闇の童話―英雄を愛づる娘―

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 80 C

参加人数:7人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月27日〜10月07日

リプレイ公開日:2004年10月04日

●オープニング

「人間の敵である悪しき存在は英雄が打ち倒すものと決まっているのよ」
「――嬢様」
 すがるような、声。
 娘の声はなおも響く。とても――楽しげに。
「英雄こそが人の心の輝き。あぁ、なんと美しいのかしら。じぃ、英雄はすばらしいと思うでしょう?」


 質問します。――――アナタは『英雄』になりたいと思いますか?


「用件は勿論、モンスター退治についてでございます」
 どうも村にスカルウォーリアーが二体、出現したという。
 キャメロットから歩いて三日ほどの遠い村から村長と娘はギルドへやってきた。護衛に水のウィザードがついている。どちらかというと没落した貴族といった方がいいのかもしれない。身なりも仕草も、言葉遣いも一流の貴族と引け劣らぬ堂々とした初老の男と、見目麗しい娘。
「で、退治して欲しいと?」
「無論です。大変困っておるのです。このままでは村人は水さえ咽喉を通らない。今もこうしているうちに、村の者が被害にあっていると思うと夜も眠れませぬ。前金50Cお渡ししましょう。もしも被害が出ぬうちに退治してくれるとおっしゃるのであれば、報酬にさらに上乗せもいたしましょう。お願いできませんか?」
 村人にしては、やけに気前のいい依頼人だ。身なりからして何かしら村で儲けているのかもしれない。裕福な暮らしをしているであろう事は一目瞭然だ。
 とはいえ必死な表情に、ギルドで話を聞いた冒険者達はこっくりと頷いた。
 人助けだと胸中で考えて。

 それから数分後。なんと、一人の男が部屋に侵入してきた。それは無精ひげを生やした中年の男――村人の服ではない、冒険者かなにかだろう。体のあちこちが汚れ、擦り切れている。青い顔をした男は冒険者達を見回して、さっき村長と娘、そしてウィザードがきたな? と確認をとった。
 冒険者達が眉を顰める。
 突然現れた不審者を冒険者の一人がなぎ倒した。
「それがどうした。お前は一体何者だ」
 冒険者が問うと男は言った。
「お前さんたち新しく頼まれた冒険者だな? あいつら、また‥‥悪いこた言わねぇ、早く断れ。絶対に村にくるんじゃない」
 冒険者達は男の発言が理解できなかった。なおも問い詰めると、男は理由を話すから放してくれと言う。開放された男は、あたりを必要以上にきょろきょろ伺い、ブレスセンサーで念入りな確認をすると、一息ついて真剣な目を向けた。
 いいか、と名乗りもせずに語りだす。
「記録に残る最初の依頼では旅の冒険者が七人、モンスターに挑んで一人が仲間を守り命を落とした。命からがら逃げ出した仲間たちが取り残した仲間の遺体を回収しに翌日で向いたが遺体は無かった。モンスターに食われたという話になり、その男は以後、村の英雄になった。今から五年前の話だ」
「其れが何だというんだ」
「まあ聞けよ」
