ラスカリタのお茶会

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月01日〜01月16日

リプレイ公開日:2006年01月11日

●オープニング

「つまんない」
「先日、王都に脱走かましてた方が何をおっしゃいますカ」
「お前まで脱走した所為で俺が仕事してたんだぞ」
 ぎろん、とジャイアントの目が光り輝く。
 ミッチェル・マディールがテーブルから睨む。
 窓辺には梔色のドレスを纏った女性が居る。元芸術家で今は死人兼西のバース地方一帯を統べる伯爵の身代わり人。ラスカリタ伯爵ウィタエンジェ本人はと言えば、召使い兼護衛をつれて連日何処かへ遊び歩いている。おかげで仕事は殆ど身代わりの彼女がやっていた。兄のミッチェルが其れを手伝うこともあったが。
「ねぇ、マディール、ワトソン君」
「忙しいのになんだ、黄色い薔薇のマリィ様」
「この窓から飛んだら鳥になれるかしら」
「その窓から飛んだら愛しい可愛こちゃん達に会えまセンヨ、親愛なる方」
「そりゃ困るわね、やめとくわ」
 殆ど部屋に軟禁状態の彼女は、数日前に友人子爵の脱走癖をまねて『旅に出ます、探さないでください』の一筆を書斎に残すと、王都へ逃亡。久々に見た賑やかな町中で遊び回っていたのだ。姉に仕事をまかせっきりで遊び回っている妹ウィタエンジェの事を責められない行動だったが、気持ちがわからんでもないと涙する手下一同。
「全く、怪物坊主の行方つかんでさっさとふんじばれば、この苛々も消えるのに」
「ミスマレア、物事はながーい目で捕らえないといけまセン」
「わかってるわよ」
 その時、たっだいまー、と元気良く扉が開いた。
 男装をした女の顔は窓辺のマレアと瓜二つ。
 煌びやかな衣装で身を飾り、後ろの手下がよれよれと大きな荷物を持たされている。
「お帰り、ウィタ、ポワニカ、随分楽しそうね」
「そっちはとーっても忙しそうだね。僕は有意義に美人をめでていたけど」
 ほーそうですか、と嫌みの押収が続く。手下一同が並んで深い溜息を吐く。喧嘩するほど仲がいいといえど、毎回そのつけは下々に回ってくるのだ。
「あ、そうそう。実はさー、バースの町に新しい温泉施設を作ったんだ。貴族やお金持ちの冒険者御用達用の豪華な宿屋。そこで賑やかなお茶会ついでに骨休めいこうよ」
 事ある事に豪遊施設を作る伯爵様の横暴ぶりはとどまるところを知らない。
「また金の無駄遣いを。お前はいつも遊んでるだろう」
「つれないなぁ、兄さんは。いいじゃない、もうギルドに『素敵な年越しを過ごしませんか』と宿の宣伝第一号の募集かけたから決定事項だよ。ま、半分懐かしい顔に合う為と婿選びかねてるから姉さんもいてもらわないと困るんだよ」
 マレアの目が点になった。
 妹のウィタエンジェは元々女性しか愛せない。
 それに加えて此処の地域は色々と奥深い事情から、外の貴族達を受け入れることがない。また立場のある伯爵以上の者から求婚されても、下手すると上に過去の悪行がばれて首が飛ぶので喜べない、と言う悲しい現実があった。
 この伯爵家の婿というのは、実はかなり限定された条件の者しかなれない。
 ふうむとワトソン君が唸る。
「確かに、ここ数年は近親婚とまで言わずとも、縁者との婚姻が続いているような傾向がありますネ。とはいえ同胞の家々を並べても」
「だろー? まぁ婿の件は様子見だよ、様子見。ついでってやつかな? 姉さんに仕事まかせっきりというのも少しは罪悪感を抱いてるからね、僕なりの聖夜祭の贈り物代わり。羽を伸ばしにいこうよ」


 そんな裏のやり取りは分かる良しもなく。
 ギルドに一枚のお茶会付き温泉旅行の募集がかけられたのだった。

●今回の参加者

 ea0110 フローラ・エリクセン(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1514 エルザ・デュリス(34歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2638 エルシュナーヴ・メーベルナッハ(13歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8769 ユラ・ティアナ(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9037 チハル・オーゾネ(26歳・♀・バード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

