遠き天からのメッセージ
|
■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月13日〜09月18日
リプレイ公開日:2004年09月17日
|
●オープニング
―――― 四歳になるライズへ。
お友達は出来ましたか? 元気にしていますか?
きっと背も伸びてそのうちパパを追い越すのでしょうね。ママもみたかったなぁ。
流行っている遊びがあったら教えてね。おばあちゃんのお世話をしてあげてね?
ママは会いに生きたいけど会えないから‥‥、また来年手紙を書きます。
―――― 八歳になるライズへ。
お勉強は嫌い? 元気にしていますか?
パパから何度も教えてもらってます。ライズは親友ができたのかしら?
風邪とか流行ってない? すごく心配なのよ? 余計なお世話かしら。
でもママはママだしね‥‥、貴方の顔が見たくてたまりません。我が儘かしらね。
また来年手紙を書きます。ママのこと、気づいていますか?
―――― 十二歳になるライズへ。
すごく大人びた頃かしら? 元気にしていますか? ‥‥というのも変ね。
この手紙が渡る頃、あなたはもう十二歳。子供だましはきかない年頃ね。
知っているかもしれないけれど、この際だから話します。
ママはもうどこにもいません。自分が生きることより、貴方を選んだの。
貴方の為にパパに託した二十年間分の手紙が最後。
あと八通だけ貴方のもとに同じ手紙が届くでしょう。でもそれだけよ。
莫迦な母親と思ってくれてもいいわ。でも覚えていてね。
私は貴方が大切なの。何よりも誰よりもライズを愛しているから忘れないで‥‥
―――― 十六歳になるライズへ―‥‥
「‥‥これは?」
冒険者は文面から目を離して依頼人に問いかけた。目の前に座っているのは六十歳を超えているだろう老婆である。杖をついた白髪の老婆は淋しげな微笑を向けた。
「孫のライズを生んですぐに他界した娘が、死期を悟り我が子のために書き残した手紙ですよ。孫の引き出しから無断で持ち出してきてしまいましたけれど」
「そう、ですか」
お願いがあるのだ、と老婆は言った。
今回の依頼人はこの老婆である。モンスター退治などが多い物騒な世の中、冒険者ギルドを利用するのは化け物退治を求める人間だけではない。言ってしまえば何でも屋。絵のモデルからパーティの使用人まで、その受付内容の幅は多岐に渡る。今回の老婆もまた、そういった類の依頼人だった。
「孫は、十歳を越えた頃から鬱病になり、今では外出すらしないんです。今年で二十歳になるあの子に、最後の手紙を渡さねばならないんですが‥‥」
「何か問題でも?」
「つい先月、父親がモンスターの餌食となってしまって、手紙の隠しどころが分からないのです。孫が幼い頃、誕生日ごとに与えられる手紙を待てなくなり、探したことがありましたが父親は上手く隠していて見つからずじまいで‥‥」
結局、隠しどころを知る人間がいなくなり、手紙のありかが不明になったと。
「屋敷のどこかにあるはずなんです、誕生日までに探していただけませんか?」
冒険者は微笑んだ。
「――まかせてください」
遠い天からのメッセージを届けるために。
●リプレイ本文
「死後二十年分もの手紙をしたためた母親と、それを毎年欠かさず息子に渡し続けた父親か‥‥親というのはそういうものなんだろうか?」
亡くなったという父親の部屋周辺を探していた叶朔夜(ea6769)は誰にともなく呟いた。広大な部屋。敷地。何処にあるか分からない手紙を八人で探すのは至難の業。
結局のところいくつかに分かれて捜索を始めた。
「さあてな」
天井の板をはずしていた双海一刃(ea3947)が朔夜の言葉にぽつりと返す。
「俺の二親は、俺と妹に何も遺さずに逝った。‥‥それを考えれば羨ましいくらいだ」
はずした板をフィーナ・ウィンスレット(ea5556)が受け取る。三人は一緒の班、いわゆる父親関係部屋捜索班である。一刃の抑揚の無い声とは裏腹に紡ぎ出された過去を彩る言葉の断片。フィーナは自然と押し黙っていた。朔夜は朔夜で自らの養父を思い起こす。
「死の間際まで気に掛けてただろう息子へ宛てた最後の手紙だ、見つけてやりたい」
朔夜の捜索にも熱が入る。
「このお母さん、お子さん思いな方ですね」
ぽつりと呟いた。一刃はフィーナを一瞥すると軽く笑う。
「そうだな」
