血塗られた白き首飾り

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 85 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月29日〜09月04日

リプレイ公開日:2004年09月01日

●オープニング

某日、冒険者ギルド。
「おっちゃーん、同情するなら金をくれ――」
「ばっきゃろう。テメーはいくつだ!」
「1体」
「個体数なんかきいてねぇ。年を聞いたんだ年を!」
「ぼくちん、ゼロ歳です」
「赤ん坊が冒険者になるな」
「ひっで。ともかくさー、いい依頼ない? 三食昼寝宿付きで。生活困窮してんだよ」
「いいご身分だなオィ。だったらこいつでも受けて来い」
 ギルドのおっちゃんは、冒険者にぺいん、と真新しい依頼書を投げた。

 おっちゃんに尻を叩かれた冒険者やひょんな事からこの依頼に興味を向けた冒険者など様々であるが、一行は複雑な気分で依頼人の待つ部屋にやってきていた。
 表向きは人殺し事件。だがタダの人殺しなら冒険者を雇う必要はあまり無い。
「みてください」
 依頼人の青年が一枚の羊皮紙を差し出す。それは遺体を描いたものだった。事件現場のものだろう。リアルに描かれた遺体の顔は穏やかだが、その肉体はあまりにも無残だった。体を分断する大きな傷がいくつもある。それどころか四肢は捻じ切られたようにもげおちていた。
 おおよそ人の力だけでは、こんな無残な状態にはできないはずだ。
「満月の晩でした」
 ぽつりぽつりと青年が語る。
「父は漁から戻り、いつも通り仲間と賭博場に向かったんです。酒も飲むし賭博も大好きでしたが、自分を見失うような事はなかったし。仲間からも人望が厚い人でした。私にとっては誇りでした。それが、まさか、こんなことになるなんて」
 じわりと浮ぶ涙。悔しさか、怒りか。青年の顔は紅潮し、拳をきつく握り締めた両手からはポタポタと血が流れた。爪が皮膚を食い破るほど。――無念なのだろう。
「親父さんを失ったあんたには酷かもしれんが、要点を説明してもらえるか?」
 青年がごしごしと涙をぬぐう。
「はい。夕方、賭博に行った父はその夜帰ってきませんでした。過去に無い事で、心配で朝になって見に行ったんです。そしたら賭博場は血まみれで。まるで殺しあったような状態でした。家族のように仲が良かったのに殺しあったなんて信じられないし、しかも遺体はこんな状態で」
「それで冒険者を頼ってギルドに来たわけか」
「人間にこんなことなんかできません。素人目にだって分かります。あと遺体にいくつか共通点があるんです。人差し指がなくなっていたりとか」
 青年はすっと袋を差し出した。現場にあった父親が、まるで庇うように持っていたものだと言う。中には一枚のゴールド貨と四枚のシルバー貨、規則的にアルファベットが書かれた奇妙な絵柄の用紙――これは漁師達に今流行っている賭博道具らしい。
 その他にも財布や、手ぬぐい。様々な品物がでていた。最後の一つに目を留める。白くて軽い首飾り。紐は引きちぎられている。
 艶やかな白磁の表面は、白乳色で石よりも軽い。
 釣り針の形を模した美しい民芸品の首飾りの原料が『骨』だと言ったら驚く者もいるだろう。麻紐の先端に括りつけられた拳ほどの飾りは、動物か何かの骨を切り抜いて磨き上げた一品である。よく見れば繊維がみえる表面も滑らかでざらつき一つ無い。
 さてこの首飾りは一体なんなのか。
 実はこれ、最近猟師達の間で流行り始めたお守りである。遠い国から伝わったもので、何の効果があるかと言うと『船旅の安全』であるらしい。日々を海で戦い抜く漁師にはちょうど良いお守りだ。
「おぃ、なんか刻んであるぞ」
 首飾りの平面に、ぱっと見ただけでは気づきもしないほど小さな文字が刻まれている。かなり長文であるが、序文の数行は傷でほぼ読めなかった。じっと目を凝らす。中心部分だけなんとか読み取れるといったところか。
 骨の飾りにはこう書いてあった。
『―お****鳥、愛**小鳥。
  手*****啼い**ら**肩にと***啼***ら**
  愛**声***もの*美し*姿は私の**。お**私だ***の。
  *う*前の**はくび*。
  苦*囁きはく*きの白、甘い囁きはくび*の黒。
  暁の星に届かず、黄昏の影に潜み。
  *びきの歌声に、白と黒になるも*はなし。
  **い小鳥、歌声は偽り、我が手に*って*前の声は*化*誘*―』
(*の部分は削れていて読むことが出来ない)

