下弦遊戯α―凍てついた瞳の令嬢―

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月18日〜10月23日

リプレイ公開日:2004年10月25日

●オープニング

 私の姉は、殺された。
 魔物に憑かれて、亡くなってしまった私のお姉さま。心から慕っていた、自慢の姉。
 お姉さまの名をシエラと言うの。もうじき両家の子息と結婚するはずで、婚約を交わした矢先だった。まだ二十歳になったばかりの美しい女性だったというのに。
 幸せそうに、笑っていたのに。
 ずっと、ずっと、ずっと結婚を夢見ていた。今時珍しい優しくて幼い愛される人だった。
 お姉さまを殺した化け物。
 噂ではお姉さまの婚約者に憑いていた化け物だと聞いた。
 ――許せなかった。
 募るのはただの憎しみ。晴れることのない心の闇。
 いつか必ず復讐を。
『そうだ。憎め。お前の姉を殺した相手を。お前を分かってやれるのは私だけだ』
「言われるまでもないわ」
 私は絶対に許さない。

 
 その日、冒険者達の前に現れたのはアリエスト家の執事と当主であった。話によれば娘のエルザが何かに取り憑かれているらしいのだという。エルザはここ数年ケンブリッジに行かせていたアリエスト家の次女で、長女の他界で潰れてしまった結婚話を元の鞘に収まらせるために呼び戻したばかりだったそうだ。
「毎晩なのでございますよ」
 執事が語る。アリエスト家に帰ってきたエルザは個室に引きこもり、毎晩何者かと会話をしているらしい。部屋に踏み込んでも誰もおらず、エルザは冷たい眼差しを向けるだけ。
 艶やかな金糸の長髪に澄んだ碧眼、象牙のような白い肌。
 アリエスト家の息女エルザは、かつては気の優しい娘だったそうだ。他界した姉がどこか抜けていたからか、しっかり者で笑顔の似合う娘だったという。
 だがケンブリッジから帰ってきてからというもの、彼女の表情に感情の片鱗を伺うことは出来ず、まるで氷のヴェールを編んだように他人を受け入れることがない。何処か虚無と刃を抱えた瞳の目元はきつくつり上がり、かつての面影はまるでない。
「慕っていたシエラお嬢様がお亡くなりになって傷心なのかも知れませんが」
「どうも何かが取り憑いているようにしか思えんのだよ。奇妙な影を見た者もいる。これから『宵の園』も控えているのでな。調査と護衛を頼みたい」
「宵の園?」
 宵の園、というのは旧知のエレネシア家当主ヴァルナルドの妻、セイラ夫人が定期的に開いている月夜のパーティーであるそうだ。招いた歌や踊り、豪華な食事や珍しい飲み物を楽しみながらパーティー半ばに特殊なゲームを行う。
 その『月の滴』と呼ばれたゲームは、二十一時の鐘と共に男女が一人一つランタンを手に、女性が先に何処かへ隠れる。半時がたつと、次に男性が屋敷の中を明かりを頼りに彷徨ってパートナーの女性を捜し出すらしい。零時の鐘がタイムリミット。一夜の恋を楽しむ者もいれば、恋人をしっかり見つけだして会場へ戻ってくる者もいる。
「実は他界した長女の元婚約者が『宵の園』にくるそうでな。君達には関係のないことだが、エルザとの婚約話を進めなければならんのだ。なのに娘に化け物が憑いていたなどといったら‥‥分かるだろう?」
 冒険者達は首を縦に振る。
「これから君達にはエルザの友人という形で『宵の園』に出てもらい、そうだな‥‥『月の滴』が行われている最中が一番人目がない。護衛もかねて化け物の退治をしてもらいたい。急な話で済まないが、服装の手配はこちらでしよう」
 後で迎えをよこすからと言って紳士は立ち上がった。
「全く。宵の園でプリスタン家と話を取り付けねばならんというのに」
 帰り際にブツブツと呟く。

