませんので、ひとまずここで妖狐との妥協点を探っておく必要があるでしょう」
 チサト・ミョウオウイン(eb3601)も同盟には賛成であったが、条件付というのが前提であった。
「妖狐にはその時に言うつもりですが、丹後の領民の安寧が約束されなければ同盟は結べません。逆に言えば、こちらの条件を妖狐が呑めば同盟は可能だと思います」
「ふむ、だがチサト殿、平織との同盟を進めている中で実際妖怪との同盟は体裁が悪いと思うが」
 鉄州斎が問うとチサトは、
「平織家は紛れもなく畿内有数の大藩ですが、仮設村の現状を見てもお分かりの通り、その統治はまだ成ったばかりで磐石とは言えません。現場の実情としてはそう思うのです。いかにお市様がお心を砕かれても、ただ頼るだけではその負担も増すばかり。平織家からの援助が必要な状況であればこそ、都の喉下である丹後の不確定要素の一勢力だけでも押さえ、お市様の負担を軽減することも必要だと思うのです」
「なるほど、一理ありますな‥‥ボルカノ殿はいかがですか」
「まあ、物の怪たちがどう動くか分からぬ以上、その動きを抑える必要はあるでしょう。そのためにも、妖狐をうまく説得できれば良いのですが」
「そうですな」
 鉄州斎は家臣に伝えると、化け狐を呼びにやった。
 すると小柄な三尾の化け狐がやってきた。きちんと着物を着ている。
「お話がまとまりましたかな」
 狐は言った。
「まとまった。妖狐殿にお伝え願おう」
「結構です。ではしばらくお待ち下さい」
 そう言うと狐は目をつむった。何かを念じているようである。
 しばらくすると、外が騒がしくなってきた。侍が駆け込んでくる。
「殿! 狐の行列がやってきましたぞ!」
「来たか。構わぬ。狐の首領をここまで通せ」
 鉄州斎は吐息して冒険者たちを見やる。
「いよいよ大将のお出ましですぞ」
 彼らが待っていると、狐の一団が仰々しく現れた。五本の尻尾を持つ妖狐を先頭に、着物を着た化け狐たちがやってくる。狐たちは整然と列を成して進んでくると、鉄州斎と冒険者たちの前に正座した。
 と、巨人並の体格を持つ四尾の化け狐が声を張り上げた。
「天狐様、大空狐様の近侍にして我らが主、白狐様のおなりである!」
 白狐と呼ばれた五尾の妖狐はその名の通り雪のような白毛をしていた。変身しているので毛が生えているのは狐顔の頭部だけだが。
 白狐は目をすうっと細めると、口もとに笑みらしきものをたたえた。
「答えが出たようですな。まずはそちらの条件を伺いましょうか」
 いざ物の怪を前にして、冒険者たちに緊張の色が見える。ベアータやチサトなどは白狐と聞いて驚いた様子である。白狐といえばれっきとした稲荷神の眷属である、まして天狐や空狐の使いといえば妖怪どころか狐の神だ。
「ここはさ、丹後と手を組んだ方がいいと思うの! 神社で祀られればお供えいっぱいもらえるし! おいしいおいなりさん食べたいでしょ?」
 同盟賛成派の陽小娘(eb2975)はそう言ってから付け加えた。
「ただし、神様だからって悪さしたらただじゃすまないよ! そこんとこ、みんなから言いたいことがあるから!」
 小娘はあくまで狐として言ったのだが、白狐は以外に感銘を受けた様子である。
「ほう‥‥我らを神として祀ると申すか」
「私は平織家の侍だ。その立場で言わせて貰えば、妖怪との同盟は慎重にならざるを得ない。天下布武を目指す我らにとって、妖怪たちの同盟は大儀を失う恐れが高い。最低条件として天津神様がそちらの旗手になり、妖怪も人の法に準じる裁きを持ち、我らが神皇陛下を奉じるように物の怪たちも陛下を奉じる、それくらいの姿勢がなくては、昨今の情勢を鑑みて、都の反感を買い、討伐の対象になる可能性が高い」
 狐たちは何やらくすくす笑っている。だが一人、四尾の狐が語気を荒げた。
「神皇家は我らに尽くしても尽くせぬ借りがあるはずだ! 頭を下げるのはそちらであろう!」
「これ、よさぬか」
 白狐はそう言って四尾の狐をたしなめる。
「平織家の事情は承知しておりますぞ。天下布武の妨げとなるなら結構、同盟は無理にとは申しませぬ。我らは人と戦いに来たわけではありませぬ。狐たちは引き上げさせましょう」
「ふむ‥‥」
「白狐様と言われましたが‥‥」チサトは口を開く。「この地にはすでに人々の守部たる誓いをし、守護神と祀られる方が居ます。あなた方も同様に人々の守部となって下さるなら、お稲荷様として祀り、お供えを欠かさぬ様にしたいと思ってます」
「天狐様、大空狐様が喜びそうな話よの。だが平織の件は何とする」
「狐はともかく、白狐様はどうお考えですか。あなたは大国主と戦うと申されました」
「唯々諾々と従うのでなければ大国主と天津神の戦いは起きましょう。無関心を装うのでなければどちらかに付かねばなりますまい。もっとも、丹後には解決すべきことが多い。殊に黄泉の軍勢は人間だけの問題でもなくなってきた。イザナミの件もありますしな」
 白狐は相当に事情通のようだ。あるいは単に勢力拡大を狙っての同盟ではないかも知れない。
「何が起こってもおかしくないのが丹後の現状です‥‥」
 ベアータは一つの提案を持ち出した。
1:人間と妖怪双方を尊重し相互不可侵とする。期間は一か月。
2:一月毎に双方の状況変化を加味した話し合いを行い、同盟に向けてさらに話を進めるか、そのつど話し合い異存なければ相互不可侵期間を更新する。
3:今後の話し合いには平織家等他家の者達の意見も取り入れ判断する。
「というのは如何でしょうか?」
「平織家が話し合いに応じるのか疑問ですが、我々に依存はありませぬ。相互不可侵を保つというならそれも一つの方法でしょう。ですが良いのですか、そなたは」
 白狐はボルカノに問うた。
「そちらが丹後に留まるなら不可侵条約しかないでしょう。あるいはチサトさんのおっしゃるように、稲荷としての天津神様、都の守護者として祀るので有れば、誓いとして天津神様、宮様に法を捧げる神前法案を行うという方法もあります」
「なるほど、その辺りの都合はそちらの良いようにして下されば結構です。不可侵も結構ですが、お互いにとって最良の選択をしようではありませんか」
「白狐様などはともかく、他の妖怪たちも人と同様の制約、刑罰の中で共生できますか」
「狐は普段野山で生活しております、彼らにはひとまず帰るように言いましょう」
 白狐はそう言ってチサトの懸念を払拭した。どうやら白狐の方で人との線引きは行うようだ。
「現状では相互不可侵、神前法案を執り行い、ひとまず狐たちは引き上げると言ったところか」
 鉄州斎の言葉に白狐は頷いた。
「そうですな。平織の件がある以上危険は避けたい。我らもひとまず山へ戻ります」

 ‥‥そうして籠神社で神前法案が執り行われた後で、妖狐たちは引き上げていった。
 また約束どおり城下町の一角にお稲荷さんが祀られた。
 町の人と一緒に稲荷寿司やお味噌汁をお供えする小娘。
 狐たちが去って人々はやれやれと言った風である。
 妖狐が稲荷神の眷属である白狐であったことが人々の噂を呼んだ。
 お稲荷さんの前には稲荷寿司が山と積まれていた。