眠れぬ夜のニヒリスト

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月24日〜08月29日

リプレイ公開日:2004年08月30日

●オープニング

 全ては無意味だと。
 人に説き続けるニヒリストを駆り立てるものは何なのでしょうか?


 布教者という存在はいつの時代にも必ずいる。
 己が信じるものを貫き、神の庇護と存在を広めるべく身を粉にして生涯を布教に費やそうとする者も少なくは無い。世に知られる数多くの宗派の中でも、数多くの信仰を集めるジーザス教。白は救いを与える『聖なる母』の教えを、黒は裁きを与える『大いなる父』を基礎としているのは周知の事実であろう。
 宗教とは、『神』または『超越的絶対者』、もしくは『聖なるもの』への信仰を言い、一般的に、帰依した者は精神的共同体(教団)を営む。

 さて、最近キャメロットから離れた町で奇妙な教団が腰をすえているという。
 ジーザス教の聖書を携えた緑衣の男女達はクレリックらしいのだが、布教内容がやや異常らしい。住民達は気にしないようにしていたのだが、彼らは巧妙に二十歳未満の若者達に取り入り、世が破滅する前に世界を救わねばならない、などと口走りながら谷底の石院に篭ってしまったという。ある種、洗脳じみている。
 そして三日前に事件はおきた。
 怪しげな一団は、一週間後に神聖なる人柱を立てると公言し、祭壇を作り始めた。潜入した者の話では「我々は選ばれた者なのだ。かのメシアにならい、第二のメシアとならん」といって一週間後に集団自殺を実行しようとしていることが判明した。
「子供達を、町の未来を担う若者達を助けていただきたい」
 洗脳され攫われた者の数はおおよそ五十人弱。町の代表者が調べ上げた情報と金貨を持って冒険者ギルドを尋ねた。担当することになった冒険者達の表情が引き締まる。渡された情報、地図と内部構造をみた彼らは苦い顔をした。
 ――――難攻不落の城を思わせる、谷底の石院。
 崖の斜面に大穴を掘って作られた石院は、人の足では西と東からの細い道しか侵入経路がない。足を踏み外せば急な河が口をあけて待っている。教団を構成するクレリックの数は約30人。唯一の入り口には常に二人のクレリックが番兵として立ち、洞窟の構造は十字型であるという。
 最奥の祭壇には教祖のアデラが九時と十五時、二十一時の毎日三度姿を現し、いずれかの時間に信者を集めて演説を行っているそうだ。十字の右の通路先は信者達の宿舎や食堂といった生活空間があり、左側は幹部のクレリックたちの住まいと礼拝堂があるという。洞窟内は常に十人のクレリックが侵入者や脱走者が出ないよう監視を続けているらしい。
 よくもここまで調べたものだ。
 切実な願いを前に、冒険者達は真剣な表情で告げた。
「最善を尽くさせていただきます」

●今回の参加者

 ea1759 シルビィア・マクガーレン(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3198 リーン・エファエイム(24歳・♂・レンジャー・エルフ・フランク王国)
 ea3800 ユーネル・ランクレイド(48歳・♂・神聖騎士・人間・フランク王国)
 ea4089 鳳 瑞樹(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea4484 オルトルード・ルンメニゲ(31歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5587 シルエリン・フォウナ(24歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea5738 睦月 焔(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

『プシュー。私はアデラとして動きたい。死んだと思ってくれて、かまわない』
『私には、あなたが‥―わからないわ―‥』
 遠い日の、記憶。

 奥深い森を抜けて、岸壁を進んだ先に洞窟はある。
 一歩足を踏み外せば川の濁流に飲み込まれてしまうであろうその場所は、堅固な城にも似た役割を果たしていた。大きく掘った岩壁の中は、幹部の信者含め総勢約八十名を収容していると言う。常に二人が監視体制を組んでいる入り口に近づく影。
 今回、救出を頼まれたうちのユーネル・ランクレイド(ea3800)とジーン・グレイ(ea4844)である。何故かユーネルはジーンを縛り上げ、細い道を伝って教団の塒に訪れた。すかさず番兵のクレリックの一人がユーネルを止める。
「入信を申し入れに来た。周辺をうろついていた不審者がうろついてたぞ、ほれ」
「こんな時期にか? 理由は?」
「ジーザス教に足を突っ込んでみたが、あまりにも自分の性と合わなかったんでな」
「そうか‥‥、まあいい、ついてこい」
 ジーンを手土産にしたユーネルは、そうして奥へと連れて行かれた。潜入成功。ジーンは何故か、十字路の左。クレリック達の住居と礼拝堂の方向へ連れて行かれた。
 実はユーネルとジーンは第二班の侵入グループである。彼らの前にシルエリン・フォウナ(ea5587)とリーン・エファエイム(ea3198)が通常の入信者を装って侵入。手順ではシルエリンが通常の連絡手段が取れない突入部隊とのテレパシーによる連絡と、内部から救出対象の保護を中心として動くことになっていた。
 彼女は今、右通路奥にある信者の宿舎で様子を伺っている。一方、三十人のクレリックをどうにか数を減らすべく、食事に一服盛る役目を負っているリーンはといえば、家事技術をいかして食事係の一人になっていた。専門的な知識がない為、毒の細かい基準や作用まで操ることは出来ないが、腹を痛めるには十分なはずだ。
「あの、巡回してる方々にお食事は?」
 首尾よく毒の混入を行ったリーンだったが、一向に中心通路を巡回している十人のクレリックがやってこない。問題なのはその十人だ。是が非でもその十人に毒を混入した食事を食べさせる必要がある。オロオロしているリーンをみてクレリックの数人が噴出した。
「いいんだよ、アレは」
「で、でも、食事はとらないと体に障りますし」
「あははは、アレが、アレが体に障るだってさ!」
 クレリック達はゲラゲラと笑った。ただひたすら。げらげらと、腹を抱えて。

