芸術家の苦悩 ―美的センスにご用心―
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月25日〜07月30日
リプレイ公開日:2004年07月27日
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●オープニング
「ああぁぁぁ〜〜っ! 違うんだぁ!」
どんがらがっしゃーん。盛大な物音がとある部屋から聞こえてくる。ジャパン風に言うなら「ちゃぶ台返し」、イギリス風に言うならばせいぜい「テーブルクロス返し」だろうか。
語呂の良し悪しはさておいて、某御貴族様のお屋敷一室には世に言うお抱え画家が住んでいた。いつの時代にも金と権力余りある人間はもちろん、それなりの才能はあれども披露する場に恵まれないという人間はゴロゴロしている。
今現在、密室の中で暴れる画家というのも少し前までは、そういう部類であった。彼――いや、彼女が住む屋敷の貴族に拾われるまでは。彼女はその身の貧相さから男物を身に纏っているが、天から授かった才能を貴族の庇護下のもと発揮し続けている――はずだった。
「ああああ、どうしよう! お披露目まで二週間も無いのに!」
画家となれば絵を描くのが当たり前だ。しかし彼女のキャンバスは真っ白だ。
それもそのはず。
彼女のパトロンたる女主人は風景画や抽象画などにも精通していたが、ちょっと変わった趣味の持ち主だった。屋敷の中には所狭しと輝かしい芸術家の作品達が並んでいるが、彼女の通称「秘密の花園」の部屋には裸体系の作品しか置かれていないのである。
んまぁ世の中様々な性癖の人間がいるし、貞操概念の強い世の中、欲求不満の奥様達の心のオアシスなるものがあっても無理はあるまい。
画家は今、猛烈に困っていた。女主人の妄想の世界を作ってやることには異論は無い。自分も一応女だし、気持ちは分からなくもないし、裸像や裸体の絵を描こうが思う存分美術に浸っていることに違いはないから構わない。
むしろ自分も混ざりたい、という問題発言は咽喉の奥でおし殺すにしろ、女主人が定期的に開いている「秘密の花園お披露目会」なる同じ趣味のご婦人方がお抱え芸術家とその作品を抱えて集まる会に自分も作品を出さねばならないのだ。
問題はその作品を仕上げるに値する素材が手に入らないのである。裸体の絵と言うのは、やはり男女問わずモデルによって雰囲気が大きく変わってしまう。若いメイドを使うのにも飽きてしまった。萎れた老人なぞ使いたくも無い。やはり王道は豊満で美しい美女か、雄雄しい男性‥‥なのだが、目が肥えすぎてどうにも納得がいかない。どうせなら裸体ではなくて、ちょっとした爽やかなエロスが見えるものがいい。天使とか。
「こう、斬新で、美しいだけの天使ではなくて、野を駆け回るような」
ぶつぶつと自らのこだわりに満ちた怪しい世界を呟きだす。そこでぱっと思いついた。既存の素材を使うのはつまらないし金が掛かる。ならば。
意を決した芸術家はとんでもないところに場違いな依頼を出した。
某日昼、冒険者ギルド。
「なぁにぃちゃん。いや姉ちゃんでもいいや。短期間で楽していーい金儲けができる話があるんだがどうだい? 芸術作品を作る為の素材になってくれってさ。薄い衣装で少々肌は出すらしいが、――あぁぁ! ちょいまてって! 大事なとこはきちんと隠す。大丈夫、あんたの貞操の無事は俺が保障するって。謝礼以外に飯も出るし良い部屋で眠れるんだぜ? 白い衣を纏った天使を描きたいって言ってるんだよ。な? な?」
何人かを納得させたギルドの斡旋者は一つだけ黙っていたことを冒険者達にわびた。
『実は目的物以外でひとつ描きたいものもあってね。今回の素材から選ぼうかと。森の天使のイメージで若者一人庭を走ってもらおうと思って。後ろから悪魔役で肉体美の男性に走ってもらおうかー、なんて思ったり。ん? あはは、冗談ですよ』
(冗談だったのか、本気だったのか俺には分からん。とりあえずがんばれ)
斡旋者は心からエールを送った。
不幸な場合はアレだ。
マッシブな彼氏との追いかけっこが待ち受けているかもしれないが其れは其れ。
逃げ切れれば――無事。たぶん。
●リプレイ本文
木々の隙間から差し込む光の帯が、地上との間に橋をかける。『天使の架け橋』と呼ぶ現象は、いまや絶好の模写場面に他ならない。雲の切れ間から姿を現した『天使の架け橋』は泉の中へと降りていく。傍に無数の人影があった。