「このままでは父が不憫でなりません。せめて原因が何なのかを調べていただきたい。依頼、うけてくださいますか?」

●今回の参加者

 ea1322 とれすいくす 虎真(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea4664 リゼライド・スターシス(25歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea4714 ジェンド・レヴィノヴァ(32歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5630 喪路 享介(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

サラ・ミスト(ea2504)/ ヘヴンズゲート・ラ・シエル(ea5992

●リプレイ本文

「事件が呼んでます、謎を解けとこの私を」
 彼の名はとれすいくす虎真(ea1322)、本業はお好み焼き職人だが其れは秘密。
「なんでそんな格好を?」
「何故黒尽くめかって? 如何にも謎を解く専門家って感じだから」
 問いかけたアンドリュー・カールセン(ea5936)に恥ずかしげも躊躇いも無くキッパリ断言する。日本刀を肩に立てかけ、先ほどから一人悶々と考えに耽っていた喪路享介(ea5630)が顔を上げた。「黒‥‥気が合いそうですね」とぼんやり呟く。
 暗い場所が好き、墓場が好き、墓守の彼の感性はちょっと異なる。話のすれ違いはあれど楽しげな男性陣に対して、女性陣は今回請け負った事件に色々不安を抱えていた。
「パーストで犯人が分かると良いのですけれど」
「賭博とかいいながら何か喚んじゃったんじゃないの? 妙に儀式クサイしねぇ」
 ほうっと溜め息を吐くヴァージニア・レヴィン(ea2765)の傍らで、リゼライド・スターシス(ea4664)が右手にぷらんと下げた首飾りを眺めて呟く。骨の首飾りは遺品の一つで試しにリゼライドがリヴィールマジックをかけてみたが反応は見られなかった。
「人差し指だけがない‥‥っていうのは何かしらな黒魔術やら教団関係が絡んでるのか、という感じ、少しあるしね。そいうのは少し調べてみたい‥‥」
 ぽつぽつと言葉を紡ぐジェンド・レヴィノヴァ(ea4714)。今回は原因追求だけとはいえ、奇妙な事ばかり。享介がモンスターの知識に長けた者を呼び、虎真もまた補助を呼んだ。暗く山間に垂れ込む雨雲を越え、彼らは潮風の海辺へと向かう。
 現場に到着して早々、彼らは計画通りに散った。
 虎真は偽名を名乗りながら首飾りの文があってるか、他のにも書かれてるか調べはじめた。尚、彼の付き添いたる女性も首飾りと賭博の出所・流行り始めた頃を外部へ調べに行っている。現場検証にヴァージニアとジェンド、享介が呼んだ女性も付き添う。聞き込みにアンドリューと享介、そして虎真。リゼライドは賭博道具を此処に調べて回っていた。
 三日間の調査光景については此処では語らない。
 あえて一番の功績を言うなれば、ヴァージニアが初日に現場でパーストを行ったことが、後に大きな波紋を呼んだ。彼女が時を遡って見た殺人現場。
 犯人が誰なのか、原因が何なのかを。

