闇の童話−命を求むる者−
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:7〜11lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 14 C
参加人数:9人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月10日〜12月17日
リプレイ公開日:2005年12月23日
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●オープニング
悲鳴が聞こえた。
街は深い霧に飲まれている。人の姿も見えない濃霧の向こうから、絹を引き裂くような耳障りな声が聞こえた。戦慄からだろうか、やがて喉の奥から押し潰されてくるような声とも言えぬ音が微かに聞こえるのみだ。
噴水が宙を赤く染める。空に舞い上がって地面を濡らした。
「おはよう」
低い男の声が、物言わぬ肉の塊に向けられた。僅か数十秒前まで人間だった相手は何も言わない。ただ何故自分がこんな目にあったのか。どうして、どうしてと、自分の置かれた状況を理解しようと努めて絶命してしまったような顔をしていた。
「おはよう」
男はもう一度呟く。元々人だったと思われる相手は首をひと突きにされて死んでいた。ただ殺すのが目的ではないらしく、男は女の下っ腹を切り裂いている。慎重に皮から剥がしていった。ごろりと転がってくる肉の塊を待ちかねたように切り離し、そして空に掲げる。
「‥‥おはよう」
男は微笑みかけ、そして言った。
――。
「これで五件目かぁ、猟奇殺人なんていつの時代も憂鬱になっていけねぇ」
その調査依頼を受け付けたおっさんは、いつになく深い溜息で依頼書を纏めていた。
キャメロットから二日ほど離れた町で女性が立て続けに襲われている。
それもただの女性ではない。
現場はいつも血生臭い。女性は必ず惨たらしく殺される。腹を裂かれて居るのだ。現場からは金目の物もなくなっていない。無くなっているのはいずれも一つ。
「子供、ですか」
其れは胎児の体だった。持ち去られていたのは、いずれもへその緒と胎盤つきの子供。
襲われていたのは、妊婦だった。
「残された遺族が泣いてるんだよ。妻を帰せ、子供を帰せって泣き崩れて依頼を持ってきたんだ」
被害者達に共通性はない。人間関係に共通しているところもない。
分かっているのはただ一つ。
盗まれ行く、子供。
●リプレイ本文
こちらへどうぞと人の良さそうな女将が案内した一室に案内される。
部屋に通されたのは、顔色の悪い朱華玉(ea4756)と華玉を心配そうに労る明王院浄炎(eb2373)の二人だった。小刻みに震える指先に、奥さん大丈夫ですか、と女将が心配そうに声をかける。
「無理をさせているのは確か‥‥早まらぬとも限らぬ。もしもの時は宜しくお願いしたい」
浄炎の言葉に、ええ勿論ですとも、と気前の良い挨拶が返る。何かあったら呼んでくださいねと言い残して、女将が消えた。
誰も傍にいない事を確認して、華玉がにたりと笑う。
「んふふ、私の化粧と演技、捨てたもんじゃないでしょう」
「誰が訊いているともわからん。俺も気は抜かぬようにするから、華玉も気をつけてくれ」
へいへいと軽口を叩く華玉のぽっこり膨れた腹は『まがい物』。夫婦設定の二人は身重の妻を休ませる為に立ち寄ったという風を装って此処まできた。さぁ狙ってくださいという意思表示である。
仲間達は二人とは別行動をしていた。
なにしろ事件が事件である。そう察した冒険者達は、大っぴらに調査にきました、というのではなくてんでバラバラに町へ訪れ、思い思いの方法で調査に出ていた。