シーン・オーサカ(ea3777)/ フィリア・ヤヴァ(ea5731)/ シェリル・シンクレア(ea7263)/ ソムグル・レイツェーン(eb1035

●リプレイ本文

 降り注ぐ粉雪。冷風に曝された水面から白い湯気が立ちのぼる。
「見事な露天風呂でござるなぁ」
 天城月夜(ea0321)が歓喜の声をあげる。バース到着後に女性達は全員揃って温泉のある浴場へと歩いていった。双海涼(ea0850)が恍惚とした眼差しで近づく。
「温泉ですよ‥‥。思えばイギリスの風呂事情は悪かった‥‥。お湯を一杯貯めるなんてできなかった‥‥」
 温泉に入ってから幾つもの彫像がある事に気づいて‥‥吸い寄せられていく。月夜も露天風呂庭園の方を見に行き、フィーナ・ウィンスレット(ea5556)は噴出口の方へ。小島の像を見て涼が「これ」と気づく。
「天使画『羽が折れ、還れない天使』の彫像版さ。噴出口傍のは『堕天使の涙』の彫像版だね。木の傍の『蒼天の右翼』もそうだ。流出作品を買い集めて女風呂と男風呂の方に飾ってるんだ。他にもある。期間ごとに変える予定。お湯加減は如何かな」
 流出していたも何も、画家マレア・ラスカはあまり彫刻を作っていなかったはずだが、そんな事は普通の人は知らない。当のモデルすら。其処に置かれていた彫像は、実際は『新たに作られた』物だ。
 お湯の中の冒険者達に声をかけたのは招待主の『姉』の方であるが気づく者は少ない。一緒に温泉を楽しみに来たらしい。フローラ・エリクセン(ea0110)が駆け寄ってきたが、何故か胸部を見て落ち込んだ。
「大丈夫かい?」
 妹の真似をするのも慣れたらしい。一気に大人数になった。騒ぎながらも長々浸かる。
「良いですね、温泉って。疲れが吹き飛びそう。最近肩が凝って仕方がないですので、誰か揉んでくれたら最高なのに」
 チハル・オーゾネ(ea9037)が赤く上気した顔で呟くと、エルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)が立ち上がり「じゃあエルが気持ちよくしてあげる!」と立傍へ行った。
「チハルおねーちゃん肩凝ってるねぇ、すぐヨクなるよ!」
「本当に気持ちいい。もっと右。あぁ其処です、もっと強く‥‥て、そこは胸です。私が凝っているのは肩で、胸じゃなくて。フィリアさんも胸揉んでたけど」
「あの、微力ながら、私もお手伝いを!」
 羨ましかったのか今度はフローラも混ざって、三つの喘ぎ声が聞こえ始めた。
 本日片割れが不在の為、混ざる気にならない月夜が眺めていたが、そっちの気が全くない者達は至ってマイペースにくつろいでいた。
「温泉の味は苦い、ちょっと塩辛いでしょうか。これは研究の価値ありですね」
 噴出口から流れる温泉に沿って白い粉が付着しているわけだが、ガリガリと削り落とすフィーナ。一通り暖まった後、これを後で部屋に置いてきますといった。エルザもまた人との用事があるので今日はもう少ししたら失礼するわと話す。
「驚いちゃった。来て良いの?」