 やがて彼らは知る。
 運命の女神がとてつもない阿婆擦れであることに。

●今回の参加者

 ea0110 フローラ・エリクセン(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2128 ミルク・カルーア(31歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3449 風歌 星奈(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3777 シーン・オーサカ(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5898 アルテス・リアレイ(17歳・♂・神聖騎士・エルフ・イギリス王国)
 ea6154 王 零幻(39歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文

 プリスタン家との婚約話はエルザの姉のシエラとの間にあった。急に変死した為に白紙に戻ったらしい。表向きは病死だそうだが、変死の理由は分からないそうだ。はてここでおかしいと首をかしげたのが数名いる。希龍出雲(ea3109)と王零幻(ea6154)。
 プリスタン家のレイス騒ぎに関わった者と、その話の経緯を聞いた仲間達だ。
 出雲と零幻によれば、シエラの変死原因は十中八九プリスタン家の令嬢クレアによるものだという。それを知って逆恨みした貴族もいたらしく暗殺者が送り込まれたという。もしエルザがレイスによる死亡原因を知っていたら、復讐を考えているのではないかという予測も立てた。だが、アリエスト家の者はそれを知らない。原因不明の急死と信じている。暗殺者を送り込んだのも、話を聞くと別の婚約者のほうらしい。
「シエラ嬢は第二婚約者だったと先ほど聞いた。もう一方の第一婚約者、名前はなんといったか‥‥考えてみれば聞いておらんな」
 零幻が眉間に皺を刻む。交錯する疑問。
「レイスの事を知らないなら、憎んでる筋は消えるんじゃないかしら。憎んでない、ただ憑かれてる可能性もあるし。けど、もしお姉さんの変死原因知ってるとしたら‥‥エルザは誰から聞いたのかしらね?」
 ミルク・カルーア(ea2128)もふと考える。様子からして知っているとしても一体誰に聞いたのか。家の者ではないだろう。
 皆が口論を重ね『宵の園』に向けて急ぎ準備していた時だ。中に数名、彼女とのコンタクトを試みようとした者がいる。出雲はハッタリをかまして気と引くつもりだった。だが部屋に立ち入った途端、息を呑む。
「‥‥クレア?」
 金色の髪に青い双眸。エルザは彼の記憶に残る少女と似通っていた。少女が成長し、目じりを吊り上げ、心持ち厳しい表情をしていたらきっとこんな風だろうと漠然と考える。だが彼の知る少女は他界し消滅した者いるはずがない。幻覚を振り払う。
「何者ですか」
 どこか衰弱したエルザの顔。凍てついた眼差しが注がれる。
「あ、あぁ俺か。あんたの親父さんに護衛を頼まれてな。挨拶を」
「無礼者め。誰の許しを得てこの部屋に立ち入る事を許したというのです。即刻出ておゆきなさい!」
 エルザは人との交流を極端に拒む。しかも歴とした貴族の令嬢だ。私室に男性、しかも身分の釣り合わぬ冒険者が無遠慮に立ち入ったという事に猛然と怒りの色を露呈した。貴族令嬢としては至極当たり前の反応である。彼らが過去に接した貴族が気安い相手だったからかもしれない。情報を引き出す前に、接し方を誤った彼らは部屋から叩き出された。冒険者達が護衛だと執事を通じて教えられても、エルザの部屋は時間まで固く閉じられた。

