芸術家の苦悩―悪戯なラブソング―
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 20 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:09月15日〜09月22日
リプレイ公開日:2004年09月17日
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●オープニング
その日、冒険者ギルドに天使画や人魚画、アナイン・シーといった幻想世界を得意とする絵師マレア・ラスカの片腕兼執事、マッシブジャイアントのワトソン君が現れた。
「やぁ、モデルをお求めかな?」
「こんにちワー。その通りデス」
「分かりやすいね、何か無理難題でもきたのかな?」
受付の青年が笑いながら依頼書を書く。
絵師マレア・ラスカはプロのモデルの類を頼まない。
既成のイメージで凝り固められたモデルを使うのは面白みが無く、つまらないという。そういったこだわりはよく言えば斬新、悪く言えば唯の我が儘だが、彼女は冒険者ギルドで数々のモデルを募集してきた。
冒険者ギルドでの『モデル募集』は慣れたものだ。
「いえー、ミスマレアの我が儘デス。大仕事が終わって久々に開放されたカラとかで、自分の好みの作品に打ち込んだり楽しく騒いだりしたいそうデス」
「‥‥‥‥なんだかな」
普通、冒険者というのは冒険者ギルドという公的機関を通して事件を解決していく凛々しくも頼もしい人間たちなのではあるが、冒険者ギルドというのは時折、事件解決『外』な依頼に付き合わされることも多い。
貴族の道楽とか。
この場合は画家の道楽だが。
「根っからの『絵画オタク』デスから」
「納得。で、君の主人の趣味と暇潰しに付き合ってくれそうな冒険者に何か要望はあるのかな?」
「エーット、できれば『カップル』に来て欲しいそうデス」
――――カップル?
「ミスマレアは『ギリシャ神話を描きたいんだコンチクショウ』と言ってましタ。『エロースとプシケ』のシーンデス」
受付の青年が首をひねる。
エロースとプシケ。
といえば、ギリシャ神話で有名な恋路の悪戯っ子な神であるキューピッドと、某国の末姫でウィーナスよりも愛され崇拝されたが為に散々な目にあったという美貌の乙女である。エロースはキューピッド他、クピド、アモールと様々な呼び名があるが、基本的にやってる事は同じに過ぎない。尚プシケもプシケー、プシュケといった呼び名がある。
神話は語る。
『昔、ある都の王に美しい三姉妹の姫がいた。末娘プシケーは最も美しく。人びとは女神ヴィーナスを敬う事を忘れ、プシケに祈りを捧げるようになり。それを知った美の神ヴィーナスは激怒、息子である恋の神エロースを使い、プシケを恋の奴隷にするよう企んだ‥‥』
絵師マレア・ラスカが描きたいのは、うちの数シーンであるらしい。
「うーん、微妙だな。とりあえず張り出しておくよ。単独参加でもかまわないね?」
「もちろんデース。家族でもいいですヨー、人多い方が楽しいデース」
なんだか平和な依頼人の部類だなぁと受付の青年は思う。世の中平和が一番だ。
というわけでモデル募集が張り出された。
森の湖畔における白い家にて三食昼寝付きのモデル。リゾート旅行にうってつけ。
尚、恋人同士の参加者・男女ペアは特に大歓迎、と。
激しい冒険の骨休みにいかが?
