●リプレイ本文
空になってしまった財産は、何としてでも取り戻さねばならない。
もし取り返すことが出来なくても、当分の間は暮らせるようにエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)が100G。アリッサ・クーパー(ea5810)が300G。バルタザール・アルビレオ(ea7218)が40G。合計440Gを準備した。元々固定された居を構えず各地を旅してきた冒険者である。使わなかった財産や高価な品々を持っていることも多い。只でさえ先日1000Gを持って行かれて財政難の農場を救うべく、皆、いらない品を市で出すことにした。
「だけど! このまま犯人を放置するわけには行かないわ。何が何でもみつけるわよ!」
リーベ・フェァリーレン(ea3524)が声を張り上げる。おぉ! と意気込む者数名。
「では私はキャメロットの方を調べてくるとしよう。ミゼリ、良い子にしていてくれ」
「はぁい、まま。あのね、これ、おべんとー」
クレアス・ブラフォード(ea0369)が王都へ戻って怪しい者を探しに行くという。沖鷹又三郎(ea5928)が作った弁当を差し出したミゼリの頭を撫でて、愛馬に乗って出ていく。今、農場にいないティズ・ティン(ea7694)やシーン・オーサカ(ea3777)も最近羽振りの良くなった者を探すべく行動していた。資金づくりに家畜の世話、畑仕事を休める時期なのが幸いしたが、犯人探しも入れると忙しくて仕方ない。まず市やバザー料理に備えたエヴァーグリーンと沖鷹、野犬や野獣対策にリアナ・レジーネス(eb1421)が細工作りに出かけ、リーベは雌牛達の手当に赴き、アリシア・シャーウッド(ea2194)は鶏小屋の補強や罠の設置を急ぎ、バルタザールはグリーンワードで犯人の姿を見ていないか聞いて回っていた。
酷く気を落としているミゼリを連れた五百蔵蛍夜(ea3799)が、皆が差し出した品々を選別し、家の中のいらない品々等を集めたりしていた。居間の机で一息つく。
「絶対取り返してやるから。な? 金の管理の仕方も考えなおさんといかんなぁ‥‥」
「はい。今回のハニーエッグミルクの試作品ですの。お金は幾つかに分けて隠した方が」
「良い案だな。みんなが戻ってきたら其れで聞いてみるか」
疲れた様子の二人を気遣うように飲み物をさしだし、お金管理の方法を提案するエヴァーグリーン。台所は忙しく、ノルマン王室に献上されたとも言われるロイヤル・ヌーヴォーを使っていたりと贅を懲らしている。話し中に出かけていたバルタザールが戻ってきた。
「どうもよくない結果が。皆が睨んでたように尤も疑わしい人物がやはり臨時の」
「バルタザール」
蛍夜がしぃっと合図を送る。向かいに座ったミゼリが悲しそうな顔でバルタザールを見ていた。アリシア達が何度も「大丈夫だよ」と言い聞かせても、心配なものは心配なのだろう。曖昧な笑みではぐらかすと、ぎゅぅっと体を抱きしめた。心配ないよ、と笑う。
「あれ? 今誰か声がしませんでした? あ、シフール便の人ですの。今行きますのー」
ぱたぱた走るエヴァーグリーン。何通もの羊皮紙があった。贔屓にしてくれる遠方のお客さんや、市の主催さん、様々な挨拶に混じって、複数の見慣れないシフール便があった。
「只今帰りました。近場の教会へ届けをしてまいりまして‥‥どうかされました?」
帰ってきたアリッサがシフール便に目を通すエヴァーグリーンの顔を見た。様子がおかしい。
「どうかしたでござるか」
