下弦遊戯 ―ラストワルツ―

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 32 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:09月17日〜09月23日

リプレイ公開日:2004年09月24日

●オープニング

『愛してるわ‥‥愛してるの』
 ――――未来永劫、不変だと言うなら――――
『だから、誰にも‥‥渡さない』
 ――――どんなに楽か、知る由もない――――


 踊ろう、踊ろう、いつまでも。
                 肺が破れ、足が壊れて息絶えるまで。


 その日、冒険者ギルドに一人の老人が足を踏み入れた。名門貴族プリスタン家に使える執事である。初老の執事はどこか思いつめた顔をして受付に足を進めた。
「亡霊に対処できる者をお願いしたい」
 そうして召集がかけられた。
 選ばれた冒険者達は、個室の中で執事と対面し、事の詳細を伺う。執事は淡々と依頼内容を語りだした。プリスタン家の次期当主となるディルスが怨霊、いわゆるレイスに憑かれているという。その亡霊、排除していただけませんか、と短く告げた。
 普通ならそこで、はいわかりました、と請け負いたいところだが執事の様子が尋常ではない。冒険者は顔をしかめて押し黙った。
 やがて間をおいてから口を開く。
「レイスってのは、基本的に生きているうちの未練がなきゃなれないもんだ。それも通常とは比べ物にならんほどの未練と執着がなけりゃな。なんでレイスに憑かれた?」
「それは」
 今度は執事が押し黙る。プライベートに関する事はビジネスに持ち込むべきものではないが、レイス駆除となるとレベルも高い。触れるだけでダメージを受けるレイスの対処には、魔法や銀だけでなく、生前の執着を解いてやる事も解決の近道だ。
「――事の顛末は、数週間前から始まりました。ディルス様が現当主であるお父上のすすめで良家の御息女とご婚約した頃からです。婚約は二度も行いましたが全て破談。何故だか分かりますか?」
「それが依頼となんの関係があるんだ?」
 年寄りの話は長い。
 全く関係なさそうな話が飛び出してあきれる冒険者だったが、執事は再び口を開いた。
「婚約が破談になったのは、御息女が亡くなられたからです」
 冒険者の顔色が変わる。
「話によれば、白い靄のような人影に殺されたとか。当家に破談を伝えに使者の方が来たときです。現場を見ていたと言う御使者の方は、当家の踊り場に飾られている絵画をみておっしゃったんです。『お嬢様を殺したのはこの女だ』と」
 なにやら複雑な方向へ話が進んでいく。
 執事は語りながら泣いていた。膝の上の拳を握り、俯いて話を続ける。
「‥‥絵画の人物は、十六歳で生涯を終えられた当家のクレア嬢様でした」
「家族がとり憑いてるってのか」
「――はい。使用人が皆見ております、間違いありません。昨夜わたくしめも目の当たりにしました。広い庭で、月明かりの下の亡霊とディルス様を。あれは嬢様でした。長年お世話をしていた私めには分かります」
 レイスは毎夜、深夜になるとディルスを庭へ連れ出すらしい。
 愚問と知りつつ問いかける。
「‥‥何故、子息に執着を?」
「恋仲だったんでございますよ。腹違いの兄妹でした。生前、家の者の目を盗んで」
 今は亡きクレアという息女は病弱で外に出られず、十六年間屋敷の中で暮らしていたという。一方、現子息のディルスは妾に産ませた子供で、少し前まで町で暮らしていたそうだ。その際、二人は義理の兄妹と知らずに逢瀬を重ねていたらしい、と執事は語った。
 ディルスは毎夜花を届け、クレアはそれを楽しみにする。
 彼らが肉親と正式に知ったのは、息女が他界するほんの数日前のこと。今もディルスは死んだ義理の妹の墓に毎夜通い、一度として花を絶やさず、指にはクレアが持っていたはずの銀製の指輪があるという。
 レイスは銀を嫌う。皮肉にも指輪のおかげか、ディルスはかろうじて倒れずにいた。だが時間の問題かもしれない。
「帰った使者の所為か、つい先日、当家には暗殺者が送り込まれてきました。その時は雇った用心棒が守ってくれたのですが、次も来る可能性は否定できない。それに婚約した御息女を嬢様は容赦なく殺しています、噂が広がれば当家の存続すら危うい」
 執事は泣いた。声を上げて。
「このままではディルス様はクレア嬢様に連れてゆかれてしまう」

 どうしようもない。レイスを説き伏せることも出来ない。
 兄に憑いた妹の対処。
 方法はおそらく一つだけ。
 それは霊体抹殺という非情な手段。

「お嬢様を思うと胸が張り裂ける思いですが、ディルス様は大事なお方。失うわけにはいきません。もう一度申します、早急にレイスを排除していただきたい。そしてどうか」


 彼女を天へ還してほしいと。

●今回の参加者

 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1131 シュナイアス・ハーミル(33歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1755 アーシャ・レイレン(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea2194 アリシア・シャーウッド(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea6154 王 零幻(39歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

サラ・ディアーナ(ea0285)/ エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)/ カノ・ジヨ(ea6914)/ モニカ・ベイリー(ea6917

