芸術家の苦悩―神話の個展―

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜4lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月27日〜10月02日

リプレイ公開日:2004年10月05日

●オープニング

 先日ギリシャ神話について好き放題描きまくっていた幻想画家として名上げ真っ最中の絵師マレア・ラスカ。マレアの別荘は一種の展示場と化しており、時折、知人や馴染みの貴族様方が訪れる。となると自然と絵画の依頼や個展の依頼もあったりするわけで。
 ここ数日、あるパトロンの執事に通われ個展を開かないか、と話を持ちかけられていた。マレアはどちらかといえば自分が好きな絵がかけて、ある程度の水準の生活が出来て、他の人に絵を見て楽しんでもらえればそれでいい、という考えの持ち主。
 気まぐれな毎日を送るマレアは、今回の個展にはあまり乗り気ではなかった。
 というのも。
『んで、個展には何を飾るの? 天使? 人魚? 精霊? それとも私の自由?』
『そうですなぁ、天使画のウケもナカナカでしたが。どうせです、例の『アナイン・シー』と『エロースとプシケ』、飾ってみては? いざとなればお弟子の絵もよろしいのでは?』
 マレアには愛弟子がいた。
 名をヴィルデフラウ。元はジャパンの女忍者であるそうなのだが、二人の繋がりは偶然の産物だった。マレアは名を上げるにつれ多忙になり、何度もモデル募集や助手スタッフを求めた。だがモデルは多いが高度かつ正確な美術技能を持ち合わせる優秀な助手は意外と少ない。閑古鳥が鳴いていたところ、ギルドの募集を見かけてやってきたのがヴィルデフラウだった。その際マレアは根気強くアプローチし、アトリエへ来るように言った。才能を腐らせるのは惜しいからと。その後ヴィルデフラウ幾度も別荘を訪れ、マレアは暇を見つけてはヴィルデフラウ――ヴィルデに絵の手ほどきを行っていた。
 なかなか腕も磨きが掛かってきた頃だったが、果たして今、ヴィルデの作品を個展で披露していいものか考えあぐねていたのだ。個展を開けばパトロンを見つけられるかもしれない、けれど、ヴィルデの腕は――まだ上がる。手放すのはまだ心配が残る。
 散々迷っていた時に、何故かヴィルデは個展を進めた。
 愛弟子の発言を耳に、マレアは個展を了承したばかりだった――‥‥


「不器用な子だこと」
 別荘の広間に座っていたマレアはすんごい不機嫌そうな顔をしていた。
 個展の開催が差し迫ったばかりで忙しい日々が続いている。唯一爽やかな朝のひと時は、不機嫌なマレアの呟きで空気が鉛のように重い。傍でマッシブジャイアント執事ワトソン君がオロオロしていた。
 起きだして来たマレアの家の居候、こと元高名な抽象画家ミッチェル・マディールは幼馴染の座った目つきにたじろいだ。数歩近づき、マレアが睨んでいる羊皮紙に気づく。
「なんだそれは?」
「茨の道を選んだ可愛い弟子の置手紙よ」
 羊皮紙には『ご恩をあだで返すようなまねをしてすみません。でも心の底から感謝してます。さようなら』と書いてあった。
 それは――ヴィルデの、文字だった。
「ミスマレア、いますぐ止めに行きまショウ。これは個人の問題じゃありまセーン。毎回援助を申し出てくれたリムニアド様のお父上の信用が消えてしまいマース」
 置手紙の意味は薄々分かる。三人とも心当たりがあった。ヴィルデはパトロンの一人である某貴族の令嬢リムニアドと親しかった。それは親友同士――――以上に。
「コレはあの子の問題、私達が関与することじゃなくてよワトソン君」
「しかしミスマレア」
「ヴィルデフラウ‥‥ヴィルデの腕は惜しいとは思うわ。あの子は磨けば光る宝石の岩石だもの。でも、あの子は絵よりも大切なモノがあった。天秤にすらかける必要がなかった――そういうこと。自分が決めた人生に他人が口出しすべきじゃないわ」
 ヴィルデの置手紙の羊皮紙を、マレアは小さく畳んだ。
 ジャイアントと人間。忍者と貴族令嬢。二人とも女性――とくれば親友以上が許される関係ではない。きっと何かあったのだろう。
 マレアの口元にふっと笑みが浮ぶ。
「来る者は受け入れ、去る者は温かく見守る。其れも素敵じゃない?」
 マディールの双眸が険しくなった。
「我が儘を聞いてやるつもりか」
「責めても無意味。これは一種の頼みごと。そうでなきゃ、個展を開いたらどうか、なんて熱心に提案しないわ。個展を開けば新しいパトロンがつく可能性が高い。令嬢リムニアドの家の援助が途切れる場合も考えて。それで穴埋めをしましょう、ね、ワトソン君」
 明るく振舞うマレアに、ワトソン君は複雑な表情を浮かべた。
「――本当によろしいんデスカ、ミスマレア」
 これはそんなに軽い話ではない。
 弟子の愚行は師匠に返ってくるというものだ。愛弟子のヴィルデが万が一、何か血迷った事を行ったのなら、そのしわ寄せは十中八九、マレアの元へ必ず戻る。知り合いの貴族やパトロンに、マレアはマディールを匿っている事は隠していても、ヴィルデとの師弟関係については大っぴらにしていた。
 パトロンが一人消えるとか、代わりを探せば良いとか、そういう単純なものではない。
 あえて重荷を背負うのか、とワトソン君は沈黙で問うた。
 マレアは笑う。
「私もヴィルデも問題山積みだけど――信じましょう、未来を」