夕食の料理を運んできた沖鷹が首を傾げる。椅子に座ったままのミゼリを残し、皆が戸口のエヴァーグリーンを取り囲んでいた。吸い寄せられるように覗き込むと数枚の羊皮紙が見える。それは引っ越しの挨拶や、もう農場へ来ないとか、親族が病気なので故郷へ帰ると言った文面の数々だった。一つ所ではない。「この寒い時期に?」と声が零れる。
ミゼリが足下に寄ってきて裾を引く。怖い顔を笑顔に塗り替えた。
「丁度夕食時でござるからな、皆も戻ってくるでござろう。話はそれからでござるな」
少し時間は舞い戻る。
この時、数日前に王都へ出かけていたクレアスや、見せ金を用いてあぶり出しを考えたティズや捜索に出かけていたシーン達が帰路に就いていた。夕方に間に合わなくとも夜には戻るだろう。リーベは傷ついた牛の怪我を治したりしていた。
「あんた達も常にお婿さんもらうんだから、綺麗な体でいないとね〜。‥‥私みたいに、邪魔するバカ兄貴はいないんだから‥‥」
言いながら落ち込むリーベ。
「やー、大量大量。かえりましょー?」
上機嫌なアリシアの声が聞こえた。牛乳絞ったり傷の手当てをしていたリーベとリアナが駆け寄ると、アリシアは下げた袋にごっそり戦利品を詰めていた。
「リアナさんが仕掛けた鳴子が良く鳴ってさぁ。仕掛けた罠でもほら」
モンスターも混じっていたらしい。食卓に並べて平気そうな動物だけ持ってきたようだ。「機嫌も戻られました?」と、リアナが帰り道に訊ねるが、笑い声に混じって黒い気配が滲み出る。相当怒り浸透しているようで、害獣狩りで気を紛らわせたらしい。
「私‥‥絶対、お金盗んでいった奴、許さない」
地の底から響くような声でぽつりと零した。
急に届いた不審なシフール便。今の状態で猜疑心が晴れないのは無理もない。
全てがそうだとは限らない。けれど、どうしても‥‥疑いの目で見てしまう。
バザーで資金も出来たが、犯人はつかまえねばならない。農場へ帰ってきたクレアスが、いつも通りミゼリを寝かしつけてから、部屋の中で絞り込みが行われた。
クレアスが王都にそれらしい人物を捜したが、羽振りが良いのは多いという。ティズによると見せ金を使って近くの村で豪華な生活をすると、新たな盗みを誘発してしまったり、勘違いされたりとやや散々な目にあったようだ。シーンが貸し馬車屋等へ赴いたが色んな人物が行き交うので、獣から聞き出した情報だけで探すのは難しい。引っ越した者が多いという話も聞く。
「それで、これが本日届きました。私が思うにそれぞれ手分けをして確認をしたほうが」
アリッサがテーブルの上の手紙を見せた。全部で三件。一番遠いのは農場から二日ほど離れた場所の実家に帰りますの類だろうか。年頃と容姿だけで断定は難しい。
「なぁお金が元々置いてあった所って、どこなんや?」
シーンが一つのスクロールを手に、蛍夜の指さすところへ向かっていった。シーンは此処の農場のことをよく知らない。勿論、不在の間だ勤めている者の顔などは見たこともない。けれど魔法で犯人を捜すことは出来る。
「ちょぉ時間掛かるかも知れへんけど、必ず犯人の顔見つけだしてみせる。せやから、うちも家を訊ねる時つれてってくれへんかな。一番遠い所はうちがいくで。フライングブルームもあるしな」
パーストは時間を遡って、見ることが出来る。クレアス達に不在だった日々の説明を受けながら、一晩かけて探す夜が始まった。
数人ずつに別れて捜索に出向いたが、農場をあけっぱなしにするわけにも行かない。日ごとに数を定めて入れ替わり訊ね歩いた。幸い、ミゼリの傍にはずっとアリッサが付き添っていた。教会の早朝ミサが終われば足早に農場へ帰ってこられたからだ。膝の上でくかくか眠るミゼリ。何も心配いらないよ、とまだ不明の犯人を追う家族達は言い聞かせる。
本当に病気で苦しい者や、実家で家族を無くした者もいた。
