あの日みた夢と庭
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 10 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月15日〜09月21日
リプレイ公開日:2004年09月21日
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●オープニング
『きょうは、ばぁやとおさんぽでした。
もりで、じゃむにするキいちごを、つみました。たのしかったです。
かみさまへ、おねがいです。
きっと、ぶじにおしごとが、おわりますように』
――――押収された『べネバレットの日記』より抜粋。
「べネバレット」
女は少女を呼んだ。窓際に座って空を眺め、身じろぎ一つしない。
女はもう一度声をかけた。
「べネバレット」
ゆっくりと、振り向く。
年の頃は五歳前後だろうか。ふっくらした顔立ち、薄紅色の唇、梔子色の髪をしたまだ幼い少女である。少女の表情に感情の変化は微塵も見ることは出来ない。青い瞳は何処か空虚で、人の言葉に反応を示しても言葉を喋ることも無い。
人形のような動かぬ顔。
女はふうっと溜め息を吐くと、部屋へ立ち入り少女の傍らに腰を下ろした。
これで表情が明るく外を走り回っていたら、どんなに微笑ましいことだろうかと胸中で思う。日に焼けることなき白い肌。必要最低限の食事しか口にしない少女の四肢はひどくやせ細っていた。握っただけで折れてしまいそうな腕をなでさする。
「此処にきてから、もう大分経つのに」
少女は女の動きを眼で追うだけだ。
「貴女は全くしゃべらないのね。寂しいわ‥‥何を、待っているの?」
答えない。そうと知りつつ、女は聞かずに入られなかった。返らない答えを待ち続けて何日が経った事だろうかと漠然と考える。
ある日突然、孤児院に来た女の子。
此処は王都キャメロットから二日ほどの所にある孤児院だ。
名前はべネバレットと言うのだと言う。両親は冒険者ですでに亡くなっており、親戚もいないのだそうで此処の孤児院へやってきた。少女は其れまでの記憶が無く、激しい人見知りで誰にもなつかず、右の肺をいためている為激しい運動もできずに毎日窓の近くでぼんやりと過ごしている。
少女は再び、空を見上げた。
森の切れ間から青く澄んだ空が見える。
「何か見える?」
目を瞑って風を感じる。世話役の女は立ち上がり、少女を背中から抱き締めた。
母を思わせる、包み込むような優しいぬくもり。
「べネバレット、いつか、貴女を迎えに来てくれる人がいると良いわね」
死んでしまった両親は迎えに来ることはない。
新しい家族ができればと、あれこれ手を尽くしたが何故か上手くいかなかった。
この孤児院は経営難からもうじき取り壊しが決まっている。孤児達は散り散りになってまたいずこかの孤児院へ押し込められるのだと思うと、女は切なくなった。
少女はただ、黙って空を眺めている‥‥
「護衛、ですか?」
冒険者ギルドの受付の青年が問い返す。
「ええ、そんなに沢山はいらないんです。せめて最後にと思って」
孤児院の世話係をしていると言う女が、冒険者ギルドにやってきた。
孤児院の取り壊し前に、皆で森の散策や沢登をしたいのだという。しかし森には猛獣や毒蛇もいるため、世話役の女と子供達の行く場所は限られていた。沢登のコースも一部、危険地域の傍に指定されている。どうにかできないかとギルドを尋ねたそうだ。
「お願いできませんか?」
「報酬がね、うーん、あそこの孤児院か身内が世話になった覚えがあったっけなぁ」
ぶつぶつ呟く受付青年。
「ま、いいでしょう。半分私が負担しますよ」
「いいんですか?」
「はい、子供達の思い出作りとあらば。子供の数は十三人ですね、護衛は六人程度で大丈夫かな」
「ありがとうございます。これ、子供の名簿と予定です。それではお願いします」
女はぺこりと頭を下げた。
数時間後、ギルドに張り出された一枚の依頼書。
子供達の世話をできる忍耐強い者募集。
沢登りや遠足に付き合い、猛獣・毒蛇の類から依頼人及び孤児をを守るべし。
尚、孤児の中には口のきけぬ者、耳の聞こえぬ者アリ。
●リプレイ本文
森のお庭で遊んだの。もう帰れない白いおうちでばあやと待ったわ。
何度も何度も、パパとママとばあやと、皆で遊びに行く夢を見た。
ばあやはもういない。最後に約束したのはずっと昔よ。
『今度帰ってきたら、みんなでピクニックに行きましょうね』
ねぇ。パパ、ママ、‥‥どこ?