●リプレイ本文
レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)はまず何故、自分がこんなに向いていない依頼に参加したのか考えた。確か、妹に「たまには生産的なことをしてこい」と言われたから、高尚な――自分には理解し難いため――芸術に関わってみようと思い、現在に至る。
「もしもーし、大丈夫?」
絵師のマレア・ラスカが虚空を見つめて心此処にあらずのレーヴェに向かって手を振った。現在モデル時間の真っ最中。只今彼はマレアの趣味により下半身ぐるぐる巻きの刑にあっている。鍛え抜かれた肉付きの良い逞しい姿態が弓を携えているのは壮観だ。
「すまない。考え事をしていた」
「うーん、休憩でもとろっか。エルシュナーヴちゃん、おいでー、紅茶とお菓子あるよ」
レーヴェのアシスタントで参加した少女は白いフワフワした白いドレスを纏っていた。
お世辞なしに可愛い。マレアがレーヴェ達二人に頼んだのは物語の導入、エロースがプシケに恋の矢を射るシーンだ。煌く陽光の下で無防備な姿を晒す乙女に矢を撃とうとして自らを傷つけてしまうエロース。なかなかに様になるものだ。
「エルお手伝いできてるかなぁ、リーベおねーちゃんに言われてるんだよね」
「む。こちらこそ急に頼んですまないな。芸術の為とはいえ。‥‥他の者はどうした?」
「水浴びやら木の実摘みにいったわよ」
モデル依頼という名のほぼバカンス。半ば恋人達で構成された冒険者達は、森の奥にあるマレアの別荘にてモデル時間以外は好きなように暮らしていた。自由時間が多いのだ。
まず皆がどんな絵に描かれる事になったのか。
先ほどの場面に引き続き恋に落ちたエロースとプシケ。
毎夜臥所に訪れるエロースと闇の中で其れを待つプシケのモデルとなったのは、ミルフィー・アクエリ(ea6089)とその恋人のカイである。豪華絢爛の室内で、胸元が大きく開いたピンクのドレスを纏い、髪を一つに束ねたミルフィーは月光に背を向け目隠しをし、窓辺から翼をはためかせて忍んで来る夫のエロースに扮したカイを待つ。消して姿を見れない夫婦。月を背にミルフィーを背後から抱き締める姿は、ほぅっと溜め息をつかせた。
‥‥モデル中、ミルフィーの恋人が顔を真っ赤にするなどのハプニングもあったが。
次にフレーネ・ヴァルキュリアス(ea5771)はといえば、姉に唆されたプシケがついに蝋燭に火をともし夫の姿を見てしまうという場面を演じている。寝台に横たわる恋人役のウルスラグナスを灯火を手に覗き込む。広がる闇、唯一の灯火、仄かに浮かび上がる夫婦の表情、秘密が暴かれる直前のドキドキ感がなんともいえない。
恋人が仕事中で来れなかったというサラ・ミスト(ea2504)は、無理に演じさせるのも、ということで単独でモデルをすることになった。妙な殺気をマレアが感じたというのもあるのだが、サラは服装は露出の少ない黒のロングドレスを纏い、早朝の霧深い森の中で茂みにぺたりと腰を下ろし、秘密を暴きエロースに取り残されたプシケを演じた。霧に差し込む光の帯が見えるのは短時間のみ。時間との勝負である為、一番難しい光景だ。
フローラ・エリクセン(ea0110)とシーン・オーサカ(ea3777)は本人達の希望もあって物語の最後、眠りに落ちたプシケをエロースが目覚めさせるシーンに挑んだ。フリだけでよかったのだが、なんとシーンはフローラをアイスコフィンで凍結させるという荒業を行使。口付けで相手を目覚めさせる王道描写となった。ちなみに二人とも女性である為、絵画ではシーンは観客に背を向けており、一見して同性であるとは見えない構図だ。
尚、全員が一律。担当絵画シーン以外に、煌く湖のほとりの切り株に腰を下ろしてエロースから花を一厘渡されるとともに、額に口付けを受けるというシーンを演じた。よく他の絵画でも描かれるワンシーンだが、これがまたモデルによって様々な味を出していた。
さて、モデル時間外の恋人達はといえば?
「ふーらーんーっ!」
シーンがパタパタと手を振っている。フローラとシーンは水浴びをしながらも、魚を取ったり木の実を摘んだりと休日を満喫しているようだった。木陰には日向ぼっこついでに眠るサラの姿があった。どこか幸せそうな顔をして地面に転がっている。
「‥‥レ‥‥オナ」
どうやら恋人の夢でも見ているようだ。無防備に眠るサラを遠くから眺め、弟のカイは苦笑いした。ミルフィーがカイに寄り添って顔を覗き込む。
「ふみゅ、カイさん、どうかしたですか?」
「いえ、なんでもないです。すみませんねミルフィー、つき合わせて」
どこか申し訳なさそうなカイに、ミルフィーがぶんぶん頭を振った。おたおたと初々しさと愛らしさを凝縮したような素振りがゆえか、柔和な雰囲気が彼女を取り巻いていた。
「こう言うの初めてなのですけど、絶対絶対頑張るのですよ」