 ユラ・ティアナ(ea8769)が招待主に声をかけると、出入り口の方から小さな少女が現れた。「ポワニカ!」と驚いた顔で見たユラに「これは『名も無き君』からの差し入れでしゅ」とシェリーキャンリーゼ二本と人数分の銀杯を持ってきた。エルザ・デュリス(ea1514)が、手渡された銀杯を見てから顔を伺う。
「こんな昼間からお酒飲んでいいのかしら? 伯爵様?」
「お茶会は明日からだからね。それにこれは、男湯へも行っているよ。何分、喘ぎ声が凄いから答えにくいかもね? 男性しょくーん!」
 所変わって此方は男湯。
 シアン・アズベルト(ea3438)とジーン・グレイ(ea4844)、ワトソンの三人で運ばれてきた酒を飲んでいた。広い温泉に浸かって雪見酒。これも贅沢のなせる技だが、二人、異様に顔が赤い者がいた。
 ジーンが「顔が赤いぞ」と声をかける。
「これは温泉と酒で顔が赤いんです」
 薄い木の板越しに聞こえ続ける女性の喘ぎ声。酒を片手に、もう片手で伏せた顔を覆っている。説得力のない返答に「考えてみれば二十三だったか、シアン殿も若いな」と爺臭い台詞を零しながら、銀杯を傾けていた。
「私は別に疚しい気持ちはありません。大体壁の向こうの事なんて‥‥」
 唐突な呼び声にワトソン君が声を返すとざわめく。
「え? ジーンさん達、今温泉はいってたの? 私の声、聞こえるー?」
「聞こえるぞユラ殿。一足早く私達がいたんだが、話の邪魔をするわけにもいかんしな」
「あ、そうだ。今、男湯と女湯に区切ってるけど幾つか窓あるんだよ」
 男湯の三人が招待主の声に固まった。
 えー、どこどこー? と無邪気な声が聞こえ始める。勿論進んで探そうとする人物など一人しかおらず、突如『がらっ!』と小窓が開いた。
「みっけ〜っ!」
「エルシュナーヴさん!? 何をやってるんですか、早く閉めて下さい!」
 エルの顔と豊満な肢体。隙間から向こうが見える。極力見ないように顔を背けながら、慌てて窓を閉めにいくが。
「いいじゃなーい。エルとシアンおにーちゃんの仲だもーん」
「莫迦言わないでください!」
 ぴしゃぁん!
 と腕力で閉めたシアンが溜息を零す。ジーンは固まったまま。しかし伏兵は意外な場所に潜んでいた。「これは何でござろうな」と踊るような月夜の声がしたと同時に、気構えた男達の思いも虚しく『がらららららら‥‥』と派手な音。
 壁が、消えた。
 人というものは本当に驚いた事に対して言葉がでない。
 月夜はカーテンを纏めるかの如く右から左へ板を格納していく。
「おぉシアン殿、ジーン殿。普段はお互い武装した姿でしか合わぬから新鮮でござるな」
「うっふっふー、さっきのお返し! シアンおにーちゃん覚悟!」
 平然と挨拶をする月夜と、一方的に閉められた恨み(?)をはらさんと目の前の鍛え抜かれた体に抱きつくエルシュナーヴ。
 勿論、お互い素っ裸。
 女性達も正気に戻る。
「「「「「きゃああああああああああああ!」」」」」
 自分の所為ではないのに責められる男性陣が不憫で仕方ないが、空中を木桶や石や手裏剣が飛来する。ワトソンは精神的理由でお湯に浮く。残されたシアンとジーンは女性陣のめちゃくちゃな攻撃を受けながら壁を閉めるのに苦労していた。