 それから数刻。愛弟子ヴィルデの穴埋めも含め、個展の設営が大変だと分かり、冒険者ギルドで個展開催におけるスタッフを募集することになった。会場のアレンジや受付、警備、様々であるが折角の個展なのだ。楽しめれば言うことが無い。ワトソン君は軽い足取りで出かけた。
「では、ギルドにいってきマース」

●今回の参加者

 ea0502 レオナ・ホワイト(22歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea1916 ユエリー・ラウ(33歳・♂・ジプシー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea2504 サラ・ミスト(31歳・♀・鎧騎士・人間・イギリス王国)
 ea2638 エルシュナーヴ・メーベルナッハ(13歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3227 コーカサス・ミニムス(28歳・♀・ジプシー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6401 ノイズ・ベスパティー(22歳・♂・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 ea6596 フィミリア・リヴァー(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea7013 フルーレ・リオルネット(34歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

「ふふふ、スキャンダルも名声に変えてみせる!」
 拳を握って打算的な計画に闘志を燃やすフルーレ・リオルネット(ea7013)。これも仕事だ。強力なパトロンを得るべく策略なるものをめぐらせる。その脇で草木の飾り付けに走るノイズ・ベスパティー(ea6401)とフィミリア・リヴァー(ea6596)の二名。
「‥‥これでも騎士の端くれ、多少は力はあるさ」
 力仕事を終えて帰ってきたサラ・ミスト(ea2504)は、恋人同行の為、どこか気分がよさそうだ。黒い衣装に首輪、彼女は警備全般を担当すると言う。
「神話中心の絵画と言われては占星術を扱うジプシーとしては黙って見ていられませんね! 個展は成功させますよ」
 自信満々に言い切ったユエリー・ラウ(ea1916)。言葉に違いが無いことをマレアは後で思い知る。もっとも別な意味で、と言う形だが。戻ってきたサラは残りの積み上げられた荷物を眺めて首を鳴らす。疲れもするだろう。
「貴殿が飾る絵はこれで全部か?」
「ええそうよ、じゃあお願いね」
 サラとレオナ・ホワイト(ea0502)、執事のワトソン君が絵を運んでいく。さて飾り付けやリハーサルも終盤と、皆が出て行くときだった。廊下に並べられた個展に出さない絵を眺めている娘がいた。
「――綺麗な赤い色、ですね。どうやってこんな色を?」
 最後の絵を運び終えた後、コーカサス・ミニムス(ea3227)は飾られた絵画こと天使画『紅光の天使』を眺めた時に疑問を口にした。天使画に限らず何故かマレアの力作の原盤の中で紅い彩色の作品は異様なほど輝きを放っていたのだ。あぁと答える。
「とある方から貰った真紅の宝石を粉末状にして絵の具に混ぜているの。もったいない? でも、だから乾いても衰えない発色なの。素敵でしょ?」
 さあ行こうかと肩を押しながらマレアは笑う。他の絵師には秘密ね、と何処か秘めいた笑みで。

