下弦遊戯α ―クレアの瞳に微笑みを―

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月25日〜07月30日

リプレイ公開日:2004年07月27日

●オープニング

 日が沈む。買い物を終えた家族も帰るという時刻の事だった。
 その土地では有名な貴族の邸が室内から窓の外をぼんやりと眺める人影がみえる。年の頃は十六になるかならないかという、ほんの少女だった。
 金に輝く髪を靡かせて、澄んだ空のを映したような青い瞳は物憂げに真下を見つめている。少女は窓際の椅子に腰掛けて一度も出たことの無い外に焦がれながらもテーブルの上につっぷして、気を抜くと憂鬱になりそうな想いを押し殺す。
「もう無理なのかな。いつまで持つのかな」
 少女は物心ついたときから邸の中の生活を余儀なくされていた。ほぼ監禁状態といっても過言ではない。元気だった幼い頃は親を前に泣き叫び、あるいは脱走を試みたが、年を経るとともに何故外へ出てはいけないのかを理解するようになった。
「‥‥死にたくない」
 十歳まで持たないだろうと言われて生きてきた。生まれながらにして心臓病と悪性の腫瘍に巣食われ、先天性の難病を患い、さらには陽光を長時間その身に浴びれば精霊に嫌われているのか、相反するのか何なのか、皮膚がやられて火傷をしたように全身が爛れてしまう。
 これ等を始めとした病を患い、外出など夢のまた夢とされてきた。邸の中は常に専属魔法使いによる保護、いわゆる、空気を正常化し窓から差し込む光の無害化が行われている。
 一生こうなのかと思う事は何度もあれど、クレアは最近、過度な不安に駆られるようになっていた。思春期が関係したのか、不安に襲われて食欲も無く、眠れぬ夜を過ごす。
 もうじき十六歳の誕生日が来る。後四日。そこまで考えてクレアは思い立った。何故今まで気がつかなかったのか。
「――――そうだ、お父様に」
 頼んでみよう、一生に一度のお願いとして。もしかしたらなんとかしてくれるかもしれないではないか。クレアは急いで父親の書斎へと向かっていった。誕生日に一日だけでいい、友達になってくれる人と外で楽しくおもいっきり遊びたい。其れだけを望んで。
 ――まもなく、父親の計らいで冒険者ギルドに変わった依頼が届けられることになる。

●今回の参加者

 ea0643 一文字 羅猛(29歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea0655 シェリス・ファルナーヤ(20歳・♀・ジプシー・エルフ・イスパニア王国)
 ea0830 レディアルト・トゥールス(28歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1759 シルビィア・マクガーレン(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1884 ヒカル・サザンテンプル(33歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2806 光月 羽澄(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3418 ブラッフォード・ブラフォード(37歳・♂・ナイト・ドワーフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