鴉の濡れ羽色と呼ぶに相応しい艶やかな黒髪は水に濡れ、碧眼の双眸は愁いを帯び、ほっそりとした象牙の肌に反射する光が眩しい。なんと胸も露な白い布を下半身に巻いただけの姿である。女性にもかかわらず大胆な行動を自発的に選んだトア・ル(ea1923)は湖の岸辺で、下半身を水の中に入れながら、うつ伏せに寝そべり、頬杖をついて、両足を気の向くままに動かしていた。傍の絵師マレア・ラスカが感動している。
「ぶ〜〜〜〜ら〜〜〜〜〜ぼ〜〜〜〜〜〜〜っ!」
雄叫びばかり上げていて我を失っている。仕事をしろ、仕事を。
「昨日から奇声ばかりあげているけど、大丈夫かしら。あの人」
絵師の下書き専用キャンバスが猛烈な勢いで進められていくのを見ると、仕事に関しては大丈夫だとは思うが、当の本人の人間性が疑われる。絵師が用意した女性用の衣装たる薄手の短い白ワンピースを纏ったヴィオレッタ・フルーア(ea1130)が、右は赤で左は紫というオッドアイを色んな意味で心配そうに向けていた。同じ衣装を纏った傍らの李明華(ea4329)がくすりと笑いながらも絵師マレア・ラスカの仕事振りを熱心に観察している。
「大丈夫じゃありません? それにしても腕だけは確かみたいですわねぇ、とても光景とモデルが溶け込みあって‥‥自分の番が心配になってきましたわ」
「嘘つきなさいよ、結構自信満々に見えるわ」
「スタイルは、ね。鍛えてますから」
そんな雑談を交わす二人の背後には、両手をがっちり結ばれ目隠しをされた「これからシバかれるんデスか、お二人さん」と聞きたくなるような男性が二名、丸太の上に座らされていた。フーリ・クインテット(ea2681)とサクラ・クランシィ(ea0728)である。ぴしっとしていれば麗しい容姿を持つ二人だが、両手拘束、目隠しという今の光景はちょっぴり、いや、かなり危ない。サクラは黒いローブだが、フーリはトアと同じく下半身を白い布でぐるぐる巻きにした状態だ。ある種よからぬ想像を掻き立てられてしまう。
「確かに、未婚女性の裸身を見るわけにはいかないしな」
と至極妥当かつ紳士的な発言をするサクラに対し。
「まーだーかーよ」
とモデル中に意図的なポロリを狙うフーリがやきもきしていた。
「まだよ『レッドローズ』君に『ブルーローズ』君! あと女性が一人いるの!」
――本気で呼びやがった、あの女。
そして再び没頭する。何のことだと問う目隠しサクラに、同じく目隠しフーリが「さぁてなんでございましょ」と恍けた。どうも色々絵師に吹き込んだらしい。
危険な香が漂う男性二人の傍らで、絵師が用意した紅茶と菓子を楽しむ女性が三人いたりする。実のところ内一名、アリエス・アリア(ea0210)は女性と銘打ってモデル参加している男性である。九門冬華(ea0254)と天城月夜(ea0321)、この二人とのんびり本日のメインモデルの様子を眺めていた。三人は昨日メインモデルとして絵師のどこかイっちゃった視線に晒されたばかりであった。
昨晩の月夜と冬華は大幅の絹一枚を纏っており、艶やかな黒い長髪が肌の白さを際立たせ、ジャパン特有の美貌を生かして『双子の天使』を演じていた。
「冬華殿の肌は綺麗で、本当に可愛いかったでござるな〜」
「ちょっと、なんて事おっしゃるんですか天城さん!」
月夜のうっとりとした‥‥何処か艶のある言葉に、冬華が顔を真っ赤にしてティーカップに顔を埋めた。この二人、昨日のモデルで最初は自身が望むポーズを真面目に取っていたのだが、月夜がちょっかいを何度も出し、押し倒したりキスしたりというハプニングを起こしていた。何人かが止めたりしたが、絵師は「いいねぇ若いって」などとのんびり眺めていたのは秘密だ。いや、報告書に書かれる恐れはあるが――発禁処分になりそうなので詳しく書かない、と思われる。
「あははは、私はちょっと普通すぎたかな。明日当たり変わった格好でもしてみよう」
と呟くアリエス。燃える様な紅蓮の髪に、蒼穹の如き澄んだ瞳。象牙のような白い肌と中性的な不思議な容姿。胸元まで開いた長袖の上着に短いスカート、鎖骨の辺りにした十字架メイクは際立ち、昨晩のモデル時間で絵師に絶賛された。曰く、一瞬で見る者を惹きつけてやまない強烈な存在感がいいのだとか。
事の起こりは数日前、モデルの依頼を受けてから始まった。一体どんな目に遭わされるんだと思う者や、やっほぃ楽ができるぜぇとばかりにホクホクしていた者もいた。ギルドのおっちゃんに言い包められたモデル(=犠牲者)さん達数えること八人。いずれも美術素材として勝るとも劣らない容姿と独特の雰囲気を兼ね備えていた麗人達である。対面した直後、絵師のマレア・ラスカが狂喜乱舞したほどの。
冒険者達は最高の待遇を持って迎えられた。モデルの拘束時間を除けば好きに生活できるうえ、タダ飯食い放題、客人用の貴賓室使い放題である。望めは高価な紅茶でティータイムができた。私的な欲望の為には金を惜しまない女主人の意向と、絵師に対する絶大な信用が見て取れる。