 さて開かれたマレアの個展は、ちょっと風変わりであった。なにしろ冒険者を雇って其の大半に飾り付けや設営、アピールを頼んでいるのだ。独特のセンスで飾られた個展に、はっと人は目を留め、足を止める。何故か個展の中から歌声がこぼれてきた。
「我は奏でる蒼月の下。我は歌う宵闇の詩。静謐たる夜、求めるはただ‥‥胸に染みゆく愛の調べ」
 白い衣装を纏い竪琴を奏でるエルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)の歌声だ。さらに横ではレオナがエルシュナーヴと交代で歌の続きを諳んじた。
「詩に生きる人の子よ、その指で、その口で、奏でて見せよ、愛の詩。我が心に響いたならば、我は与えん。神域至る詩歌の才と、我が身の全てを尽くした愛を‥‥」
 作詞はすべてエルシュナーヴ。なかなかに良い効果といえるだろう。歌声に引かれて足を踏み入れた客は耳には音色を、視界に絵画を焼きつける。
「存在すら伝説視されているアナイン・シーの物語。芳しい幻想の世界を美しい絵画と音楽と共にお楽しみ下さい」
 アナイン・シーに扮したユエリーがこれからおとぎ話にでも連れて行きましょうとばかりに案内役として絵の解説に回る。アナイン・シーの絵画はオークションで売られたはずなのだが、何故か個展の八割は原盤。マレアが複製の方を貴族に渡した所為だ。ただしコンテストで上位十作品に漏れた『月の光と詩人の守護者』を始めとした原盤については某貴族令嬢に買われていったと言う。
 一方コーサカスはアナイン・シーの絵画が配置されたコーナーでウロウロしていた。やはり過去に自分がモデルになった絵と言うのは気になるらしい。『月下の精』の原盤の周辺を歩いていると一部がコーサカスがモデルだと言うことに気がついたらしい。対応に追われる現役モデル。
「御来場の皆様! かの名高きエロスとプシケの甘く切ない物語は御存知か?」
 第二会場から聞こえてきたのはフルーレの声だった。
「知る者も知らぬ者もこれなる夢語りにしばし耳を傾けたもう。されば絵に漂う幻想の木漏れ日は、心と夢を共に酔わせる天使の歌声をも纏いましょう」
 さて此方は完全な演劇趣向のようだ。
 かたやエロース演じるシフールのノイズ、かたやプシケー熱演するエルフのフィミリア。
「姿が見えなくともこの愛だけは本当だ」
「あぁエロース様‥‥私も愛しておりますわ」
 ノイズがフィミリアを抱き寄せ――るのは体格的に無理があるので、近づき。
「見てはいけないと言ったのに」
「エロース様、こんなにもお慕い申し上げているというのに」
 ほうっと見惚れる観客もいるが、ここは個展。何故個展のド真ん中で演劇が行われているのか良く分からなかったが、見詰め合う二人の視線に周りの客はアウト・オブ・眼中。
 最初、口上もアピールに大事! と取り組んでいたフルーレだったが、奇妙な熱気にやられて解説に走った。受付兼護衛のサラやエルシュナーヴがモデルである事を話しては、せっせと訪れる貴族のパトロンゲットに励む。マレアがぼんやり個展を眺めていた。
「ねーワトソン君」
「なんでしょうミスマレア」
「なんていうか絵も霞んじゃうわよね、これはこれで後が楽しそうだけど」
 後々からかえるわーと、なにやらデビルの尻尾でもつけたら似合いそうな邪笑一つ。
「面白がらないでくだサーイ」
 ワトソン君には注意しか促せなかった。