こそこそと影に隠れるように町中を把握するアリエス・アリア(ea0210)、隠れる様子もなく現場探しに出ていた御蔵忠司(ea0904)、使い途中の者を装ったチップ・エイオータ(ea0061)とベアータ・レジーネス(eb1422)は噂話を訊きながら町の死角をマッピングしていたし、美しく装ったサフィア・ラトグリフ(ea4600)は人が疎らな市場へ出てご婦人達の話をききつけ、フィーナ・ウィンスレット(ea5556)は町長の所へ出向いていた。
「えーお願い、僕にも教えてよ! 知りたい知りたい! 僕が事件推理するからぁ!」
「まったくガキは黙ってろって。しつけーな」
酒場の中は賑やかに見えるが、時折、妊婦の殺人事件が話題にあがる。子供の好奇心ぶりを盾に、大っぴらに訊いていたのはキリク・アキリ(ea1519)だ。犯人刺激の恐れもあったが、何よりも他の役目もあったようで‥‥
「お困りのようですね。よろしければ私達が、その子の面倒をみてさしあげましょうか」
キリクの暴れっぷりに手を焼いていた民間人に救いの手を差し伸べたのはフィーナだった。
おっ、ありがてぇ、とばかりに男は立ち去っていく。
フィーナの隣にはサフィアがいた。目配せ一つして「あなたの名前は?」「キリク」「事件に興味があるんですね「うん」などとまるっきり初対面を装っていた。はしゃぐ子供をあやす形で賑わうテーブル、子守慣れしたサフィアもいた為、会話は奇妙な形で進んでいく。
やがて目立っているが周囲にとけ込んでいるという奇妙な席になっていた。
そこを目印に昼の二時過ぎから、ぽつりぽつりとチップ、ベアータ、アリエス、忠司というようにスムーズに合流を果たす。途中、身重装ってる華玉と夫役の浄炎も加わった。
「そんなに遠くからあなたがたは、大変だったんですね。奥さんも旦那さんも」
感心してみせるアリエス。
事情を知る者からすると、傍目に見ている分には妙な席だ。
「赤ちゃん生まれたら俺‥‥じゃない、私に是非世話をさせてください。慣れてますから」
微笑みかける女装のサフィア。
華玉の腹の子が生まれるわけもないが、情報交換という話の都合上、和やかな空気が発生していた。
そうそう子供と言えば、と世間話をするような形で『本当の情報交換』が始まった。
本題にはいるまでが長かったが仕方ない。
「‥‥でね、ベアータさんと町で話してたらココとココとココがいかにも危ないよねって」
「ああ、それならチップ君。俺も現場とやらに通りがかりましたよ、随分ひどい有様で」
「最近お子さんを亡くなられた方が多いそうですね。私は少々町長さんとお話をする機会があって多少伺ったのですが、忠司さんの言う場所で角のお家の方とか。担当医師の方が遠方で、行く途中に被害に遭われたとかで‥‥実はお悔やみを申し上げてきたんです」
「あー、それ僕もきいたよ! なんでも薬がきれたりとか陣痛が始まった時とかに行こうとして翌朝になってもお医者様の所に現れないから、心配してみたら‥‥とかさ」
「キミ、駄目じゃないか妊婦さんがいるんだから。不安にさせたら駄目ですよね旦那さん」
「ベアータ君だったか、お気遣いありがとう。実は予定ではそろそろで‥‥」
と延々続いた。なかなか演技が上手い集団である。
世間話を交えながら話したところ、やはり被害にあった妊婦達は深夜、なんらかの事情があって家を出ることが多かったようだ。急に呼び出されたという類ではなく、どうしても外へ行かなければならない等の理由が偶発した時に、待ちかねたように事件は起こる。
ある時は危険だからと医者が迎えに行った時に路上で出会うはずがすれ違い、妊婦の家に医者がついてしまったり、家のすぐ前で僅か数十秒、離れて気が付いたら妊婦本人が消えたという事も起こっていた。その後の事は悲惨な報告の通りである。
何にせよ、この小さな街は今、妊婦の数が比較的多い。
話し合いを終えた後に今の妊婦達の所へ動ける者達が警告して回った。最近異様に霧深いという町のなかで、不気味な影と向き合っていた。