 十字路を徘徊する十人のクレリックに薬を盛ることが出来ぬまま、日は沈み、夜が月とともに顔を出す。石院から少し離れた場所で、突入合図を今か今かと待つオルトルード・ルンメニゲ(ea4484)達。突入班は二手に分かれており、一方は救出対象の退路確保に。もう一方はユーネル達と合流後、教祖を倒す手はずだ。オルトルードと鳳瑞樹(ea4089)は教祖抹殺班である。対して退路確保には睦月焔(ea5738)とシルビィア・マクガーレン(ea1759)がその任務を背負っていた。彼らは今、テレパシーによるシルエリンからの連絡を待っている状態だ。その時。
『――聞こえますか?』
『シルエリンか! 私だ、オルトルードだ。洞窟の状況はどうなっている?』
『潜入班は皆散り散りですわ。先ほどリーンさんとテレパシーで話しましたが、全員に毒をもれなかったようです。何故か「食わせる必要は無い」と笑い飛ばされたそうで』
『――笑い飛ばされた?』
 それからしばらくオルトルードとシルエリンの会話が続いた。やがて交信が途絶え、オルトルードが苦い顔で立ち上がる。彼女は今回、作戦をこの人数でこなしきれるか酷い不安を抱いていた。難攻不落の石院の上、クレリック三十人、救出対象は五十人である。
「夜間の集会は一部のクレリックだけで行われるそうだ。救出対象は右の宿舎にいる。狂信的というより、今では恐怖に支配されて逃げる事を考えられないらしい」
「逃げられると分かれば逃げるさ。計画通り退路は俺達が確保しよう」
 焔の言葉にオルトルードが一瞬口を噤む。
「一つ問題がある。リーンが通路を徘徊するクレリックに薬をもれなかったらしい」
 つまり最低十人のクレリックとは正面から激突しなければならないという事だ。戦力差は歴然。明るくなった表情も、一気に暗く引き締まる。戦略合戦も楽ではない。シルエリンの合図に従い、四人は崖を下って入り口に近づく。門番のクレリックを倒すべく、二手に分かれて四人は襲い掛かった。だが。
「な、ん、――灰?」
 オルトルードが剣で切りかかった方のクレリックは、あっさり砕けて灰と化した。瑞樹のオーラショットを頭部に浴びたクレリックが衝撃の強さ故に昏倒、大地へ崩れ落ちる。
 ‥‥――おかしい。
 教団を構成しているのは、黒白はともかくクレリックだけのはず。まさかウィザードまでいるのかと愕然としていた四人に、牢から抜け出し『デス』や『ビカムワース』を放ちながらノーマルソードを片手にスマッシュを繰り出していたジーンの声が飛ぶ。
「瑞樹殿、オルトルード殿も! 惑わされるな、クレリックの半分は灰人形だ!」
 四人が気づかぬうちに、洞窟内は混沌としていた。急ぎ焔が退路の確保に取り掛かる。瑞樹とオルトルードが最奥のアデラの首を刈り取る為、白刃を煌かせて地を駆けた。
「この世が偽りと言うのなら、貴様らは何故、生まれ、この世にいる。その意味さえも探さず、ただ虚とばかり口にする者に私を抜くことなぞ出来はしない!」
 十字路へ向かいながらシルビィアが叫ぶ。杖を振りかざし、冒険者達に向かい来る黒き使い手。その脇で、シルエリンが人々を逃がしにかかっていた。恐怖による支配を受けていた者を逃がすのは容易ではない。また左の通路で仲間の到着に耐え抜いたリーンが、何故か襤褸姿のやせ細った男達も逃がそうと必死になっていた。どうやら牢に囚われていた者らしい。
 クレリック達は接近戦に不利。緑衣のクレリックは倒れ、あるいは灰となる。
 雑魚を援護に任せ、瑞樹とオルトルードが怪我を覚悟で突進していく。奥には教祖に取り入ることが出来なかったユーネルがいた。教祖の傍らに立つ側近クレリックと睨みあっている。オルトルードと視線を交錯させ、瑞樹が吼えた。
「―――ユーネルっ!」
 三対二。
 必ず誰かがアデラを抑えられる!
 狙いに違わず側近のクレリックの視線は泳ぎ、呪文が遅れた。オルトルードが側近のクレリックを弾き飛ばす。
「ミケラ!」
「黙れ。妙な考えは棄てることだ。動けば‥‥始末する」
 底冷えするような声だった。瑞樹はアデラの首筋にぴたりと刃物を突きつけた。三人の威圧感に押され、アデラの動きが止まる。ユーネルが声高らかに叫んだ。
「てめぇら武器を下ろしてもらおうか? でないと教祖様の首と体が永遠に別れ別れになるぞ!」
 形勢が逆転した。教祖を人質に取られ、さすがのクレリックも攻撃の手を止める。その頃にはリーンとシルエリンが人々を外へ逃がし終えていた。後は自分達だけと、じりじりと皆は出口に向かって進む。出口近くで側近クレリックが叫ぶ。
「アモール様、アモール様!」
「ミケラ、鳥を飛ばせ。同胞達に知らせよ」
 ぱっとクレリックは洞窟の奥へと姿を消す。仲間を呼ぶのかもしれなかったが、追うのは得策ではない。救出と脱出が先だ。切っ先をつきつけ、シルビィアが眉を顰めた。
「アモール? 貴様、アデラではないのか」
「愚かな。貴様らはアデラを名前と思っていたのか。コレは称号よ、我らが君主より賜りし同胞を束ねる資格者。私は東獣のアデラと呼ばれているのさ」
 男は低く笑う。
「覚えているがいい素質者達よ、我ら灰の教団は常に黒き薔薇ともにあり。汝らが我を滅ぼそうとも、残る教団が動くことを忘れるな」
 なんとアデラは、胸に突き当てられていた剣先に向かって突進した。ずぶりと切っ先が沈む。まさか自ら串刺しになるとは思っていなかった面々、一瞬だけ拘束が緩み、その隙にアデラはシルビィアを蹴り飛ばして剣を抜くと、なんと崖から身を投げた。
 時同じくして首に黒薔薇の絵札を下げた何十羽もの鳥が鈍色の夜空へ散っていく。冒険者達に鳥を打ち落とすすべは無い。東獣のアデラが塒の落城を知らせる鳥を眺めて、奈落へ堕ちゆくアモールは笑う。
(「プシュ―、私は膝元にいけな、かっ、プ‥ュ‥‥ケ、ご‥‥め‥‥」)
 断崖絶壁。ドォッと水音は聞こえるが底は仄暗く、果てしない闇が広がる。
「くそっ!」
 崖の下を覗き込む焔の肩を、ジーンが止める。ジーンは首を横に振った。
「あの怪我で濁流に流されたんだ。――十中八九、助からん」
 緑衣のアデラは激しい水音の中へと姿を消した。