●リプレイ本文

『どうして私だけを愛してくれないの? 毎夜くれた花束は嘘だったの?』
「――違う。違うんだ」
『なら私と一緒に踊って。命が尽きるまで。他の女の所になんか行かないで』


 愛して初めて思い知ること、それは失う恐怖。


 今度こそ、死なせない。
 アリシア・シャーウッド(ea2194)はディルスの傍に付かず離れずを繰り返していた。というのも暗殺者の警戒を行っていた所、一匹、闇に紛れて侵入者を確認したからだ。
 双海涼(ea0850)がディルスの部屋の窓の桟に砂を噛ませていた為に早期発覚したといえよう。砂に限らず庭の人目に付かない通り道になりそうなところに鳴る子を仕掛けるなどのインスタント罠を仕掛けて襲撃に気付きやすいようにした功績だった。
 涼の投げたダーツをひらりとかわし、侵入者は廊下を駆ける。
「そっちにいきました!」
「むぅん!」
 敵がエヴァーグリーンのムーンアローの一撃でひるんだ隙に、ジーン・グレイ(ea4844)が剣を一閃。アリシアの射撃が容赦なく暗殺者を襲う。集中的に狙われる暗殺者、一対十二、さすがに分が悪いと判断したのだろう。中傷を負いながらも闇の中へ消えた。
 一難去ってまた一難。
 レイスが――クレアが現れた。壁をすり抜け、ぬぅっと青白い姿を現した。
 かつての感情の片鱗が見られぬレイスの顔。
「‥‥やすらかに眠っていると信じていたのに。お兄さんを助けて欲しいと言っていたのに」
 涼がきりっと唇の端をかみ締める。どこか悔しげに。
 緊張が走る。狙われたディルス本人もレイスに釘付けとなった。銀を身に纏う者がたてとなって間に分け入り進行を阻む。希龍出雲(ea3109)が話しかけた。
「よう。‥‥届けに来たぜ」
 唯一生前の頃のクレアを知る彼は説得を試みる。その様を眺める仲間達。王零幻(ea6154)はホーリーを唱え始めた。
「クレアさんか。希龍のお友達? 相変わらず、女性の交友関係広いね。この人は」
 軽く笑うアーシャ・レイレン(ea1755)、だがその傍らでは厳しい表情が多い。
「悪いが――俺はレイスを説得できるとは思ってない」
 剣にオーラパワーを付与しながらシュナイアス・ハーミル(ea1131)が呟く。
「うん。倒す以外でレイスをどうこうできるとは思えなくて。それくらいレイスっ私たちとは『違う』存在なんだよ。私個人的には出来る限り迅速にレイスは倒すべきだと思ってる」
 アリシアも同意見のようだ。それでも人として、すがりたい気持ちはあるものだ。
「‥‥でも。私達の出番なんか本当は無い方がいいんです。説得を聞いてくれるなら、どんなにいいか。‥‥剣に宿るのは、憎しみではなく悲しい鎮魂歌なんですから」
 涼の祈りも虚しく、延々と行った出雲の説得は全く効果を示さなかった。
 むしろ――逆効果だったかもしれない。
「――指輪が彼を護っている。それこそが君の意志の筈だ。生きる楽しさ、愛する喜びを君は知っている。あれ程、生きていたいって望んでいたじゃないか。それを奪――」
『邪魔スる者ハ、許さナい』
 言葉半ばにしてレイスが襲い掛かった。レイスの全身が出雲の体をすり抜ける。アーシャの悲鳴が上がる。出雲はもろにダメージを被り、がっくりと床に倒れた。反応が無い。
 レイスの攻撃性が増している。
 涼が銀で挑発し、少しでもディルスから遠ざけようとした。涼に襲い掛かろうとしたレイスを止めるべく、零幻が唱えていたホーリーを解き放つ。
 すぐさまカレン・ロスト(ea4358)が後方でピュアリファイを唱え始めた。サラがホーリーを唱え、敵が怯んだ隙に回復させる為に出雲の元へ走る。カノもホーリーを放った。
「死者には死者の、生者には生者の居場所がある。‥‥お前はここに居るべきじゃない!」
 正しくもあり辛辣な言葉。シュナイアスが叫びながら剣を振るう。立て続けの攻撃に咆哮のような悲鳴が空にこだまする。
「クレア殿頼む、ディルス殿を連れて行かないでくれ。成仏してくれ」
 祈るような気持ちで牽制するジーン。モニカからレイス知識の施しは受けている。
 各方面から銀で注意をひきつけられ、ホーリーやピュアリファイの集中攻撃を浴びるレイス。逃げても避けても、応援を呼んだ分、戦力は揃っていた。外れても別の誰かが当てる状態でレイスに勝ち目は無い。少なくとも、ディルスに執着している限りは。
 アリシアが付き添っているディルスは苦しい表情で目を背けて耳を塞いでいた。気を抜けば、庇うべく飛び出しそうな気配が強い。
 一人、純粋な眼差しで痛ましいレイスを眺める少女がいる。
「前はお兄さんに生きてて欲しくて助けてって言った人が何で今さらつれてくの?」
 エヴァーグリーンの問いは今更といえば今更だった。だが‥‥
『――――カエりたイ』
 初めて反応を示したレイスの声に、ぴたりと冒険者達の動きが止まる。
『喜ビも、悲シミも、嫉妬も、何も知ラナカッタ――アノ頃ニ』
 ぶつかり合う理性と欲望。戸惑いと混乱。
 歯止めが利かない――感情の渦。
 レイスとはほぼ九割が怨念の塊であり、其れが故に攻撃性を帯びる。レイス化したのは本望ではないのだろうが、レイス化した以上は逆らえないというものだ。ズルズルと耳と目を背けたい感情に引きずられ、今の状態と化しているのだろう。
 慕っていた義理の兄の婚約を引き金に凶暴化した、哀れな魂の成れの果て。
「こうなった以上、綺麗に未練を断ってあの世に送ってやるのが慈悲じゃないのか?」
 シュナイアスが呟く。ジーンがかがんで動かぬ青年を振り向いた。
「ディルス殿、今は辛いかも知れぬが貴公がいつまでもクレア嬢のことで思い悩むことで逆にクレア嬢も成仏しきれぬのでは無いか?」
 いつまでも沈黙は続けられない。アリシアがぐっと肩を揺さぶった。
「ツライだろうケド、看取ってあげて。彼女の最期を。私たちを恨んでも良い。それでもディルスさんは生きて、それでクレアさんの魂を弔ってあげて。それはディルスさんにしか出来ないことだもん」
 アリシアの言葉にディルスが反応を示す。目と耳を背けていた相手に顔を向けた。
 攻撃を受けて尚ディルスに向かおうとするレイスに向かって、カレンが二度目のピュアリファイを放った刹那。
「一生忘れない。さよなら、クレア」
 伸ばした手が触れるか触れないかの最後のふれあい。
 消滅を呼ぶ光の中で少女は僅かに、――――笑った気がした。


