●リプレイ本文
此処は魅惑のママンずカフェ。
其処の道行く老若男女に、量り売り式の愛を運びます。
ぱぁん!
と店内に響く割れる音。みれば席についたお客様が、不注意でティーカップを床に落として割ってしまっているではないか。集中する視線と、割れた破片にオロオロしていたが、フロアに目を光らせる女性達が指示する前に動いた凛々しい男二人組。
「お手を触れないでください。此方で片づけを。只今新しい紅茶をお持ちします」
半泣きの女性に向けられる、ラディス・レイオール(ea2698)の昼版営業用スマイル。
「す、すみません。つい手が滑って‥‥で、でも片づけ。それにカップも」
慌てて破片に指を伸ばす女性の手を拾い上げたるはヴァイン・ケイオード(ea7804)。
「触れたらだめだ。大切な指に傷が残るだろう‥‥おっと。さ、お席でお待ち下さい?」
微妙で気障な台詞が似合うのは職業病、さりげなく指に指を絡めて愛おしむのも職業病。
初な乙女(お客)の頬にポッと朱色の花が咲く。
物陰で拳を握る朱華玉(ea4756)。空き手には血の滲んだ木の棒(注意:店の備品)が。何分系列店の運営を手伝ってきただけあって、コツを掴めば対処の早い人々もいる。
同じくママンずカフェの接客教育係のフレイア・ヴォルフ(ea6557)や状況を楽しんでいるマルト・ミシェ(ea7511)を除き、何故此処に、此処はいずこの別世界、と自問自答繰り返す叶朔夜(ea6769)を始めとした者達が、繰り広げられるリアル画調の店内に呆然としていたが、時間も多くは与えられず、女性客を掴むべく奮闘する従業員達。
夜になった方が大変だ、と言うことを知らぬが華。店内は絶えず賑やかだ。
「僕ちゃんと男に見えますか? 見えますよね? 女子に見られたらどうしたら」
「心配するな」
開店前の時の事。正装して一人物陰で呟くカシム・ヴォルフィード(ea0424)。もうじき開店時間だというのに心配で身も心も削られているような顔をしていたが、一言声をかけたフレイアが手を引いて優雅に腕の中にカシムを捕らえる。当然フレイアも男装している。
ついでに背中に薔薇背負っているように見えるのは幻覚だ。
「一日かけてあたしと朱とマルトで『おばさまにもてる男』講義をたっぷりと手取り足取り腰取り教えただろう。あんたも自信を持つんだ‥‥さぁ、涙を拭いて」
「立場が逆転しとるのぅ。フレイアさんも男らしいのぅ。こりゃ夜の酒場が楽しみじゃ」
手取り足取り腰取り教える光景を前に、お客常連だったマルトがほっと吐息をもらす。
その横では、ラディスが鏡を前に化粧に勤しんでいた。「急がないと開店しますよ」などと呟きながら手慣れた動きで支度をしているが、やはり慣れない者もいるわけで。
「いい、いい、そんなに気合いを入れなくとも私は」
「大丈夫、大丈夫。別に取って食べたりなんてしませんから。さ、早くこっちをむいて」
ごきっ。
と朔夜の首が嫌な音を立てる。
最初は妙な依頼を受けたとぼやいていたアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)だったが、楽しもうと決めたら気分は薔薇色。化粧を含めて気合いのない男性陣を着飾ってあげていた。実に表情が生き生きしている。
「あ、ねぇねぇ、僕これでもいい?」
普段の格好を多少小綺麗にした感じのキリク・アキリ(ea1519)は騒がしい仲間達に声をかけた。
丁度、脱走者をつかまえて戻ってきた華玉が「じゃあ次は化粧ね」と手招きする。
キリクがよく見てみると、華玉はヴァインの首根っこを掴んでいた。其れはさながら悪戯に逃げ出した子猫を捕らえる母猫の姿に似ていた。しかしヴァインの顔は蒼白だ。
「ヴァインさん、随分ボロボロだけど大丈夫?」
「おまえキリクだっけ? 俺はちょっとな、人生の賭に負けたんだ」
どんな賭だよ、とか思ってはいけない。
ボロボロになりながら渋く台詞をキメる。
