芸術家の苦悩 ―美の定義―

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月20日〜08月25日

リプレイ公開日:2004年08月25日

●オープニング

 恐ろしい拷問を。醜い殺人を。
 それら残虐な場面の数々を、類稀なる美しい絵画・彫刻・詩句で表現するとき。
 何がそれらを正当化させるのか。
 証明をすることができる人間はいるのかどうか―‥
                       ――M・E・クワォント

 ここに一人の絵師『であった』男がいる。名前をミッチェル・マディール。
 一部の貴族達の間において絶大な人気を誇り、抽象画家としての地位を確立した男。その高名な画家になりつつあった男が、今までの筆を捨てた。捨てざるをえなかった。それは一時期絵を描かなくなった後、作品制作を再開して数点を仕上げた直後だった。
 利き手に負った深い刀傷。
 鬼気迫る表情のマディールが冒険者ギルドに現れた。マディールは依頼を頼みたい、と言って集められた冒険者に一枚の木炭で描かれたデッサン画を見せる。
「この完成品を取り戻して欲しいんだ」
 その絵は毒々しい赤と黒で描かれた螺旋のような抽象画であるという。抽象画であるからには何かを抽象化したものなのだろう。何の絵ですか、と興味本位で受付の者が尋ねると、マディールは顔を硬直させて眉間に皺を刻んだ。
 ギルドには怪しげな依頼もやってくる。立ち入ったことは聞いてはいけない、という暗黙の掟が受付の人間の脳裏に閃き、本能的に警鐘を聞いた刹那。
「‥‥――遺体だよ」

 ケジメをつけたいのだ、とマディールは言った。
「世間における私の地位は、汚れた闇から成り立っている。基本的に芸術家というのは売れるまでが茨の道でね。誰かしら貴族の後援者、いわゆるパトロンがいなければやっていけない。無論、囲われていた時代の作品はパトロンの要望によるものも多い」
 取り戻して欲しい作品は無名時代に描いたものだという。不憫なことにマディールのパトロンは一風変わった趣味を通り越して異常だったらしい。一般的に死体愛好家と呼ばれる類に属し、お気に入りの遺体を持ってきてはマディールに描かせていたという。
「新しい道を歩きたいんだ。過去にけじめをつけて。初心に戻って。その為に汚点にあたる作品を焼却しようと思って、まずは自分で取り合ってみたんだが‥‥」
 それが、この様だ。と、苦笑いしながら利き腕の傷を見せる。用心棒に切られたそうだ。話し合いも金も駄目。まともに取り合ってくれない相手に、マディールが出た強硬手段は『奪還』という名目の『強奪』だという。
「気分の良いものではないと思う。でも、それを承知で頼みたい。これらの絵の為に誘拐された子供や女もいた。当時の私には逆らうすべが無かったんだ。――後悔している、だからこそ奪還して欲しい。せめて闇に葬られたモデル達の供養をしてやりたいんだ」

 ――――受けてくれるか? と問いかけた。

●今回の参加者

 ea0729 オルテンシア・ロペス(35歳・♀・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ea0749 ルーシェ・アトレリア(27歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1704 ユラヴィカ・クドゥス(35歳・♂・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea1865 スプリット・シャトー(23歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2926 クロエ・コレル(34歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea4554 ゼシュト・ユラファス(39歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5678 クリオ・スパリュダース(36歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

