東桜屋の前開店

■ショートシナリオ


担当:安原太一

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月27日〜11月01日

リプレイ公開日:2008年11月02日

●オープニング

 京都に桜屋という名のショップがあった。それほど大きな店ではないが、主の翁は堅実な商売を続けてきて、桜屋から暖簾分けして生まれた店も二、三軒あった。
 その男が桜屋に入ってきたのは今年の初め。一月のことであった。名を権太と言い、聞けば最近まで金貸しから追われる身であったという。この権太、妻子もあって、金貸しの二宮銀之助から追われる羽目になったのだが、すったもんだの末に冒険者に救われたと言う経緯を持っていた。
 権太が桜屋に辿りついた経緯は省こう。とにかくも桜屋の翁は権太の熱意に負けて、特別な計らいで雇うことにした。翁は後で知ったことだが、権太は借金の返済のために何としても仕事が必要なのだった。それまで賭博にのめりこんでいた権太が、生まれ変わったように働いた。全ては家族のため、娘のために、権太は身をこなしにして働いた。桜屋の使用人たちも最初はどこまで出来るか疑心暗鬼であったが、熱心な権太の姿に徐々に打ち解けていった。
 やがて権太は翁の計らいで手代職に付くと、これがまたよく売った。名を秋山左右吉と改めると、桜屋のトップセールスを張るまでに瞬く間に成功の階段を駆け上がった。今年始めの惨めな男は、拾ってもらった桜屋でようやく恩返しをした。桜屋で成功を収めた左右吉は、ようやく家族の信頼を取り戻したのであった。
 そして先月、番頭を任され名を宗助と改めたばかりの左右吉は、翁から暖簾分けの話を持ちかけられた。
「お前さんもいい年だ、家族もあるし、桜屋始まって以来の異例の早さではあるが、特別に暖簾分けを認めてやっても良いが、どうだ?」
 翁が持ちかけてくれた話に、宗助はただひたすら頭が上がらなかった。
「まあ一つやってみろ、宗助、都は大変な時期だが、お前さんならやっていけるだろう」
「はい‥‥はい‥‥」
 こうして宗助は、桜屋から独立することになった。

 左京区の一角に東桜屋として店を構えることになった宗助は、今年始めのことを思い出していた。思えばあの時、九死に一生を救われた人たちに、借りを返さなくてはならないのではないか‥‥。
 そうして、冒険者ギルドの門を叩いた宗助は、ギルドの手代のもとへやって来た。かくかくしかじかと用件を話す宗助。
「今年の初め、私はこちらの方々に九死に一生を救われました‥‥。今度左京区の界隈に東桜屋を構えることになりまして‥‥本格的な開店はまだですが、特別なお客様だけをお招きして前開店を行います。依頼と言う形式上、冒険者のみなさんには東桜屋の前開店のお手伝いという名目で集まっていただきたいと思いますが‥‥その機会にぜひ私からもお礼を申し上げたいと思いますし、前開店を楽しんで頂ければと思うのですが‥‥」
 変わった依頼だと思ったが、まあお祭りや祝い事と聞いて集まる連中もいるだろう。手代は東桜屋の主となった宗助からの依頼を張り出した。