「気にするな、商売道具の顔に傷はついちゃいないさ、お互いプロだからな。今日は俺が賭に負けた、それだけの事なんだ。それにしてもレンジャーの肩書きがむせび泣くぜ」
ずるずる、ずるずる。大の男を引きずる細身の華玉。
壮絶な戦いが繰り広げられた模様である。果たしてヴァインと華玉の脱走をかけたエンドレスの戦いに終止符はあるのだろうか。
華玉の「逃げようとし・ちゃ・ダ・メ」という甘ったるい言葉に身震いしながら、仲間に引き渡されるヴァイン。大変なお店なんだなぁと純粋なキリクが感心一つ。
何しろ店長と副店長相手に何の店なのかも最初は分かってなかったキリクだ。
「さ、こっち座って。わー十四歳の肌つやつやもちもちー、おねえさんに譲って〜」
「ええ? 僕の顔はあげられないよー、ごめんなさい」
そんな店裏の経緯をお客達が知る由もなく、着々とお店は進む。
「お待たせしました。こちらが御注文の紅茶と当店自慢のパイになります」
スマイル0G。
芸名を『シムカ』と改めたカシムは、平常心平常心笑顔笑顔と呪文のように繰り返しながら、素敵なお兄さんを心がけて気が抜けない時間を過ごしていた。
「まー、美味しそう。ありがとうシムカちゃん。可愛い顔に凛々しい姿も素敵ねぇ」
比べられた対象は、男装姿のフレイアやアレクセイだろう。女性と勘違いして褒めているようだが、カシムは男。崩れそうになる笑顔を保ちながら受け流し、「でも僕、実は男性なんですよ?」とフレイアに叩き込まれた『注文取る時は片膝ついて上目遣い』の格好で『ちらりと見せる男らしさ』を演出。奥様の心を刺激しながら、厨房へ戻ると凛々しさは何処かへ消え去り、膝を抱えて落ち込んだ。
「何をおちこんどるんじゃぃ」
「マルトさん‥‥、そんなこと言われたって僕は男なんだよ。一番気にしてるのに‥‥」
膝を抱え、半泣きでぶつくさ呟くカシム。祟ってやるという幽霊がごとしだ。
「なーにを言っとるんじゃ。上手く切り抜けたじゃろう。此処では固定客を作ったもんがちじゃ。フレイアさんも言っとったじゃろう。一番大事なのは『お客様に楽しんでいって欲しい』と思うことじゃとな、それみてみぃ」
マルトが促した先には、落ち込んでいた様とは裏腹に、慣れてきたのか生き生きして働いている仲間達の姿があった。一部吹っ切れてしまった者もいたようだが。
アレクセイはといえば、さりげない気配りで好印象を与えている。その気配りがお客だけにとどまらず、従業員にも発揮されているので素晴らしい。さらに年若い女性客の何気ない会話に笑顔で混ざりながらテキパキ動いていた。
「それ、誓いの指輪? お姉さんすみにおけなーい」
「よくご存じですね。ばれてしまいましたか‥‥でも詳しいことは私の秘密です」
「うっわぁ、意味ありげ。教えてよぉ、ねぇねぇ、こっちの席で一緒に話そうよぉ」
「残念ですが仕事中なのでご遠慮いたします。けど、ご注文があればその度にお席へまいりますよ、今みたいに。何かありましたらお申し付け下さいね」
「じゃあ私達の注文はお姉さんが専属ね!」
と言う具合にドンドン注文が入る。
朔夜も朔夜で最初は呻いていたが、売り上げに貢献せねばと張り切ってからは、白い歯も光る笑みを向けて婦人達を狙い落としていた。何事も経験と自らに言い聞かせていたが、どことなく何かが解放されたように見えなくもない。
「それではすぐにご注文の品をお届けに参ります。しばしお待ち下さいませ」
営業スマイルが板についていた。
キリクは小さな体で忙しく店内を走り回っている。慣れない仕事を危なっかしくこなしている様は、初々しさもあってか見る者の口元に笑みを運ぶ。
しかしその初々しさが故に奥様達が可愛がろうと近くに呼ぶ。酒は飲んでいないはずなのに酒の肴のような感じだが、キリクは困りながら至って自然に話をかわす。
例えば何故こんな所で働いているのかと聞かれれば。
「会いたい人がいて、その人に会う為に、このお店に来て働いているんだ。まだ会えてないけど」
うつむいた顔。
此処でおばさまはキリクを訳有りの少年と見て、こんな妄想を始めた。
なんか訳有りの子? その切ない顔は何?