けれど、そうばかりでない者もいる。
「何の用でしょうか?」
引っ越した家々の一つを訊ねた。引っ越し先を知らせていない者の家を探すのは一苦労だが、離れしている冒険者達にとってそう難しいことではない。さっさと何処かへ消えてくれと言わんばかりの態度で家の中へ入ろうとするおばさんの腕を掴みながらスクロールを開いたシーンが叫んだ。
「こいつや! うち見たで!」
引っ越し資金の出所の記憶を読み取ったシーンの言葉に、本日巡回の担当していたバルタザール、アリシア、クレアス、エヴァーグリーン、ティズの顔が怖くなった。中には笑顔もいるがそら恐ろしい笑顔を浮かべている。
「道端の草とか、植物達も生きているんです。知ってました? 外見特徴は一致しますね」
「な、何を莫迦なことを。何のことか分からないが、言いがかりはよしとくれ!」
戸を閉めようとしたおばさんだったが、ティズが扉を蹴った。無言の威圧。ティズの後ろにはエヴァーグリーンがいた。あくまでもしらを切るおばさんににらみを利かす。
「悪いけど見逃してあげられないんだよ、おばさん」
「往生際が悪いです、世の中には探り出す魔法なんて幾らでもあるんですの」
手の中に光る矢が生まれた。『ギール農場のお金を盗んだ人』という指定に従い貫く。
「なるほど、確定、だな」
クレアスが呆れた顔をしている。
「今のは本気ではないですの。本気だったら多分、死ぬほどつらいはずですの」
少女の冷笑に、呻く女はようやく相手が普通の人間ではないと気づいた。
「ええと、言葉でボコってもいいですか? ええ、アリシアさんのことだって止めません」
バルタザールがそんな言葉を呟きながら、フレイムエリベイションをかけてしまう。
ギッ! と射殺さんばかりの目をしていたアリシアが飛びかかった。
「ふざけんじゃないわよ! おジィちゃんが死んじゃってミゼリがどれだけ悲しんでると思ってんの!? そんな子に、アンタがどんな仕打ちをしたと思ってんの!」
言葉でボコる前に手が出た。胸ぐら掴んで激しく揺さぶる。ティズがラージクレイモアを持ち出してきて女の首先に添えた。ひっと息をのむ。
「盗んだお金は何処?」
「み、右。家の、右棚の二つ目‥‥」
剣を遠ざけたティズはシーンとともに家の中へ踏み入った。女の言ったとおりの場所に盗まれた金はあったのだが、やや軽いようだ。部屋に身分不相応な品々があったことからして、既にやや使ったらしい。呆れ顔で家から出てくる。
「貴様、ろくでもないことをしたな。儚い夢を見て、私たち騎士も一緒に敵に回したということを覚えておくことだ。今後同じようなことがあれば‥‥分かるな?」
腫れた顔でこくこくと頷いていた。
「今回はこれで帰るケド、許さないから。もう一回何かあったらみてなさい。私がアンタの生活を壊してやる。アンタはミゼリの居場所を壊そうとしたんだ。因果応報でしょ?」
静まらない怒りを抑えてようやく手を放した。
皆、一人で何人も殺せるだけの力がある。手加減を忘れると怪物達と同じように殺してしまう。こんな人間の屑に労力を使う方が莫迦だといいながら、家へと帰っていった。
「みつかったでござるか! では犯人が誰だったか拙者等にも是非」
「え? なんで?」
お金も取り返して脅しも終わり。家へと帰り着くと皆が歓声を上げたが、居残りをしていた者達が微笑みながら、物騒な品を手にしてにじり寄ってくる。
ティズが首を傾げる。
沖鷹は包丁をかざし、リアナはマジカルワンドを手にして。
「二度としないと誓わせる時、犯人の近くでライトニングサンダーボルトの試し撃ちを」
それこそムーンアローの何倍もの攻撃力を持つ魔法だ。
一発で重傷間違いなし。三、四発食らっただけで瀕死か死ぬだろう。
