【源徳大遠征】安祥神皇、家康に呼び掛ける
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■ショートシナリオ
担当:安原太一
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 91 C
参加人数:3人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月01日〜11月10日
リプレイ公開日:2008年11月06日
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●オープニング
三河、岡崎城――。
源徳家康を前に、主だった家臣が揃っていた。
「聞け、多くは語らぬ。もはやわしの道は一つ。伊達を討つ」
家康の言葉に家臣は戦慄を覚えた。江戸を奪われて一年半、いよいよこの時が来た。
三河を出て、関東に攻め上る。
その為に屈辱的な平織との和議を成し、藤豊の面子を潰しても伊達との講和を一蹴した。
「江戸を取り戻すまで、三河には戻らぬぞ。皆の者も左様に心得よ」
家康の支配地である三河遠江から武蔵までの道のりは長く、険しい。
江戸奪還はすなわち、伊達だけでなく政宗と共に家康を裏切った甲信相の武田、越後の上杉、それに上州の新田と戦うことだ。一度は上州の地にて家康が敗れた相手である。
現在の関東は群雄割拠、家康が健在の間は動かなかった駿河の北条、房総の里見なども独自の動きを見せていて油断がならない。 家康はこれらの勢力に密書を出し、和か戦かを問うていた。実質的な恫喝。この慎重すぎるほど慎重な男には似つかわしくない強引さである。
「江戸までの道のり、困難であるが、源徳を阻む者は、何者であろうと容赦はせぬ」
既に遠江を後詰とし、主力となる三河兵と関東から落ち延びた源徳兵総勢四千は岡崎城に集結していた。
準備は整い、ここに源徳大遠征の火蓋は遂に切って落とされるのである。
ところ変わって京都御所――。
秀吉の外交が失敗し、叔父の家康が伊達政宗との対決姿勢を鮮明にしたことは、安祥神皇の心に暗い影を落としたと言われる。再び関東で戦が始まるのではないかという声が御所でも聞こえ、神皇は内裏の奥に姿を消した。
「おいたわしいことじゃ‥‥無理も無い、陛下は関白の和平工作に望みをつないでおられた。よもや摂政殿がこの期に及んで政宗と戦うなどと言い出すとは、陛下もさぞや辛いであろうな‥‥」
公家たちは噂し合った。戦の話を聞いて心労がたたり、またもや陛下は臥せってしまわれた‥‥おいたわしい‥‥。
そして、ついに三河で家康が大軍を集結させたという知らせが都に届いたのは神無月も終わりに近付いた頃である。
「何ということじゃ‥‥家康は本当に兵を挙げおったぞ‥‥!」
「あの男‥‥関東を火の海にする気か‥‥イザナミが都まで迫っておると言うに‥‥正気の沙汰ではない」
主不在の御所で公家たちは家康の正気を疑った。むしろ遅すぎた程であり、武門の長としてはある意味必然だったが、公家達には武家の戦好きは理解の外である。
と、そこへ姿を見せたのが、安祥神皇であった。
「陛下‥‥」
公家たちは言葉を失った。
「話は聞いておる、叔父が三河で兵を挙げたと」
神皇の表情は平静そのもので、口調は静かであった。
「もはや一刻の猶予もならん。急ぎ秀吉を呼べ」
神皇はそれだけ言うと、本来いるべき内裏の席に身を置いた。
程なくして‥‥。
「‥‥秀吉、まかりこしましてございます」
「逃げたと言う噂を聞いたが、息災のようじゃの」
神皇の口から発せられた言葉が冗談か否か、秀吉も判断に困った。と、神皇は笑った。
「冗談じゃ」
それだけ言って、安祥神皇は再び真剣な表情に戻る。
「話は聞いておるな、叔父のこと」
「は‥‥この秀吉、一生の不覚にございます」
「関白の責ではない。叔父は伊達政宗に何の手も打てなんだ朝廷を見限られたのだろうか」
京都は政宗を無視しただけで、積極的な介入は何もしなかった。安祥は少年ながら自責を感じている。秀吉は恐れ入るしかない。
「神皇様想いの源徳殿なれど、此度ばかりは‥‥摂政と官位を剥奪し、恐れながら世を乱す謀反人とせねばならぬかもしれませぬ」
「‥‥戦を止めることは出来ないだろうか」
安祥の顔色は悪い。
「まさか源徳殿も、今更後には退けぬと思われまするが」
「余とそなたとの間には通じるものがある。叔父を説得する最後の機会となろう」
安祥は自ら三河に赴くつもりだったが、秀吉は命を張って止めた。しかし、戦を止めると言って聞かぬ安祥の為に、なかば苦し紛れかもしれないが、それでは冒険者を派遣すると請け負う。
すでに一度失敗している。
その時よりも状況は悪い。いや、四千の兵を動かした家康に、僅かな冒険者が何の役に立つだろうか。
返って事態を悪化させる危惧すらある。
関東大戦の開戦前夜。
果たして戦を止める事は出来るのか。
どんな方法で? どのようにして家康に近づく?