 父親の書斎に呼びつけられたクレアは飛び上がらんばかりに驚いた。「今日はお前を祝ってくれる者達がいる」という。「紹介しよう」といって扉の向こうから冒険者が現れる。何故かクレアの顔は朱に染まった。
「は、はじめまして――クレアと申します。あの、わ、わたく、私と」
 緊張故に言葉が咽喉の奥に詰まって出てこない。困り果てた少女に近づいた者がいる。シェリス・ファルナーヤ(ea0655)は視線をあわせ、持ち前の端正な顔で微笑みかけた。
「シェリス・ファルナーヤよ。イスパニアから来たの。よろしくね」
 差し出された手にクレアは大輪の花を綻ばせたように眩しい笑顔を浮かべた。父親は娘を冒険者達に一任し、豪遊資金を一文字羅猛(ea0643)に預けると「後は頼む」と仕事に戻っていく。まずはクレアの身支度をしなければならない。用意に関してはシェリスと光月羽澄(ea2806)が中心となって、忙しそうに世話をした。
「肌の露出が少なく、風通しがよい服、つばの大きい帽子がいいかしら」
「クレアさん。私はレジストサンビームの魔法で日光から守れるようにするけど、この魔法は1回1時間しか効果がないの。なるべく私から離れないようにして欲しいんだけど」
 日光予防はともかく魔法の事は詳しくない。クレアはとりあえずコクコク頷いていた。彼女達からは離れてはいけないんだな、と漠然と考えながら、動き回るのは体に障るので準備に走り回る女性達を眺めている。ぼんやりしていると何人かが声をかけてきた。
 一文字羅猛(ea0643)とレディアルト・トゥールス(ea0830)である。
「退屈されておられるか?」
「よう。ノルマンの騎士、トゥールスっていう者だ。ヨロシク」
「あぁ失礼した。一文字羅猛だ」
 ジャイアントゆえに見下げる形になった為、羅猛はクレアが腰掛けている椅子の傍らで膝を折る。そんな羅猛の心遣いやトゥールスの気さくな所がクレアには嬉しかった。
「ふふふ、お父様より背の高い方は初めて見ましたわ。騎士様は甲冑を身につけてはいらっしゃらないのね」
「ジャイアントを初めてご覧になって驚かないクレア殿もなかなか」
「優しい目をしてますもの」
 穏やかに微笑みながら息をつかないその返事。純粋な言葉に羅猛が一瞬返事に困った。
「おいおーい。二人の世界をつくるな。心外だなぁ、わざわざ甲冑脱いできたのに」
「そこ、クレア嬢をとりあうな」
 壁に立って様子を眺めていたブラッフォード・ブラフォード(ea3418)が一言注意した。彼はどちらかというと完全な護衛のつもりである。曰く、若い者の趣味や感性は分からないのだとか。クレアに「ブラッフォードだ。短い時間だが楽しめるように尽力しよう」とだけ言うと、再び壁でむっつり押し黙る。
 反対側の壁にいた女性ナイトのシルビィア・マクガーレン(ea1759)がくすりと笑う。まるで漫才でもしているような光景だ。「私もその剣術ばかりしていてな。それ程、詳しい訳ではないが」と遊びに不向きな事をつげると、クレアは首を振る。
「いいえ。お忙しいのに、お時間を頂き光栄ですわ」
 泣かせるなぁ、と芝居がかった調子で現れた希龍出雲(ea3109)、その後ろにビザンツ帝国から来た女性神聖騎士のヒカル・サザンテンプル(ea1884)が続く。二人はシェリスと羽澄に指定された用品をとりにいっていた。品を手渡すとクレアを振り返る。
「今日はこれから買い物な、で、ピクニックの予定だから。値切りの方法も教えるからな、まかしとけ」
「値切り?」
 なんだろう、と首をかしげたクレアに詳しく説明しようとした出雲だったが、妙なことを吹き込むなとばかりにヒカルが出雲を押しのける。女性は強し。
「あぁそうだ、水辺なら私は良いところを知っているぞ」と普段は口数の少ないヒカルがクレアに対して静かに言った。口元に浮ぶ微笑は気のせいだろうか。にこにこと予定を楽しそうに聞くクレアに向かって「やはりお勧めはスーツメイルを」などと話し出し、慌ててシェリスが飛んでくる。
「だから相談のときに駄目だといったでしょう」
「いやしかし身動きが制限されて」
「熱中症になったらどうするんです、スーツメイルは重いし武人の為で」
 二人でぎゃんぎゃん二度目の議論を繰り広げ始める。その間に羽澄がクレアの支度を整えてしまった。「いくぞ」と羅猛が声をかけるまで、二人は延々話していたらしい。