 会場到着後。エリンティア・フューゲル(ea3868)やアルテス・リアレイ(ea5898)をはじめとして冒険者達が変装してエルザの周囲を巡回していたが、やはり声はかかる。
「初めましてレディ。僕の仮名はウィタ、宵闇に紛れて艶やかな蝶となってみませんか」
 シーン・オーサカ(ea3777)とフローラ・エリクセン(ea0110)も言い寄られていた。
「こ、恋人が居るねん」
「シーンさん〜〜」
 まさか公衆面前で私達恋人同士です、なんて言える訳が無い。困り果てていた所に助け手が現れた。パーティーに出席していたラスカリタ家長男のサンカッセラだった。
「ウィタエンジェ。戯れが過ぎるぞ。大体隠れる側だというのに男装なんぞ」
 シーンの目が点になる。
「お、女の人なん?」
「ドレスは性に合わないのでね。失礼レディ達、またの機会に」
 去り際にわずかだが会話が聞こえた。アニマンディはどうした、様子を見に行ってる頃だろう、と聞こえてくる。姿が掻き消えてから、シーンが訝しげな顔をした。フローラは心配そうにシーンの顔を覗き込む。
「ウィタエンジェとかいう奴、初めてあった気がしないねん。変な意味やないで」
「奇遇ですね。私もです」
「誰かに似てるような‥‥何処でやろう。一体何処で」
 深い深い記憶の海。記憶は一ヶ月ほど前に遡る。
 呼び起こされるのは泉のある森に白い家。被写体がてら小旅行に行った日の記憶。
『二人でエロースがプシュケを目覚めさせる場面でどう? アイスコフィン? ちょっと手荒ねぇ、まぁいっか』
 一瞬だけ閃いた刹那の映像。
「‥‥あ?」
 顔見知りの絵師の姿が脳裏を掠めた二人は、しばしの間言葉を無くした。「明かりの準備はよろしいですか皆さん」という落ち着いた老婦人の声が賑やかな会場の終止符を打つ。

「主催側の人や警備の人が来られても困りますからぁ、戦闘中もなるべく静にして大きなかけ声や気合いはかけない様にしましょうねぇ」
 あらかじめブレスセンサーでエルザを確認していたエリンティアが先頭となり、男性達が移動を開始する。エルザにはすでに女性達と、女性に扮したアルテスが追跡しているだろう。早く合流するのが吉である。最初シーンは手持ちの金髪でウィッグを作り出雲にかぶせるつもりだったようだが、そう簡単に作れるものじゃない。零幻は開始前にプリスタン家の護衛についていた仲間と打ち合わせを行ったようだ。死者が出る確率は極力低くしなければならない。
「エリンティア、彼女のところまでどれくらいだ」
「うんとぉですねぇ、もう少しですぅ」
 出雲の問いにエリンティアがのほほんと答える。憑き物落としというよりは、滅する事を重点に置いたほうがいいのかもしれない。色々と言葉が飛び交う中、零幻は胸騒ぎを覚えていた。
「どうしたんですかぁ」
「何か嫌な予感がするのだ」
 廊下を駆け抜ける。エリンティアが指を指した方向に、風歌星奈(ea3449)がいた。
「こっちよ! 急いで!」
 エルザの悲鳴が聞こえる。
「やめて! 私の邪魔をしないで! 復讐には必要なのに!」
 どうやらすでに交戦中のようだ。アガチオンが一匹、ふらついていた。そそのかすと言った悪事は悪賢いデビルのすることだ。たかがアガチオン一匹、この人数だ、注意を怠らなければ駆除はたやすい。不安は危惧で済んだかと一息ついて、駆除に取り掛かる。エリンティアは星奈同様、周囲に人が来ないように離れたところで監視についた。
「裁きの閃光よ、邪悪を撃ちぬけっ!」
 二度目ホーリーを唱えたアルテス。続いて通りすがりの一般人を装ったミルクがオーラショットで奇襲攻撃を加えた。エルザの身柄は、フローラがライトニングトラップで確保している。なにやら喚いているが、話の内容からして姉の死因は知っているようだ。どこから聞いたのかは不明だが、今は問いただしている暇は無い。シーンがウォーターボムを唱えた。出雲がシルバーナイフを手に、アガチオンの注意をそらす係りに当たった。普通の武器はデビルには通じないが、ホーリー所持者の魔法詠唱時間を稼ぐには有効だ。
「弱き者につけいる悪しき存在を許すわけにはいかん! 弥勒の裁きを受けよ!」
 零幻がホーリーを解き放つ。シーンやミルク、アルテスと零幻。幸い星奈とエリンティアの配慮で人が来る気配は無い。集中攻撃に下級デビルはあっさりと滅んだ。
 だがしかし。
『手荒い方々ですこと』
 声は予想外のところから出た。
 肉声ではない。空虚な、どこか空恐ろしい声だ。ライトニングトラップの中のエルザが一瞬身を震わせると、ぐらりと大きく揺れた。気を失って床に倒れ伏す。エルザがそれまで立っていたところに薄っすらと女の影があった。穏やかな顔立ちはエルザに似ていた。
『初めまして。わたくしはシエラ・アリエスト』
 それはエルザの他界した姉の名前だった。どうやら憑いていたのはデビルと婚約者の妹にとり憑かれて死んだアリエスト家の長女らしい。流石に驚いたのか言葉をなくす。
『何故邪魔をなさいますの』
「‥‥あなたは復讐の為に妹を使ったのか」
 妹が憑かれることで徐々に衰弱していくと理解しながら。
 怒りでこぶしを握り締めた零幻とは対照的にシエラはきょとりと目を丸くした。
『復讐? おかしなことをおっしゃいますのね。私はただ、迎えに来ただけですのに』
「迎え?」
『だって彼は私の婚約者ですわ。私はずっと結婚に憧れて待ち望んでいましたのに『かの人』によれば嫉妬に狂った妹君に私は殺されたとか。酷いじゃありませんか。ですから死後の世で婚姻を結ぶ事にしましたの。私は寛大ですから妹君を憎んだりしませんわ』
 狂気を秘めた目に身震い一つ。執着とは恐ろしいものだ。悪意も悪気も無い分、質が悪すぎる。天使にも似た微笑は禍々しい闇を内包しているに違いない。
『今回は分が悪いようですから、日を改めましょうか。私は、諦めませんことよ』
 攻撃魔法を唱える前に、シエラの姿は虚空の闇へと溶けて消えた。