むん、と拳を握って意気込みを語る。紅の髪に指を絡めて軽く梳く。恋人達の間に流れる時間というのはこの上なくゆっくりしていた。穏やかに流れ行く平穏な時間。木漏れ日の下で顔を赤くしながら、ミルフィーはそろりと隣を見上げた。
「‥‥私なんかがモデルの相手でいいのですかぁ?」
「ミルフィーと一緒だから来たんです」
臆面も無くきっぱりと。何処と無く照れた恋人の言葉に、ミルフィーもほだされたのか二人で照れくさそうな笑いを浮かべていた。握っている手がいい証拠。
依頼にかこつけてのんびりできる時間も冒険者という立場である以上そう多くは無い機会だ。たった数日間だけれど、誰にも邪魔されない時間を過ごす。それが束の間の至福。
「か、格好いい騎士さんもいいですけど、こう言う可愛いのも嫌いじゃないのですよ?」
――――ご馳走様。
所変わって別荘の中では。
「それでウルスさん、ここは‥‥こういう風にして‥‥少し恥ずかしいですが。私は上半身は長い白い布を準備して胸を隠す様にして首に回し、下半身は白い布を腰に巻きつけている感じでしょうか」
フレーネとウルスラグナスは飽きることなくモデルの仕事の打ち合わせを繰り返した。ポーズや構図、衣装などなど真剣な顔で吟味している。
フレーネは何処か楽しそうだ。
「折角の機会ですから、楽しみませんとね」
「俺は常にフレーネ嬢に合わせる。好きなようにしてくれ」
どうやら見た限り本物の恋人同士というわけではないようだが、恋人役、という言葉の元、二人もそれなりにモデルの仕事、ひいては疑似恋愛に近い現状を楽しんでいるようだった。忙しい冒険の合間のバカンスだ、楽しまなければ損だろう。
ちなみにレーヴェはモデル時間以外では、基礎能力の訓練を行い、カールス流の基本の型を徹底的に繰り返し行っていた。バカンスの意味を履き違えているらしかった。
その夜。
希望者は二人部屋、その他は一人部屋だったのだが、月光の差し込むフローラ達の部屋から話し声が聞こえた。
「あの依頼の時は演技でした。いいえ、本当はあの時から‥‥ずっと。異種族の、しかも女性同士でおかしいのはわかってます。ですが、この気持ち‥‥もう、抑えられなくて」
「あ、あのな。うち、フランが‥‥いや」
「愛してます、シーン‥‥さん」
「フローラが好きや」
全く同時に告白、思わず二人で笑い合う。潤んだ瞳ではにかみながら。
「好きになってくれて、ありがとう」
自然と唇を重ねた二人。シーンはフローラを抱き締めながら束の間の至福に浸るとともに、将来的に重く圧し掛かる様々な問題を聡い頭で考えていた。障害の多い恋ほど燃え上がるとはまさにこの事。止め処も無い思考の渦。シーンは様々な決心を固めていた。
(「エルフと一生付き合うんは延命法探さんと。アイスコフィンでウチが9年ずつ冬眠とか。フラン、寂しいやろか」)
と、盛り上がる室内の外では。
『いーじゃない、いーじゃない』
小言呟きつつ壁にコップ当てて盗み聞きしてる絵師発見。訴えられるぞ、そこの人。
『ミスマレア!? 何やって』
『あらワトソン君、ちょーどいいところなの、見逃して?』
『莫迦言っちゃいけません! デバガメは退散デス!』
くどいようだが小声である。
マレアはずるずると連行されていった。尚、フローラ達がどうなったかは記録係にも分からない。秘め事の夜は本人達だけのものと言っておく。
連行されたマレアはテラスの方で人影を見つけた。
「レオナ‥‥何してるかな」
サラだった。少々落ち込んでいるらしい。恋人達だらけの中で想い人が傍にいないというのもナカナカつらいものがある。マレアはミードを持ってそろそろと近寄っていった。「ハイ、彼女。恋人の話でもかたらなーい?」などと言い放ち、ミードの杯を押し付ける。
「いつのまに」
「一緒にこれなくて残念だったわね」
恋人と同行できず落ち込んでいたサラは、ミードを眺めてポツリと呟く。
「レオナは別の依頼‥‥仕事中なのに、気づかなくて」
「独占欲強そうだものネェ、貴女の恋人」
ちゃりっと鎖にふれた。サラの首には恋人から贈られたという首輪と鎖があった。思いの形を、深さを誇示するには十分だ。「今度は恋人といらっしゃいな」というと、サラは色々と物思いにふけった。やがてそのまま部屋に戻っていく。
「命短き恋せよ乙女、ったあ良く言ったもんよね」
ふふふ、とマレアは笑っていた。
さて瞬く間にモデルの期間は過ぎていった。
長いようで短かった恋人たちの時間。最終日には宴会が開かれ、フレーネやシーンが美声を披露した。静かで澄みきった声音。のめや歌えやのどんちゃん騒ぎは深夜まで続いたという。
「恋人と仲良くねー!」
去り行く冒険者達に向かって、マレアは手を振り続けていた。
ちなみに‥‥
「ミスマレア」
「なーにワトソン君」
「‥‥味占めましたネ?」
「ホホホホ、何のことかしら」
「そのうちまたカップルでも呼ぶ気なんだろう」
「うっさいわね、居候は黙りなさい」
「賑やかなのは楽しいデース」
そんな会話が行われていたことを、彼らは知らない。