一刃が穴から天井裏を覗き込む。天井裏は埃臭く暗い。ランタンの灯火に照らし出された先には、一枚の羊皮紙が無造作に置かれていた。一刃の目が丸くなる。
「‥‥これ、か?」
紐で縛られた羊皮紙は大分古いものだ。羊皮紙を手にひゅっと飛び降りる。フィーナと朔夜も驚いた顔で近づいた。
「あったんですか?」
「それが手紙か。こんなに早く見つかるとは」
拍子抜けしたといっても過言ではない。散々探して見つからなかったという手紙がこうもたやすく見つかるとは。一刃がフィーナに手渡そうとして、古びていた紐が外れた。
「あっ!」
慌てても遅い。ぺらんと中身を見せた羊皮紙には‥‥
『ハズレ』
沈黙が降りた。
「‥‥なんなんだ」
三人の肩からがっくりと力が抜ける。どうやら隠した父親というのは遊び心に溢れていたようだ。ダミーを手にした一刃が珍しく不敵な笑みを浮かべた。
「面白い。絶対見つけ出してやる」
「不肖フィーナ・ウィンスレット。天国からの最後の――お母さんのライズさんへの言葉を、無事に見つけ出したいと思います」
「これはこれで一種の挑戦状だな。楽しむか」
こぶしを握り締めた三人が、捜索に対する闘志を燃やす。三人はこの後もデカデカと『ハズレ』の書かれた羊皮紙に出くわすが、それはさておき。
「今日はモンスター退治ではないのか。つまらんな」
ダミーの存在を爪の垢ほども知らない母親関係部屋捜索班であるクラム・イルト(ea5147)達はといえば、母親の部屋の隠し扉をあけるのに苦戦していた。
同班のシーン・イスパル(ea5510)が「母親の部屋のある棟から、母親関連の物から探したいと思います」と発言し、母親の部屋に来たところ、コーカサス・ミニムス(ea3227)のエックスレイビジョンによって何やら羊皮紙らしいものが壁――隠し扉の中にあると分かり、どうやってあけようか悩んでいた。
鍵も無い、鍵穴も無い。かといって壁を壊すわけにもいくまい。
「あ、あの、これ、じゃないでしょうか?」
オロオロとしながらコーサカスが指差した場所には、本棚があった。コーサカスの腕に数冊の本がある。それら本が置かれていたであろう場所には、陰に隠れるようにして取っ手があった。
「コレかしら? 引っ張ってみましょうか、離れてて」
シーンが取っ手を握り、渾身の力を込めて引く。壁の中からチャラチャラと鎖の音が響いてきた。やがて重い音と共に開く壁。一枚の羊皮紙と銀の鍵。
『よく見つけたね。隣部屋の秘密の引き出しを開けてご覧』
「父親の息子に対する一種の試練、とやらか?」
古びた羊皮紙をつまみ上げ、何の感慨もなさげに呟くクラム。シーンも隣から羊皮紙を眺めた。本を元に戻したコーサカスも、羊皮紙の一文を呼んでホッと胸を撫で下ろす。
「かもしれませんわね、とりあえず隣の部屋に行きましょう」
「さ、最後の手紙を‥‥大切な人に届けてあげたいです」
思い思いの言葉を呟きながら隣の部屋へ向かう。壁に引き出しらしきものがあり、先ほど見つけた銀の鍵で開いた。中には紐で束ねられた羊皮紙が一枚。古びた紐は軽く引っ張っただけであっさりと切れてしまう。
思わず三人が目にした文面は‥‥
『ハハハ、この程度では手紙は手に入らないぞ。中庭の鳥篭へGO!』
「なんだこれは――!!」
クラムが吼えた。また鍵が一緒に置いてある。
「ど、どういうことなんでしょう?」
「これはまた、お父さんは遊び心に溢れた方だったんですね」
シーンが呟く。これでは確かに探してもみつからないわけだ。三人は鳥篭へ向かった。中庭の鳥篭へ向かい、鍵穴に鍵を通すと、底蓋が開いてぽとりと羊皮紙が落ちてくる。
『OKボーイ、次は厨房の戸棚へGO!』
「人をおちょくっているのか、そうなんだな!? 刻んでいいんだな!?」
「ままま、待ってください! 切ったら駄目です!」
「コレは確かに探すのは骨が折れますね」
誘導文面を思わず切り裂こうとしたクラムをコーサカスが止める。そんな二人を眺めながらシーンは溜め息を吐いた。『ハズレ』にはあたらなかった三人だが、さらに屋敷の中を走らされることになる。
一方はハズレにつき合わされ、もう一方は誘導に悩まされ。
ライズの私室を探し終えて屋外を探していたアリッサ・クーパー(ea5810)とリン・ティニア(ea2593)はといえば、六人とは全く異なり、のんびりと陽気に照らされながら手紙を探していた。彼らも水車小屋で二通、物置で一通、『ハズレ』に出くわしているが不思議と腹は立たないようだ。必死に本物の手紙を探している。