「私ね、海の街で暫く過ごそうと思っているの」
 昼間の賑やかさと違い静かだった。エルザは細工師ダンカンを訊ねたが、目的の人物を見つけることは出来ず、知り合いから墓もないと言われエイヴォン河の所へ来ていた。
「パールも死んだのね。知らない所で死んでいく。灰の教団事件から一年と少し、あっと言う間だったわ‥‥確かに貴方の言った通り、貴方達と同じモノを守る事になったわね。でも、誰一人犠牲になんてならなかったわ。皆の力があったから運命を変える事が出来た」
 呪いの言葉を受けた。壁に阻まれて後悔もした。けれど諦めたりはしなかった。
「貴方が未だ生きてたら、皮肉の一つも言ったかしら。それとも素直に喜んだ? 貴方とは選んだ道が違っただけで、想いは同じだったと‥‥今ならそう思ってしまうのよ」
 エルザは笑って苦しかった日々に思いをはせた。何度か仲間と殺し合ったけれど、其れは過程としての必然。膝を抱えて一人呟いていたが、やがて立ち上がって花を投げた。
「貴方には案外、血生臭い赤より白い薔薇の方が似合うんじゃない、キュラス?」

「伝言です。『子作りせんでエエよーになったんやから、マレアはんに苦労かけ過ぎひんよーに』って。これから‥‥この国はどう変わっていくんでしょう」
 くすくすと微笑んでいたフローラが、不安な顔をして『妹』の腕の中へと倒れ込む。
「‥‥『本来のウィタエンジェ』の骨って、今はどうしてるの? ‥‥葬ってあげた?」
 エルシュナーヴの言葉に、ウィタエンジェは傍らの箱を開けた。中には綺麗に並べられた骨の上に、頭蓋骨が収まっていた。絹のリボンで骨を飾った姿は異様に見える。
 愛おしそうに骨を撫で、そして閉めた。何時も一緒にいるんだよ、と笑う。
「本当は誰なのか、なんて些細な問題だと思うの。大事なのは『ある』ってコト。エルは、今、目の前にいるあなたのコトが好きだから。良かったら、エルのコト抱いて。もっとウィタおねーちゃんのコト‥‥感じたいの」
 三つの影が折り重なるように大きな寝台へと倒れ込んだ。灯火も消えて月光だけになり、白い素肌を浮き上がらせる。あの寝台が軋む音と、淫らな喘ぎ声だけが‥‥
「もっともっと感じて。全て分からなくなるぐらい、三人で溶けちゃおう」

「マレア殿、先日はご足労かけ申し訳なかった。我が同属のやったこととは言え、危険な御身を引き出すような真似をして真に申し訳なく」
 マレアの元には三人の姿があった。久々の談笑を楽しむべく訪れた月夜が怪しい本の相談やマディールとワトソンの恋模様などを聞いていた。ジーンはジーンで謝るために訪れたらしい。涼はじっと静かにしていた。話が同胞の事へ移る。ディルスの家はぎこちないとまで話し、やがてジーンも月夜も部屋を出ていく。涼だけ残った。
「料理もできません、家事全般不安です。だけど‥‥これからも、色々お手伝いさせてください。侍女として傍に」
 戦で授けられた長弓と木刀、手裏剣を騎士のように捧げて言った。沈黙が降りる。
「随分‥‥他人行儀なのね。イギリス式に合わせてくれたのは嬉しいけれど、少し寂しいわ。大事なお友達だと思っているのに。部下になりたいなんて言わないで?」
 涼は真摯な目をしていた。マレアは寂しく笑うだけだ。
「選ぶのは私でなく貴女よ。私は故人であり妹の身代わりで生かされている日の影。万が一や危険が来たら、命を差し出して鎮める責任があると‥‥逃げてはいけないと、皆に教えられた」
 逃げても望まなくても、世の中は逃がしてはくれない。
「伯爵やウィタではなく、私の傍にいるなら覚悟がいるわ。貴女は私を助けてくれた。けれど『その手で殺して』と頼む日が来るかも知れない。闇だけ科せられた伯爵の地位、全てを共に背負う覚悟があらば‥‥私の手を取って傍においで」
 傍に置くのは命を預けられる人間だけだと言うこと。
 涼は差し出された手を見た。それはもう絵を描くだけの手ではない。
 迷いは無かった。手に手を――――。
「お姉さまを襲う危険や暗殺者など、返り討ちにして差し上げます」