え? え? 小さな子がこんな厳しそうなお店で泣く泣く従事? お金でも集めてるのかしら?
家が大変なのかしら? それとも恩返し? 記憶に残る微かな面影を辿って再会を願ってたりして? なんて感動的な!
――妄想完了。
「うっうっう、世間は冷たいものね。くじけないでご家族を養って頑張っていってね!」
「え? えぇっと」
いつの間にか、キリクは貧乏な家を支える幼い大黒柱、に脳内変換されていた。妄想侮り難し。訳も分からぬまま同情されて混乱しつつもおば様達の熱烈なファン、生まれる。
落ち込んでいたカシムはぽかーんと店内の様子を見ていた。
「な? それにこれくらいで草臥れると、夜がもたんぞえ」
そうして気疲れして倒れる男が現れる、居酒屋二丁目の夜が始まる。
昼間、女性に間違われて心的ショックを受け続けていたシムカことカシム。
何故其処まで準備万端なんだと問いたくなるレインボーリボン、獣耳ヘアバンド、巫女服、魔法少女の枝、魔法少女のローブのスペシャル自前セットを身につけていた。
が、何しろ『魔法少女のローブの対象年齢は十四歳の少女』である為、大の大人が身につけるとムチムチである。且つギリギリである。裾を抑えて顔を赤くして俯いていた。
キリクは女性達に格好を弄り回され、フレイアの持っていた魔法少女ローブや真珠のティアラといった物を着せられていた。幸い丈はマッチしていたが、カシムとお互いの格好を店内の隅で見比べて顔を赤くしている。初々しい。
「僕、変な目で見られてないですよね。さっきシムカママ、て大声で呼ばれて」
「こんな格好する日がするなんて思わなかったし、雪哉ママーって僕もさっき呼ばれて‥‥僕なんかがいて平気なのかなぁ。あ、朔夜さ‥‥じゃない、桔梗ママさん」
「名前で良いぞ。俺も女性の和服なんぞ着る機会が来ようとは思ってなかった」
朔夜は和服美人の名を恣にしている。何しろジャパン出身のママが主運営しているだけ合って、和服姿のママの需要も高いのか、あっちこっちに呼ばれる始末。
「礼儀正しいお客と、質の悪いお客の差が激しいな。紳士的な対応は絶対のようだし、慣れないと体力を消耗するだけだと分かったが‥‥あの二人は凄いな」
三人が見つめる先に、手慣れた先輩の姿が映る。
ラディスはきりりと美しく引き締まっていた蒼いドレスで、先輩の後光が眩しく輝いていた。傍らのヴァインもまた衣装から小物に至るまで純白で統一し、楚々とした百合のような雰囲気を漂わせている。
二人の朱を引いた唇や裾から見える白い肌に色気が漂うのは、二丁目先輩の貫禄を漂わせているが称賛して良いかどうかは謎のまま。
「いらっしゃいませ。私はアレックスと申します。新規様一名ご案内致します」
「ち、違います私は此処で働いていて、今日はお休みだったんですけど、ママンずの店長と副店長に呼ばれて‥‥いた、主様!」
「あ、アリアドネ!? あ、休みだったんだ。道理で姿を見ないと‥‥うー‥こんな格好、アリアドネに見せたくなかったなあ‥‥へ、変じゃない? 大丈夫?」
アレクセイが対応に出た人間の少女、どうやら雪哉ママの知り合いのようだ。
新しい系列店と新しいママ達の参入に一日中お店に入り浸りのお客様もいたわけで、え、何、主様? どういう関係? 感動の再会? とざわざわざわめく店内もあり。慌てて奥へひっこむ二人。台所は忙しく、化粧部屋へと追いやられる。