笑顔が怖いリアナを蛍夜が止める。勿論出ていこうとする沖鷹達もクレアスに止められる。
「まてまて! 普通の人間だから死ぬぞ! ‥‥自分も気合いだけでいられた自信はあまりないが」
「落ち着け沖鷹。充分脅してきたから大丈夫だ。リーベもヒルデ達をけしかけるんじゃないぞ」
「やぁねー、ママ。ヒルデ達は今は療養期間よ。い・ま・は」
「私も神の教えを嫌と言うほど説いて差し上げたいところですね」
「犯人は魔法と打撃で軽くボコボコになってたですの〜」
「せやなぁ。手加減してたけど、普通の人間ってもろいもんやな」
「拙者のこの怒り、仕方がないので夕飯や仕込みに向けるとするでござる」
こうして賑やかな時間が戻ってきた。
いつものように分担された作業をこなし、ミゼリの子守もしながら与えられた仕事をこなす。帰る者は、前日の夜に別れを言わなければならない。時間は永遠ではないからだ。キャメロットに帰る者は最後の日の夜に別れを済ませて、早朝、日が昇る前には農場を去らなければならない。一日早く帰らなければ王都へつくのは深夜になる。毎朝起きると、がらんとした家があるのはとても寂しい。
『ミゼリさんの辛い思い出は今日で終わり。明日からは『家族』が守ってくれる。幸せの記憶を作ってくれる。そう信じています』
別れ際にリアナが言っていた。けれど寂しいものは寂しい。
たった一人でも、いなくなってしまうのは。
「ミゼリちゃん、ミゼリちゃん」
体を揺り動かされてミゼリは目を覚ました。枕は涙で濡れた後があった。エヴァーグリーンがとびっきりの笑顔で起こしに来てくれたのだ。
「おはようございますですの」
「‥‥おねーちゃん? おはようなのー」
自然と笑顔が零れる。「みんなは?」と寝ぼけ眼でミゼリが問うと、帰らなきゃいけない人たちは朝に、と何処かばつが悪そうな顔で答えた。仕方ないよね、と呟きながら着替えて台所に向かうと、思いも寄らない姿が飛び込んできた。蛍夜だった。
「ぱぁぱ?」
「ねぼすけが起きてきたな。エヴァーグリーンは二回起こしにいったんだぞ」
「ぱぱ‥‥?」
蛍夜は頭を掻いた。みんな同じ反応するんだな、と呟きながら料理を運んできた沖鷹の顔を見る。沖鷹は、と言えば「自分の口から言うのでござるな」と笑って手助けはしない。
「いつかミゼリにもジャパンを見せてやらないとな。しばらくのんびり農場で過ごすことにした。毎朝パパと一緒だぞ」
「一日中でござろう? ミゼリ殿。おはようでござる。そんなに寝ぼすけではないでござるよ。バルタザール殿とアリシア殿はもうじき戻ってくるでござるし、アリッサ殿は教会でござるし」
と言った刹那、外から啀み合う声が聞こえた。紛れもなくアリシアとバルタザールの二人の声だった。始めは遠かった声が徐々に近くなり、派手な音を立てて扉を開く。
「一番、いただきましたぁ!」
「あーっ! ばるたん、フレイムエリベイションなんて姑息よーっ!」
どうやら先に帰り着いた方が沖鷹の特製料理会得権を得るらしい。駆けっこで食事をかけている。ミゼリに気づくと二人とも啀み合うのをやめた。
「あ、ミゼリんおはよう!」
「おはようございます。聞いてくださいよ、さっきアリシアさんが」
急に扉が開いた。教会に行っているはずのアリッサが、疲れた様子もなく帰ってきた。
「今日は教会の礼拝がお休みでして‥‥ミゼリ様、おはようございます。私と一緒に遅い朝ご飯ですね」
「ミゼリちゃんも、アリッサさんも早く席につくですのーご飯がさめちゃう」
ミゼリはぼうっと立っていた。けれどやがて笑顔を作ると「おはよう」の挨拶をする。
そして外から帰ってきた家族に言った。
「おかえりなさい」
寂しい日々は、もうこない。