●リプレイ本文
取り返して欲しいと少女は言った。とても大切なものだからと。
村を出る少し前の事である。
尾花満(ea5322)が見送りにとついて来た依頼人のプティにカリヨンベルについて問いかけたが、唇を固く結んだまま一言も答えなかった。またシータ・セノモト(ea5459)やミカエル・クライム(ea4675)が出発ギリギリまで村人に聞いて回ったそうなのだが‥‥
「何故、例のカリヨンベルが村にあるのかは誰一人知らないんですって」
調査を読み上げたシータは溜め息をはいた。横で現代語に精通するミカエルが、シータのイギリス語をラテン語に翻訳している。仲間にはラテン語しか話せない者や、イギリス語しか話せない者がいた。言語の壁というのは厄介である。それはともかく村人は誰も、十二個のカリヨンベルがいつから村にあるのか知らないらしい。それだけではない。
「シータさんの調べた内容だと、村人の答えは『高価で盗まれたのは惜しいけれど、危険を冒してまで手に入れたいとは思わない』だった。私の場合は『命に代えても奪還すべきもの』と答えた人が多かったの。意見は真っ二つだったわ」
「曰くが分からないのもそうやけど、相反する意見ってのもへんやねぇ」
ミカエルの言葉に牙威月(ea3205)が腕を組んでふぅむと唸った。奪還派の人間は、頑として理由を語らない。依頼人の少女も口をつぐみ、仕方が無いので回答は得られぬまま七人で森の奥へ向かっている。今回の依頼で重要なのは十二個のカリヨンベルを無事奪還する事だ。
『――聞け、白銀の鐘の音を。その麗しの音は、私達の暗い心をも明るくする。その音は遠い記憶を鮮やかに浮かび上がらせる』
「ベルの入手経路に非常に興味があるのだが‥‥どうしたものか」
歌うヒンメル・ブラウ(ea1644)の傍らで、愛馬に跨るアイオーン・エクレーシア(ea0964)が呟く。そろそろとウィル・エイブル(ea3277)が動きを止めた。
「エクレーシアさん、尾花さん。馬はこの辺に縛っておいた方が。もうすぐ泉です」
「その方が良いかも知れんな」
ミカエルによって翻訳されたウィルの言葉に、二人が愛馬から舞い降りて近くの木に手綱を固く結ぶ。満が愛馬の鼻面を撫でた。
「拙者はこれから参るゆえ、銀火、おとなしくしていてくれ」
其れを眺めながらヒンメルが言う。
「さて、と。気合入れて行こっか」
カリヨンベル十二個は泉の傍で無残に放置してあった。傍らでインプが三体、歩き回っている。悪戯好きで知られるインプの事だ、深い意味もなく持ち出したのだろう。
「しっかり偵察してきました!」
「‥‥声が大きいですよ」
忍び足で様子を見てきたウィルが敬礼するが、シータが小さく釘を刺す。とはいえお互い、かたやラテン語かたやイギリス語しか話せないので通じないが。ウィルの偵察結果と相談の末に皆が湖を包囲する。ベルの真後ろに威月とシータ、対面の木陰に潜むヒンメルとミカエル、ウィル。インプが離れたら間に入れるようにアイオーンが別所に潜み、ミカエルがアッシュエージェンシーを唱え、身代わりを灰から生み出す事に成功した。
「我が映し身よ‥‥インプに向かって歩き、石を投げよ」
アッシュエージェンシーで生み出した灰の身代わりは単純な命令しか行えず、魔法を唱える事も出来ない。偽ミカエルが歩いてゆく。ウィルが木陰から叫んだ。
「悪ーいやっつらっは刺っしまっすよ!」