長い胴体に浮かび上がる斑模様。光に反射する光沢の肌。
草木の茂みから現れた数体のバイパーに子供達はわぁっと騒いだ。バイパーといえば言うまでも無く毒蛇である。木の枝を拾っていた子供に向かって、バイパーは牙をむいた。まずいと思ったシェラン・ギリアム(ea0823)が、子供を抱えあげて地面を蹴る。
このままでは子供達は分散しかねない。
「皆静かにするの! 守ってあげるから大丈夫!」
中央にいたディーネ・ノート(ea1542)が一喝する。声を聞いた近くの子供達がディーネにしがみついた。他の子供達も大人に隠れるようにしてしがみつく。
‥‥これはこれで動けない。
「そのまま子供の世話をお願いします」
アルテス・リアレイ(ea5898)が腰に携えた剣の柄に手をかけ、刃を引き抜――こうとして思いとどまった。ここにいるのは幼い子供ばかりである。いくらバイパーといえどたかが二体、刃を引き抜いて子供を怯えさせるわけにはいかないと判断したか、柄の状態でぶんと振るった。ようは追い払えばいいのだ。
フォーリス・スタング(ea0333)がファイヤーボムを唱えだしたのを視覚の隅に捉えたアルテスは、反射的に声を上げた。
「皆、目を瞑ってください!」
言われるがままに瞼を閉じる子供、近くの保護者に目を覆い隠される子供、様々ではあるが、フォーリスの掌から炎の球体が毒蛇に向かって放たれる。
一瞬の熱風と轟音。
「無益な殺生は必要ないですからね」
毒蛇は焼かれたのか、果たして逃げたのか。子供達には知る由も無かったが、威嚇にはなったらしく、ヘビのいたところは黒く炭化していた。
やがて物音が静かになると、すっと顔を上げる。
「大丈夫?」
子供数人と地面にかがみこんでいたシータ・セノモト(ea5459)が恐怖から身を震わせている子供の様子を伺う。緊張の糸が切れて泣く子供もいたが、子供の扱いが上手い人間もいた。ホッと息を吐くとシェランが周囲を見回す。
「怪我人はいますか?」
「大丈夫みたいですよ。ほら、泣かないで」
持ち前の穏やかな微笑を向けてヴィルジニー・ウェント(ea4109)が子供達を宥めていた。来る途中で買ってきたのか、ヴィルジニーの手には花束が握られている。いい香りでしょう、と笑顔で花を一厘飾ってみせる優しい余裕に泣いていた子供も泣きやんだ。
一行はもう少し山奥へ進んだ先の穏やかな川辺を目指していた。
この森は普段、危険と判断されて民間は近づかない。元々は散策も出来たのだが猛獣、害虫、モンスターの数が増して立ち入りが制限されていた。今回は冒険者を七人引き連れての散策となる為、許可が下りたようなものである。
「いい? よーくみててごらん」
岩に腰を下ろしたディーネは取り出した飴玉を一つ、掌に握りこんだ。小さく呪文を唱えると、やがてディーネの全身が淡い青の光に包まれる。ほんの一瞬、飴玉を握り締めていた右手が霧を纏った。力を加減してかけた魔法によって生み出されたのは‥‥
「そこのあなた!」
びしっと一人の少女を指差すと、おいでと手招き一つ。
「口あけてごらん」
あー、と言われるままに大口開けた少女に、魔法を施した飴玉を放り込む。
「――冷たい」
「ふふふー、まだあるわよ」
飴玉をつめた大瓶三つを、バックから取り出した。用意がいい。
「はい。これ貴方の分ね。冷たくて美味しいわよ」
と、頬押さえつつ笑顔でべネバレットに渡す。表情の変化は見られぬものの、冷えた飴玉を手にしたべネバレットは軽くお辞儀をしてぱっと身を翻し、世話役の女性に見せに行った。どこか自慢げである。
気の弱そうな子供達四人は陸の方、ディーネの周囲に集まっていた。魔法を間近で見るのは珍しいらしい。フォーリスのような攻撃魔法、特に炎は怖いようだが、飴玉が冷えるなんて考えてもいないのだろう。不思議なものにうつるようだ。
所変わって少し離れた川の傍では、シェランから釣り道具一式を返してもらったザウスが五人に釣りを教え込んでいた。ただザウスはシフールである為、子供が水に落ちた場合を考慮して傍にアルテスと世話役の女性が付き添っていた。
彼らの背後では食料調達だZE! と豪語したザウスにしたがって、獣などの警戒も含めてシェランとフォーリスが焚き火をしていた。魚の焼ける匂いが漂う。
