芸術家の苦悩 ―海の名前―

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 17 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月09日〜08月19日

リプレイ公開日:2004年08月10日

●オープニング

 ぱたん。と扉が閉まった。カツカツと依頼人の足音が遠ざかっていく。
 それまで笑顔で応対し、ニコニコしていた絵師の眉間やこめかみに亀裂が走った。びしびしと猛烈な勢いで血管が浮き上がり、笑顔の背景が修羅のように変化する。口の端を蛇のように吊り上げ、震える手は――――テーブルをつかんだ。
「――っ、そんな短時間で出来るかボケェッッ!」
 どんがらがっしゃーん。再び机が一台ゴミ行きに。
 口汚く依頼人を罵る絵師、マレア・ラスカ。二十二歳、独身。ただいま心トキメク旦那様募集中。
 先日、冒険者八名をモデルに天使を描き、個展を開いたマレア・ラスカは何処か如何わしげな裸体の絵から開放され、天使画の専門画家としてようやくそれなりの地位を確立したらしい。個展後、各所からオファーは絶えず、毎日好き放題に絵を描く生活を楽しんでいた。――はずだった。
「だあぁぁぁっ! なんで妙なお偉いさんくんのよーっ! いや、来てもらわなきゃ困るけど、いくらなんでも一ヶ月以内に仕上げろですってぇ――体は一つしかないんじゃぁ!」
 今度は壁を破壊しだした。
 この破壊衝動はどうにかならんのか、と片付け役のメイドさんが涙する。

 本日来訪したマレア・ラスカのお客様は、それなりに身分のある人間だった。守秘義務があるのでマレア・ラスカも口外しない。それはともかく、依頼内容は「海を舞台に人魚やセイレーンを描いて欲しい」という依頼にくわえ「幼い天使の彫刻を作ってくれ」というのだ。
 しかも両方とも期限が一ヶ月以内。どう考えても間に合わない。
 良い素材を探し出すのは至難の業で、壁画だけならまだしも彫刻となると分野が違う。マレア・ラスカには一通りの美術知識はあるが、あくまでも商品は『絵』であって、『像』となると商品になりえるか問題だった。下手に断ることは出来ないし、引き受けた以上は完全な形で仕上げたい、と思うのが芸術家の性である。
「えぇい、ウジウジしてらんないわ。モデルとお手伝いさん込みで助っ人頼まなきゃ」
 いつぞやの話が現実に。
 こうして天使画で名を上げた絵師マレア・ラスカは、冒険者ギルドに依頼を出したのだった。

 なんだか冒険外の依頼が増えていくこの頃のギルド。
 不憫な気がするのは気のせいか?

●今回の参加者

 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0643 一文字 羅猛(29歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea0655 シェリス・ファルナーヤ(20歳・♀・ジプシー・エルフ・イスパニア王国)
 ea0693 リン・ミナセ(29歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea1024 曹 天天(23歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1350 オフィーリア・ベアトリクス(28歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea3227 コーカサス・ミニムス(28歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5442 エリカ・ユリシーズ(33歳・♀・レンジャー・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