●今回の参加者

 eb3367 酒井 貴次(22歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 ec5751 真島 彦佐(29歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 酒井貴次(eb3367)と宿奈芳純(eb5475)は昔話に花を咲かせながら東桜屋へ左京区の界隈を歩いていた。
「しかしあの権太さん、ああ、今は秋山宗助さんでしたな‥‥変われば変わるものですねえ。まさかここまで辿りつかれるとは‥‥正直意外ですな」
「懐かしいですねえ‥‥あの時の権太さんはどん底にあったわけですが‥‥」
 貴次にこの一年の宗助がどうであったか想像はつかない。あそこから這い上がってくるには相当に苦労したであろうが‥‥。
「人はその気になればどこからでもやり直せると言うことでしょうか‥‥いや、権太さんの場合はまさに奇跡ですな」
「そ、そうですよねえ?」
「私も商売を少しかじったことはありますが、たった一年で独立するとは‥‥あの権太さんにそんな商才があったとは。いや、驚きですな」
「ほんと、驚かされますよねえ。一体どんな風に変わってるんでしょうか権太さん‥‥」
「と、話しているうちに、どうやら着いたようですな。ここですか‥‥東桜屋」
 宿奈と貴次は見上げた。「桜」と書かれた暖簾が印象的だ。店先には一人の娘さんが立っている。
「おや‥‥これは」
 宿奈と貴次は娘に近付いた。
「いらっしゃいませ」
 娘はぺこっとお辞儀する。
「竜さんではありませんか」
「え?」
「権太‥‥ではなく、秋山宗助さんの依頼でお訪ねしました。冒険者ですが‥‥」
「ああ‥‥あ? まさか‥‥あの時の方々ではありませんか? 私達家族が追われていた時の‥‥」
「いえ、そうですね、昔お世話になったものですよ」
「宿奈様と酒井様‥‥でしたか?」
「竜さんもお元気そうで何よりです」
「まあ‥‥こんなことって‥‥さあさあ、どうぞ、入ってください。父を呼んできますから」
 竜の案内で二人は店の中に入った。ほう‥‥と二人は店内を見渡す。店内はお客ですっかり賑わっていた。
 そこへ、あの権太――だった男がやってきた。秋山宗助だ。
 宿奈も貴次も見違えた。宗助に権太時代の面影はない。あの時瀕死だった権太は、今や立派な商人に変貌していた。
「いや、まさか本当に再会できるとは思いませんでした‥‥宿奈様、酒井様、お懐かしゅうございます」
 宗助は深々とお辞儀する。
「宗助さん、今は昔話はよしましょう。他のお客様の手前もありますしね」
「宗助さんがお元気そうで何よりですよ〜(にぱっ)」
 宿奈と貴次はひとしきり宗助との挨拶を終えると、開店の手伝いに向かうことにする。
「せっかく依頼を受けて来たわけですからね」
「いや‥‥そうですか。本当は特別なお客様としてお迎えすべきところですが‥‥」
 お礼がしたいと言う宗助だったが、宿奈は他のお客がいなくなった後でもてなしを受けると言った。
「せっかくの前開店、まあ私達も楽しませてもらいますよ」
 宿奈と貴次はいったん宗助と別れると、店内に向かった。

 冒険をしていると中々こういう機会もないものだ。貴次は店内の祝賀ムードに浸っていた。最近は人外の脅威が迫っていて京都も何かと物騒な噂が絶えないが、みな買い物を楽しんでいた。貴次も店内を色々回って品物を見て回った。
 貴次が品物を手に取ると、竜が話し掛けてきた。
「酒井様、一ついかがですか。今日は特別なお値段で提供しておりますの」
「へえ‥‥」
 が、貴次は値段を聞いてびっくりした。
「おお、結構良い値じゃないですか。僕にはちょっと無理ですねえ‥‥」
「あ‥‥それではこちらの小物などはどうですか」
「あ、いやいや、別に買い物しに来たわけじゃないので‥‥」
「そうでしたね」
 笑みを浮かべる竜。昔を思い出して貴次は少し嬉しくなった。
「そうだ、ちょっと占いでもやってみましょうか。こう見えて陰陽師なんですよ」
「まあ、そうですの」
 貴次は店内を回って吉凶を占ってみる。もっとも前開店の祝賀ムードに水を差すつもりは無かったので、貴次は「吉」と出た、言って竜を安心させていた。

 宿奈は宗助の許可を得て、大々的にお客達に声を駆けていた。都きっての陰陽師の占いと聞いて、お客達も関心をそそられたようである。
「‥‥最近都は物騒でしょう? 噂じゃ恐ろしい魔物が近くまで来ているとか‥‥聞けば都の中に黄泉人が入り込んでいたっていうじゃありませんか。一体京都はどうなってしまうんでしょう」
「不安はみなが抱いております。ここ数年の京都は災難続きでしたからな。ですが、私達は常に生きる望みを失ってはいけません。暗い陰のあるところ、魔物が付け入る隙も出来ましょう。希望は常にあります」
 占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦、宿奈はお客達の不安をせめて忘れてもらおうと努力する。
「魔物たちはすぐそこ出まで来ているそうですわ‥‥関白様や周辺の藩主様は魔物をどうにか出来るんでしょうか‥‥そのうち魔物がここまでやってきて、と考えると眠れません」
「関白様は手を打っておいでです。あなたが心配するようなことは起こりません。魔物は必ずや撃退されるでしょう。都に平穏な日々が戻ってくるのもそう遠いことではありません‥‥」