「誰から聞いた」
 あけた翌日。意識が戻ったエルザに零幻達は問いただした。あっさりと答えが返る。
「ラスカリタ家の方ですわ。ケンブリッジから帰る途中、四女エリキサクア様が亡くなった原因を教えていただきましたの。シエラ姉様もきっとそうだと確信しましたわ。私は彼を許さない。愛するなんて以ての外。今は婚約者ですが、いずれ復讐してやります」
 きっぱりと言い切った。
 シーンが、嫌いなら頬ぶっ叩いてもかまわないんじゃないかと言ったら、エルザは首を振った。家名に泥を塗る気は無いという。夫婦間ならまだともかく、貴族令嬢が他家の次期当主を殴るなど無礼にもほどがある。そんな事をしたらエルザは阿婆擦れの教養が無い出来損ない令嬢としてレッテルを貼られる羽目になるだろう。貴族とはややこしいものだ。
 しばらくして星奈が言った。
「貴方には復讐する権利はあるかもね。でも、その手が血で穢れるわよ」
「もとより承知。シエラ姉様の無念を晴らすのが私の役目です」
「復讐しか残されていないならギルドにいらっしゃい。力を貸してくれると思うわよ」
「足がつくような真似はしませんわ。止める方がいるかもしれませんし、ね」
 星奈の飲み込んだ言葉を見透かしたように薄く微笑む。アルテスが慌てて言った。
「笑顔は素敵なものです。お姉さんも貴方がそんな顔になってまで人の命を奪おうとするより、あなたの素敵な笑顔を見ていたほうがずっと幸せなはずです。きっと」
 それが例え偽りでも。シエラが邪悪な存在と化していることを知っていても。止めたいという人情かもしれない。
「自分の道は自分で選んだ方が‥‥いいです」
 尻すぼみに小さくなる声。アルテスの肩にそっと手を置いたエルザは寂しげに微笑む。
「幸せだけが全てじゃないの。私は幸せより笑顔より、姉様をとった。これからずっと屍のように生きると思うわ。それが一般的なものさしで図って間違っている事だとしても。今の私を突き動かすのは復讐心だけだから」

 間違った道だと知りつつ、幸せになれる道を捨てて冷酷な道を選ぶ。
 凍てついた瞳の令嬢は、語りかける声に反応する事は無く。
 ただ凍てついた眼差しを空に向けて、復讐を静かに燻らせ続けるのだった。