 キャメロットから離れた森の中に、マレアの別荘がある。近くには清水の小川や小さな湖と、彼女の画風にマッチした場所といえた。モデルの冒険者を迎えた鬼気迫る表情の絵師マレア・ラスカだったが、顔ぶれを見て花を咲かせる。しかも、きゅーと遠慮もなしに九門冬華(ea0254)を抱きしめた。
「あらぁ、冬華ちゃんじゃないの。『蒼天の左翼』のウケよかったのよぅ」
「は、はぁ。今回も宜しくお願いします」
 どうやら顔見知りらしい。マレアは冒険者達を一瞥すると、微笑む。
「皆さんとは初めましてね。絵師のマレア・ラスカよ、忙しいところありがとう」
「余りに大変そうなのでお手伝いを志望し、やってきました。リンです。セイレーンをさせていただこうと思っています」
 リン・ミナセ(ea0693)は礼儀正しく挨拶し、自らの志望を述べた。その脇でひょっこりチャイナ風味の少女が顔を出す。同じくモデルを受けた曹天天(ea1024)である。
「無理難題に正面から挑むマレアさんの姿、私は偉いと思うネ。だから私も一生懸命モデルさんするネ。文字通り一肌脱ぐのヨ。私、天天、よろしくネ」
「お肌すべすべムチムチ可愛い〜ありがと〜」
 初対面の人間にまで抱きつくあたり失礼極まりないマレアだが、天天の笑顔ににへらと笑いつつ後ろに並ぶオフィーリア・ベアトリクス(ea1350)とコーカサス・ミニムス(ea3227)を見やる。ナイスバディかつ美人揃いなのでマレアの頬は緩みっぱなしだ。
「‥‥オフィーリアです‥‥あの‥‥お手伝いを」
「なーにいってんの、モデルの素材にはなってもらうわよ。ふっふっふ」
「‥‥わたくしの‥‥体は‥‥みすぼらしい‥‥ですから」
 わきわきと手を動かしながら近寄るマレアに怯えつつモデルを嫌がるオーフィリア。
「わ、私もメイドさんしたいです、あの、で、でも、できれば人魚とか」
 これでもかと顔を赤面させてドモるコーサカス。赤面してしまうのが癖なのか人前では踊るのが苦手らしい。照れながらも「頑張ります」と言うあたり健気だ。
「エリカです。基本的にはセイレーンのモデルを希望します。人手が足りないのでしたら人魚にもまわりますから、おっしゃってください」
 微笑を絶やさずに、はきはきと物を言うエリカ・ユリシーズ(ea5442)。これは仕事もうまく進みそうだと思ったマレアは、ふと最後の二人に目を留める。雑用を受け持つつもりで志願してきたジャイアントの一文字羅猛(ea0643)と、パートナーのシェリス・ファルナーヤ(ea0655)に対し、マレアは二人の挨拶を聞きつつも、ジーっと穴が開くほど二人を眺め、続いて他の六人を見回し、うんうんと勝手にうなずいた。
「こりゃ東洋風と西洋風でわけたほうがよさそうね。ところで、シェリスさんだっけ? 羅猛さんとやらは彼氏?」
「えぇ!?」
 いきなり不躾な質問をかます。顔を真っ赤にしてごにょごにょ呟くシェリスを眺め、ニヤリと邪笑一つ。企んだ表情で羅猛を振り返り、ぽんと肩(は届かないので胸板)を叩く。
「彼氏借りるわ。早速で悪いんだけど肉体労働頼んでいい?」
「あぁ、かまわんが」
「よっしゃ! じゃあ早速釣って来てもらおう。ワトソンく―――んっ!」
 その言葉にいち早く反応したのは冬華だった。地響きが聞こえた方向をみやり、猛スピードで間合いを取る。他の人間には訳が分からない。ピリピリした冬華に天天が近づく。
「どうしたネ」
「‥‥ムキムキマッチョが来ます」
 ――――ムキムキマッチョ?
 冬華の意味不明な呟きに答えるように、別荘内部から金髪碧眼のマッシブな男が現れた。
「ハィレディ達。ミスマレアの執事のワトソンです」
 そこな方々。執事かよ、とか思わない。顔を引きつらせた女性陣の前でジェントルメンなジャイアントのワトソン君は、マレアと視線の会話の末、なんと羅猛を掻っ攫って森の奥へと姿を消した。釣り道具一式背負って。
「えぇ? 羅猛――っっ!」
「マレアさん。あの、彼らは何をしに?」
 叫ぶシェリス。エリカが呆然としつつもマレアに問うと、にっこり笑う。
「でっっかい魚とってきて貰うの。人魚とセイレーンだからね、括りつけるのもいいかなとワトソン君と話してたのよ。モデルに使った後は夕食の材料ってことで」
 つまり一石二鳥と。
 自分達の下半身に巻きつけられるらしい巨大魚を考えて、エリカを始めとした残された女性七人は複雑な思いに駆られた。そうか、夕飯は魚か、などとぼんやり考えながら。
 今回の依頼は人魚とセイレーンのモデル、及び壁画と彫刻の手伝いとなる。
 奇遇な事に黒髪と銀髪の美女三人ずつ、と金髪美女一名と面白い容姿の組み合わせとなった。よって部屋割りも其れに習い、冬華と天天、オフィーリアが同室。シェリスとコーサカス、エリカとリンという割り当てだ。ちなみに羅猛はワトソン君と一緒である。
「皆さんはどんな格好をなさるんですか? 私は飾りは無しで青い布を纏おうかと」
 その夜。冬華が言い出した話題に、花が咲いた。合宿じみた今回の依頼、女性というものは夜間に集合して色々と語りまくる習性がある、らしい。部屋割りの意味が無い。