 鬚の中年は懐から羊皮紙を一枚取り出した。
 ぱらぱらと羊皮紙を捲って紙面を読み上げる。
「半年もしないうちに同じモンスターが出現。その時集まった冒険者は八人、二人が命を落とした。結果は一度目と同じで遺体は消失。二人の名前は英雄の石碑に刻まれた。
 その五ヵ月後に同じモンスターが出現、この時に死者はいない。英雄の石碑には名前は刻まれず、報酬を受け取って終わった。
 四度目はその半年後、重体の人間が一人出たが――戦いの最中で死者はでなかった。急所は避けていたから冒険者達は治るだろうと踏んでいた。だが翌日、村医者から死んだと報告。葬儀は村をあげて行われ、英雄とあがめられて名を碑石に刻まれている。英雄の墓と称された共同墓地に葬られたが、俺がプロを雇って人知れず墓を暴いたところ棺はあったが中身は空」
 次々と報告されていく内容に、冒険者達は嫌な予感を募らせていた。
 着実に早くなっていくモンスターの出現。
 失われていった『英雄』と称される者の命。
「十五度目のモンスター出現が三ヶ月前、冒険者は五人。こいつらは駆け出しばかりで全滅。一部村が崩壊。村人に死者が出た。英雄の碑石には名前すら刻まれず、村人には見向きもされずに野晒しになってた。俺が手厚く葬ってやったよ。身元の分かる奴にはシフール便を飛ばしたな。
 十六度目が一ヶ月前。三人死んだ内、一人はいいとこの坊ちゃんで実家に帰された。英雄の碑石には刻まれていない。一人が夫婦で同じパーティの妻が遺骨を持って帰った。これも英雄の碑石に名前はなし、ただし残り一人、死んじまった仲間を守ろうとした御人好しの遺体は行方不明になった。こいつが一人だけ英雄の碑石に刻まれてる。過去の冒険者の死者は総勢十九人ってとこか。――俺が何を言いたいか、分かるよな?」
「其れは本当なのか?」
 信じられないような、何処かすがるような声で訊ねる。
 男は眉をしかめた。
「こんな趣味の悪い嘘なんかいわネェよ。俺は去年、弟を奴らの村の化け物退治で亡くした。打ち所が悪くて死んだ? 鍛えこんだ腹に一撃食らっただけで? 打撲だぞ? 信じられるかよ。俺は絶対秘密を暴くと誓って調べまわってるんだが、いまいち尻尾をださねぇ」
 今、彼らの村の家々はかたく閉じられているそうだ。モンスターが出るのだから当然といえば当然の処置だろう。モンスターは殺戮を繰り返す。冒険者達は村長から森の奥のほう、朽ちた古城からモンスターがやってくると情報を得た。どうも二日周期で村まで来るらしい。
 村の中央に話の中にも出てきた『英雄の碑石』と呼ばれるものがある。男の説明によるとモンスターに襲われやすい村を守ってくれた、数々の冒険者の名前が彫られている――というのが村人の言い分だとか。
「悪いことはいわねぇ、村は何か狂ってやがる。数人でなんとかなるもんじゃない。断ったほうがいい、あと、俺のことは秘密にしてくれよ」
 じゃあな、と男はギルドの人ごみに消えた。おそらく依頼人をつけるために戻ったのだろう。
 明日の夜には頼まれた依頼をこなす為に現場へ向かわねばならない冒険者達。依頼を放棄すれば村人は襲われ何人かは死に至るだろう。しかし依頼を受ければ村の闇が浮き彫りになり一体何が待ち受けているのか?