インプ達が一斉に声のほうを向く。三体のインプは、警戒心を露に唸り声を上げながら偽ミカエルを威嚇するが意味が無い。命じられるまま歩み、手にした石をインプに向かって投げた。一斉に襲い掛かるインプ達。灰は攻撃を受け、あっという間に元へと戻る。
「――かかれっ!」
威月の雄叫び。皆が一斉に飛び出す。インプ達が困惑している隙にベルとの間に割り込み、飛び込んだ威月が右の拳をで殴りかかった。回避が間に合わずに一体のインプが弾き飛ばされる。威月に向かって二体のインプが牙を剥く。
「ちぃ、そうはさせるか!」
満が左手のダガーを投げた。だが命中率が低すぎる。インプに向かって投げたダガーはインプの足元に突き刺さった。反射的に身を引いたインプ二体。
「火・緋、操・装、我が導きに従え! ファイヤーコントロール!」
「ホーリーっ!」
ミカエルの炎が二体のインプに襲いかかる。そして木陰にいたヒンメルの神聖魔法が、殴り飛ばされて標的から外れていたインプを襲った。軽傷を負うインプ達。アイオーンがロングソードを手に、渾身の力を込めて剣を振るった。
煌く白刃。インプの片腕が飛ぶ。ウィルがダガーを手に駆け出す。殲滅を目的とした七人は、絶妙な連携を保って確実にインプを追い詰めていった。
それから数刻。戦いのすべを持たぬシータは身を挺してベルを守っていた。三体の殲滅に成功した七人だったが、結果的に回避に弱いウィルと満が軽傷を負い、アイオーンと威月が掠り傷。シータとミカエル、ヒンメルは無傷。ベルは無事奪還された。二頭の馬にカリヨンベル四つずつ背負わせ、元気な者達が残りの四つを手分けして村へと運んで帰った。
「皆さん、外に来てください!」
プティが飛び跳ねながらやってきた。村に帰った七人はプティの所へ戻り、傷を負った者は村医者に手当てを受けていた。今晩はプティの用意した三部屋に男二人、女三人と二人、という割り当てで傷と疲れを癒すという事で泊りが決定。カリヨンベルが村人に引き渡されてしばらく経った後である。プティの急かす声にしたがって外へ出た。
――響き渡る、鐘の音。
「いぃ音色ですね」
鐘が戻ったのだ。その証明に鳴り響いた鐘に冒険者達が耳をすませる。ぽつりと零したウィルの言葉に続き、シータが顔を赤くしながら――突然走り出した。
「わ、私も鳴らしてみたいな――なんて‥‥い、いってきます!」
楽しげな笑い声が沸き起こったのは想像にたやすいであろう。音色に導かれるようにヒンメルの歌声が村に響く。
――その夜。
闇の中でひっそりと動き出した人影。眠りを妨げぬように歩くという配慮ではない。冒険者であるなら一発で気づいたであろう『気配を殺した』歩き方だった。まるで感じない息遣い。廊下を歩く者が戸の前でとまる。ノブに手をかけ、ひねり、軋んだ音をたてて木製の扉が――開く。肺が押しつぶされそうな気配がどっと扉の方から漂ってきた。気温が下がった訳ではなく殺気にも似た感覚に全身が震える。寝台の二人は目を覚ましていたが、起き上がれない。
きしっ‥‥
床が、鳴る。
真夜中の侵入者は、無音の空間に足を踏み出してきた。二人の横たわる寝台を目指して。
きしっ‥‥きしっ‥‥
全身から刺す様な汗が噴出す。
シーツの裾を握り締めて、二人は恐怖に耐えた。言いようの無い威圧感。まるで全身に鉛が巻きつけられたような感覚である。確実に近づく足音。
‥‥――ぎしっ、
足音が寝台の足元の方で止まった。幾度も冒険を重ねてきた身でありながら猛烈な直感的恐怖に煽られるとはどういうことか。何者かが右側の寝台に向かって手を伸ばす。
「そこまでだ」