不可能に近い秘密依頼が冒険者ギルドに持ち込まれた。
●リプレイ本文
最初に三河に到着したのは宿奈芳純(eb5475)であった。
あるいは門前ばらいを食うかと思った宿奈であったが、安祥神皇から預かった停戦の親書を見せると、
「こちらで御休みください」
遠征直前にて慌ただしい中だったが、待つほどもなく家康との対面がなった。
事前に宝手拭で顔を拭っておく。
大広間に案内され、宿奈は上座にすわり、家康は下座にて頭をさげた。神皇の勅使となれば、官位身分を問わず、その場の立場は上である。が、本気で恐れ入っているかは分からない。
宿奈は低頭する家康の気迫に気圧される自分を感じた。ぐっと自分を抑えて、
「依頼にてまかり越しました陰陽師の宿奈芳純。家康公、火急の願いを聞き届けて感謝に堪えませぬ。こちらが陛下よりのご親書でございます」
万事たおやかな宿奈は勅使と言っても話しぶりは常と変わらない。家康は恭しく親書を受け取った。
家康は時間をかけて親書に目を通した。
その間、宿奈は思案した。この男に停戦が通じるとは思えない‥‥。
「陛下の御言葉なれど、停戦には応じられぬ」
返答は短い。弁明も無く、淡々としていた。
家康の言葉は静かで、感情の揺れは見えない。宿奈は困った。が、停戦を断られるのは予測の範囲内だ。
ここからが腕の見せ所と宿奈は腹に力を入れ、居住まいを正して家康と対峙した。
「さすが、神皇陛下の摂政を務められ武門の誉れ高き源徳家康様でございます。左様に仰られる事は覚悟しておりました」
「そうか」
「は‥‥」
「お役目大儀でござった。返書を書くゆえ、暫くお待ちあれ」
家康の口調は事務的だ。宿奈は戸惑った。常の家康ならばもう少し使者に気遣いを向けるように思う。遠征前に余裕が無いのか、それともこの態度は拒絶か。
「恐れながら申し上げます」
呼吸を整える。
「源徳家が大遠征を行う遠因の一つに冒険者の動きがあった事は否定致しません」
「何のことか?」
家康は不審に思ったが、宿奈は続けた。
「元凶と言われても返す言葉はございませぬ。本来ならば、こうして御前に出ることさえ憚られる身ではございますが、お願いしたき儀があり、依頼を受けたのでございます」
「何のことか一向に分からぬ」
家康は度々冒険者を使った。失敗した事もある。また冒険者が家康の敵に回った事も何度もある。が、少なくとも宿奈に謝罪される事ではない。
「当然でございます。そのことは承知しております」
「勅使と言えど‥‥」
宿奈は話し始めると周囲が見えないたちか。家康の側近が制止しかけたが家康が片手で止めた。冒険者の性質を、家康は知っている。話すままにさせた。
「陰陽師である私が申し上げる事ではございませぬが、江戸への道中には去就明らかでない駿河と伊豆があり、相模には武田がおります。大遠征を図るのは伊達に組する者達を冒険者への依頼という形で分断してからでも遅くはないかと存じますが如何でございましょう?」
家康の側近達は絶句した。勅使が口にする内容ではない。停戦の親書を差しだしつつ、その実、宿奈は遠征の前に関東諸侯の調略を冒険者に依頼してほしいと売り込んでいるのだ。
「それが陛下の御意か?」
もし真実、安祥の頭から出た考えであれば今上も御所の主人らしい成長を見せているというべきか。家康は冒険者を高く評価するが、政治に関しては別である。以前、信康の助命嘆願に来た冒険者に上杉調略を命じたが結果は散々だった。今の宿奈を見ても、信玄や早雲を向こうに回して勝利する工作の名人には見えない。
「ならば話はこれで終わりじゃ」
家康の言葉が重くのしかかる。