 物語の解決を願うか、依頼の成功を願うか。
 命の報酬を願うか、多額の報酬を願うか。

 アナタはどちらを選びますか?

●今回の参加者

 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea5410 橘 蛍(27歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5556 フィーナ・ウィンスレット(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5630 喪路 享介(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6154 王 零幻(39歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea6862 北条 彩(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ティアナ・フェアリー(ea3639)/ レオン・ガブリエフ(ea5514

●リプレイ本文

 闇の童話を一話だけ語ろうか。
 昔々ある所に『病』に侵されたお姫様がいました。
 それでも、お姫様は人々に何よりも愛されていました。
 ある時魔物に襲われましたが『英雄』に助けてもらったといいます。
 助けた『英雄』に恋をしたお姫様でしたが、恋は叶わなかったそうです。
 何故ならば――‥‥

 村について早々、冒険者達は様々な事柄に悩まされることになった。依頼の娘と護衛が怪しいと睨んでいた王零幻(ea6154)は護衛に一緒に戦わないのか等の質問をするはずが、ウィザードは朝から行方知れずという。北条彩(ea6862)が敵対策を練っていた。
「罠を仕掛けさせてもらっていいですか」
「かまいませんよ」 
 一通りの話を終えた後、村長が英雄について話し出した。例の男の話の通り村を守ってくれた勇敢な者達だと言う。カレン・ロスト(ea4358)が手を上げた。
「先ほど碑石を拝見しました。お参りをさせていただけませんか」
 英雄の碑石を見たい、参りたいという申し出に村長は快く引き受けた。自分は外に出るのが怖いけれどと気恥ずかしげに笑う。さてと外へ出て行く中、ふと思い出したように喪路享介(ea5630)は戸口で振り返った。
「ちなみにいかほどもらえるので?」
「前金50C含め一人、2 G 29 Cですからのぉ、早急な対処とあらば3 G 50 C までお支払いしてもかまいませぬが?」
 最初に依頼を受けた七人だけをトータルしても24 G 50 Cの巨額。家賃三か月分以上がスカイウォーリアー二体の駆除で手に入る魅力的な申し出。享介は溜息を吐くと、なんと前金で貰っていた50Cを村長に返した。
「前金はお返しします。成功したらその時にでも頂きますよ。冒険者を雇う前に、モンスターが出現する古城を調査し原因を突き止める方が効率的だと思いますが」
 冒険者達が出て行き扉が閉まる。半分愚痴だったのかもしれない。
 けれど享介一言に村長の目が光った。
「‥‥さて、どこから情報を仕入れたのやら」
 ――古城の事など彼は話していないと。
 動き始めた不穏な空気を知らぬまま一行は『英雄の碑石』の前に来た。村人はいない。カレンが膝をついて祈る。享介は碑石をぐるりと見て回り思案顔。
「腑に落ちないと思いませんか」
 九門冬華(ea0254)がひそりと話す。多額の報酬、依頼前の男の話、消えた英雄、不在のウィザード。怪しい事をあげればきりが無いだろう。零幻が周囲に気を配る。
「取り敢えずは手の上で踊ってみるしかあるまい。娘と護衛が怪しいとは睨んでいるが、コンタクトがとれぬのではな。スカルウォーリアーは我々が。おぬしらも頼むぞ」
 冬華と橘蛍(ea5410)、フィーナ・ウィンスレット(ea5556)が頷く。
「そうだ。僕、村長さんに伺いたい事が。すぐ戻ります」
 蛍が走っていく。降り出した小糠雨。薄暗い空を眺めて胸中の不安を振り払う。
 もうじき、夜が来る。

 幸か不幸か村を徘徊するスカルウォーリアーは大した装備をつけていなかった。戦力に不足なく、すでに残り一体。
「死して苦しむ者に祝福を‥‥ピュアリファイ!」
 レオンの物陰に隠れていたカレンの体が白い光に包まれた。ピュアリファイの光の渦が対象めがけて飛んでゆく。金切り声ならぬ骨の軋む音。隙を伺い、享介がブラインドアタックで日本刀を叩き込む。太刀筋の見えない素早い動きに続いて、レオンと彩が刃の切っ先を向ける。王がここぞとばかりに呪文を唱えた。
「悪しき存在は地へ還るがよい! ピュアリファイ!」
 ぐらりとゆれて膝をつく。僅かに動くスカルウォーリアーに、ティアナのラージクレイモアが振り下ろされた。砕け散る骨。レオンが「さて、向こうはどうなったか」と辺りを見回した刹那、ずっと気難しげな顔をしていた享介が敵の残骸傍の碑石に向かった。
「申し訳ありませんが」
 享介がハンマーで『英雄の碑石』を叩き壊す。仲間達が愕然とするも驚いたのはその後だ。刹那、村の家々の扉が開かれ武装した村人が現れた。村人の視線は『英雄の碑石』に注がれていた。
「壊した、壊した、英雄の石、姫様の英雄、新たな英雄を」
 男も女も子供もいる。淀んだ目の村人に彩はたじろぐ。
「なんですかあれは。村人を相手するわけにはいきません!」
「一旦森へ誘導して姿を消しましょう」
「おぬしの言うとおりだな。村人を傷つけるわけにはいかんしな」
 享介と零幻がひそひそと話す。完全に包囲される前に突破しなければと、彩が大ガマをけしかけ冒険者達は森の中へと避難した。追って来た村人は冒険者達を見失ったらしく辺りを見回す。息を潜める冒険者達の耳に話し声が聞こえた。
「村長どうしましょう」
「口を封じればいい。お前は碑石の通路からウィザード殿に知らせよ、ワシらは戻る」
 ですが、と食い下がる村人に村長はせせら笑う。
「昼間に橘蛍とかいう者が古城の構造について聞いてきおった、愚かな奴らよ。何か感づいたようだからな。ウィザード殿の氷漬けの魔物部屋を教えてやったわ。今頃は新たな氷像と化しておるだろう。残りの者も嬢様に献上するのだ」
 冒険者達に緊張が走った。三人が――危ない。

