芸術家の苦悩 ―アナイン・シーの竪琴―

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 17 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月01日〜09月11日

リプレイ公開日:2004年09月02日

●オープニング

「あ、アナイン・シーのこんてすとぉ???」

 こんてすと=コンテスト=展示会=発表会。

 そんな公式がマレアの脳裏を駆け巡る。最近ひょんなこと出費が増えて生活が困窮していた時のことだった。知り合いの貴族様が、お気に入りの絵師に声をかけてコンテストを開くと言う。小さなコンテストとはいえ、そこは王都キャメロット。都内に噂が広がるのは早いものだ。
「さよう、いかがですかな?」
 願っても無い機会だ。賞金は生活を豊かに出来そうだし、それでもあまりが出る。しかし題材が『アナイン・シー』とはどういうことか。
 アナイン・シーといえば、吟遊詩人の守り手とも言われる月の精霊で、ヨーロッパではアナイン・シーの愛を勝ち取ることができたものは素晴らしい歌声を手にいれることができるという伝説まで語られている。美しい者や音楽を好み、性格は気紛れで知られ、しかもめっったに出会えない、というか存在すら伝説視されている精霊だ。
 実物なんか探せない。
「天使画の絵師マレア・ラスカ殿でも、見ることの出来ぬ伝説の精霊はかけませんか」
「うけてたちますとも!」
 見栄っ張りのマレアはあっさり公言。さっさかお世話になっている冒険者ギルドへモデル探しに出かけたのだった。

●今回の参加者

 ea0702 フェシス・ラズィエリ(21歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ea0836 キラ・ヴァルキュリア(23歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1812 アルシャ・ルル(13歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)
 ea3227 コーカサス・ミニムス(28歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3747 リスフィア・マーセナル(31歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4860 ミラ・コーネリア(28歳・♀・バード・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

