【ケンブリッジ奪還】黄昏の姫―祈り―

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:09月21日〜09月26日

リプレイ公開日:2004年09月27日

●オープニング

 事件が起こる、少し前の話になる。

 日暮れの頃。窓際には一人の娘が立っていた。
 艶やかな金糸の長髪に澄んだ碧眼、象牙のような肌に紅蓮の光が差し掛かる。何故か黒衣のドレスを纏った彼女は、憂鬱な眼差しを部屋に置かれた絵画に向けた。両親、姉、自分、そして妹。家族が描かれているものだ。
 無言の静けさを漂わせた部屋に、踏み入った人影。銀糸の髪の見習い魔法使いを眺めた娘は呆れたように溜め息を吐いた。
「ミュエラったら、またサボってきたのね」
「ねぇエルザ。来月に一度、実家に帰るんですって? 学園祭も近いのに」
 黒衣のエルザは一瞬、身をこわばらせた。外を眺める表情には暗い影が見え隠れする。
「えぇ。お姉さまが‥‥魔物に憑かれて、亡くなられたそうだから」
 エルザが心から慕っていた、自慢の姉。
 姉の名をシエラと言った。もうじき両家の子息と結婚するはずで、婚約を交わした矢先であったという。長女のシエラは何者かによって殺され、この世を去った。まだ二十歳になったばかりの美しい女性だったという。
「ご、ごめんね!」
 ミュエラが慌てて出て行こうとしたのを、エルザは引き止めた。
「いいの。本当はすぐにでも帰りたかったけど‥‥シフール便で駄目だって、父様が」
「身内に厳しすぎるよね、元気出して? 私でよければいくらでも協力するから」
「ありがとう」
 親友の慰めに、エルザは静かに微笑んだ。
 ここはケンブリッジにある数多の学園の女子寮の一つである。
 エルザの実家はキャメロットにあり、アリエスト家の次女であった。各所に点在する学園は所謂一般教養を学ぶ学園である為、彼女は父親の意志の元、妹のユエナと此処へ学びに出されているというわけだ。妹のユエナは別区の女子寮で離れて暮らしていた。
 尚、ミュエラはケンブリッジ魔法学校のウィザード養成クラスで勉学に励んでいる見習いだが、学園外のサークル活動で意気投合。以後数年間にわたり共に暮らしてきた、いわばエルザの親友である。
「ねーっさま、いる?」
 その時ひょいと小さな少女が顔を出した。話し込んでいたエルザとミュエラがぎょっとした。現れたのは、別区で暮らしているはずのエルザの妹であった。
「ユエナ!? また抜け出してきたの? 一人?」
「ひっとりだよ〜、家族に会いにきちゃいけないの?」
 寂しさからか、抜け出してきた妹。
 エルザ達がようやく一息つき、お茶でも飲もうかと話していた時だった。
 ケンブリッジ全体がモンスターに襲われた。
 彼女達の寮も例外ではない。急ぎ緊急の召集がかかり、エルザ達の通う学園に残っていた生徒及び寮生、近隣の者達は手の届く限り学園内の図書館に集められ、溢れた者達は様々な部屋に立てこもった。窓という窓を閉じ、扉という扉を塞ぐ。外から聞こえてくる恐ろしい咆哮。
 幸い近隣に住んでいた魔法学校の教師数名が立てこもるエルザ達を戸口で守っていたが、いつバリケードが突破されるか分からない。他、館内にいるのは無力な者達と子供、見習いばかりで戦力にはならない。
「誰か助けて」
 震える妹を抱き締めて、エルザは祈った。


 †††


「なに? モンスターがケンブリッジに!?」
 円卓を囲むアーサー王は、騎士からの報告に瞳を研ぎ澄ませた。突然の事態に言葉を呑み込んだままの王に、円卓の騎士は、それぞれに口を開く。
「ケンブリッジといえば、学問を広げている町ですな」
「しかし、魔法も騎士道も学んでいる筈だ。何ゆえモンスターの侵入を許したのか?」
「まだ実戦を経験していない者達だ。怖気づいたのだろう」
「しかも、多くの若者がモンスターの襲来に統率が取れるとは思えんな」
「何という事だ! 今月の下旬には学園祭が開催される予定だというのにッ!!」
「ではモンスター討伐に行きますかな? アーサー王」
「それはどうかのぅ?」
 円卓の騎士が一斉に腰を上げようとした時。室内に飛び込んで来たのは、老人のような口調であるが、鈴を転がしたような少女の声だ。聞き覚えのある声に、アーサーと円卓の騎士は視線を流す。視界に映ったのは、白の装束を身に纏った、金髪の少女であった。細い華奢な手には、杖が携われている。どこか神秘的な雰囲気を若さの中に漂わしていた。
「何か考えがあるのか?」
「騎士団が動くのは好ましくないじゃろう? キャメロットの民に不安を抱かせるし‥‥もし、これが陽動だったとしたらどうじゃ?」
「では、どうしろと?」
 彼女はアーサーの父、ウーゼル・ペンドラゴン時代から相談役として度々助言と共に導いて来たのである。若き王も例外ではない。彼は少女に縋るような視線を向けた。
「冒険者に依頼を出すのじゃ。ギルドに一斉に依頼を出し、彼等に任せるのじゃよ♪ さすれば、騎士団は不意の事態に対処できよう」
 こうして冒険者ギルドに依頼が公開された――――