「クレリックのカラクリ、どうなってるんだ」
 一夜が明けた。洞窟はすでに魔法で崩され、忌まわしい場所は埋められている。
 朝食を終えた頃、オルトルードは昨夜のゲリラ戦の最中、ウィザードの事などをジーンに問うた。ジーンはクレリックの半数が偽りだと見抜いている。リーンも口を挟む。
「僕も伺いたいです。毒をもれなかった時、本当にひやひやしてたんですよ。突然牢からウィザード連れ出してきたから驚きました」
「あぁ、あれか」
 ジーンによれば妻や夫・恋人を盾に、デス、ロブライフ、カース等をちらつかせ、信者クレリック達はウィザード達を軟禁。十四日間にわたる責め苦の末、正常な判断を失わせていいように操り続けていたらしい。アッシュエージェンシーによるクレリック姿の監視人形もその産物だったようだ。そうして数多くの人間が構成しているように見せかけた。
 ジーンが不審者として捕らえられウィザード達と同じ牢に入れられていなければわからなった事実である。焔が渋い顔でカップのミードを睨んでいた。
「最後にこの手でトドメをさせなかったのが心残りだな」
「どうせ生きちゃいねえさ」
「瀕死の怪我だ。崖から飛び込んだ時点で五体バラバラだろう」
 ユーネルとシルビィアが焔を宥める。
「なんにせよ、殲滅して正解でしたわね」
 シルエリンが呟く。人間を人間とも思わない連中。おそらく、あの団体における教祖の発言からして、アモールとやら以外にも『アデラ』という位を授けられて教団を形成し、動いているものは何人もいるだろう。そして表舞台に出る偽りの教祖『アデラ』達を、裏で操っている大陸のどこかにいる真の教祖もまだ闇の中である。
「おねーちゃん、おにーちゃん、お礼のパーティ始まるよ」
 いつの間にか、小さな子供達が八人の袖や裾を引いていた。子供がにこりと微笑む。
「皆お礼がいいたいって。早く早く」
 先の見えぬ話をしていても仕方が無い。瑞樹が裾を引っ張っていた子供を抱き上げた。
「よし、パーティにいくぞ」
「いっくぞぉ!」
 苦労の末に取り戻された心の絆。今はただ、自らの手で救う事が出来た多くの命を喜び、つかの間の癒しと平穏に浸る。心の奥から湧き上がる、達成感に背を押されて。
 八人がその日、救い出した者達と共に祝杯を挙げた事を此処に記しておこう。