 調査四日目。八人は依頼人の家に集合していた。それぞれの調べ上げた結果を持って。
「サラさんとヘヴンズゲートさんも来ましたし、はじめますか」
 虎真は円卓の一席に腰を下ろすと、羊皮紙の束を傍らに置いた。三日かけて集めた事情聴取の功績が其々の目の前にある。ふとアンドリューとヴァージニアの間に置かれた一抱えもある壺に目を留めた。壺は安物で古びており、何故か厳重に封が施されている。
「ヴァージニアさん、アンドリューさん、その壺は?」
「――何らかの儀式の痕跡だ」
 口を開いたのは仏頂面で黙り込んでいたジェンドだった。彼女は現場検証ほか、奪われた人差し指を重点に置き、儀式関連を調べる担当である。虎真が眉を顰めた。
「あの日」
 ヴァージニアが壺を睨みながら言葉を綴る。
「初日に、私はパーストで時を遡って過去を覗き見たの。小屋に集まる漁師達がいたわ、それから一人の漁師が入ってきた。つい最近金回りがよくなったという漁師が来て‥‥」
 ――ゲームをしないか? と漁師は言った。
 その場には七人の漁師がいたという。小太りの漁師が一人、最近知人に聞きかじったというゲームを始めた。リゼライドが調べていた、羊皮紙と四枚のシルバー貨、一枚のゴールド貨を使う最近流行した賭博。それは曰くつきの一種の物当てだった。
「そう、降霊術の一種じゃないかって思ってたんだけど、ビンゴだったわよ」
 溜め息を吐くリゼライド。羊皮紙は奇妙な文字が連続して線を作り十字を描いていた。漁師達は十字の端に四枚のシルバー貨を置き、中央の交差点にゴールド貨を一枚置く。あとは‥‥想像の通りである。ただ、問題はそこからだった。
「終盤に差し掛かった頃、一人、また一人と倒れていったの。賭博をしていた漁師の内、一人を除いてね。最初にゲームを進めた小太りの漁師だった。酒に強烈な睡眠薬を仕込んだみたい。麻痺毒も仕込んだのかしら? 人差し指を刈っていたのは彼だった」
 賭博には曰くがあった。ゴールド貨には神と悪魔が同時に宿り、運が悪いと代償に指を持っていく。だが現実にそんな事があるはずが無い。眠らなかった男は昏々と眠る漁師達から人差し指を刈り取り、応急手当を施すと、指を後生大事に抱えて家に帰ったらしい。
「‥‥その時点では、まだ生きていたと?」
「惨殺されておきながら眠る顔が穏やか、という点には俺も疑念を抱いていました。同意の上か、案外犯人は被害者達と知り合いなのかもしれないと考えていましたが‥‥やはり」
 驚く虎真。享介の双眸がすぃっと細くなった。ヴァージニアが頷く。
「ええ。それで、その後は‥‥」
 言いづらそうにヴァージニアが背後に助けを求める。銀髪のエルフはふっと笑った。
「お姉さんの出番ね。小屋にモンスターが押し入ったそうよ、外見からしてウルフあたりかしら。実際の光景を見てないから断言はしづらいけれど」
 獣の群れが、彼らを襲った。奇妙なのは漁師達を食いちぎり、五体を無残なほど引き裂いておきながら食ったり持ち帰ることは無く、まるで憑かれたようにフラフラと夜の闇の中へ消えていったのだという。ともかく漁師はその時点で‥‥絶命した。享介が問う。
「――生き残った漁師は?」
「これがとんでもない曲者だ。すぐに調べて家を探したら、なんとこれから引っ越すところだときたもんだ。何も知らない、無実だと訴える漁師を取り押さえて家宅捜査したところ床下からでてきたのが‥‥」
 これだ、とアンドリューは壺を指差す。中に虫がいるという。壺をしげしげと眺める虎真、享介、リゼライド。ジェンドが壺を睨みながら答える。