 さて個展が終わって別宅の宴会から聞こえてきた第一声は悲鳴だった。
「ノイズ様? 私から逃げようなんてもぅ考えてはいけませんわよ?」
「あれはお芝居だからやったことなの――――! マレアさぁぁぁん!」
「えぇい、恋人持ちは寄るでねぇ!」
 マレアに匿ってもらおうとノイズが飛んできたが、何を思ったかマレアは直径50cmのお手製網棒(見てくれはつまりハエ叩き)を手に、飛んできたノイズにスマッシュをかました。柔軟な網に引っかかって飛んでいくノイズ。その剣筋ならぬ網筋に容赦は無い。
「ヒー――ぃあぁぁぁあぁぁっっ!」
 フィミリアが慌てて飛んでいく。コーサカスがびくびくしていた。
「ま、マレアさ、ん?」
「ふぅ、人の恋路には口は挟まない性分な・の・よ」
 その割りに恋人いない恨みか何かがこもっていた様な気がするが。
 気のせいにした方が無難だろう。コーサカスは吹っ飛んだノイズを心配しつつ、見てみないフリをした。かつての宴会を思い出してひたすら酒を飲むサラをはじめとして「み、皆さん、程々に」とおろおろ止めようとしたり大変である。サラは二日酔い決定だ。
 と、その時先ほど意気揚々と外へ飛び出したレオナが帰ってきた。何故か食わせに行った筈の進化の人参を握っている。サラが座った目つきのレオナにびくびくしながらどうしたのかと訊ねると、レオナはさらに抱きついて喚いた。
「どうした?」
「たーべーなーいーのーよっっ! 折角レイディア(愛馬?)に進化の人参食べさせて成長見てやろうと思ったのに! お食べって言っても口に押し込んでも食べないの〜〜!」
「まぁ好き嫌いあるだろうし‥‥そんなに気を落とさないで、な?」
 そう言いながらイチャつくカップル。レオナは数日後にパリへ旅立つのだとかで二人の熱もあがっているだろう。他の者達はそっとしておくことにした。馬に蹴られない為に。
「人が一杯来たよね、成功ってことかな」
 冷たい水が咽喉にしみる。開催期間レオナと交代していたとはいえ延々と歌い続けたエルシュナーヴの咽喉は疲労しきっていた。それでも仕事が無事終わったと言う安心感からかにこにこと微笑んでいる。フルーレが不敵な笑みを浮かべた。
「どうもパトロン候補もいたようだし。ふふふ、色々企んだかいが――いやなんでもない」
「エルシュナーヴ君の声は綺麗でしたねー」
 エルシュナーヴとフルーレ、ユエリーはのんびりお菓子をつまんだり酒を飲んだりしていた。一番平和なグループだったかもしれない。打ち上げ宴会はこうして幕を下ろした。
「‥‥あの、‥‥マレアさん」
「んー、何かしらコーサカスちゃん」
「‥‥‥‥無理、しないでくださいね?」
 宴会の後片付けを率先して手伝っていたコーサカスは、皆が自室へ戻った頃にマレアに言った。感受性の高い娘のようだから、何かしら感じ取れるものがあったのかもしれない。
 マレアは気の優しいコーサカスの肩にトン、と頭を乗せた。
「貴女みたいな子が弟子だったら――気も休まるのかも、ね。色々ありがとう‥‥またね」
 
 翌日冒険者達は其々の道を歩むべく帰っていった。
 そしてマレアは耳にする。個展を成功させた数日後、某家令嬢のリムニアドが何者かに石化され、修道院に運ばれるという不確かな噂を。
 親元を飛び立った弟子が何をしようとしているのかを察して絵を描いた。まだ――二人が幸せだった時代をもう一度と願いを込めて描いたものだ。こっそりスケッチを取っていたと弟子に知れたら怒られそうな気もするが、と苦笑する。届くのは願いだけ。自分はもう冒険者達のおかげで新しい道を見つけた。今度は、今度こそは、愚かで可愛い茨の道を選んだ弟子の為に。
「信じましょう、未来を。そして――これから起こるであろう全てを」
 見守ることしか出来なくても、信じることは出来るもの。
 マレアは描いた絵に囁いた。個室に隠した残るスタールビー、紅蓮の星に口付けを落として。