宿奈は吐息する。
家康はそれ以上宿奈に何の言葉もかけなかった。
次に三河に到着したのは張真(eb5246)。
二人目の使者に、家康は首を傾げた。まだ宿奈は都に帰還していないはずだ。
「宿奈殿には会われたか?」
「いいえ」
張の返答に、家康は得心した。宿奈が、正式な勅使とは思えない行動を取った理由も分かったようだ。
「では、あと何人来るのか?」
家康のこの質問に張は少し迷ったが、あと1人と明かした。
「そうか‥」
家康の貌がわずかに曇ったが、張は気付かず使者の口上をのべた。
「家康様、安祥神皇様はこの度の遠征に大層心をお痛め、使者として我等を遣わしました」
安祥神皇の望みは源徳と伊達の和解である。両者が戦えば必ず関東の民が苦しむからだ。家康にすれば、素直に聞ける話ではないが、逆らえばこれは安祥への反乱である。
「屈辱に耐えて尾張と和睦した家康様の、この戦に臨む気持ちを止める事は出来ませんが、このままでは世を乱す謀反人の謗りすら受けかねません」
この言葉には、家康のそばに控えていた三河武士達が色めき立つ。
「笑止千万! 天下を乱した謀反人は伊達である! いかに陛下のご使者と申せど、裏切り者の下種を擁護するとは何事か、聞き捨てならぬぞ」
三河武士の間では、安祥神皇は源徳家を見限ったという想像もしていた。安祥を即位させたのは家康だが、藤豊秀吉という新しい庇護者を得た今、落ち目の源徳家の味方をして関東諸侯と争うのは利が無い。安祥自身はともかく、御所の公卿なら考えそうな事だ。
「陛下は伊達でなく、わしを謀反人とするか」
もし安祥神皇が伊達討伐の勅を出すと云ったなら、家康は待つだろう。
しかし朝廷を牛耳る藤豊秀吉は人間同士が争う時でないと公言している。イザナミの脅威もあるのに、伊達討伐令など出る訳が無い。
「それでは家康様、今や伊達の支配圏は広大なれど、関東にはいまだ伊達家への反抗の機会を願う者も多く居ります。彼らが決起し、関東の乱を救う形で軍を起こされたならば陛下の御心にもかなうかと存じます」
このあたりの話は、宿奈の進言にも近い。
無論、待つだけでは関東を揺るがす大反乱など起きないから、関東の不穏分子を扇動して反乱を起こさせる話になる。平和主義者の使者が、こうした発言をする所が乱世か。
興味が失せたように視線を外した家康に、張はすがった。
「家康様、ご再考を! 謀反人の謗りだけは避ける為に手立てを尽くします。今動けば全てが無に。どうか我等に戦の準備の時間を、少し我等に頂けないでしょうか」
「何をすると言うのだ」
家康に見据えられ、張の体がこわばる。
ここには家康の家臣しかいない。張は密かに練ってきた案を提言する。
――戦を最小限にするには戦力の均衡が必要であると言う。さて、張が唱える戦力の均衡とはいかなるものであったか。それは次の通り。
まず藤豊が仲介役となることで源徳が新田と和睦し、上州の新田が越後の上杉を押さえる。さらに平織が武田を、源徳は伊達を抑える軍事連携を取ることが、この場合は最善の策であるとした。
張は具体的策を示して踏み込んだ点で、宿奈とは異なる。彼が尾張武将であり、新田とツテを持つ故か。
「大層な絵図を書く」
「今は絵にかいた餅、なれどその流れを作るべく、動いておりますれば今しばらくの猶予をいただきとうございまする」
平織家のお市の方や、藤豊秀吉に運動しているという。密約をかわし、それぞれ軍勢を動かすとなれば一朝一夕とはいかない。
「里見や北条、さらに関東にある源徳縁故の者達を糾合して反伊達同盟を結成するに半月」
「半月か?」