「その壺は‥‥例えば蜘蛛、蜈蚣、蛆虫、蟷螂、蝗、虱や蛙、蜥蜴、毒蛇、果ては犬、狐、狼その他――を一つの壺等にひと固めにして共食いさせ、最後に生き残ったものを術の要として使用する呪術を聞いた事がある。この儀式は持ち主に莫大な財産をもたらす‥‥ただし、月に一度、生け贄に人間を与えて養わなければ‥‥持ち主は食い殺される、と村の古い書物に書いて‥‥あった。起源がかなり古い呪術のようだ、根元を辿るのはどうやらかなり難しいので‥‥諦めた」
 寡黙なはずのジェンドの言葉に、益々重みを感じる一同。壺の中に失われた指がそろえてあったとアンドリューが呟く。つまり生き残った漁師は虫を養う為に人差し指を刈り取っていた事になる。「酷い」と、言葉が聞こえた。アンドリューが言う。
「ちなみにその漁師は捕らえてあるぞ」
「なるほど。呪術の真相はどうあれ、殺された原因は解明されたわけですが」
 いくつか忘れてやしませんか、と虎真が言う。ぴらっと見せたのは賭博という名の降霊術に使用していた羊皮紙である。あと首飾り。
「実はね、この羊皮紙の絵柄。少し変えると文字になるんですよ。ね、リゼさん」
「あーそうだった。これの十字さ、縦は全部『L』で書かれてるじゃない? 横の右は『I』で、左が『K』。順番変えるとさ‥‥『KILL』って読めない?」
 ――――KILL、つまりは『殺す』。
「しかもね、アルファベットの並び、各行並び替えると人物名になるんですよ。リゼさんと手分けして解読したんですが、この村の中の一部の人間の名前で構成されています。さらに言うと依頼人のキュラスさん、彼の名前も入ってました。――呪符、ですね」
「誰かが呪殺道具を賭博道具と偽って広めたということですか?」
 享介の問いかけに肯定の意を表す。虎真は四日目に届いた流行の出所を元に、聞き込みを行った。首飾りや賭博が流行り始めた時期は一致、賭博については怪しげな商人がそれを持ち込んだ事で始まり、商人はすでにどこかへ姿を消したという。
「歌についてはサラさんに外部で調べてもらいました。作詞者がいたそうですね」
「あぁ、一介の吟遊詩人が何かを風刺して歌ったものらしい。本人を探したが、当の昔に墓の下だった。なんでもステイカーとかいう老婆に通りがかりの事件で殺されたそうだ」
 解釈については末文一行以外はすべて正解。ただ風刺内容については分からないらしい。
「首飾りに刻まれた歌。ヴァージニアさんにお願いして歌っていただきましたが、知っている方は此処では多いようでした。わらべ歌になっているそうです。以前此処へ訪れた吟遊詩人に聞いたと言っていましたから、その方かもしれません。何か──事件は色々な所でひとつに繋がっている、そんな予感がしますが」
 残念です、と享介が呟く。数多くの可能性。どれもこれも核心を突いているだけに否定は出来ない。不運としか言いようが無かった。漁師達が呪いに縛られたのか、それとも本当に偶然、命を落としたのか。冒険者達にそこまで知る由は無い。
 満月の晩に起きた悲劇の痕跡。翌日、呪術に使われた虫と呪符、賭博道具や首飾りも事件現場と共に燃やされることになった。形見に、という家族もいたがそれらは呪いの品、結果を報告して焼却処分を納得させた。虎真が呟く。
「謎を解明するプロにも判らない物がある。未来もその一つ」
「‥‥父は、今も天で苦しんでるんでしょうか」
 その脇で、青年は言った。空へのぼり行く灰色の煙。
「レイスになったわけでもない。きっとあの世でも漁にでているのではないでしょうか」
 享介の言葉は気休めかもしれなかった。
 それでも依頼人の青年はその時はじめて、ふっと微笑んだ。
「任務、完了‥‥か」
 天へ届けと投げ込まれた白い花束。
 冥福の祈りが届くかのように、海は何処までも蒼く、空は眩しいほどに晴れ渡る――‥