 買い物に街中へ出て半時もせぬうちにクレアは人に酔った。長年屋敷の中に押し込められ窓から外を見てきた身だ。動体視力があまり優れておらず、大勢の人の動きを目で追うことが出来ない。それでも精一杯楽しんでいるようだった。市場の光景は世話役のメイドから話を聞いただけだという。あれこれ物を欲しがる気配はなかったが、興味を示すものは多かったらしい。羽澄やトゥールスに聞き倒し、出雲からは値引きの手ほどきを受ける。
 離れた場所から馬に跨ったブラッフォードとシルビィアが様子を見ていた。
「楽しそうだ。やはり若い者にまかせて正解だったな」
「私が遊びに精通していればよかったのだが、生憎と貴殿のようにこうしているのが一番性に会う。――あ、シェリス殿に叱られた。羽澄殿も、束になって怒る事もなかろうに」
「好奇心で体が先に動くのだろうよ。目付け役も大変だ」
「ええ。今はそれなりに物も口にしているようだし。一安心‥‥か」
 シルビィアの言葉にブラッフォードが眉を顰める。
「どういうことだ」
「世話役の女中に話を聞いてきた。最近非常に食が細り、延々外を眺めていたらしい」
 華やかな光景とは対照的に、厳しい表情で二人が顔を見合わせた。「まさか、な」というブラッフォードの呟きは人のざわめきに掻き消される。二人とも不安を押し殺した。
 買い物もそこそこに、昼を過ぎた頃になるとピクニックへ向かうことになった。場所はヒカルが見つけたという水辺に決まる。傍には野原もあり、木陰も確保できるからと。
 行き道。馬持ちの者達が、皆、同乗を勧めるのでクレアが困り果てた。まさか全員の馬に乗るわけにも行かない。結局すったもんだの討論の末にヒカルの馬に同乗することに決まり、傍らに並んだ羅猛がジャパンに伝わる昔話を語って聞かせた。驚いたことにクレアは各地の言葉に精通し、伝承の類に詳しく、話に見事な花が咲く。
「で、馬に乗った気分はどうだった?」
「二人も乗って重くなかったのかしらって、ちょっと心配になりました」
 トゥールスの言葉にクレアが恥ずかしそうに笑う。
「心配ない。あいつは丈夫なんだ。そらっ」
 水辺に来てから釣や魚のとり方について教えていたヒカルが、ぽいっと釣った魚をクレアに見せたりしている。随分と印象が変わっていた。童心に戻っているらしく表情は明るい。少し離れた場所で羽澄が魚を焼いていた。
「食べてみる?」
「――どうやって?」
 なんて言葉も聞こえる。興味深げに眺めるクレアに羽澄は魚の食べ方を教えていた。シェリスに踊りを習い、ブラッフォードにナイフを習う。危ない、なんて声もあったが。
「そのナイフは進呈しよう。何かを遺すもの、何も遺さないもの、貴女はどちらだろうか」
「‥‥大事に、しますわ」
「あら、そのリングどうしたの?」
 シェリスがクレアの指のリングに気づいた。驚いた事に木製で、令嬢がするようなものではない。買物時に見てないし、父親が与えたものとは考えられない。クレアが笑う。
「実は‥‥毎夜お花を下さる方がいるの、素敵でしょう? コレはその方にお礼に差し上げた銀の指輪と交換したものなんです。顔も知らない、名前も知らない方ですけれど」
 私を勇気付けてくれた特別な方なんですよ、と気恥ずかしげに笑う。危険な人物なんじゃないかと何人か思ったが、クレアの笑顔を見ていると注意する気は失せた。
「いつか会いたい。会えるような気もするけれど、私は――こんな身だから」
 純粋でひたむきな想いが痛々しい。毎夜花を届ける者を探してやりたいと思う者もいたが、無責任な約束は出来ない。その日は全員、時間まで目一杯遊び倒した。
 楽しい時間はあっという間だ。
「さて、これで友達ごっこは終わりだ」
 別れ際の出雲の言葉に一瞬非難の視線が飛ぶ。いくら仕事でも言うべきでないと意味を込めて。クレアが何処か淋しげに「はい」と、微笑んで見せた。私はこれで幸せなのだと。
「明日からは‥‥友達って事でOKかな? クレア」
 クレアの瞳が見開かれる。出雲は苦笑しながらぽんと肩に手を置いた。
「一生のお願いなんて言うな。また次も値切るの手伝って貰わないといけないんだからな」
 出雲の言葉に、それまで微笑んでいたクレアが凍りつく。やがて皆が口々に再び会おう、友として、と言った。それまで気丈に振舞っていたクレアが泣いた。嗚咽をかみ殺しながらボロボロと大粒の雫が頬を伝う。耐え切れなくなって両手で顔を覆い、その場に崩れた。
「――もっと、時間が欲しかった‥‥」

 数日後。風の噂によるとプリスタン家の御令嬢が十六歳の若さでこの世を去ったと言う。
 外部との接触を禁止された薄幸の少女の死を悼む者は少なく、葬儀には親戚と屋敷に仕えていた者達のみで執り行われ、黒い棺は静かに淋しく見送られた。だが。
「お嬢様は、まるで眠っておられるようでした。微笑んでるんです。毎日窓から外を眺めて暗い顔をなさっておられたのに‥‥特に御誕生日、とても幸せそうでした」
 誕生日から息を引き取るまでの数日間。満ち足りた表情をしていたらしい。特殊な贈り物と、誕生日翌日に家族が一人、増えたからだろうと世話役だったメイドは笑った。
 何故か少女の墓に毎日、誰かが色鮮やかな瑞々しい花を置いていくという。時折、手入れに来る使用人達は何かに気がついているらしかったが、静かに微笑むだけで一言も語りはしなかった。

 ――――毎夜お花を下さる方がいるの、素敵でしょう?

 過ぎ去り行く薫風に思いを託して。
 普段は誰も近寄らぬ墓地は今も尚、――――静かに穏やかな時を、刻んでゆく。