「よーっしゃ! おつかれーっ!」
本日の女性メインモデルたるトアと明華の下書きデッサンが終わる。
明華は白ワンピースにくわえて羽衣の如き薄絹と白の花冠を身に着けていたわけだが、テコンドウの素早い技を披露でトリッピングやダブルアタックEX、全て足技と華国の舞を混ぜ込んだ動きという一風変わった光景を、泉をバックに披露して見せた。美麗と静寂を連想させるトアとは対照的な構図に、芸術家が楽しそうに見比べている。
「いいわぁ、やっぱ素材は重要よぅ! 今度から冒険者ギルドに頼んでおこっとっ!」
――また頼むんかい、とかいう視線が一瞬飛んだ。
「トアちゃーん、寒いから上着着て。下も着替えた方がいいわぁ。明華ちゃんありがとーっ! あ、冬華ちゃんと月夜ちゃん、トアちゃんが着替えたら其処の薔薇の君達の目隠しとかとってあげてー」
今度は薔薇の君呼ばわりだ。芸術家の感性はよくわからない。
「よーやく出番だ」
とフーリが楽しそうな声を上げる。その横で目隠しと手の拘束を解かれたサクラが、フーリの『ポロリハプニング』を本日も防ごうと熱意を燃やしていた。目的がズレている。
そんなこんなでモデルが起こす問題以外はたいしたことも無く作業は進められていった。そうして訪れたモデル最終日、舞台は――――庭。集められた冒険者が首をかしげる。
「さぁーて、本日はモデル最終日なわけですがぁ! 今日の題材は別物専用なのです!」
全員の背筋に嫌な汗が伝う。
「つーわけで、ウェルカーム! ワトソン君!」
ずどん、と地響きがした。
絵師の高々と掲げられた手の先に現れたるは――白い歯並びが眩しいマッチョマン!
「なんだあれ――――っ!」
フーリが叫んだ。
さもあらん。腰に原始人を連想させる布切れを纏ったマッチョマンことワトソン君は、ジャイアントだった。逞しいを通り越して筋肉ダルマな肉体を油でテカらせ、白い歯を散々と輝かせながら真紅の薔薇を一本くわえ、金髪をこれでもかと櫛で梳かしながら鏡で身嗜みを確認するジェントルメン‥‥らしかった。下手な変態より性質が悪い。
「とゆーわけで、走ってね。皆さん」
――――皆さん?
「ヘイ! そこのレディとナイスボーイ! ミィと素敵な場面を作ろう!」
『いーやーじゃ(だ)あぁぁっぁぁっっ!』
唱和した。見事に唱和した。八人の叫び声がものの見事に重なった。
ジャイアントのワトソン君が華麗なステップで八人を追いかけ回す。見事だ。いやらしさを感じない。しかしその辺が尚嫌だ。別にワトソン君は襲っているわけではないのだが。
アリエスは襲われたら股間を蹴り上げるつもりだったが、そんな隙も無く近づきたくも無い。冬華や月夜も素手で撃退するつもりだったが右に同じ。ヴィオレッタとトア、サクラは運良く逃げに成功して高み見物を決め込み、フーリはといえば「‥‥うふふ、こっちにいらっしゃーい」などと言い華麗に走りながらもウインドスラッシュの呪文を唱えている。
「‥‥肉体美の服をずたずたに切り裂いてやろう。ワトソンよ! ‥‥さあ画家よ描くが良い、暑苦しいがエロスはあるぞ!」
「きゃぁ―――っ!」
男の癖に野太い声でキャーはない。いただけない。気味が悪い。
「あー暑苦しいのパス。目的はそれじゃないから。よし、おっけ。ワトソン君、帰れ」
ひでぇ、と高み見物を決め込んでいた三人が思った。人使いの荒い絵師である。嵐のような騒動の末に全員が「どういうつもりだ」と怖い顔で詰め寄った。
「まぁまぁ。いいじゃん、その分のフォローは依頼料以外の生活面で十分してると思うよ、私は。種明かしは後日、ね。秘密の園には其々作品を提出しておく。感謝してるよ、あ、これ展示会の招待状ね」
八人には依頼料以外に一枚の招待状が、其々手渡された。
某日。個展『マレア・ラスカの世界』が開かれた。
会場には様々な絵があった。裸婦画から風景画まで。写実を中心としたマレア・カラスの絵は一部のファンの後押しを得て小規模の個展にまで漕ぎ着けたらしい。多かったのは八体の天使画で、どれも過去に無い不思議な雰囲気を得ていた。中でも人々の注目を浴びた作品がある。『堕天への裁き』と題されたそれは、一体の堕天使を闇に突き落とす壁一面の巨大画であった。描かれた八体の天使がモデルを受けた冒険者であった事は、個展を見た本人ならば気づいたことだろう。
其々の天使に、紅光の天使、蒼天の左翼、蒼天の右翼、晦の天使、望火の天使、静月の天使、緑風の天使、明舞の天使という呼称がついた。果たして、誰がなんと呼ばれたのかは――当人達に聞いたほうが早いのかもしれない。