●リプレイ本文
夕日が時と共に地平線へ沈みゆく。
紅蓮の光を帯びた刃が空を舞う。冒険者達は今、集団で姿を現したチョンチョンと交戦中だった。
ティイ・ミタンニ(ea2475)が襲い来るチョンチョンに向かって渾身の一撃を打ち出す。空を奇怪な動きで浮遊するチョンチョンを捕らえるのはたやすいとは決して言えない。
ひゅぉっ! と風を切る音と共に敵の胴を掠めた。
――傷は、浅い。
「そっちに行ったわ!」
ティイは肩越しに仲間へ叫ぶ。
すぐ傍で構えていたキリク・アキリ(ea1519)が柄を握る右手に力を込め、奇妙な鳴き声を放つクリーチャーの翅に狙いを定めた。ガパリと耳まで裂けた大きな口。チョンチョンは獲物を鋭い牙で砕かんと、待ち構えていたパラに向かっていく。
「農家の皆さんに迷惑かけるのはいけないことだからね!」
ザン、と剣はクリーチャーの翅を突き破る。盾ほどもあろうチョンチョンの巨体はぐらりと揺れた。
それまで離れた第二グループと第一グループの戦況をやり取りしていたフェルニア・シェズ(ea0960)は交信を途絶えさせて不敵な微笑を浮べ、呪文をとなえる。その間にもチョンチョンはキリクに食いかかろうとしていた。フェルニアがスリープを唱え、一匹が瞬く間にフラフラと地へ落ちてゆく。
このチョンチョンは一時間ほど眠り続けるだろう。
ほっとしたのも束の間、すぐ近くから悲鳴が上がった。 ユージ・シギスマンド(ea0765)の声だった。
それぞれの班が二匹ずつ担当していた内の一匹が、ユージの腕を掠り、尾花満(ea5322)の肩に齧りついた。満が痛みをこらえながら日本刀を一閃、吸血しかけたチョンチョンは払われた。スタッフを振り回しながら慌ててやってきたユージがリカバーを唱える。背後に迫る敵を、ユージの弟であるスタール・シギスマンド(ea0778)の刃が引き離した。
「大丈夫ですか?! もう少し我慢してくださいね」
「かたじけない、ユージ殿」
チョンチョン一匹を眠らせたティイたちが駆けて来る。フェルニアが顔をしかめた。
「何度見ても気色悪いわね‥‥さっさと退治しちゃいましょ」
「私も、そのつもりです」
フェルニアの言葉にティイが笑う。
「料理人にとって食材提供者は幾ら感謝しても足りぬ存在。それに危害を加えるとは許せぬ。ひとつ成敗してくれると致そう。今度こそ遅れは取らぬ」
再び立ち上がった満と視線を交差させ、口元に笑みを浮かべながら体勢を立て直し、宙へ向かって地を蹴った。一本の矢のような動きだった。ティイの剣はクリーチャーの右目を貫き、満のダガーが左目を貫く。キリクの剣が左の翅を分断。ユージを傷つけられた事で理性のたがが外れたスタールの切っ先はものの見事に敵の胴を縦に切り裂いてゆく。
ピシリと音をたてて額から割れるクリーチャーの胴体。奇怪な金切り声を上げる暇すらなく、チョンチョンは大地へ落ちた。
「――あと一匹」
ぞっとするような冷えた眼光。刃物のように研ぎ澄まされたスタールの双眸が、眠るクリーチャーへと向けられる。スタールに引き続き、ティイ達もさっさと済ませてしまおうと後を追った。
一方その頃。
第二班の者達は残り一匹のチョンチョンに苦戦していた。というのも、その一匹。チップ・エイオータ(ea0061)に傷を負わされた後、なんと森の中へ逃げ出した。
「チョンチョンの翅はおいらのものだ!」
「私の売り物の為にさっさと退治されなさい!」
数珠付きスタッフを振り回しながら追いかける市川綾奈(ea0680)だが、狙いを定めた目つきが怖い。彼女の背中をサフィア・ラトグリフ(ea4600)が追いかけた。
「絶対、仕留めてやる。何のために頭下げたんだか分かんないじゃないか。気味悪いんだよ、あの顔!」
サフィアは聞き込みをしていた時「お願いします。俺は食べたくないんですが、仲間がどうしてもと!」と言いながら、めくるめく『チョンチョン料理』とやらの為に台所の貸し出し許可を貰っていた。
ゲテモノは食べたくないが、聞き込み時の苦労の為にも、と翅を狙って闘志を燃やす。
「チョンチョン‥‥美しくない‥‥蝶の仲間だなんて、認めませんわ!」
冒険も魔法も初めてというミオ・ストール(ea4327)ではあったが、『感覚は欺かない判断が欺くのだ』とか『精霊と共に在る事を認識せよ、精霊魔法は術者一人では成し得ない』と教師の教えを心に描き、三度に一度は成功と、なかなかのコントロールである。
「兄様、ミオは頑張ります!」
兄が褒めてくれる筈、と綾奈とサフィアに続き、闘志を燃やしているミオ。