「僕は自分のお母さんやお父さんを知らないから、亡くなってもなお、親の愛情に包まれてきた彼の20歳のお誕生日プレゼントに、絶対にお手紙を届けてあげたいの」
懸命に手紙を探す少年の純粋さが瞳に滲む。物置小屋や水車小屋の捜索を終え、大樹方へと歩いていたリンは、傍らのアリッサを見上げた。
「アリッサさんは?」
普段からそっけない態度を崩さないアリッサは、そうですね、と相槌をうちながら目の前の大樹を見上げて呟く。
「このままでは神の御許にいるご両親も安心できないでしょう」
「だから?」
「ええ」
彼らの目の前にある大樹の枝には、いくつかの鳥の住まいとして設けられた木箱が合った。依頼人の話によれば、庭其々に埋められた大樹はいずれも思い出深いものだという。
「それじゃあ荷物預かりますね」
「うん。怪我したらリカバーお願い」
クライミングの技術を持ったリンがひょっと大樹に飛びついた。そのままスルスルと登っていく。器用なものだ。リンが巣箱や幹の穴を一つずつ丹念に見て回った。すると。
「銅の鍵?」
古びて錆びた小さな鍵。古ぼけた親指ほどの小さな鍵を握り締めて、リンはさらに探す。
大樹の頂上近くに括りつけられた巣箱の中に、小さな鍵穴があった。二重底ならぬ二重壁である。奥から出てきた古ぼけた羊皮紙は、蝋で封印がされていた。
「――――あった! あったよアリッサさん!」
「これが最後の手紙です。意味はお考えください」
皆部屋に戻ってきていた。アリッサが代表してライズに手紙を渡す。その様を眺める一同。彼らとて内容は知らない。どう受け止めるのか心配な面もあるだろう。
「お、お母さんの伝えたかった事。お父さんの、に、20年間の想い。きっと最後の手紙に詰まっているはずです」
コーサカスが付け加えるように言った。手紙の封印が解かれる。
――――二十歳になるライズへ。
最後の言葉をあなたに贈ります。
貴方が私達を忘れても、私が貴方を忘れることはありません。
自らが望んだ人生を歩めることを祈ります。愛しい子、元気で。
「ありがとう、ございます」
ライズが小さく呟く。シーンがマジカルミラージュで父親と母親の姿を幻影で映し出す。貴方を心配しているから、と、ちょっとした善意と演出だったようだが、ライズは首を横に振った。淋しげな顔をしていた。
「お気持ちだけいただきます。この手紙だけで、十分です。僕はもう二十歳ですから、幻覚に甘えるすべは必要ありません。父も母も、この世にはいませんから」
「‥‥立ち直れますか?」
「‥‥努力はしてみます」
フィーナの言葉にはにかむ。初対面のときは暗く淀んでいた双眸に輝きが戻っていた。
「見つかってよかったな。いざとなったら『ないないの神様』でも唱えようかと思っていたところだ」
一刃が真面目な顔でそういった。クラムが首をかしげる。
「なんだそれは?」
「確か、おまじないだったか?」
「昔、妹が小さなモノを無くしたときにはよく効いたからな。イギリスでも『ないないの神様』が願いをきいてくれるかはわからんが」
朔夜も交え、ジャパンの物探しに関して一刃が語りだし、その場の空気は明るく話に花が咲いた。心なしか閉じこもりがちのライズの顔色も良く見える。
そこへメイドがやってきた。
「さて、冒険者の皆様。庭に若様のパーティーが整いましてございます。よろしければ同席くださいませ」
先導されてゆく面々。
「some other time ――See you Mother」
ライズの呟きに、コーサカスが振り向いた。
「あれ? い、今なにか、言いましたでしょうか?」
「あ、いえ、なんでもないです」
冒険者達はその日、子供時代を過ぎた若者の誕生日を祝った。
バードのリンがせめてもと得意の歌を披露している。魔力のこもった呪歌は、癒しの音色に姿を変えて少年から若者へと変わった彼の心に響いたであろう。
‥‥もう会うことは出来ないけれど
私たちは遠い遠いところから
ずっとあなたを見ているから
あなたの幸せを願っているから‥‥
「遠い遠い天国からのメッセージ、きっとライズさんには伝わってるよね」
人は二度、死ぬという。
一度目は肉体の崩壊。二度目は人々の記憶からの消滅。
人の記憶はいつしか薄れ、時とともに消えてゆく。けれど‥‥
『いつかまた‥‥またね、かぁさん』
死者の記憶は――奪えない。