しかし待てど暮らせど怪しい気配は全く現れない。
仕方がないのであえて罠に引っかかる方法を選んだ。調査からはじき出した所を連れ添って歩きながら、紹介された医者に向かおうと言うのだ。辺りは濃霧に覆われていたが、人の気配はほとんどない。というのも娼婦の類は相変わらず町中にいたし、酒場は賑わい、馬車の出入りは深夜もあった。浄炎が次の宿に行くと離れ、一人になった華玉。馬車が歩いてきた。こんな時間に危ないですよ、とにっこり注意され通り過ぎようとした刹那。
「ぐっ!?」
不意に体が浮いた。そのまま馬車の中へと引きずり込まれる。猫が地へおちた。
「こんばんわ、身重のご夫人が歩いていては危険ですよ。こんなふぅに」
馬車が駆け抜ける。闇の中で銀の光が見えたが、生憎と簡単にやられるほど華玉はひ弱ではなかったし、ブレスセンサーで異常を感じ取ったベアータがヴェントリラキュイで皆に伝達し、すぐに馬車を追った。馬車の中でもみ合った末に、馬車から引きずり落とす。
「おいら達にあったのを感謝するんだね、悪い事をとめてあげるんだから」
「逃すつもりはないですよ? アナタ達が、そうしてきたように。これ以上、犠牲は出すわけにはいきません。その為なら、赤い夜魔にもなりますよ」
チップとアリエスが馬車の行く手を阻む。矢とダーツは御者の目を潰し、フィーナのウインドスラッシュが飛び退いた犯人を通り過ぎ、馬の腱を切り裂いた。
風が霧を払う。華玉と忠司が並んだ。許されることではないと叫ぶ仲間達。浄炎は拳を握りしめて怒りを露わにしていた。
「子を授かりし者の幸せを奪う、罪の重さを思い知れ!」
「赤ちゃん達は大切な家族になるはずだったのに。犯人さんの好きなようにはさせないっ! 奪った赤ちゃん達を返せ!」
キリクの言葉を鼻で笑う。
「情などと、くだらんことに突き動かされる俗物共めが」
ねじ伏せた狂人のかぶり物をはぎ取った下にあったのは‥‥町の医者の顔だった。
医者の家の中に肉の塊があった。素焼きの器の中に収められた胎児が腐敗臭を放っている。
所々縫い止められた胎児達。いびつな形に縫い合わされた胎児達は、胴が開かれてつなぎあわされていたり、臍の緒を繋がれていたり、胴を入れ替えられていたりしていた。
医者が言うには『何処まで生命が宿っているのか』を研究していたという。赤子は手頃な大きさの分かりやすい実験物だった。また新たに命を吹き込むにはどうするのか、血や臓器を入れ替えたらどうなるか‥‥栄えある医学と錬金術の為だと言っていた。
「考えてみれば、子殺しではなく胎児泥棒ですね、当てが外れましたが」
「何の当てかは存じ上げませんが‥‥医術も錬金術も、こんな事の為にあるのではありません。命を奪って命を生み出す権利は彼にはない。これは狂人のする事、彼は元医者だったのかも知れませんが‥‥踏み外した道の終着点は奈落の底」
忠司の横でフィーナが分厚い研究資料に手を伸ばす。
きっと、彼の研究成果とやらが記されているのだろう。もしかしたら狂人の研究は、忌まわしい経過を経て何か偉大な発見をしたのかもしれない。誰かが欲しがる研究かも知れない。人の命を犠牲にしてまで研究に憑かれた男がいるほどの何かが記されているかも知れなかったが、一ページもめくらず暖炉に投げ入れた。
「自分の足で帰ることの出来ない領域に、踏み出すべきではありません」
ぼうぼうと燃える茜の炎。
「ちゃんと、おいらたちが帰してあげるからね」
胎児の悲惨極まりない亡骸はチップ達、冒険者達の手を経て遺族の所へ送られた。
魔法で深くなっていた狂った霧の晴れた町に、ベアータの声が響く。
「おやすみなさい おやすみなさい
こんな夜だから貴方がたを想い そして願う
あなたがたの魂が天国にありますように
暖かな風が 愛しい温もりがありますように
おねむりなさい 安らかに
願わくばどうか その腕に抱いて その腕に抱かれて
優しい明日を 迎えられますように」