「マレアさん、お、お久しぶりです。お、憶えていらっしゃるでしょうか?」
「あったりまえよぅ、愛しの『舞姫の人魚』ちゃ〜ん」
 マレアはコーカサス・ミニムス(ea3227)にダイビング。知り合いらしい。抱きつき癖の治らない困った画家だ。例によって例の如く、モデル達はマレアの別荘に召喚された。
「今回は可愛い男の子もいるのねぇ、腕が鳴るわぁ、おおっといけないヨダレが」
 怪しく輝く眼差しに後ずさる男性三人。フェシス・ラズィエリ(ea0702)は、落ち着かない心境に重ねて不安が生まれ、キラ・ヴァルキュリア(ea0836)はなんだか聞いてた話と違わないかと知人を思い浮かべ、双海一刃(ea3947)は動揺を抑えて無表情。
 暴走する絵師マレア・ラスカ。彼女の後ろにマッシブな男と細身の男が現れた。
「ミスマレア、ミスターミッチェルと夕飯取りに行ってきます」
 このマッシブなワトソン君、マレアの執事である。ワトソン君はミッチェルと呼ばれた男を小脇に抱え、釣り道具一式もって森の奥へ姿を消した。既視感を覚えるコーサカス。
「あの、私達はどうすれば?」
 アルシャ・ルル(ea1812)の可憐な表情にマレアは骨抜き。「あぁごめんなさい」と一言、言って別荘の中に招き入れた。「急な依頼なのに、よくきてくれたわ」と呟く。
「昔から見たかった絵が描いてもらえそうな依頼だから引き受けたんです」
 エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)の楽しげな声にマレアも笑う。その時。
『しかし随分唐突な提案だったものですねぇ‥‥、十日で八枚も描けるのですか』
 ミラ・コーネリア(ea4860)のテレパシーだ。彼女はイギリス語が話せないので代理というわけだが、多用して平気なのかは疑問だ。マレアがニィッと気味悪く笑う。
「今回コンテスト、実は『油絵で描くのはコンテスト後』なのよね」
「モデルじゃないんですか?」
「どういう意味だ?」
 リスフィア・マーセナル(ea3747)とフェシスが問う。皆も『?』マークを飛ばす。
「十本指に入った作品だけが後日正式に発注、貴族様が取り合うの。今回のコンテストは発注前の完全な下書きと、それを基準に実物で絵画を表現してもらう演技も審査対象なわけ。生きた絵画って奴ね。会場で其々作るわけには行かないから、上級バードを雇って事前に作った光景をファンタズムで披露してもらうことになるんだけど」
「‥‥初耳だわ、マレアさん」
「そりゃそうよ。今言ったもの。普通の絵画コンテストじゃつまらん」
 呆れるキラ。ゴーイングマイウェイな絵師がいた。
 つまりこの十日間。実質コンテストが行われるまでの七日間は下書きの完成と、『生きた絵画』を最大限見せる為の素材集めが行われた。確かに十日間で絵画を八枚描けと言われて満足な作品が出来るはずが無い。
 さて、瞬く間に準備期間は過ぎていった。会場は熱気に満ちていた。参加した画家十五名、各人四人前後のモデルを引き連れている。ざっと数えて約五十。この倍近い人数が予選、つまり下書きの段階で落選していた。マレアの出展は二日目。
 二日間に渡るコンテストは――幕をあげた。
『エントリーナンバー二十五番、『狭間の調べ』!』
 昼でも夜でもない、明け方とも夕べともつかぬ不思議な時間。林の中で精霊は薄く目を閉じ唇は仄かな微笑。周囲に無数の楽器が置かれ、自ら音楽を奏でる事もなく、夢にいるのか、何処の調べに聞きほれているのか――判別することは難しい。あえて演奏を避けたフェシスが考案した構図である。中性的な魅力に観客はほぅっと見惚れていた。
 ファンタズムに長けた上級バードは次々と芸術家の幻想的な世界を作り上げてゆく。
『エントリーナンバー二十九番、『精霊の使い手』!』
 月の照らせし満月の夜の中、月の精霊が宙に浮かぶ。精霊を後ろから優しく抱きしめて二人の髪が夜の空に靡く。恋人同士のような、そんな微笑ましさを感じさせるキラの構図。
「良い感じ!」
 観客はキラを女性と勘違いしたに違いない。舞台袖でキラはガッツポーズをとっていた。
『エントリーナンバー三十五番、『真夏の世の夢』!』
 森の中で降り注ぐ満月の光。月下で踊る群像。
 長い銀髪に光煌く半透明の衣を幾重にも巻きつけた乙女と手を繋いで踊る美麗な青年。周囲を囲む冒険者らしき男や女、エルフやハーフエルフ、足元ではパラと共に白と黒のウサギや子狐が二本立ちで人の如く手を繋ぎ、シフールと共に半透明の幽霊達が皆笑顔で空を舞う。踊る画面端でリュートを構え月下美人の傍らに座り、半透明のヴェールで顔の上半分を隠した長い黒髪のバードは伴奏を奏で――その唇は調べを歌う。
 童話的な構図を提案したエヴァーグリーン。彼女はダンスパートナーを一刃に頼んでいる。過去を重ね合わせたかの如き光景に複雑な感想を抱かずにはいられない。
『エントリーナンバー三十八番、『月に哀しみを歌う精霊』!』
 月光の下に花の咲き誇る草原。今際の際に最愛のアナイン・シーと再び逢い、満足げな笑顔で息絶えた老吟遊詩人を強く抱き締め、哀切の表情で涙を流しながら月に向かって鎮魂歌を歌う、白絹の布を纏う神秘的な美貌の幼いアナイン・シー。それは悲痛な光景だった。老人は、若い頃に歌声を貰い大成した吟遊詩人なのだろう、仕立ての良い上質な服装を身にまとい、手には黄金色の竪琴を携えている。だが、引き裂かれた精霊は?
 コレを考案したのはアルシャである。アルシャの構図に人々は胸を締めつけられるような感覚を得た。切なくも美しいワンシーンである。
『エントリーナンバー四十一番、『月下の精』!』
 湖畔に浮かんだ月は、鏡の様に逆転。それを背景に、月明かりの中、精霊が舞い降り、小さな竪琴を手に軽やかな足取りで踊る。楽しげなその光景。歌を愛する精霊の至福を表現したコーサカスの構図に、人々は微笑を浮かべた。ほっと息を吐ける光景である。
『エントリーナンバー四十三番、『月の光と詩人の守護者』!』
 月夜、月を背に泉の上にモデルが立つ。身に纏うは、一枚の薄布。それすらも月光で透けて、体のラインは露となる。陰影のせいか、顔は判別がつかない。金髪は自然に流されていて、月の光で輝いている。両手を広げて、絵を見ている者を引き込み、抱きしめんと招くような光景だ。神秘さと母性に溢れたような優しげな雰囲気漂うリスフィアの構図。
『エントリーナンバー四十五番、『朔の静夜』!』
 あちこちの動物。夜の暗く深い森、月の無い星空。アナイン・シーが黒い布を纏い画面向こうから振りかえる立ち姿は人を拒むような、あるいは試すような冷たい表情に加え人と一線を引いた存在を意識させた。四肢を僅かに見せた衣装からは色香が漂う。体にまとわりつく腰まである黒い髪。足元を護るように立つ大きな黒い狼が観客を眺めていた。狼に片手を差し伸べている。人の視線は中央に向かう、腕に抱える銀の竪琴に。
 今にも「その指でその声で、もっとも美しいと思う調べを一節奏でてみせよ」と言わんばかりの孤高の華。冴え冴えとした妖艶な光景に、眩暈を覚えたのは何人いたか。ぞっとする美しさに息を呑む構図を考案したのは一刃である。
『エントリーナンバー四十八番、『恋焦がれ乞う者』!』
 一人二役。片方は男装。森の奥、清らかな泉の側にて竪琴を弾き歌う男の姿。竪琴を奏でながら何者かを待っている。今宵も月は溶け始め、空も白む。どこか寂しげな笑みを浮かべる男、だがその後ろには悪戯な笑みを浮かべた妖精が‥‥くすくすと、笑っているような。アナイン・シーを求め求めてようやく現れた月の精霊、その光景を考案したミラ。これから何が起こるのか、聞かずにはいられない物語調の構図で人の関心を引き寄せた。
 やがて五十番までの公開を終える。さすがのバード達も疲れ気味だ。
「は、恥ずかしかったー‥でも、こんなに綺麗に描いてもらえたのは嬉しいかな。ね」
「本当に恥ずかしかったです、踊りもマレアさん一人の前でしたから、人前でなんて」
 リスフィアやコーサカスが赤い顔で何やら話し合っている。結果を待つばかり、とキラがリラックス、リラックスと言いながら紅茶やお手製クッキーを皆に振舞っていた。
『お待たせしました! 上位十名を発表します!』
 会場がしんと静まり返る。『月下の精』が九位に、『恋焦がれ乞う者』が七位に、『挟間の調べ』は四位、一位と僅差で二位を受賞したのは『月に哀しみを歌う精霊』だった。
『栄えあるKing Of The アナイン・シーに輝いたのは――『朔の静夜』!』
 歓声が、沸き起こる。