 †††


 某日、冒険者ギルド。
「あんた達はこっち担当ね」
 ギルドでは人がごった返していた。
 ケンブリッジがモンスターに襲われて壊滅の危機にあると言う。要請を受けたギルドは数々の依頼を冒険者達に頼み込んでいたわけだが、おっちゃんが手渡した区域には学園や女子寮がある。
「他の大勢と移動する事になるけど、貴方達は学園内の生徒達の救出グループよ。どえらい所のお嬢様とかもいるから気をつけて頂戴。これ館内図、緊急だから馬車が出るわ、急いで!」
 外を徘徊するモンスターの駆除は別の集団に任されているらしい。別グループが外部のモンスターを排除している間に、このグループは記された学園内のモンスター抹殺、及び生存者の救出をまかされたらしい。生存者達はどこかに集まっているかもしれないが、バラバラに隠れ、あるいは逃げ惑っているかもしれない。
 緊急事態。
 情報によると、この地区にはインプ等といった大量のデビルが溢れているらしい。しかも学園付近でメタリックジェルといったジェル系モンスターを見たという報告もある。学園内に侵入したモンスターの数は不明。非常に危険だ。
 この学園には女子寮のほか、一階の横館右に大型食堂、左に共同浴場。二階に縦館に治療室、三階に横館に図書室等様々な場所があり、全部屋数三十、T字型の建物で、階段は横館と縦館の交差点にしかなく、学園出入り口から階段まで約二十五メートルある。
 立てこもっている生徒達を救い出すには館内のモンスターを一点におびき寄せ、ある程度一度に殲滅してしまわなければならない。数を減らしておかなければ、救い出す前に自分達がやられてしまう可能性が高かった。
「キツイな。とはいえ一刻を争う人命救助、文句もいってられんか」
「気を引き締めていかんとコッチがやられる。急ぐぞ!」

●今回の参加者

 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1501 シュナ・アキリ(30歳・♀・レンジャー・人間・インドゥーラ国)
 ea1514 エルザ・デュリス(34歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3071 ユーリユーラス・リグリット(22歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea4137 アクテ・シュラウヴェル(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4471 セレス・ブリッジ(37歳・♀・ゴーレムニスト・人間・イギリス王国)
 ea4675 ミカエル・クライム(28歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

ハーモニー・フォレストロード(ea0382)/ キリク・アキリ(ea1519)/ 沖鷹 又三郎(ea5928

●リプレイ本文

「さて、失敗は許されませんね、確実に行きましょう」
 ケンブリッジは様々な場所から火の手が上がっていた。聞こえる轟音、逃げ惑う人の悲鳴。彼らの派遣された区内もまたモンスターが溢れかえっている。他にも駆除の為に派遣された冒険者はいるが、なかなか大変なものだ。
 九門冬華(ea0254)の言葉に、アクテ・シュラウヴェル(ea4137)も頷いた。
「私はケンブリッジ出身のウィザードです。何としても皆助けなければ。後輩を助けるのは先輩の義務ですもの」
 アクテにとって、ケンブリッジは故郷のようなものであるらしい。早急な対処が必要な今、彼らに必要な行動は占領された女学園の奪還。ヒースクリフ・ムーア(ea0286)はオーラパワーを己の剣に付与しながら、これから突入する戦場を眺めた。
「イギリスの騎士として、剣にかけて誓う。この国の未来を担う若者達を救い出してみせる!」
 助け出さなければ。助け出さなければ。子供達の命の為に。