「あ、私もです。薄青の細い肩紐のワンピースでもと」
「リンさんはセイレーンでしたっけ。他の方はいかがです」
「私はお団子髪を解いて水辺で遊んでるネ。泳げないのは秘密ヨ」
 普段は二つに巻かれているお団子頭だが、髪を解くと柔かいウェーブを描く。天天はマレアから特徴的な幼い容姿をいかして妹人魚を演じるように言われていた。
「私は薄いシーツを身体に巻きつけ、かろうじて身体の部分が隠れるような格好ですね、髪の手入れは念入りにしてますし」
「そうネ。エリカさんの髪、とっても綺麗ネ」
「わ、私は‥‥人魚は、は、裸は‥‥その」
「マレアさんは、はっきり主張しないと剥く方ですよ」
「えぇ! せめて肌着‥‥くらいは」
 顔を真っ赤にするコーサカスに、冬華はしれっと答えた。過去のモデル経験を思い出したのか、窓の外に煌く星空を眺めて遠い目をしている。
「お待たせ‥‥しました」
 部屋にやってきたのはジュース瓶を抱えたオフィーリアである。マレアはモデル時間外は好きに暮らしていいと言う。貯蔵庫から何を持ち出しても良いというのだから驚きだ。オフィーリアがコップにジュースを注いでいると、先ほどから姿の無かったシェリスが戻ってきた。僅かに顔が赤い。リンが首をかしげた。
「シェリスさん、顔赤いですよ。どうしたんです」
「え? あ、いえ、ちょっとマレアさんに個人的なお願いを」
「あやしーです。ねぇエリカさん」
「そうですね。白状してみては?」
 まるで巷の奥様座談会。リンとエリカが、そーれ吐け、とばかりににじり寄る。どこか楽しそうだ。そんな彼女達を眺めて笑いながらオフィーリアがジュースを配る。ところが。
「え、ちょ、冬華さん!」
「あはははは、コーサカスさぅ〜〜」
 なんとしばらく喋っていたら冬華が服を脱ぎだした。ケラケラ笑っている。様子がおかしい。近くにいたコーサカスが慌てて瓶のラベルを見た。
「――お、お酒入ってます! オフィー‥」
 オフィーリアも酔っていた。しかも傍らのエリカまで大暴れしはじめた。
 ジュースと間違えて酒を持ってきたらしい。飲んでも気づかないぐらいだからアルコール成分は低いようだが、それにしても冬華とオフィーリア、エリカは酒に弱いのか服を脱ぎ捨て近くの人間に絡んでいる。ぎゃあぎゃあ騒ぎ出した部屋に。
「シェリス、忘れも――」
「だめえぇぇぇえ!」
 騒ぎを知らない羅猛が部屋に立ち入ろうとし、シェリスが飛び掛った。思いっきり押し倒される羅猛。妙なテンションで脱ぎまくる冬華とオフィーリア、エリカ。天天とリン、コーサカスの三人はその夜延々と酔っ払いを静めるために体力を使ったという。
 そんな風に日々を過ごしながらも、モデルの依頼は順調に進められていった。三日間のデッサンが済み、皆が壁画と彫刻を仕上げる場所へ足を運んだ。二日間誰も寄せつけずにマレアが下書きを壁画に写した絵。線画だけでも圧倒的存在感のそれ。
「凄く――綺麗ネ」
 天天が呆然と壁画を見上げる。色がついたら、さぞかし美しくなることだろう。
 壁画は四つのシーンに分かれていた。
 中心にリンがモデルをした『金糸のセイレーン』が船の舵を抱くようにして瞳を瞑っている。右上には姉妹の『黒髪の人魚』を演じる冬華と天天が青い衣を纏い、陽光射す珊瑚の海で小魚と戯れており、左上には同じく姉妹を演じる『銀糸の人魚』のシェリスとコーサカスが舞っているかのように弧を描く。ジプシーという生業に相応しく華やかな二人の姿。右下ではオカリナを抱いたオーフィリアの『黒髪のセイレーン』が、左下にはエリカの満月の夜に海から姿を現して船乗りを誘惑する『銀糸のセイレーン』が描かれている。
 問題だった幼い天使の彫刻モデルは天天になった。羅猛の『空を見上げ、もっと高く飛ぼうとしている夢と希望に満ちた幼い天使の姿』の意見が採用されたのだ。
「さあて、ちゃっちゃと手伝ってもらうわよ!」
 マレアが笑う。過去に無い巨大壁画と天使像がもうじき完成する。
 シェリスのイスパニア料理が振舞われるなど、アットホームな雰囲気で作業は進んでいった。依頼期間は過ぎ、依頼は無事に幕を閉じた。ただ依頼最終日、全員の個別画のデッサンがされたという。後日完成させるからまた遊びにおいで、とマレアが笑ったらしい。

 約束は依頼後に果たされる。
 芸術性を追求した数々のキャンバスは『海の名前』と呼ばれた。その中に一つだけ、地上の僧兵に銀糸の人魚が口付けを望む童話画があったそうだが、これは一モデルの頼みを聞いたものだとマレアは話している。
 壁画と天使像はプリスタン家という貴族の別宅に贈られたが‥‥
 マレアの別宅に飾られた七枚の人魚とセイレーン画は、しばし壁画以上の話題を呼んだという。

●ピンナップ

リン・ミナセ(ea0693


PCシングルピンナップ
Illusted by 清水実羽

シェリス・ファルナーヤ(ea0655


PCツインピンナップ
Illusted by モエコ

九門 冬華(ea0254


PCシングルピンナップ
Illusted by とくがわあい