一方ヴィルジニーとシータは浅瀬の沢登りを担当、四人の子供が水に浸って遊んでいる。
「これだけ大勢の子供達だと、騒がしいのを通り越して耳が痛いくらいかも? って思ってたんだけど正解ね」
シータが苦笑いする。時折彼らの傍をすり抜けていく小魚がある。三人の子供達が手では取れないであろう魚を、自ら掴みとらんと一心不乱だ。そんな純粋な子供の姿を眺めて微笑みも浮ぶ。
「――でも皆揃っての思い出はこれで最後になるんだし、私達が頑張って何事も無く終わらせないと、ですよね」
呟くような言葉の矛先は子供ではなく同行者。
シータの振り向いた場所には、広げた敷物の上に広げられたお菓子と紅茶、その上でヴィルジニーの膝上に遊びつかれてすぴょすぴょ眠る子供がいた。ヴィルジニーが苦笑する。
「うーん、孤児院がなくなってしまうのは残念ですね。子供たちもそのことをわかっているのかな?」
シータとヴィルジニーの声は子供達には届いていない。親もいない、引き取りてもいない幼い子供達。答えの返らない問いに自嘲したヴィルジニーは、暗い影を微笑みに変えて膝の子供を見下ろした。シータもすっと腰を下ろして覗き込む。平和そうな天使の寝顔。
「この遠足はぜひ楽しい思い出にしないとね」
「そう、ですね。だからこそ『今』を頑張って、『未来』の『思い出』を素敵なものにしたいんだ。今こうしているのもそう。明日にはきっと大切な記憶の一つになっている。できれば、この子達も‥‥私が願うのはそれだけ。アハハ。人に何かを教えてあげられる程、人間できてないから」
ぷにぷにした子供の頬を軽く突く。
微笑一つしてシータはすっと立ち上がった。川の浅瀬で騒ぐ子供達は、まだ魚に夢中である。くるりと見回すと、世話役の女性から身を離したべネバレットが遠くからじっと眺めていた。シータの手招きに吸い寄せられていく。
「子どもは自由な方が良い‥‥そう思いますね」
走り行く少女を眺めてぽつりと呟く。火の傍にいたフォーリスが、汗で張りついた黒髪を掻き揚げながら何か考えているような眼差しを子供達に向けていた。言葉の合間にこめられた沈黙の意味は、分からない。
枯れ木を炎の中へ放り込みながらシェランが頷いた。茜色に染まりだした空を眺め、雲ひとつ無い空に満足そうな笑みを浮かべる。
「星も見えそうですね」
「何かするんですか?」
フォーリスの問いに、あぁ、とシェランが相槌をうつ。
「私は少々星読みを嗜んでいましてね。夜は持参した筆記用具で子供達に星読みの簡単な知識を教えようかと考えていたんです。星座の名前や由来、少しですが読み書きも教えたいと思います」
「子供にはいいかもしれないですね。私は‥‥錬金術は難しすぎるかな?」
「楽しそうですね」
アルテスだった。両手に魚を抱えていた。ザウスと子供達がつったものだろう。なかなか釣り上手である。魚に棒を差しながら、少し困ったような顔をした。
「僕の笛、取り立てて上手には吹けないけど機会があれば吹いてみようかな? と思ったんですけどね。耳の聞こえない子がいるのを忘れてました」
「そうでしたか」
音楽は耳に頼る節がある。新たな魚を薪の傍に刺したアルテスが再び魚釣りの場所に戻ると、耳の聞こえない子供が人形を抱えた小さな女の子を連れてじぃっと穴が開くほど見上げ横笛を指差す。口から漏れる言葉は、奇妙な音しか成さない。アルテスが困っていると、世話役の女性はこっそり耳打ちした。
「この子の妹、音楽が好きなんですよ。よければ後で吹いてやってくださいな」
妹思いのお兄ちゃん、とやらだ。ふっと表情に照れくさそうな笑みが浮んだ。
そうして薄暗くなってからもピクニックは続いた。
帰る頃には数人は疲れて眠り、また昼間寝つぶれていた子供は目をらんらんと光らせて飛び回っていたようである。
翌朝、冒険者達は帰り支度を整えた。別れを惜しむ子供の多いこと。
「またね」
ヴィルジニーの笑顔と、頭を撫でる優しい手。
冒険者達が付き合った思い出作りの一日は、怪我人も無くこうして静かに幕を下ろした。
それからしばらくして。
「ねえお姉さん」
口の利けないはずの少女が、世話役の女に話しかけてきた。くいっと服の裾を引く。
驚いた女は極めて冷静を装い、どうかしたのかと問いかけた。
べネバレットはにこりと笑う。
「楽しかったね」