飛び起きたアイオーンが剣の切っ先を咽喉元に突きつけた。この部屋を借りていたのはアイオーンとヒンメルである。気配が数歩背後に退く。ようやく右の寝台にいたヒンメルも身を起こし、部屋備え付けのランタンに火を燈そうと腕を伸ばした。
「灯りは駄目」
「その声、プティ?」
流暢なラテン語。ヒンメルの驚きの声と共に窓際のアイオーンが窓を開け放つ。月光に照らし出された侵入者はプティであった。
「お、驚いた。僕ぁてっきり暗殺者かなんかかと」
表情が硬直する。侵入者は少女だった。気配を感じない歩き方をし、今まさに刺し殺されんばかりの殺気じみた威圧感を放っていた張本人が、この村娘のプティである事に気づいて愕然とする。無言のままアイオーンが剣を鞘に収めた。
「一体どうした。こんな夜更けに。それに今」
「お願いに来たの。コレを、ギルドの人に渡して」
どうやらイギリス語もラテン語も話せるらしい。二人に押し付けるように小さな袋を手渡す。白い皮袋に黒い刺繍の薔薇。中に親指ほどもあろう大粒のスタールビーが一つずつ。
「どういう事だ」
「それはこの村にあってはいけないの。だから取り返してもらって、ギルドの人に託す事にした。カリヨンベルに隠してあった物なの」
カリヨンベルはあくまでフェイントであり、かつ重要な品であったのだと。
「だったら、僕らに頼まなくても盗まれたままにすれば」
「妹が取り戻そうとしてた。妹より早く手に入れて遠くに運ぶ必要があったの。妹が取り戻せば爺の手に渡る。そしたらパパとママの死が無駄になる」
「――厄介ごとという事か。夜に来たのは?」
「明日じゃ、多分もう会えない。私、裏切り者なんだって。贄になるんだって聞いた。黒薔薇に気をつけて。私の命、無駄にしないで」
皮肉そうな微笑。言葉の意味するところ。
「さっき、異常な気配を感じたが?」
「警戒と気配の殺し方だけ爺のいる教団に仕込まれたの。怖がらせてごめんなさい、気づかれたら意味がなくなるから」
「僕達には詳しい理由は教えてもらえないのかな?」
短い沈黙。
「――全部で十三個あった呪詛道具の一部よ。奴らは数多の血を浴びる事で宝石に魔力が宿ると信じてた。願いがかなうと思い込んでた。兄弟を殺されたパパとママが持ち出して隠したの。残りの行方は分からないけど、灰の教団は全部そろうまで血眼で捜すはずだから‥‥笑っちゃうよね、ただの宝石なのに、何百人も犠牲になったんだよ」
宝石が奴らの手に渡れば、更なる死者が出ると言う。それを防ぎたいと言った。二人は白い小袋を握り締めて懐にしまうと、其々そっと少女の身を抱きしめた。
――これは、別れ。
「必ず、届ける」
「ありがとう。‥‥ごめんなさい。あと、姫りん」
「ん、何?」
「歌。とっても綺麗だった。最後に聞けて、嬉しかった。素敵な歌手でいてね」
「‥‥僕はソプラノ歌手だよ。当たり前」
小さな声で、笑う。
翌日。見送りの中にプティの姿は無かった。複雑な顔で七人の内の二人が押し黙っている。
「プティの姿がみえへんなぁ、挨拶くらいしたかったんやけど」
「ほっほっほ。後で叱っておきますよ。それではお気をつけて」
威月が祖父と妹に握手を交わす。総出で現れた村人に見送られて八人の冒険者は王都キャメロットへと踵を返した。草原と山々、そして奪還したカリヨンベルの音色を胸に。
「プティさんどうしたんでしょうか」
帰り道でウィルが呟く。黙っていたヒンメルが口を開いた。
「多分、もういないと思うよ」
「実は‥‥」
アイオーンとヒンメルが夜の出来事を語る。
後日。白い小袋は無事、ギルドの人間に渡されたという。