「社会勉強の事も聞きたいし。もし時間が取れたら二人でゆっくり話したいんだけど‥‥って言おうと思ったのに、お店から追い出されちゃったね。後で戻らないと」
「主様、どうして此処へ? 店員として来てるってネイ様達に伺って」
沈黙が降りる。この二人、元々別の事件で巡り会った敵同士似も似た間柄だった。主と呼ぶのも当時の名残で、何かあれば命を懸けて殺し合う関係だったが、今はその関係も消えていた。仕事の格好のまま照れくさそうに笑う。
「こんな格好で言う事じゃないとは思うんだけど。えっとね、僕がもっと立派な騎士になったら、君に相応しい主になれたら、君を向かえに来るよ。‥‥だから、待っててくれる?」
本当は働くのではなく、これを言いに来たのだと伝えて、少女は笑う。
待ってます、とかつて貰った金の指輪を填めた手で、キリクの手を握り返した。
「閉店後にからかえるわね」
「からかえる体力が残っていればだけどな。昼間の仕事に夜の給仕、ほんと重労働だ」
「ほっほっほ、二丁目をなめたらあかんぞえ。精神も肉体も限界まで使うからのぅ。遊んでいる分には楽しいんじゃがな」
華玉、フレイア、マルトの三人がキリクを呼びに来たが、一部始終をみて出歯亀よろしく折り重なるように隙間から中の様子を除いている。はしたない。
「ちょっと其処の皆さん何をしてらっしゃるんですか」
アレクセイが三人を呼びに来た。華玉を先頭に次々仕事へ戻っていく。暫く席を外していた間に、数十分前までオロオロ恥ずかしがっていたシムカママは、桔梗ママとともに泥酔客の対処を逞しくやっていた。
「お、お酒ですか? 僕は駄目で、いえほんとに‥‥」
「ち、のめねえのかよ。なぁ桔梗ママは何処にすんでるの〜? ふぐっ!」
目にも留まらぬ早さでスタンアタック一発。
「まあ大変、そんなに飲むからです」と運び出す朔夜こと桔梗ママ。お手伝いしますと酒から逃れるシムカママ。
「いーコンビだなぁ」
しげしげと遠巻きに眺めるフレイア。「座っている客への対処が甘いのぅ」と厳しくチェックするマルト。「あまーい! あれじゃオンナの心を掴むなんて100年早いわよー!」と後で再び特訓を決意する華玉。「迷惑なお客様には笑顔でアレ(スタンアタック)が一番です」と同じ対処を取っていたアレックスことアレクセイが微笑む。
かくして夜も過ぎてゆく。店が終わればママや他の従業員にアレクセイが胃に優しい飲み物を配っていた。掃除も終えて奥に引っ込むと、皆ぐったり無駄口を叩く余裕もない。
「おつかれさまー、随分へたばってるのねぇ」
ママンずの店長プシュケと副店長のネイが冒険者達を迎えに来ていた。
ママンずと二丁目には住み込みで働けるだけの部屋がある。始めて勤務した者達などが特に疲れ果てていたが、何時までも休めるわけではない。遊ぶ暇もなく冒険者達は割り当てられた部屋に引き上げていく。
月が落ちて日が昇る。
燦々と輝く日差しの下で、今日もまた眩しい笑顔と共に張りのある声がする。
「いらっしゃいませ旦那様」
「いらっしゃいませ奥様」
「いらっしゃいませお嬢様」
本日もお客様を笑顔且つ最高を持ってお持てなし。
キャメロットの高級喫茶店『ママンず』、そして秘境の居酒屋『二丁目』。
年中無休でございます。