「大人しく道を開けなさい!」
 正面から突入した冬華が強行突破を思わせる口ぶりで言い放つ。囮役の冬華とヒースクリフ、シュナ・アキリ(ea1501)が突入した一階は異常なほど静まり返っていた。物音一つしない。三人の足音が響き渡った刹那、奥の館から四匹、左右の部屋から三匹、階段から二匹のインプが「ゲッゲッゲ」と奇妙な笑い声を上げながら向かってきた。
「きたな」
 シュナがじりっと後退の準備に入る。引きつけるだけ引つけなければ囮の意味が無い。
 インプは雑魚の部類に入るとはいえ、通常の武器では攻撃できないのが難点だ。襲い掛かってきた数匹をヒースクリフのオーラパワーを付与した剣とアクテにバーニングソード魔法をかけてもらった冬華の日本刀がなぎ払う。
 インプの牙を回避したシュナと冬華は視線を交錯させ、後退することを決意した。
「くっ‥‥二人共一端退きましょう」
『ゲッゲッゲ、弱い肉の生き物め』
 冬華の言葉にニタリと笑うインプ達、冬華達三人は身を翻して地を蹴った。ゲラゲラと笑いながら後を追うインプ達。そして外で待ち構えていたのは――
「そのまま燃えるがいいわ!」
「炎熱の女帝と歌われる私の炎、うけてみなさい!」
 エルザ・デュリス(ea1514)とミカエル・クライム(ea4675)の声だった。
 二人が仕掛けたファイヤートラップに誘い込まれたインプ達の真下で光が炸裂する。大地から吹き上げた炎はインプを覆い、事前に冬華とヒースクリフの攻撃を受けたインプは重傷に陥った。動きが鈍い。一度も刃を受けなかったインプでも、今の攻撃は聞いたのだろう、明らかに軽傷は通り越していた。インプが金切り声を発する。
『ゲッおのれ弱い肉めが、デスハー‥』
「グラビティーキャノン!」
 セレス・ブリッジ(ea4471)の重力波が直線状に放たれた。デビル魔法を使おうとしたインプ達は重力波の波に押し飛ばされる。すでに瀕死に近いデビルもいたがまだ死んだものは一匹もいない。フリとようやく判断したか、逃げ出そうとした者を追うべくヒースクリフと冬華が走り出した時だ。
『ゲッゲッゲ、デスハートン』
 ヒースクリフの体が一瞬の光を帯び、そのインプは手の内に出現した白い球体を手に、ひらりと館内のどこかへ姿を消す。ヒースクリフはがっくりと膝をついた。攻撃を受けていないはずなのに、軽傷を負った時、もしくはそれ以上のダメージを感じ取る。
 ミカエルが回復係として連れてきたハーモニーがリカバーをかけたが症状は一向に回復しない。何をしても効果が無かった。青白いヒースクリフの顔色。何故こんな症状を引き起こしたのか、専門的なモンスター知識を持った者がいない彼らには分からない。
「一体どうすればいいんだろ」
 オロオロとするユーリユーラス・リグリット(ea3071)にヒースクリフは無理に笑う。
「いい、私にかまうな。たいした事は無い、大丈夫だ、生徒達を」
 でも、もし永遠にこのままだったら?
 さすがに仲間の異常に気づいたのだろう。
 瀕死のインプにトドメを刺した者達が戻ってきた。
「雑魚でもデビル、か。あたしに専門的な知識があれば対処のしようもあるんだが」
「それは私も同じね。どうすればいいのかしら」
「もう少し学んでおくべきだったかしらね」
 モンスターについて多少なりとも知識を持ったシュナとエルザ、ミカエルの三人が唸る。しばらくして結論が出たらしい。
「探しましょ。館内に逃げたなら、見つけられるはずだわ」
 ミカエルの言葉に頷く。どうすればいいか分からないが、とりあえず殺すのは不味いと判断したようだ。生徒の保護と潜伏中の敵への警戒、及びヒースクリフにダメージを与えていると思われるインプの捕獲。
「すまないな」
 動くぶんには不都合ないようだが、何処かダルそうだ。
 動きに切れが無く顔色もよくない。冬華が首を振る。
「一緒にいた私にも危険性はあったんですよ、人員の準備を怠ったのは皆の落ち度です」
「生徒の保護とインプの捕獲を急ぎましょう」
 セレスの言葉と共に、こうして十一人は再突入した。皆が一階の部屋を確認している間に、ユーリユーラスが高い回避能力と飛行能力をかわれて二階以上の探索を開始する。床すれすれを飛んでみたり、天井の方飛び。音が聞き取りやすそうな場所飛びながら、ユーリユーラスは呼吸音、心音等を探った。二階の治療室に反応アリ。
「誰かいますか!?」
「――せんせい?」
 ビンゴだ。わっと戸口に集まる気配を感じ取る。ユーリユーラスは慌てて言った。
「まだ外は危ないです! 仲間が来るまでまっててください、すぐに迎えに来ますから!」
 今あけたらモンスターに襲われかねない。ユーリユーラスはさらに三階に飛び上がった。奥の図書室に生体反応を感知する。完全に閉じられた扉の向こうに向かって叫ぶ。
「冒険者ギルドから来ました。もう少し待ってください、今モンスター殲滅してるですから!」
「おぉ、アーサー王の使いか! ありがたい、先ほど私の仲間が一人メタリックジェルに食われた。私もインプのデスハートンのせいで身動きがとれない。気をつけてくれ!」
 ユーリユーラスの表情に緊張が増す。三階は危険地帯。そしてなにより。
「デスハートン?」
「デビル魔法だよ、生命力を削る。白い球体を持っていると思うんだが、球体を飲み干さないと永遠にこのままだ。見つけてくれないか?」
 ヒースクリフの症状も間違いなくコレだ。急ぎ下の階にいる仲間に向かって飛ぶ。仲間達は一階を制圧し、二階へ上がってきていた。
 現在一階にはキリクとハーモニーが待機している。エルザとミカエルは治療室の半ば衰弱した女生徒に保存食を分け与えていた。大量に持ってきて正解といったところだろう。
「生徒たちを助けないと」
 セレスの表情が厳しくなった。
「わたしと沖鷹さんで治療室の彼女達の護衛に当たります。皆さんは他の部屋の制圧を」
 アクテの提案を呑み、皆は他の部屋の制圧に当たった。すると離れた場所の教室に浮ぶ小さな影が二つ。
「いましたよ!」
 冬華が叫ぶ。片方は焦げて息も絶え絶えに弱っており、もう一匹は――無傷。
「あれか、ばらすぞ!」
 シュナがダーツで攻撃を仕掛ける。片方が無傷で通常の歯が立たないとはいえ、もう一体は瀕死の状態。シュナのダーツの攻撃を避けた二体はバラバラに散った。無傷の方を冬華とセレス、シュナとミカエルが追う。ヒースクリフの生命力の球体を持っている瀕死の方は、本人が奪いに走った。渾身の一振りがインプの胴を分断する。
 自分の白い球体を飲み干す。生命力を取り戻したヒースクリフは不敵に笑った。
「あとはメタリックジェルだな。子供達には指一本触れさせはしないさっ!」
 二階のモンスターを抹殺した彼らは三階に上がった。しかし探せど探せど、メタリックジェルがみつからない。いるはずなのだ。どこかに。ふと、ミカエルの目に鈍い銀色に輝く像が映った。
「我が映し身よ‥‥像に触れよ」
 ミカエルのアッシュエージェンシーで生み出された分身を金属の像に触れさせる。
 と、それまで像を象っていたものが、どろりと溶けて正体を現した。苦戦の末にセレスのストーンウォールで下敷きにし、伸びる以外身動きの取れないメタリックジェルは冒険者達の袋叩きにあって消滅した。