「忘れろ等とは勿論言う気は無いがもう少し前向きに生きては如何か?」
 今の彼には少々キツイかも知れないと考えつつジーンは言った。
 何人も応援を呼んだのが苦しいはずの状態を塗りかえたと言っていい。早期対処と連携の取れた攻撃の成果だろう。
 結局のところ、被害はさほど出なかった。暗殺者の撃退も成功。
 一晩あけた翌日の朝から、冒険者達はディルスと庭で話し込んでいた。思い出話も反省もあれば、フォローもある。死者を忘れないというのは、消して悪いことではない。けれど囚われ過ぎるのも問題だ。
「間違った事をした妹を叱れぬようでは、『家族』とは到底呼べんな。過ちを犯す恋人を見守り続けるのが愛だというのなら、所詮は恋愛という名の『遊び』に過ぎぬ」
 済んだ事ではあるが、零幻は厳しく告げた。今後何が起こるか分からない。二度と同じ事をさせない、という意味もあったかもしれない。ディルスは苦笑いした。
「違う。クレアとの間にあったのは男女間の愛でも恋でもない」
 向こうはどう思っていたが知らないけれど、と付け加える。
「儚くて、愛しくて、可愛そうな妹だと、守ってやれるのは自分だけだと、血縁者への愛情だと、信じて‥‥疑わなかった。俺が縛っていたのかも、な」
 自由を返さなければと。思ったからこそ別れを告げた。決別というほど大袈裟なものではなくて、ただ己の考えを。サラの魔法とアーシャの介抱によって回復した出雲が呟く。
「あいつ、もっと時間が欲しかった、って昔言ってたな」
 遠い遠い記憶。説得は何の成果も生み出さなかったけれど。
「相変わらず、女の子にだけは優しいよね」
 鎮魂歌を披露し終えたアーシャが笑う。
 ティーカップを見下ろして沈黙を保っていたアリシアが記憶を辿る様に呟いた。
「生きてる人だけが死者の魂を救ってあげられるんだよ。私はそう思うんだ、何か伝えたかったのに死んじゃって何も伝えられなかったヒト‥‥見てきたから、誰かのために何かできるのは生きてる間だけなんだよ」
 アリシアの胸に残る苦い思い出。
 経験は思い出、ある時は爪痕となって記憶に残るというものだ。皆の言葉がディルスの思考に染み込んでいく。理解はしていても感情が追いつかないのだろう。彼の指には銀の指輪が光る。いまいち反応が薄いディルスに、カレンが告げた。
「いつか――貴方に子が出来て、願いが叶うのなら、あなたの子としてもう一度逢えます。その時に、いっぱい愛してあげて下さい。今まで出来なかった分だけ」
 じっと眺めて、様子を伺う。
「その時まで生きて下さい。そして、それからも生きて下さい」
「――うん、そうするよ」
 浮んだ微笑。昼下がりの、クレアが生前愛した緑の庭で。
 一つのテーブルを囲んだ思い出話。
 ラストワルツを踊って消えた、二度と会えぬ娘に「祈りよ届け」と願いながら。