 突入まであと少し。少しだけ前の話に戻る。
『社会とは利潤を追求する世界だ。ボランティアじゃない』
 ダミーが置いてあるという地下。
 絵の判別や屋敷の侵入、用心棒といった様々な不安要素払拭の為に、オルテンシア・ロペス(ea0729)が中心となって皆で計画を立てていた時の事である。
 もしもの事態が起こるかもしれないという事を考慮し、スプリット・シャトー(ea1865)が『無事奪還出来たら追っ手がかかるかもしれない‥‥国外へ脱出するつもりは? ないのなら、貴殿に疑いのかからないような工作をしよう』と提案した。コレに同意するのは他にもゼシュト・ユラファス(ea4554)をはじめ、フィーナ・ウィンスレット(ea5556)も同意見だったようだが、マディールは涼しい顔でそんなことを言った。
『確かに追っ手はかかるかもしれないね。相手は執念深いし。でもまあ、おおっぴらには動けないのも確かだ。名のある貴族だしね』
『これが正しいことかどうかは分かりませんが、一般的に良い事ではないでしょうね』
 泥棒だし、と胸中で付け加えるルーシェ・アトレリア(ea0749)。
『ただ私はマディールさんの話に共感を覚えました、なので受けました。人間、自分が正しいと思った事をするのが一番です、只その結果どういう事になろうと自己責任ですが。‥‥一体どうするおつもりですか?』
『当分身を潜めようとは思う。あてもあるしね。国外にはでなけれど。ギルドが泥棒紛いの依頼を受け付けてくれたのも、迷宮入りした一部の誘拐事件を明らかにする為さ』
『いきなり客人に斬るつけるような輩だ。教育がなっちゃいないねぇ。その貴族。それにしても、その貴族、よくもまぁ牢屋にぶち込まれていないものだね?』
 もみ消しはお得意様か、と呆れた様に呟くクロエ・コレル(ea2926)、その傍らでユラヴィカ・クドゥス(ea1704)がふうむと腕を組んで首をひねる。
『絵の為に誘拐された者までいるみたいじゃし、何か証拠っぽい物ぐらいは見つけて持ち帰れないかと思うのじゃがのー』
『がんばってくれ』
 すっと立ち上がるマディール。話は終わり、と皆も立ち上がった。早朝の突入に向けて準備にいかねばならない。
『誰にでも消してしまいたい過去はある。重要なのはそれに対してどう向き合うか、けじめを付けるかだろう。多少絵の心得があるものとして、依頼主が過去に対して決着をつける手伝いのためなら協力は惜しまない』
『マディールさんがけじめをつけるため、絵の犠牲となった人たちのためを弔うためにも、絵を盗んでこようと思います』
 スプリットとフィーナが意気込みを語る。
『マディール殿、描きたいと思うなら諦めてはならんのじゃ』
 ひらん、と空を舞うユラヴィカの言葉に『ありがとう』とマディールは呟いた。

 隠れていた一行に近づく人影。顔と頭を覆う覆面と頭巾、泥棒スタイルで近づいてきたのは、貴族の屋敷の近くの林に愛馬を隠してきたクリオ・スパリュダース(ea5678)とゼシュトである。鳴かないようにくつわをはめ、落ち着かせておく必要があった。
 時を知らせる鐘が鳴る。そろそろか、とオルテンシアがユラヴィカと共に動き出した。シフールであるユラヴィカが、小柄な体もいかして上空に舞い上がる。薄暗い今、遠めには蝶ぐらいにしか見えないだろう。皆の予測どおり、戸口の用心棒の集中力は切れかけている。テレスコープで周辺を確認し終えたユラヴィカが、合図を送る。潜んでいたルーシェが小声でスリープを唱えた。用心棒の様子は全く変化が無い。薄めでぼんやり下を眺めている。失敗したかと再び唱えようとした所で、ルーシェの手をスプリットが止めた。
「‥‥眠っているようだぞ」
 その通りだった。ブレスセンサーで様子を探っていたスプリット、どうも眠さも手伝ってあっさり術に掛かったらしい。呼吸が浅く安定している。立ったまま眠れる人種だ。
 すぐさま潜んでいた者たちが飛び出し、裏口の用心棒を起こさないように気をつけて縛り上げる。オルテンシアが猿轡をかませ、体力のあるゼシュトとクリオが、用心棒を植え込みに運んで隠した。――第一関門突破。
 沈黙を保つ一同、話すのにも注意が必要。泥棒というのは難儀である。
 オルテンシアが一階を、空のユラヴィカが二階をエックスレイビジョンで透視した。用心棒が二名巡回しているという屋敷。騒ぎは避けたいところだ。戻ってきたユラヴィカがひそりと話しかける。
「‥‥二階に用心棒が一人おったのじゃ。今屋敷端の階段にさしかかっておるのじゃ、もうじき一階に降りてくるぞ」
「一階の用心棒が角を曲がるわ。もう少し待って」
 しばらくオルテンシアが慎重に鍵を開けた。ユラヴィカがその肩に止まる。羽音を消す為だ。先頭グループのオルテンシアとユラヴィカ、ルーシェとゼシュトが辺りを警戒しながら中央の階段を目指した。急がないと二階の用心棒が降りてくる。後衛としてスプリットとクロエ、フィーナとクリオが後に続く。驚くほどスムーズに、八人は地下へと降りた。