 こうして無事女学院は奪還された。何度か危険な目にはあったが、そこは仕方が無いだろう。立てこもっていた教師に一人死者が出たのが残念だったが、生徒達を守り抜いた功績は讃えられるだろうに違いない。
 食料庫は無残な状態になっていたので多く保存食を持っていた者は、飢えていた生徒達へ提供した。
 救い出されたエルザ・アリエスト達の中にも普通の女学生に混じって魔法使い候補生は数人いた。ミュエラはその筆頭であるが、魔法使いというものに憧れる彼女達はミカエルやセレス、アクテを捕まえて羨望の眼差しで英雄談をねだり、普通のお嬢様たちは冬華やヒースクリフを取り囲んで「勇者様」と騒いでいた。元気なのはいいことだ。もっとも面倒な事が嫌いなシュナはすたこらさっさと女生徒から逃げたようだか。
 ユーリユーラスが竪琴で得意の演奏を披露する。澄んだ音色はモンスターの襲撃にあって疲労していた者達の心を癒していた。エルザがふと、物陰でいまだ緊張の解けぬ娘をみやり、ミルクのカップを持って近づいた。
「貴女、名前は?」
「エルザです。エルザ・アリエストですわ」
 目を丸くして軽く笑った。
「‥‥奇遇、ね。私と同じ名前だなんて。私はエルザ・デュリスというの」
 笑いあう声。賑やかな夜。
 救い出された教師と娘達の笑顔が、なによりも高い報酬であったことだろう。ケンブリッジのモンスターは討伐され、翌日、彼らはキャメロットへと帰っていった。