「こんなおっさん顔の蛾に、私の至福な時をぶち壊されてたまるもんですか! 自分の為、もとい農夫のさん達の為に、倒す!」
秋の美味しいものを食べられなくなるのは、なんとしてでもさけなければ! と、本日四人目の燃える冒険者ディーネ・ノート(ea1542)。
その後ろをボボ・クバレル(ea5387)が追いかけていく。
チップもチョンチョン翅入手の為に頑張っていた。
何事かを呟いていたディーネの体が青く淡い光に包まれる。ウォーターボムだ。周囲の木々をなぎ倒してウォーターボムは命中。攻撃を受けてチョンチョンが木々に激突する。ボボはオーラエリベイション気力充実させ、向かった。
「あっ、ぷぁ」
ボボのかけ声と共に闘志に燃えた六人は総攻撃。
追い詰められたチョンチョンにチップが威嚇射撃を行った。その後ろから綾奈が飛び出し、サフィアがダガーを振りかざして翅を切り裂いた。チップの抗議が聞こえたがそれは無視。それから数分。
――早い話が袋叩きにあったチョンチョンの胴体は細切れになった。
翅を手にして喜ぶチップ。
「チョンチョンの翅げっとぉー!」
「某闇市『懐倉』の三番目、遥さんの名は伊達じゃないよん」
綾奈が笑う。この後、冒険者達は付近でチョンチョンの卵らしき物を発見。孵化を恐れて皆串刺した後に燃やした。こうしてチョンチョン退治は無事に幕を下ろす。
――そして。
ユージに傷を完治してもらった満はチョンチョンの亡骸をじっくりと観察してみた。
アバンギャルドな翅はどう見ても料理に使えない。
不気味な頭を眺めてみた。
――歯ばかり並んで肉が無い。
なけなしの胴体を見てみた。
‥‥‥‥食用になりゃしない。
「――飛行する生首か。食すべき身の部分が見当たらないな」
どう見ても無理そうなので諦め、満は素直に手に入る旬の食材で料理を作ることに決定。ひょこひょこと食材を取りに出て行った。その背を見送った仲間のうち、とある数名がチョンチョンの死体に近づき腰を下ろして覘き込む。
「チョンチョンってさ、焼いて食べらんないかなぁ」
チップだった。目を爛々と好奇心に輝かせ、木の棒で突いている。
「世にも珍しいチョンチョン料理ができたら姉ちゃんの土産にしようかと思ったのに」
そんなモノを土産にするな、と思わず皆が胸中で突っ込んだ相手はキリク。
「私、チョンチョン料理のアシスタントしようと思ったのになぁ」
むぅ、っと唸るティイ。その後ろから覗き込むようにして。
「見た目はアレだけど美味しい‥‥のかな?」
ディーネは人に食わせて平気だったら食べてみようかと思っていた。怖いもの見たさに似ている。恐怖と純粋な好奇心に違いない。チョンチョン料理に未練を残す一部の冒険者。止めるわけでもなく彼らの行動を興味深げに見守る残りの仲間達。
「ゲ、ゲテモノ‥‥なんで皆して平気なんだ!?」
サフィアが怯えていた。チョンチョンは不気味にしか見えないそうだ。
楽しげな者達を眺め、ユージが笑う。
「退治できて良かった。秋の味覚が取れなくなったら大変ですものね!」
「‥‥あぁ、めんどくせぇ‥‥」
結局チョンチョン料理はお流れになった。
満が持ってきた食材にて作られた豪華な食事に仕事後の一杯を、とエールやミード、ミルクなども村人から持ち寄られ、ちょっとしたパーティになったそうだ。なにしろ満やサフィアは料理人に通じる腕前がある。
甘い物に目が無いユージも大喜び。弟のスタールも無愛想ながら料理をつまんでいたとか。チョンチョン料理が本気で出るんじゃないかと考えていたフェルニアの不安も現実にはならず、不気味な蝶退治をおえた達成感からかミオやボボも満足げに食事に専念したという。
綾奈は一人、チョンチョンからマニアうけしそうな部分を切り取って転売しようとしたが、チョンチョン料理でも作るのかと勘違いされて村人に没収された。なんでも過去にもチョンチョンがすみついた事があったらしいが、当時退治した冒険者、本気でチョンチョンを食べて腹痛を起こしたらしい。村の高齢のババサマはこういった。
「魂落っことすかもしんねしな、おみゃーさん達食わんくてよかったべ」
ザー――――、と顔色が青ざめた人間がいたことを記しておく。
尚、チョンチョンの翅を持って帰ろうとしたチップは帰還直前に隠し持っていたことが発覚したので捨てさせられた。ものすごく残念そうだったという。秋の収穫に必要な要人を守り、もうじき実りの季節だと話し合いながら十二人はホクホク顔でキャメロットへ帰っていった。秋になれば農民の皆さんから届けられた様々な野菜や木の実、果物が町に出回ることだろう。