 お茶会は各地のお茶が集められていた。朝早く起きて台所を借りたフィーナと違い、中には昼頃に起きて来て寝ぼけた顔をしている者もいた。
「凄い美味しそうですね。アップルパイですか?」
「これでも料理には自信があるんです。妙な物ばっかり作っているわけではありませんから。今回のアップルパイは、過去にない位の自信作です。是非食べてください」
 真っ先に近寄ってきたチハルへ自信たっぷりに答えるフィーナ。大きなアップルパイは、狐色にこんがりと焼けて、さらに宝石のような光を放っていた。薫り高い紅茶を飲み比べながら、美味な料理で舌鼓。
「リュートを持ってきたんです。よろしければ弾かせてください」
 歓声が上がる。チハルが微笑むと美しい旋律が聞こえてきた。エルシュナーヴが一緒に歌う。合奏を眺めて、月夜が次は拙者の舞でも披露しようかと話していた。
「マディールさんも、是非食べてみてください。特別に大きい方を差し上げますね」
「ありがとう、フィーナ。午後は散策に行くって? 愛猫はコロチンと言ったかな」
「フロドを連れて人の多い中を歩くのは大変なので。ご一緒します?」
「綺麗な美人と散策させてもらえるのは光栄だね」
「あら‥‥久しぶりにお会いしたら、随分言葉が達者になられたようですね?」
「え、そうか? 多分、伯爵の影響だな。今仕えてるんだ。会えると思わなかった」
「そうだ、お礼を言わせてください。貴方と、そして‥‥」
 片隅ではユラと使用人姿のポワニカが話し合っていた。
「お互いに大変みたいだけど、ポワニカは今の状況、少しは楽しめてるかしら。私も色々あって大変だけど、やっと余裕が出てきた感じ。まっ、これからまだまだ色んなことが起こるでしょうけど、お互い腐らずやってきましょう」
 ユラはバースに移住するらしい。古の大地や足跡を歩いて巡り、何をすべきか見つけていくのだと話す。償うことも、考えなければいけないことも沢山あると語った。
「会おうと思えばいつでも会えるようになるし、また何時かお茶会したいわね。そのときは、重い話とか全部抜きにして。愚痴くらいなら幾らでも聞いてあげるわよ」
「それは友達とか親友、というものでしゅか?」
 小首を傾げてユラを見上げる。ユラがふっと笑った。強張った肩の力が抜けたように。
 此処で一つの事件が発生していた。
 エルザやユラ、涼などと色々と人生の分岐が起こったわけだが、シアンもまたバースの復興を手伝っていく心構えらしい。が、彼に何かあったのか全員を石化させる発言が飛び出す。
「バースだけでなく貴女を守る盾となれないでしょうか。傍らに立てる相応しい人間になれるよう誓います。返事は急ぎませんので貴女の心に留めていただけないでしょうか」
 ウィタエンジェ本人が固まった。傍らに立っている侍女姿の誰かさんも固まった。
「君、僕の好みは知ってるよね?」
「え? いえ、ですから――――」
「まぁ間違ってないんだけど。順序が違うというか、まあいいや候補決定? 頑張って」
 その言葉を理解する前に鋭い短剣が目の前を通り過ぎる。ユラと話していたはずのポワニカが、何処から取り出したのか短剣を無数手にしてシアンに微笑んでいる。
「それでは花婿候補の修行開始でしゅね。短期間で相応しくなっていただきましゅ」
 そのまま再び正面を見ると笑顔が二つ。
「手荒ですまないがポワニカ達が第一関門だ。我が家はこう見えて今も色々大変でね」
 にっこり。
「是非、相応しくなってくれたまえ」
 かくして逃走劇は始まった。

「戦う能力は随一なのに不憫な人生でござるなぁ、シアン殿。南無〜」
「お姉さまの伴侶希望となれば『周り』が煩いですから。私も初仕事行って来ます」
「シアン卿は戦の時も重装備で戦って来た御仁‥‥この際、花婿修行ついでに身軽さを鍛えられては如何かな? 気も抜けぬ訓練で。いこうか、ちびや」
「あら可愛い猫。随分大変そうですね。私達はお茶でもしますか?」
「賛成です。私、実はまだ披露していない曲がありまして」
「シアンおにーちゃん、毒とか盛られそうだけどアイがあれば乗り越えられるよ多分!」
「ちょっと! 助けて下さらないんですか!」
「‥‥無力な私を許してください! 私には愛する人が!」
「フローラさん!? 誤解を招くような発言しないでください!」
「シアン君、頑張って。私バースの方に移住するつもりだから、シアン君の男が磨かれる過程がゆっくり拝めそう。ちゃんと生き抜いてね、会えなくなるのは寂しいから」
「ぷくく、酒の肴が決定しちゃったのね。海から偶に会いに来ようかしら」

 仲間達の声援に青ざめる男が一人。襲い来る者達が幾人か。
 バースの空は白く儚い雪景色。賑やかな日々は、暫く続きそうである。