「こりゃまた、ケッタイな部屋だねぇ」
 地下へ入ったクロエの第一声である。彼女はマディールには言わなかったが、死体に興味がある為、貴族の趣味で集められた物を拝みたいと考えていた。感心したような呆れたような声。辺りを見回したスプリットが何の感慨もなさげに呟く。
「‥‥これほどまで趣味が悪いと、いっそ小気味いいな」
 小さな部屋に所狭しと置かれた拷問道具。気味の悪いオブジェや芸術とは言いがたい非情な絵画。どっから入手してきたのかミイラなんて物も吊るしてあった。数の多さからして自分で作っているのかもしれない。こんなに膨大な量の中から探し出すのは一苦労だが、皆は気味悪がる暇もなく、急いで探し始めた。
「あったぞ!」
 まもなくゼシュトが声を上げた。物陰に置かれていた絵画、確かにマディールの提示した下絵と同じ。スプリットが傍らに寄ってきた。絵を斜めに傾け、眉をしかめる。
「胎児の隠し絵が浮かび上がらない‥‥、ダミーだ。本物を探せ!」
 戸口でフィーナとクリオが警戒を続けているが、いつ気づかれるかわからない。部屋の中を探しても、一向に本物は出てこなかった。焦りが浮ぶ。その時、一人壁を這う様にしていたユラヴィカが「あ!」と声をあげた。ユラヴィカの指示に従ってゼシュトたちが壁を押す。くるりと回転した壁の向こうに、小さな空間があった。壁に立てかけられたマディールの絵。ルーシェの声が弾む。
「ユラヴィカさん、当たりです!」
「アレなコレクションじゃから、素で保管してあるとは限らないのじゃー」
 隠し部屋や隠し金庫の類がないか、壁を叩いて音が違うなどの怪しい場所にエックスレイヴィジョンで確認していたのだ。いざ持ち出そうと動く中、ゼシュトだけがぼんやりと絵に見入っていた。ぶつぶつと何事かを呟いている。クロエが肩をゆすった。
「どうしたんだい」
「いや、何でもない‥‥行くぞ」
「そうかい。‥‥本当は、その地下にある他の芸術も気になるけど、今は早々に撤収する事が寛容だね。撤収時は追手を考えて散る事にしよう。いくよみんな」
 泥棒や物取りの仕業に見せかけるべく、室内を荒らし、特定の品物を持った八人が部屋から出ようという時にフィーナが叫んだ。
「足音が‥‥上が遽しいです。ばれたかも、どうしましょう」
「私に任せて。みんな退路は覚えてますよね? 援護お願いします。視界を麻痺させますから闇に乗じて逃げましょう」
 ルーシェが先頭となって飛び出した。フィーナの言葉どおり、一階は裏口の用心棒が捕らえられていたのが発見され、遽しかった。用心棒に加え、使用人が駆け回っている。ルーシェが階段から飛び出すと、用心棒達が覆面の八人に向かってきた。ルーシェが唱えていた呪文を解き放つ。
「シャドウフィールド!」
 視界が完全な闇に覆われる。ルーシェの狙い通り、使用人や用心棒は困惑した。八人は壁を這って裏口にたどり着くと、文字通り、闇に乗じて逃げて散ったのだった。

 無事逃げた八人はアトリエに戻ってきていた。不必要な盗んだものは捨ててある。
「さて。今度はおたくがその絵を闇に葬ろうってわけだ」
 感謝の報酬を渡した後、火をくべていたマディールに、挑発的な口調でクリオが言う。
「君の考えている事、言ってみようか。絵を焼く事で死が無駄になるってところかな?」
「こぼれたミルクは戻らない。やり直そうなんて性根じゃ、結局、死体連中はなんの役にも立たなかったってことだよ。いやな仕事も何かの肥やしにゃなるもんさ」
「そういう考え方もあるね」
 言ってマディールは躊躇いなく絵を火にかけた。油の絵は音をたてて燃えていく。
「私の考えはね、違うんだ。役に立てようとか、そういう利潤の問題じゃない」
 クリオが怪訝な顔をする。
「一つ質問しようか。君達が親となり、子が出来たと仮定しよう。愛してやまない我が子がある日突然攫われて、個人の欲望の為に辱められて殺されたとする。君達は犯人をどうしたい?」
 冒険者達が顔を見合わせた。マディールは空に上る煙を眺めやる。
「これは無念の塊だ。確かに何かの肥やしになるかもしれないが、飾ったところでモデルは喜ばない‥‥親族や大衆の前に晒すのは惨い。天に返したいと、私は思ったんだ」
 ごうごうと音をたてて燃えてゆく、おぞましい絵画。
「全く、個人の趣味に人を巻き込んで欲しくないものだよね。こんな絵如きの為にさ」
 ぽつりとクロエが呟く。
「一度嵌ったが最後、心の闇から逃れる事はできん。お前は、本物だ。また会える日を楽しみにしているぞ」
 ゼシュトの言葉に、マディールは苦い顔で笑って返した。