「‥‥異常なし、二人ともこちらへ」
 蛍がフィーナと冬華を誘導する。古城の中は酷く入り組んでいたが、彼らの足取りはそれほど重くは無かった。フィーナがクレバスセンサーで隠し扉を捜す。
「よく道をご存知ですね、凄いです」
「昼間聞いておいたんですよ。内部はバッチリです」
 蛍の言葉に冬華が硬直した。
「聞いた? 一体誰に」
「村長さんですよ。備えあれば憂い無しです。姉さん? どうかしました?」
 冬華は頭を抱えた。彼女は村全体が信用できないと判断していた。さらにこの古城へ来たのも村に悟られぬように行動していた、はずだった。これでは密かに動いた意味が無い。
 もしも誘導されていたら? このまま進むのは危険すぎる。
「――説明は後です。一度引き返したほうが」
「な、きゃっ!」
 冬華が話し終えぬうちに、背後から悲鳴が上がった。慌てて振り向いたが、そこにフィーナの姿は無かった。薄暗い通路に闇が蟠るだけである。ざぁっと二人の表情から血の気が引いた。
「わ、な? ――く、一旦引きましょう。あなたは仲間へ連絡を、私は彼女を捜します」
「姉さんが一人になるじゃないですか。姉さんは僕が守ります! なにがあっても!」
「そんな事言ってる場合じゃありません!」
 ぎゃんぎゃん飛び交う言葉は古城に響く。そして二人の声を聞きつけて来る者もいるという事を、二人は気づいていなかった。

「――の、フィーナ殿!」
「‥‥彩さんと享介さん?」
「よかった、もう目を覚ましてくれないんじゃないかと」
 彩がヘナヘナと床に腰をつく。浮上したフィーナの視界には彩と享介の心配そうな顔が映った。あちこち痛む体を支え起こしながら考える。
「確か、隠し扉があって、私はそこから」
 落ちたのだと。大した怪我も無い事を確認してから、彩がフィーナに説明した。あれから数時間が経っていること。今回の事件が村ぐるみで手に負えないこと。冬華達の知らせで、身軽かつ気配を殺せる二人が消えたフィーナを捜しに来たことを。
「仲間には先に避難してもらっています。急いで私達も脱出しましょう」
 他の仲間達はすでに蛍と冬華の先導の元で移動していた。途中遭遇したウィザードに関してはアイスコフィンが使えるだけだったようで、仲間と合流する以前に蛍と冬華が始末したそうだ。村人の数は脅威だが、影響力を持つウィザードさえ倒してしまえば応援を呼ぶ時間は十分ある。
「待ってください。語られていない真相、知りたくは無いですか?」
 其処は蛍が村長から聞き出した構造には無い通路だった。だからこそ発見に時間が掛かったのだが。幸い誰も来る気配が無い。二人を言い包めたフィーナは通路を進んだ。やがて一枚の扉が見える。
「ここは‥‥」
 扉を開いて三人は絶句した。美しく飾られた部屋だった、ただし、異常に寒い。冷え切った室内の壁と言う壁に並べられた『氷の棺』が、部屋の異質を決定づけていた。若い男も年老いた男も、胴が分断された者もいる。皆武器を携え凛々しい顔つきで眠っていた。
「じぃ? あら、お客様ね」
 依頼を受けた時に村長の傍らにいた娘だ。美しく着飾ってはいるが、狂気を秘めた眼光から感じ取れるのは不気味な印象。息も白い地下で、娘は蝋燭を一本中央の机に置いた。
「松明はつけないでね。棺が溶けてしまうわ」
「何を、してるんですか、あなたは」
 かすれる声で彩が問う。
「なんなんですか! この遺体の数は!」
「此処にはわたくしの愛する方々が眠っていますの。腐れ落ちるなんて耐えられなくて。ウィザード様にお願いして永遠に輝かしい姿でいられるようにしましたのよ」
 享介が日本刀に手をかけたのを見たフィーナが無言で止めた。
「通りがかった冒険者を殺すのが愛だとでも? 村人を操ったのは貴女ですか?」
「操るだなんて。爺や皆は優しいの。わたくしの事を一番に考えてくれる、大切にしてくれるの。わたくしの事も、わたくしが一目惚れをして英雄になった愛する人の事も」
 男は言った。狂っているのは『村』だからと。
 真実を知る前に、冒険者達は選ばなくてはならなかった。
 多額を得て村人の感謝を受け、時折消える冒険者を犠牲に何事もなかったと思い込むか。
 多額の金も何十と言う村人の命も捨てて、氷の棺に納められた者達の無念を晴らすか。
 窃盗犯は絞首刑、 大逆犯は四つ裂き、毒殺犯は釜ゆで、と「重罪には死を!」を躊躇い無く歌う国だ。殺人に加担した村人は法の裁きにより全員捕縛され死刑となるだろう。この娘は十中八九火炙りにされる。ジーザス教が根強いコノ地、運が良くても無罪はない。
 真相を暴く代償は村の壊滅。
 村人のした事は許される事ではない。けれど、罪を負う者の命の数はあまりにも多い。
「どうして、こんな事をしたんですか。心を押し付けるのは間違っています。もっと別の方法だってあったはずでしょう!?」
 娘はうっすらと恍惚とした表情で微笑んだ。
「無理ですわ、だってわたくし。死に際に、美しく輝く殿方しか愛せないんですもの」
 ――『病』という名の、決して叶わぬ不変の恋。
 それは決して死体愛好症でも、愛した者の身代わりでもない。
 戦場で花の如く散る英雄の魔性に魅せられた盲目的な恋心。仲間を守り、命を守り、人として好ましい命の花を咲かせて散った者だけを愛する『病』の姫君。人への猜疑心が生んだ確実な答え。
 娘の恋は叶わない。
 愛した途端、娘の愛する英雄は死んでしまう。逆に生き残っては意味が無い。
 散りゆく英雄を愛づる娘は、いつまでも英雄の可能性を持つ者を探し続ける。
「ねぇ、そこの『英雄候補』様方」
 氷の棺に擦り寄っていた娘がフィーナ達を振り返った。
 永遠に満たされぬ、心の乾き。
「わたくしの『英雄』になってくださらない?」