「と、いうわけでー、コンテスト上位入賞おめでとーっ!」
 発泡酒のコルクが飛んだ。賞金抱えて別荘へと戻った夜のことである。ささやかながら受賞の祝いにとパーティが開かれた。モデルに依頼料プラス賞金の分け前も渡すという。
 尚、『月の光と詩人の守護者』は惜しくも十一位、『精霊の使い手』と『真夏の世の夢』は同点十三位であった。総作品数五十点の内上位であることに変わりは無かったが、やや評価が下がった理由が、アナイン・シーではなく例えば月の滴と呼ばれるブリッグル等他の精霊や妖精、恋人等別のものを印象付けてしまった点だった。大会コンセプトは大事である。
 ちなみに三位までの受賞者が得た竪琴、マレアはいらないそうなのでお持ち帰り決定だ。
「そういえば忙しくて忘れてたけど、私の恋人があなたに絵を描いてもらってたわ」
「ほへ?」
「冬華って言う子よ」
 料理を率先して作っていたキラが大騒ぎの室内でそんなことを言った。キラの恋人の名前を聞いて「あぁ」と呟く。天使画や人魚画で何度かモデルを頼んだ覚えがあった。顔見知りの話を交え、キラとマレアの話に花が咲く。ふと傍らにフェシスが座った。
「俺は吟遊詩人でも画家でもないけど、楽器も演奏も好きだし、綺麗なものは綺麗だと思う。こういった絵に関わる事が出来て嬉しいよ」
 ――少し恥ずかしかったが、と胸中で付け加える。ほろ酔いのマレアはフェシスに向かって『ニィー』と歯を見せて笑うと頬をつねった。
「嬉しいこと言ってくれちゃってぇ、ウリウリ。‥‥やっぱ、賑やかなのは楽しいわ」
 また騒げればいいね、と笑いあう。其々の意思が尊重された作品の数々の感想や、コンテストの光景。様々な話題が深夜遅くまで飛び交った。依頼は賑やかなまま幕を閉じる。
 さて後日。マレアは完成した八枚は自分の別荘に飾り、なんと複製の絵の方を貴族に明け渡した。誰がやるもんか、と言っていたらしい。絆を渡すのは嫌だという。
 数々のモデルと出会い、別荘に飾られていく思い出の絵画達。
 絵画は今も尚、森の別荘で邂逅の時を待っているのかもしれない――‥

●ピンナップ

アルシャ・ルル(ea1812


PCシングルピンナップ
Illusted by でがらし番兵