わずか半月で大同盟を生みだすという。大言を吐くものだと家康は微笑した。
「信じられぬな」
張の計画は大きすぎる。家康は経験上、それほど戦がコントロール出来るものと思っていない。張が尾張平織家の家臣である事も、家康に用心させた。
「そも、順序が違う。わしの内諾を得たとしてお市殿に話すつもりか? 源徳に内応しておるかと思われようぞ」
張が平織市の密書を持って来て話すのであれば、六割までは整う話である。張が帰ったあと、家康は少し考えていたが、勝海舟を呼んだ。駿河から家康に付くか政宗に付くかの返答が無い事を話して、勝に駿河へ降伏勧告の使者に向かうよう命ずる。張との会話が家康の行動に影響したかは、知らない。
若き志士、二階堂寿美(ec5763)はこの勝負に文字通り命をかけた。不治の病を患う二階堂は余命幾ばくもないと言われてきた。
二階堂は安祥神皇に自分を密使として伊達のもとへ派遣してくれるよう懇願した。月道を使えば瞬く間に江戸に行くことが出来る。
その目的は「朝廷が伊達を下総の国司として正式に任命する代わりに、伊達は江戸を源徳に明け渡す」というものであった。
神皇は二階堂の思いに共感し、密かに江戸へ向かわせた。
江戸に入った足で、二階堂は江戸城に向かう。神皇からの使者であると名乗ると、朝廷は伊達政宗を殆ど無視していたから、最初は信じられなかったが、押し問答すること半日、本物らしいという事になり、勅使の待遇で、二階堂は江戸城の主と対面する。
政宗は食事中であったが、気にするなと言ってみせる。神皇の使者に対し、食事をしながら会うとは何事かと二階堂は腹が立ったが、我慢した。或いは伊達家をシカトした朝廷への当てつけか。だとすれば存外に伊達政宗も小さい男である。
「それで、何の話であったかな?」
酒を勧められた二階堂はそれを断って、早速交渉を始める。
「時間もありませんし、率直に申し上げます」
「ふむ‥‥」
二階堂は神皇に進言した約束事を打ち明けた。
「陸奥から出てきた伊達にとっては、武蔵と下総のどちらでも、関東に進出するという目的は達成できるのではないでしょうか」
政宗は真剣な面持ちで聞いている。
「江戸を政宗公が明け渡せば、家康殿は戦の大きな大義名分を失います。神皇様の斡旋となれば尚の事、これを蹴って伊達と戦を始めるなら私心を持って乱を起こす逆臣という事になりましょう。そこまで堕ちる覚悟が家康殿にあるかどうか」
「家康は逆臣の汚名など気にせぬと思うがな。しかし‥‥」
政宗はぐっと酒を飲み干した。
「その条件は話にならぬぞ」
呆れたように云う。
「武蔵下総二国から、石高五分の一の下総一国に格下げでは、命懸けで働いた伊達の侍どもに顔向けできん。同盟国も、伊達を見限ろうぞ」
伊達が下総一国なら、煮るも焼くも源徳の自由になるし、関東の諸問題も解決されない。
断れば藤豊、平織が家康の味方して数万の大軍で江戸を攻めるぞ、という話なら政宗も観念するが、源徳にも今の朝廷にもそれだけの力は無い。
確かに正式な任官を受けていないのは痛いが、今のところ順調過ぎるほどに伊達側が優勢だ。
「目のつけどころは良い。‥‥俺は家康に恨みはないのでな。損得が合うならば、源徳と和睦するに悪しくは無い。正直な、本家の方ではそろそろ戦はやめろと五月蠅いのだ。はっは、神皇家の使者を粗略にいたす気は無いゆえ、出直してこい」
政宗はどこまで本気か分からないがそう言って、二階堂の提案を断った。二階堂は丁重に政宗のもとを辞すると、肩を落として京都へ帰ることになる。
‥‥こうして、安祥神皇が打った最後の一手も家康を止めるには至らなかったのである。