 某日、とある報告をギルドから聞いた冒険者達はどこか暗い顔をしていた。
「両方救いたいと願ったのは、‥‥甘さだったのだろうか」
 自分は唯、同じ境遇の者を増やしたくなかった。死者を少しでも減らしたかっただけ。
「それは優しさですよ、零幻様。悪い事ではありません」
 零幻の自嘲にカレンが答えたが、それ以上の言葉はでないようだった。
 蛍が呟く。
「理想論なんでしょうか」
「選べないものもあると言うことでしょう」
「冬華さんの言う通りです。結局片方だけ救ったんですね、私達。他の方法もあったんでしょうか」
 脱出に成功した彼らにより、事件は白日の下に晒された。
 彼らのおかげで凍結されていた英雄の三割は怪我も少なく蘇生したという。例の情報提供者の男の弟も生きていたらしい。村人達は氷漬けにされたモンスターを自ら古城から持ち出し、村を襲わせていた。冒険者を呼び英雄を手に入れて献上する為の自作自演である。
 その報告を知ったフィーナは複雑な表情をしていた。彼らにはギルドの方から報奨金が出た。道を行きながら北条はしばらくして答える。
「あったかもしれない。でも私達は選ばなかったという事です」
 あの村は、もう誰も住んでいない。
 男も女も、家族も子供も。理由はあえて語る必要も無いだろう。真実を暴き、悪を滅ぼしたと思えば心も軽いかもしれない。彼らは間違いなく悪を滅ぼし私欲に振り回された命を救い、無用な死者を未然に防いだ。
 けれど忘れてはならない事がある。
 悪と呼ばれる彼らも人、生ける生命であった事。
 誰しもが心に闇を抱え、何人たりとも彼らのようにならぬと言う保障が無い事を。
「――あぁ、風が啼いていますね――」
 晴れ渡る空の下で、享介は呟く。
 闇のおとぎ話の姫君が、村人とともに露と消えた事を思い起こしながら。