 そうして、日も落ちてお客達も帰っていった。
 真島彦佐(ec5751)がやってきたのはそんな時である。
「やや、すでにお二方はおいでであったか、秋山宗助殿の招きと聞いて、すっかり酒宴の席かと思っておりましたが」
 宗助は真島を快く出迎える。
「いや、真島様、全然構いません。どうぞどうぞ‥‥」
 宿奈と貴次は店の片付けまで手伝っていた。宗助の奥方であるさちは気遣わしそうであった。
「すいませんね‥‥宗助はお礼がしたいだけでしたのに」
「いや、お礼を申し上げるのはこちらです。前開店を楽しませてもらいましたよ」
「宗助さんの立派な姿を見て一安心しました」
 宿奈と貴次の言葉にさちはただただ恐縮するばかりである。昔の恩はそう簡単には忘れられるものではない。何と言っても宿奈や貴次は宗助一家の窮地を奇跡的に救った冒険者達である。
「‥‥そろそろ落ち着きましたかな」
 店員達も帰って片付けも済んだころ、宗助は冒険者達を奥に招きいれた。
 宗助はまず宿奈に切り出した。
「宿奈様には何と言っても借りがございます」
 そう言って、宗助は包みを差し出す。
「これは?」
「宿奈様からお借りした七十五両です、すでに一年近く返済してきたわけですが、利息込みでいかがでしょう」
「ああ‥‥」
 宗助は宿奈からお金を借りていた。もう一人当時の依頼に参加した冒険者ライル・フォレストと合わせて、宗助は冒険者達に百五十両という大金の借金を肩代わりしてもらったという経緯がある。
「これは受け取れません」
 宿奈は固辞した。
「受け取れない? なぜですか」
「今だから申し上げますが、当時のライルさんの計らいで、私達に返済する予定のお金は、さちさんが竜さんの将来のために貯めておくということになっています。ですから私達は一銭もお金を受け取っていないのです」
「何ですと? それは本当か?」
 宗助はさちに問うた。さちは今だから話すが、と宿奈の答えを肯定する。
「そうでしたか‥‥ですが、もはやその必要もないでしょう。どうか受け取って下さい」
「宗助さん、あなたはここまで立派になられた。私にとってはそれで十分借りは返してもらったと思っております。何より、もう一人のライルさんがいない今、私だけが返済を受けるわけにもいきませんし」
「ですが‥‥」
「成功されたといってもまだまだ何かと物入りでしょう。私達が肩代わりした分は、竜さんのためにお使い下さい。私達への借りなどお気になさらずに」
 宗助は言葉が無かった。宿奈の言葉に平伏する宗助。ライルとの約束を勝手に反故にするわけにもいかないし、宿奈自身は当時貸したお金が返ってくるなどと思っていない。何より冒険者もあこぎな商売だ、宿奈としても平伏する宗助に苦笑するしかない。
「まあ何やら事情がおありのようだが、せっかく積もる話もあるというのに、どうですかな一献。宗助殿が辛くも生還した話、拙者は大いに興味がありますな」
 真島はそう言って持ち込んだ大量の酒を持ち出す。
 それからは昔話に花が咲いた。権太時代に金貸しから追われる羽目に陥った宗助と、それを救い出した冒険者達の奇跡的なストーリー。
 さちの手料理に舌鼓を撃ちながら、冒険者達と宗助は酒を酌み交わした。
「‥‥桜屋に入ってからは、父は見違えるようになりました」
 竜は貴次に酒を注ぎながら桜屋時代の話を聞かせる。賭博と縁を切った権太――宗助は、それから仕事一本に打ち込んだという。九死に一生を得て、さすがの宗助も自分自身の生き方を見直したらしい。
「正直今でも信じられないんです。あんな風だった父が、ここまで頑張るなんて」
 宿奈も貴次もしんみりした様子で酒を飲む。中々騒ぐ雰囲気でもないようだ。
「全てはあの時私どもを救って下さった冒険者の方々のおかげ。あの時が無かったら‥‥そう思うと空恐ろしくなりますな」
 宗助のことばに冒険者達は苦笑する。
「良いときも悪い時も、さちや竜は私を支えていてくれたのだと、今では二人に感謝していますが」
「竜さんの将来もそうですが、これからが、宗助さん達の人生です。貴方がたが幸せになるかどうかは宗助さんにかかっていますよ。宗助さん、貴方が手に入れた『今』が、今後も幸せであるよう、一人の冒険者としてお祈り申し上げておりますよ」
 宿奈はそう言って酒を飲み干した。
「僕は宗助さんにお礼を言いたいです。諦めずに努力していくことの大切さを教えてもらったから。僅かでも関わった自分としては努力が報われて良かったと思いますし、竜さん、さちさん、ご家族みんなで平穏に暮らしていければ良いですね」
 貴次の言葉に真島はぴしゃりと足を打った。
「いや、まこと人の世は奇縁ですなあ」
 真島はそう言って笑った。そうして夜も更けていく。
 宗助らとの再会を果たした宿奈と貴次は、平穏無事な一家の姿にほっとしたものである。